見出し画像

『青い山脈』:1949、日本

 日曜日、金谷六助が実家の金物店で留守番をしていると、海光女学校五年生の寺沢新子がやって来た。彼女は卵を買ってほしいと持ち掛け、1つ15円だと告げる。六助は鶏小屋から盗んで来たと決め付け、「高いなあ」と言う。
 新子は「今朝、お母さんが手元に現金が無いから、これを町へ持って行って学用紐を買いなさいって。20個あるんだけど」と語る。六助は「料理できる?台所で御飯を炊いてるんだけど、おかずが何にも無いんだよ。その卵で何か作ってくれないか」と提案する。

 六助は昨日から両親が田舎へ行き、1人で留守番していることを話す。少し迷った新子だが、店の商品を1つ提供すると六助が約束したこともあり、料理を引き受けた。
 六助は彼女の質問を受け、今年から大学へ行く予定だったが留年したことを語る。日曜に町へ来た理由を六助が訊くと、新子は「色んな用事があったの。第一にお小遣いが欲しかったし。それと、お母さんに会って来るわ」と語り、母親が2人いることを明かした。

 新子は六助に、「町のお母さんが本当のお母さんなんだけど、私が小さい頃、父と性格が合わなくて、別れたのよ」と話した。彼女は良く当たる易者がいることを六助に教え、一緒に出掛けた。
 新子が占ってもらうと、易者は名前が悪いので結婚して改名するよう勧めた。易者の元を去った新子は、町にいる実母の所へ向かうことにした。彼女は「1人で行くわ。もう少し親しくなったら2人で行くんだけど」と告げ、六助と別れた。

 月曜日、東京から海光女学校へ赴任した英語教師の島崎雪子は、生徒たちとバスケットボールをする。学生時代にバスケ部だった雪子は張り切るが、倒れ込んで足を挫いてしまった。雪子は生徒の笹井和子と共に保健室へ行き、校医の沼田玉雄に手当てしてもらう。
 沼田が自転車で送ろうかと持ち掛けると、雪子は丁重に断った。それを見ていた和子は軽く笑い、沼田は美女を見ると必ず自転車に乗せようとするのだと雪子に教えた。

 雪子が職員室にいると新子が現れ、知らない相手から届いた手紙を見せる。新子は書いたのがクラスメイトではないかと推測しており、明日の4時頃までに公園の松林へ来るかどうか見張っているのだろうと雪子に話す。
 新子は4年生の終わりに転校して来たが、前の学校で何かあったと雪子は聞いていた。彼女が詳細を尋ねると、新子は「同じ汽車通学をしている友達から手紙を貰い、返事を書きました。何か試してみたかったんです」と話した。

 その時の行動についてどう思っているのか雪子が質問すると、新子は2つの感情が入り混じっていることを明かした。新子のクラスメイトである松山淺子は2人の会話を盗み聞きし、友人の野田アツ子と田村静江に話した。
 雪子は新子が去った後、沼田に手紙を見せて相談する。彼女が徹底的に調べる考えを示すと、沼田は「黙って握り潰してしまいますね」と言う。「それじゃあ可哀想だわ」と雪子が告げると、彼は「アンタはまだ、この町の生徒がどんな環境にいるのか知らないんだ」と述べた。

 沼田は学校を出て雪子と歩きながら、町の女性が置かれている環境や自分の考えについて語る。町の封建的な物を全て肯定するような発言に腹を立てた雪子は、平手打ちを浴びせて立ち去った。沼田は芸者の梅太郎に声を掛けられ、彼女の妹である駒子の診察に行く予定を思い出した。駒子は海光女学校の理事長である井口甚蔵の子を妊娠して冷たく捨てられ、自殺未遂を起こしていた。
 置屋の女将は駒子の元へ行き、井口と話して手切れ金を渡されたことを明かす。女将は申し訳なさそうな態度で、「アタシだって嫌なんだよ。だけど相手が悪いよ。あの人に睨まれたら、私たちみたいな弱い商売は」と釈明する。彼女は梅太郎が戻る前に、駒子の元を去った。

 沼田は梅太郎を自転車の後ろに乗せて彼女の家へ行き、駒子を診察した。梅太郎は「さんざんオモチャにしておきながら、子供が出来たら知らないなんて」と井口への怒りを吐露する。
 そこへ梅太郎の娘である和子が帰宅し、沼田が雪子を自転車の後ろに乗せようと持ち掛けたが断られたことを楽しそうに語った。自転車の後ろに乗るなんてカッコ悪いと彼女が話すので、梅太郎は気まずそうな表情を浮かべて何も言えなくなってしまった。

 翌日、雪子は授業の時間を割いて、恋愛について話し合う場を設けた。ある生徒が「戦争に負ける前は、恋愛は悪いこととされていたけど、今は封建的でなくなったので、いいことになったと思います」と意見を述べると、雪子は周囲の人々の恋愛に対する感想を生徒たちに問い掛けた。
 1人の生徒が従姉妹は恋愛の最中だと明かし、「とっても素敵だなあって」と羨ましそうに言う。すると雪子は、女学生の恋愛についてどう思うかと質問した。

 雪子は生徒たちに、新子に男の名前で手紙が届いたこと、筆跡を調べて同じクラスの人間だと判明したことを話す。「そういう下品な方法で人を試すということは、間違ったことだと分かってもらいたいの」と彼女が言うと、アツ子が立ち上がった。
 アツ子は「先週の日曜、寺沢さんが高等学校の学生と易者の所へ行って相性を診てもらっていました」と話す。続いて淺子も立ち上がって「学校の名誉のために、反省してもらいたいと思ったんです」と主張し、下級生が何人も目撃していると告げた。

 雪子の質問を受けた新子は、相性を診てもらったという部分以外は事実だと認めた。しかし相手との関係については、うしろめたいことは何も無いと断言した。
 すると雪子は生徒たちに、「私たちは下級生の無責任な告げ口よりも、同級生の言葉を信じたいと思います。それから、男の人と歩くことが不道徳だという古い考えから抜け出してほしいんです。純粋な気持ちで男の人と交際することは、決して悪いことではありません」と語り掛けた。

 淺子は手紙を出したことを認めた上で謝罪し、その場で泣き出した。雪子は淺子たちの間違った考えを指摘して説教し、教室を出て行った。淺子たちは雪子の主張に全く納得できず、「私たちの気持ちなんか、ちっとも分かってもらえないじゃないの。このままじゃ、どんなことがあったって」と悔しそうに漏らす。
 雪子の方も、自分の言葉が生徒たちの心に届いていないと分かっていた。新子が「先生にもっと酷いことが起こりそうな気がするんですけど」と懸念を示すと、雪子は「構わないわ。それより、貴方にお気の毒だったわね。ヤブヘビになったみたいで」と告げた。

 新子が「学校を辞めようと思います。とても我慢なんかしていられませんもの」と言うと、雪子は「この問題では出来るだけ戦ってみるわ。決まりが付くまで、学校を休んでらっしゃい。私が負けたら、一緒に東京へ行ってもいいわ」と告げる。
 雪子は新子の手を取り、社交ダンスを教える。そこへ和子が走って来て、「5年生全体が侮辱されたので謝罪を要求する」として代表の生徒たちが武田校長の元へ乗り込んだことを教えた。

 雪子は武田校長と八代教頭に呼び出され、生徒たちを納得させるために釈明するよう促される。しかし雪子は断り、「これを機会に、学校に古くから根を張っている悪い風習を徹底的に改善して頂きたい」と訴えた。
 校長は「長い経験を積んで理想と現実の違いを教えられた」と語り、妥協するよう諭す。しかし雪子は承服せず、生徒たちを正しく指導すべきだと訴える。そこへ数名の生徒が現れ、雪子に教室へ来てほしいと告げて立ち去った。

 雪子が教室へ行くと、黒板には「精神を侮辱したことへの謝罪」「生徒の風紀問題は生徒の自治に任せる」「母校の伝統を尊重する」という3つの要求が書いてあった。雪子は全面的に拒否し、この学校には悪しき風習がはびこっていると指摘した。
 そこへ体操教師の田中が現れ、軽い調子で仲裁に入った。淺子が涙を流して「校長先生に謝罪して退学します」と言うと、他の生徒たちも同調して泣く。雪子は毅然とした態度で、教室を出て行った。

 新子は下校途中で六助と遭遇し、「貴方にも関係があることで困っている」と話す。事情を知った六助は、高校へ来ていた先輩の沼田に相談を持ち掛けた。
 沼田は2人に、「予想した通りだよ。大体、島崎女史も少し生意気なんだよ。こんな土地で暮らすには、錆びたナタのような神経が必要なんだよ。ところが、あの人はカミソリのような神経で行こうとする」と語る。沼田が去った後、新子は六助や彼の友人であるガンちゃんたちとテニスを楽しんだり、寮で話し込んだりした。

 雪子は音楽教師の北原に、不満そうな態度で「女って、どうしてああなんでしょう。情けなくて悲しいくらい、みんなヒステリックに泣き出して。私は間違っていないわ」と吐露する。
 北原が「容赦なく相手を遣り込めることは、かえって相手の感情を硬くさせてしまうんじゃないしから。悲しいけれど、この田舎町の女学生たちは封鎖から抜け切れないのよ」と語ると、雪子は「もっと叱って」と言う。北原が頑張って戦うよう促すと、雪子は彼女に頼んでピアノを弾いてもらった。

 新子が六助&ガンちゃんと共に自宅へ向かっていると、淺子と仲間たちが現れた。淺子たちは「学校の名誉を汚した」と新子を批判し、退学するよう要求した。新子は淺子の侮蔑的な態度に憤慨し、平手打ちを浴びせた。ガンちゃんが大声を発して、淺子たちを追い払った。
 海光女学校では職員会議が開かれ、女学生たちの騒ぎを鎮めるために火を揉み消すべきだという意見が出た。武田や八代、国漢教師の岡本や国語教師の小野たちが賛同する中、雪子は断固として反対した。

 沼田は職員会議の場に現れ、話し合いに参加する。そこへ女学生たちをなだめに行っていた田中が戻るが、その様子を見た沼田は逆に炊き付けたのではないかと指摘する。女学生たちと同じ意見なのではないかと質問された田中は、今回の件では雪子に非があると主張した。
 田中は沼田が梅太郎を自転車に乗せていたことを語り、嫌味っぽい態度を取った。沼田は鋭い口調で、田中の下卑た精神を批判した。会議が終わって他の教師たちが去ると、雪子は味方になってくれた沼田に感謝した。

 そこへ和子が現れ、女学生の代表者たちが井口の所へ味方を求めに行ったことを教えた。家事教師の白木が雪子の元へ来て、「今回の件、頑張って下さい。信念を貫いて下さい」と声援を送った。沼田は雪子に、「あんな気持ちが誰にでもあるんだから、それを呼び覚ますよう我々は行動すればいいわけだ」と述べた。
 その夜、梅太郎は仲居の手違いで、井口の座敷へ行く仕事を入れられてしまう。最初は断ろうとした梅太郎だが、井口が田中たちと悪巧みをしていると知り、座敷へ行くことにした…。

 演出は今井正、原作は石坂洋次郎 朝日新聞連載 新潮社版、脚色は今井正&井手俊郎、製作は藤本眞澄、協力製作は代田謙二(能登節雄)&井手俊郎、撮影は中井朝一、美術は松山崇、録音は下永尚、照明は森弘充、編集は長澤嘉樹、音楽は服部良一、主題歌『青い山脈』は藤山一郎&奈良光枝、『恋のアマリリス』は二葉あき子。

 出演は原節子、木暮実千代、池部良、伊豆肇、龍崎一郎、若山セツ子、立花満枝、山本和子、杉葉子、三島雅夫、田中栄三、島田敬一、藤原釜足(第一協團)、生方功、三田國夫、長浜藤夫、河崎堅男、津田光男、堺左千夫、花澤徳衛、神山勝、河合健児、今泉廉、岡部正、石田鑛、近藤宏、市村智三郎、岩間湘子、江幡秀子、田上末子、鏑木ハルナ、島村芳子、日高あぐり、上野洋子、諏訪美也子、原緋紗子(原ひさ子)、飯野公子、浜地良子、出雲八重子、一色勝代、高野千代、川久保トシ子ら。

―――――――――

 朝日新聞で連載された石坂洋次郎の同名小説を基にした作品。封切の3ヶ月前には、藤山一郎&奈良光枝の歌う主題歌が発売されている。演出(監督)と脚本は『民衆の敵』『人生とんぼ返り』の今井正。共同で脚本を担当したのは、東宝のプロデューサー助手だった井手俊郎。これが脚本家としてのデビュー作。
 雪子を原節子、梅太郎を木暮実千代、六助を池部良、ガンちゃんを伊豆肇、沼田を龍崎一郎、和子を若山セツ子、駒子を立花満枝、淺子を山本和子、新子を杉葉子が演じている。

 東宝は木下惠介監督で撮ることを提案した松竹や大映と競った末、原作の映画化権を獲得した。しかし東宝争議が勃発したことに伴って、藤本真澄プロデューサーが退社して藤本プロを設立する。単独での映画製作が困難になっていた東宝は、藤本プロと共同で映画化することにした。
 当初は小国英雄が脚本を担当していたが、原作から大幅に内容が変更されていたために今井正監督と意見が対立した。そのため、小国英雄は降板し(表向きは体調悪化が理由とされた)、井手俊郎が執筆することになった。

 実は脚本だけでなく、西條八十と服部良一による主題歌についても、今井正監督は頑なに反対したらしい。そこで藤本真澄は、主題歌を入れないパターンも製作し、2つのフィルムを試写で比較した上で現行の主題歌有りバージョンに決定した。
 実際に映画が公開されると、その後も長く愛されるヒット曲になった。脚本の方はともかく、主題歌に関してはプロデューサーの意見の方が正解だったわけだ。っていうか、ひょっとすると小国英雄の脚本も、面白い内容だった可能性はあるけどね。

 撮影の最中も東宝争議があったため、中断を余儀なくされた。原節子の病気による中断時期も重なり、撮影日数は大幅に超過した。このため、静岡県下田市でのロケーションは大幅に縮小されたが、それでも製作費は東宝が用意した予算を超えてしまった。
 その超過分は藤本プロが補填し、回収するための策として前後篇の2本に分割された(2本分を稼ごうってことだ)。映画はヒットし、放映権も売却したことで、藤本プロは借金を返すことが出来た。

 沼田は雪子に「アンタはまだ、この町の生徒がどんな環境にいるのか知らないんだ」と言った後、長い台詞を喋る。
 「なるほど、新しい憲法や法律が出来たが。具体的に言いましょう。みんなが学校を出て嫁に行く。すると姑や小姑から虐められる。亭主からは時々殴られる。そういう暮らしに我慢して、やっと経済的にも余裕が出来たかと思うと、今度は亭主が酒を飲んだり女遊びを始めたりする。そういう生活に耐えて行くためには、ある程度バカであることが必要なんですよ」と彼は語る。

 雪子は恋愛に関する話し合いの場で淺子たちを説教する時、かなり長い台詞を喋る。「野田さんも松山さんも、学校の名誉のためとか母校を愛する情熱とかって言いましたが、そういう立派な名目で下級生や同級生を圧迫する。家のため、国家のためということで、個々の人格を束縛して無理矢理1つの型にはめ込もうとする。日本人の今までの暮らしの中で、一番間違っていたことなんです」と彼女は語る。
 急に「家のため、国家のため」などと言い出すのは飛躍しているようにも思えるが、それは必要なことなのだ。

 と言うのも、この映画は「戦前から続く封建的な考えを打破し、戦後民主主義によって日本を良い方向へ変えて行こう」というメッセージを発信しようとしているからだ。その2箇所以外にも、やたらと説明っぽさが強かったり説教臭かったりする台詞は幾つも登場するが、それぐらい分かりやすく訴えることに大きな意味があった時代ってことなのだ。
 何しろ、まだ戦争が終わってから4年しか経過していない。なので、クドいぐらい説明的な台詞の連続であろうと、声高にメッセージを訴えようとしたのだろう。

 ポイントになるのは、「封建的社会を変革することで、人々も国家も明るく幸せになれるのだ」と熱く訴えたり、そういう生き方を積極的に選ぼうとしたりするのが、雪子や新子など女性ばかりってことだ。
 戦前の封建的な国家制度の中では、女性は常に男に支配され、抑圧される存在だった。だからこそ、そんな女性が今までの抑圧から解放され、自由に発言したり行動したりできる世の中を作ることが、日本という国を正しい方向へ変化させるためには何よりも重要だということなのだ。
 そのためには、古い考えに縛られている男性だけでなく、女性が変化することも必要だ。全ての女性が、「変わりたい」「変わるべき」と思っているわけではない。

 淺子を始めとする女学生たちは、やたらと泣きまくる。若い女子が涙を流すってのは、普通なら同情心を誘うような行為だ。しかし本作品では、そういう「すぐ泣く女子」が否定的に描かれている。
 女学生たちが泣いている中で雪子が教室を出て行くのは、冷淡な対応に見えるかもしれないが、彼女は「そうやって簡単に泣いてしまう女子」に対しても「古くて否定すべき女性像」と捉えているのだ。それは封建的な社会や悪しき風習と同じく、変えて行くべきだと考えているのだ。

 当時としては革新的な考えを持つ雪子の周囲には、もちろん反対する者もいるし、同調したり応援してくれたりする者もいる。反対側が全て男子というわけではないし、賛同側が女子ばかりというわけでもない。和子と新子は雪子の味方だが、他の女生徒たちは敵対する。
 男の方でも、多くの面々は雪子の敵に回るが(男性教師たちは彼女の陰口を叩いている)、最初は封建的な考えを容認していた沼田は味方に回る。六助やガンちゃんも、新子の味方ってことは、雪子のサイドの人間と捉えていいだろう。

 雪子の味方になる女子と敵に回る女子には、「家庭環境の差」という部分で明確な違いがある。和子は母親も叔母も芸者で、叔母は町の顔役の子を妊娠して冷たく捨てられ、自殺未遂を起こしている。新子は幼い頃に両親が離婚し、母親が2人いる。どちらも、それで不幸を感じているわけではないが、決して「平穏で恵まれた環境」とは言えない。
 一方、淺子たちの家庭環境は明示されていないものの、たぶん「裕福な家庭に育ったお嬢様」じゃないかと推測される。つまり、富裕層の人間が古い考えを引きずっており、そうではない立場にいる人々の方が日本を変える力を持っているってことが示されているのだ。

 沼田に関しては、ちょっと引っ掛かってしまう部分も否めない。彼が雪子の味方に回るのは、単に惚れた女だからってことじゃないのかと感じるのだ。もちろん、そういう感情がゼロじゃなきゃダメだとは言わない。ただ、「好意を寄せた相手の芯の強さや信念に共鳴して」という流れになるべきだとは思うのよね。
 ところが沼田は六助から相談を受けた際、雪子について「女のくせに男の」と口にする。途中で言葉を止めているけど、女性蔑視の言葉を発しようとしていたことは明らかだ。それは彼の本音であり、そういうことを思っているような奴が雪子の味方になっても「惚れてるから、いいトコ見せたいだけだろ」と言いたくなる。「最初は古い考え方だったけど、雪子に感化されて変化する」という様子が全く無いのよ。

 新子が六助や彼の友人たちとテニスを楽しんだり、学生寮で話したりする様子は、物語を進めて行く上で必要不可欠というわけでもない。ただ、そういう様子を描くことによって、いかに女学校が閉鎖的で排他的なのかが強調される。
 新子を歓迎する六助たちの様子は、とても開放的で明るい。女学校とは対照的だ。つまり、その町で封建的なのは男子学生よりも女学生ってことだ。沼田の言う通り、女学生たちは置かれている環境が理由で、封建主義に囚われてしまったのだろう。ある意味では、彼女たちも犠牲者であり、被害者なのだ。

 ちなみに、雪子が新子と社交ダンスの練習をするとか、北原に「もっと叱って」と言うとか、手を引っ張って「何か弾いて」と頼むとか、何となくレズビアンっぽいモノを匂わせるような描写が幾つか用意されている。たぶん同性愛を意識して盛り込んでいるわけではなく、単純に「先生と生徒、先生同士という関係の距離が近い」ということを示すための描写だろうとは思う。ただ、妙にエロティックな雰囲気があることは確かだ。
 なお、この映画は前後篇なので、この作品だけでは物語が完結しない。沼田が暴漢に襲われ、その知らせを受けた雪子たちが急いで出向いて画面から誰もいなくなり、『青い山脈 新子の巻』と文字が出て終幕となる。

(観賞日:2017年5月4日)

この記事が参加している募集

おすすめ名作映画

映画感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?