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『の・ようなもの のようなもの』:2016、日本

 出船亭志ん田は、師匠である志ん米の家で住み込みの弟子をしている前座の落語家だ。彼は志ん米の一人娘である夕美に好意を抱いており、誕生日にプレゼントとして封筒を貰って喜んだ。しかし封筒を開くと中身がビール券だったので、志ん田はガッカリした。
 志ん米は後援会幹部の山田と共に、後援会長である斉藤の豪邸を訪れていた。斉藤は志ん米の亡くなった師匠である志ん扇と付き合いがあり、今の一門が大きくなったのは全て彼女のおかげだった。山田が池の鯉に餌を与えていると、志ん米は弟弟子の志ん魚が嘔吐して斉藤の出目金を死なせてしまった時の思い出を楽しそうに語った。志ん魚は師匠の葬儀が終わった後、行方をくらましていた。

 志ん田が昼からビールを飲んで不貞寝していると、7つ年下の兄弟子である志ん茸がやって来た。志ん田は大学を出てプログラマーとして働いていたが、仕事が遅いので退職した。たまたま立ち寄った志ん米の落語に魅了され、弟子入りを決めたのだった。
 志ん米は弟弟子の志ん水と志ん麦を呼び、相談を持ち掛けた。彼は斎藤から、師匠の13回忌に当たる次の一門会で志ん魚の創作落語『出目金』が聞きたいと言われたのだ。志ん魚は創作落語などやったことが無かったが、出目金を死なせた詫びに作ると約束していたのだ。

 斎藤に援助を打ち切られると困るので、志ん米は志ん田に志ん魚の捜索を命じた。彼は手掛かりとして、過去に志ん魚から届いた年賀状を見せる。そこには日光で撮影した写真が印刷されており、「和菓子の司にいる」と書かれていた。
 しかし志ん田がネットで検索しても、「和菓子の司」は見つからなかった。日光へ出向いた彼は土産物店に立ち寄り、「和菓子の司」を経営していた志ん魚の母が既に死去していることを知った。彼は志ん魚について尋ねるが、土産物店の店主からは何の情報も得られなかった。

 志ん田は志ん米から、志ん魚の兄弟子だった志ん肉に会うよう促される。志ん肉の妻は、志ん魚の別れた妻と仲が良かったらしい。志ん肉は落語家を辞め、現在は信州の姨捨でうどん屋を営んでいた。
 志ん肉は志ん田に、同期だった志ん菜がバブル期に企業家へ転身して大成功していることを話した。彼は志ん田に、「君も考えた方がいい」と助言した。志ん田は志ん肉の妻と会い、志ん魚の別れた妻の現住所を教えてもらった。

 志ん田は志ん魚の元妻と会おうとするが、その兄である渡辺孝太郎がやって来た。元妻が会うことを嫌がったのだ。志ん魚は蒸発し、元妻は再婚して幸せに暮らしていた。何の手掛かりも得られなかった志ん田は志ん米に叱責され、探し出すまで戻るなと言われる。
 夕美から「志ん魚が初音小路の都せんべいを良く買ってくれた」という情報を貰った志ん田は初音小路へ赴き、聞き込みを行った。しかし志ん田と関わった人々に話を聞いても、現在の居場所については全く分からなかった。

 志ん田が志ん米の家へ戻ると、夕美が「谷中にある志ん扇の墓地で志ん魚を目撃した」という情報を掴んでいた。夕美は強い好奇心を示し、張り込みに行くと言い出した。2人が墓地へ行くと、夕美に情報をくれた蕎麦屋の出前がやって来た。彼は志ん田たちに、志ん魚は見る度に違う墓地にいたと話す。
 志ん田と夕美が夜まで張り込んでいると、不審な人影が見えた。幽霊を怖がる志ん田だが、夕美に促されて様子を見に行く。それが志ん魚だったので、夕美は大喜びした。

 志ん扇の月命日には必ず一門が集まっており、そこに志ん田は志ん魚を連れて行く。家の前まで来ると逃げ出そうとした志ん魚だが、彼を待ち受けていた志ん米たちが笑顔で歓迎した。師匠の家へ久々に入った志ん魚は、「やっぱりいいですね。我が家に帰って来たみたいで」と口にした。
 志ん米から斎藤との約束を問われた彼は、創作落語『出目金』を作ったことを思い出した。しかし志ん米が一門会で披露するよう頼むと、彼は「志ん魚は師匠と共に灰になったんです。お役に立てず、すいません」と頭を下げた。

 志ん米は諦めず、志ん田に志ん魚を説得するよう命じた。志ん田が志ん魚の元へ行くと、彼は八百屋にいた。経営する老婆が病院へ行っている間、店番を頼まれたのだと彼は語る。
 彼は志ん田を伴って秋枝という老婆の家へ行き、食事を作った。近所の年寄りの頼みを聞いている内に、便利屋のような存在になったのだと志ん魚は志ん田に語った。彼は志ん田が志ん米に頼まれて来たことを察知しており、「俺なんかに構わず、自分の稽古でもしろ」と告げた。

 志ん田は志ん魚を「不思議な人」と感じて興味を抱き、まだ訪ねることにした。仕事を辞めた夕美も行きたがるが、志ん米が「お前は仕事を探しなさい」と告げた。
 志ん田はリュックを背負って志ん魚のアパート「いづみ荘」を訪れ、「今日からしばらくお世話になります」と告げた。彼は「便利屋の仕事は僕がやりますから、志ん魚さんはもう一度『出目金』を作ってください」と言う。志ん魚は営業妨害だと嫌がるが、志ん田は半ば強引に便利屋の仕事を手伝った。

 志ん田はバリバリと便利屋の仕事をこなし、志ん魚の洗濯物も引き受ける。コインランドリーへ出掛けた彼は、志ん魚のズボンのポケットから『出目金』の創作メモが出て来たので嬉しくなった。夕美は志ん魚の近隣住民と交流を深め、彼が落語家だと話した。
 これを受けて、銭湯寄席が開かれることになった。志ん田が前座を務め、志ん魚は久々に高座へ出た。しかし大勢の客を見ると、緊張で言葉に詰まった。秋枝が「何を勿体付けてんだよ」と呼び掛けると、我に返った志ん魚はその場を取り繕った。

 志ん魚は落語を始めるが、志ん田よりも笑いが取れない散々な出来栄えだった。落語を終えた彼が去ろうとして転倒した時、ようやく観客から笑いが起きた。様子を見に来ていた志ん米&志ん水&志ん麦も、その酷い落語に落胆した。
 志ん水は志ん米に、「考え直した方がいいかもしんないぜ」と忠告する。志ん米も同じ気持ちであり、志ん魚が記憶喪失になったという噂も本当ではないかと考えるが、斉藤を説得できる自信は無かった。志ん魚も自分の落語が下手だと分かっており、追善一門会への参加は無理だろうと志ん田に語った。

 志ん田は寺の住職から、一緒に飲みに行くと志ん魚が必ず下手な落語を聞かせること、『出目金』を披露せずに去ったことへの後悔を口にしていたことを語る。志ん田に説得された志ん魚は、一門会に向けて『出目金』の練習に励む。
 志ん米&志ん水&志ん麦は志ん田を呼び出し、一門会で志ん魚の代わりに『出目金』を披露するよう促される。前座である志ん田なら下手でも洒落で済むので、一門のメンツが立つと彼らは考えたのだ。志ん田は反対するが、志ん米は今度の高座を二つ目の昇進披露にするからと提案する…。

 監督は杉山泰一、脚本は堀口正樹、原案は森田芳光、製作総指揮は大角正、製作代表は高橋敏弘&佐野真之&安田猛&矢内廣、プロデューサーは三沢和子&池田史嗣&古郡真也、アソシエイトプロデューサーは竹内伸治、ラインプロデューサーは橋本靖、撮影は沖村志宏、美術は小澤秀高、照明は岡田佳樹、録音は高野泰雄、編集は川島章正、落語指導は古今亭志ん丸、落語創作は古今亭志ん八、音楽は大島ミチル、主題歌『シー・ユー・アゲイン雰囲気』は尾藤イサオ。

 出演は松山ケンイチ、北川景子、伊藤克信、三田佳子、尾藤イサオ、でんでん、野村宏伸、宮川一朗太、仲村トオル、あがた森魚、佐々木蔵之介、塚地武雅、笹野高史、ピエール瀧、鈴木亮平、鈴木京香、戸谷公人、大平夏実、菅原大吉、小林まさひろ、小林麻子、大野貴保、内海桂子、小林トシ江、古今亭志ん橋、荒谷清水、真凛、竹内寿、横田鉄平、白木隆史ら。

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 1981年に公開された森田芳光の劇場映画デビュー作『の・ようなもの』の続編。森田作品で助監督を務めてきた杉山泰一が、映画初監督を務めている。脚本は『ショートホープ』の堀口正樹。
 志ん魚役の伊藤克信、志ん米役の尾藤イサオ、志ん水役のでんでん、志ん肉役の小林まさひろ、志ん菜役の大野貴保、秋枝役の内海桂子は、前作からの続投。ただし内海桂子は、前作とは異なる役柄での出演。志ん田を松山ケンイチ、夕美を北川景子、斉藤を三田佳子、志ん麦を野村宏伸、志ん茸を戸谷公人、山田を菅原大吉が演じている。

 志ん米の妻である佐世子は、既に死去している設定で登場しない。仏壇に遺影は飾られているが、前作で彼女を演じた吉沢由起ではなく北川景子の写真が使われている。
 志ん魚の別れた妻は登場しないが、たぶん前作で付き合い始めた女子高生の由美とは別人の設定だろう。その由美も、前作ではトップビリングの秋吉久美子が演じていたエリザベスも、この続編には登場しない。まあ当然っちゃあ当然だけど、ちょっと寂しい気持ちは否めない。

 映画が始まると、ベンチでイチャイチャしているカップルが写し出される。そこへニヤケ顔の志ん田が買い物袋を持って登場し、カップルの隣に無神経な態度で座る。前作を見ている人なら、このシーンでニヤリとするだろう。主人公が登場する状況や座る場所の左右は違うが、明らかに『の・ようなもの』のオープニングを意識したシーンだからだ。
 その後、志ん田がビール券でガッカリし、横を見るとカップルが消えて志ん魚が座っている。アイスキャンデーを食べ終わった志ん魚が「外れか」と呟くと、映画のタイトルが表示される。まさに、これが『の・ようなもの』のようなものであることを表しているわけだ。

 『の・ようなもの』に比べると、シュールなテイストは全く感じられない。導入部の段階で「志ん魚を見つけ出して一門会で創作落語を披露させる」という明確な目的が提示されており、そこへ向けてストーリーテリングをしようという意識が感じられる。
 だから、「若き落語家の日常」を散文的に描いていた前作とは、テイストが大きく異なっている。まあ監督や脚本が森田芳光じゃないんだから、当然と言えば当然のことだろう。

 夕美は志ん田の落語を「つまらない」「才能が無い」と酷評し、絶対に売れないと断言する。これは前作で志ん魚が付き合い始めた由美と父から酷評されたことを思わせる。そもそも名前が同じ「ユミ」なのも、きっと意識してのことだろう。
 これは偶然かもしれないのだが、松山ケンイチも伊藤克信は出身地こそ異なるものの、田舎の訛りが強く残っている人だ。そういうトコロからも、前作に重ねようとする意識を感じてしまう。

 志ん田は志ん肉から「君も考えた方がいい」と落語家から早く足を洗うよう勧められ、渡辺には「アンタも落語家なんか辞めてマトモに生きたらどうだ」と言われ、居酒屋の主人からは「辞めるんやったら今の内やで」と告げられる。周囲の人々から、落語家を辞めるべきだと促されるのだ。
 前作の志ん魚は終盤に来て「才能の無い自分が今後も落語を続けるべきか」と考えさせられる出来事を体験していたが、今回の志ん田は前半から周囲に色々と言われている。ただし、それを受けて彼が悩むようなことは全く無い。

 志ん田は「学生の頃に青春18切符で日本一周したことのある乗り鉄」という設定で、姨捨と聞いて「スイッチバックと日本三大車窓で有名な姨捨ですか」と興奮する。彼が日光や姨捨へ向かう時には、必ず列車の映像が挿入される。
 その辺りの描写は、森田監督の手掛けた『僕達急行 A列車で行こう』で松山ケンイチが演じたキャラクターを意識しているんだろう。そういう「出演者が以前に参加した森田作品のキャラクター」を連想させる描写は、他にも色々と盛り込まれている。

 鈴木京香が「強迫神経症」と言うのは『39 刑法第三十九条』。笹野高史の「キャバ嬢のみずほ、あずさ、さくらと合コンするのに数が足りないから参加しないか」という台詞は『僕達急行 A列車で行こう』。
 宮川一朗太が「ウチの息子、今度、高校受験なんだよね。アンタ、誰かいい家庭教師知らない?」と問い掛けるのは『家族ゲーム』。仲村トオルが関西弁で「ウチの店で働かへんか」と語るのは『悲しい色やねん』という具合になっている。たぶん私が気付かなかっただけで、他にも森田監督の作品を意識したシーンや台詞が色々と盛り込まれているのだろう。

 これまで森田作品に関わって来た役者たちがゲストとして登場するシーンは、ものすごく分かりやすい形で「そのために用意されたシーンですよ」ってのが見える。極端に言ってしまえば、そのシーンを全てカットしても話としては成立する。
 志ん田が志ん魚を捜索するとか、会いに行くってのは、ゲストを出演させるための建前みたいなモノだ。通常の映画であれば、それは「どうしようもなく不恰好な演出」ということになる。しかし本作品の場合、そこは微笑ましいモノとして許容できてしまう。

 森田芳光監督の『の・ようなもの』は、1981年という時代だったからこそ、そして自主映画の匂いが強く残っていたからこそという部分が大きい作品である。2016年という時代に同じような映画を作ろうとしても、まず無理だろう。例え森田監督が生きていたとしても、たぶん無理だったと思う。
 っていうか、そもそも森田監督が生きていたら、続編を作ろうとは思わなかったはずだ。『の・ようなもの』は、そこで終わるべき映画だからだ。他の作品で「その後の志ん魚」が登場するような遊びがあれば歓迎できるが、『の・ようなもの』の続編を見たいとは全く思っていなかった。

 この続編は、森田監督が死去したからこそ企画された物だと言える。ただし、決して「森田監督や映画の名前を利用して金を儲けよう」という搾取精神から誕生した映画ではない。
 そういう考えなら、きっと『の・ようなもの』なんて選ばないだろう。今でもマニアックな人気はあるが、決して大ヒットした映画というわけではない。そんな作品の続編を作ろうというのは、「森田監督の追悼」という意味合いがあるのだ。

 この映画のために、かつて森田作品に出演した面々が集結した。既に芸能界を引退している小林まさひろと大野貴保も、この映画のためだけに復帰した。大勢の人々が、「森田監督のためなら」ということで集まっているのだ。それを考えると、こういう続編も悪くないんじゃないかと思える。もはや映画の出来栄えが云々ってのは抜きにして、「森田監督を慕っている人、愛している人が、こんなに大勢集まりました」ということだけで充分じゃないかと。
 これは出演者とスタッフの、森田芳光監督に対する愛がたっぷりと詰まった映画なのである。だから決して万人にオススメしようと思える作品ではないけど、森田芳光監督のファンなら見て損は無い。それだけは断言できる。前作を好きな人なら、ラストで主題歌の『シー・ユー・アゲイン雰囲気』が流れてきた時、きっとホッコリした気持ちになれるはずだ。

(観賞日:2018年4月18日)

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