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『薄れゆく記憶のなかで』:1992、日本

 和彦は岐阜の長良川の近くに暮らす高校3年生。彼は今までに何かを一生懸命にやったことが無く、自分が何をしたいのか分からない。中卒の父親は大学に行くよう強く勧めてくるが、和彦は卒業したら働き始めるつもりだった。

 由美子は和彦と同じクラスで、同じ吹奏楽部に所属している。彼女は勉強に一生懸命になっており、京大の物理学部を目指している。実は彼女は高校1年生の時から和彦に好意を抱いているのだが、その気持ちをずっと隠し続けてきた。

 和彦は仲間たちと共にいつも由美子を「ブス」と言って苛めていたが、眼鏡を外した彼女の顔を見た時から気持ちに変化が現れる。ある日、和彦は由美子に一緒に帰ろうと誘い、それから2人は付き合い始めるようになった。

 夏祭りの日、和彦は由美子の胸に大きな火傷の跡があるのを見つけ、ショックを受ける。和彦の様子を見た由美子は逃げ出し、川へ飛び込んだ。病院に運ばれた由美子は、和彦に関する記憶を全て失っていた。そして、10年の月日が過ぎた…。

 監督&脚本は篠田和幸、プロデューサーは永井正夫、撮影は高間賢治、編集は太田義則、録音は高橋義照、照明は磯貝幸男、美術は佐々木敬、音楽は辻陽。

 出演は堀真樹、菊池麻衣子、日比野暢、田中洋子、田村貫、鳥居美江、花山幸三郎、渡辺ちづ子、杉村由紀、橋本龍司ら。

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 助監督の経験も同人映画の経験も無いという篠田和幸氏が、5年の歳月を掛けて練り上げた脚本を映画化した作品。「10年前にアポロが着陸した時」というセリフがあるので、高校時代は1979年という設定だろうか。
 篠田監督はこれがデビュー作ということになるのだが、これ以降は全く映画を撮っていない。今は何をしているんだろうかと思ったら、学習塾の塾長をしているらしい。
篠田監督だけでなく、和彦を演じた堀真樹、由美子を演じた菊池麻衣子の両名も、これが映画デビュー作となる。

 最初に入る和彦のナレーションがあまりに文学的でリアリティーが無い上に、声と合っていない。しかも作品の展開は「ブスと言われていた女がメガネを外したら可愛かった」という陳腐なもの。
 その後も肝試しでペアになるなど、ベタベタの展開が続く。
 しかし、この映画には臭い台詞回しやベタベタな展開を許したくなるような魅力がある。青春時代の悩み、喜び、苦しみ、楽しみ、苛立ち、不安。瑞々しい若者の感情、猥雑とした熱情、情景が醸し出す叙情、そういったものが素晴らしいのだ。

 肝試しでペアになった2人だが、由美子のことが気になり始めている(この時点ではまだ付き合っていない)和彦は、一言も話さない。そんな和彦の態度に泣き出した由美子は、「なんで前みたいにブスって言うてくれんの?」と問い掛ける。
 このセリフはものすごくイイ。

 不器用で淡い恋愛模様は、どうしようもなく魅力的だ。
 初めて一緒に帰るシーンで、気の効いた口説き文句の1つも言わない和彦。恥じらって口数が少なくなり、ほとんど相づちばかりになる由美子。
 全く性的なものを感じさせないのはマル。ぎこちないキスシーンなんか要らないぐらいだ。2人の様子を見ていると、知らない内にニコニコ顔になっていた。

 前半は音楽が先走って盛り上げすぎる部分はあるものの、基本的には穏やかに流れて行く。その中で、由美子が何か秘密を隠しているという部分だけが不安を漂わせている。
 そしてその秘密が明らかになった後、後半は怒涛の展開が待っている。

 火傷の跡を和彦に見られた由美子は、泣き叫んで川に身を投げる。何も言えずにいた和彦も、彼女を追って川に飛び込む。和彦は重傷を負い、由美子は彼に関する記憶を失う。由美子が自分を忘れたがっていると知った和彦は、彼女に会わずに退院する。
 そして、最後に10年後のシーンが待っている。
 「10年後に由美子の記憶が戻って2人は結ばれました」では安っぽいし、いったいどうやって物語を締めるのかと思ったら、とても切ない結末が待っていた。
 悲劇というわけはないが、とにかく切ないのだ。

(観賞日:2002年4月22日)

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