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『逢びき』:1945、イギリス

 ミルフォード駅のティー・ルーム。駅員のアルバートが、マダムのマートルに話し掛けている。テーブルに目を移すと、主婦のローラが医者のアレックと話していた。
 そこへローラの知人のドリーが現れ、お喋りを始めた。ローラはアレックを紹介し、来週には南アフリカへ行くことを話した。アレックは汽車が到着したため、ローラの肩に手を置いてティー・ルームを後にした。

 アレックが去った後も、まだドリーは喋り続けた。彼女がチョコレートを買っている間に、ローラが姿を消した。ドリーが見回していると、ローラはティー・ルームに戻り、「急行を見てたの」と告げた。
 気分が悪そうなので、ドリーは椅子に座らせて気付けのブランデーを飲ませた。ケッチワース行きの汽車に乗ったローラは、まだ喋り続けているドリーの騒がしさに辟易した。

 帰宅したローラは、寝室にいる息子のボビーと娘のマーガレットに顔を見せた。リビングへ行って夫のフレッドと話している最中、ローラは急に泣き出してしまった。心配するフレッドに、ローラは「何でもないわ、ミルフォード駅で目まいを起こしたの、なのにドリーがずっと喋って」と告げた。
 フレッドがクロスワードパズルを始め、ローラはレコードを掛けた。彼女は考えを巡らせた。数週間前までは、彼女は幸せな主婦だった。この家庭が全ての世界だった。だが、ローラは思い掛けない恋に落ちてしまったのだ。

 ローラがアレックと初めて出会ったのは、ミルフォード駅のティー・ルームだった。ある木曜日の夕方だ。帽子を被った彼が振り向いた時、ハンサムだと思った。
 ホームに出たローラは、急行が通過した時、目に煤が入ってしまった。ローラはマートルに水を貰い、洗い流そうとする。上手くいかずに困っていると、アレックが「私は医者です」と声を掛け、煤を取ってくれた。

 次の木曜日、ミルフォードの町へ買い物に出たローラは、読んだ本を図書部で別の本に交換し、日用品を購入し、外に出たところで偶然にもアレックと再会した。2人は軽く挨拶を交わして別れた。
 また次の木曜日、ローラはフレッドの誕生日プレゼントに置時計を購入し、昼食を取るため食堂に入った。アレックが店に入ってきたので、彼女は声を掛けた。

 店が込んでいたため、アレックはローラと相席で食事を取ることにした。その時、2人は始めて自己紹介をした。アレックはチャレーで開業医をしており、木曜日ごとに友人スティーヴン・リンの代理としてミルフォード病院へ来ていた。
 ローラは、木曜日ごとに買い物をして本を借り、映画を見て帰宅することを話した。するとアレックは自分も映画の予定だと言い、一緒にどうかと誘った。食堂にいた女性のチェロ奏者が、映画館でオルガンを演奏しながら現れたので、2人は顔を見合わせて笑った。

 駅まで戻る時、アレックはローラの腕を取った。2人は互いに、自分の配偶者のことを話した。列車が来るまで、ティー・ルームで休憩することになった。専門分野について熱く語るアレックの姿を見て、ローラは引き込まれた。
 汽車が来ると、アレックはローラに「来週も会いたい」と持ち掛けた。最初は断ろうとしたローラだが、アレックが熱心に誘うので、最終的には承諾した。しかし、彼が家に戻って妻に話すだろうかと考えている内に恐れを感じ、汽車の中で「二度と会うまい」と決心した。

 ローラは軽率な行動を反省したことで、心が軽くなって帰宅した。するとフレッドが険しい顔で迎え、ボビーが車にはねられて脳震盪を起こしたことを告げる。幸いにもボビーは大したことが無かったが、ローラは自分の行為に対する罰なのだと感じた。彼女はフレッドに、「男の人と映画を見たわ、お医者さんよ」と明かした。
 フレッドは「それは良かったね。素晴らしい職業だ」と軽く言い、クロスワードに没頭した。「夕食に招待しない?ハーヴェイ先生よ」とローラは話すが、フレッドは関心を示さなかった。思わずローラは「大したことじゃないのに深刻に考えたりして、滑稽だわ」と笑い出した。

 次の木曜日、ローラはミルフォードの食堂へ行くが、アレックは現れなかった。駅に戻った彼女は、ティー・ルームが待ち合わせ場所ではなかったかと考えるが、そこにも彼は姿を見せない。ホームに出るとアレックが乗るはずの汽車が到着したが、彼はいない。
 その時、アレックが慌てて走ってきた。「急な手術があった」と彼は説明した。彼は急いで汽車に乗り込み、見送るローラに「来週」と告げた。ローラは「ええ、来週」と告げ、ケッチワース行きの汽車に乗った。

 次の木曜日、ローラとアレックは映画を見に出掛けた。しかし退屈な内容だったので映画館を抜け出し、植物園を散歩した。ローラの心は弾んだ。遊ぶ子供たちを見てボビーのことを思い出しても、胸は痛まなかった。
 2人はボートに乗るが、アレックはヘマをして水に落ち、足を濡らしてしまった。2人はボートハウスに戻った。アレックは「分かってる?君が好きだ」と打ち明けた。

 アレックに「君も同じだ。恋をしてる」と言われたローラは、「ええ。だけで分別を持たなくては。忘れなきゃ」と言う。「もう遅いよ。思いは通じ合ってる」と告げるアレックに、彼女は「知り合って4週間しか経たないのよ」と述べた。
 しかしアレックは「君を愛してる。気持ちを偽らないで」と熱い気持ちをぶつける。ローラは「でも踏みとどまらないと。このまま続けていたら破滅しか無いわ。お互いに結婚してるのよ。今なら後戻りが出来る」と泣き出すが、アレックは「出来るものか」と告げた。

 ローラとアレックは駅に戻り、地下の構内でキスをした。アレックを見送って列車に乗った時、ローラは何の後ろめたさも感じず、ただ幸せだった。しかしケッチワースに戻った彼女は、途端に甘い夢から醒めた。
 帰宅した彼女は結婚して、フレッドに「親友のメアリーと昼食を取った」と嘘をついた。結婚してから初めての嘘をついたことで、ローラの中に罪悪感が芽生えた。ローラはメアリーに電話を掛け、一緒に食事をしたことにしてほしいと頼んだ。

 次の木曜日、ローラは病院の前でアレックと待ち合わせ、ロイヤル・ホテルで昼食を取った。食後、アレックは「驚かせることがある」と言い、ホテルの外へ駆け出した。
 ローラが待っていると、メアリーが従姉のローランサン夫人と食堂から現れた。ローラは戻ったアレックを2人に紹介した。「クリスマスに、彼と一緒に食事しなかった?」とローラは言うが、初対面だと知っていた。

 気まずい思いをしているローラに、アレックはスティーヴから借りた車を見せてドライブに誘った。2人は郊外へ出掛け、村外れで車を降りて散歩した。ローラとアレックは橋の欄干にもたれ、熱いキスをした。
 アレックは「車のキーを返すから」と言い、スティーヴが留守にしているアパートへローラを誘った。しかしローラは「帰らないと」と断り、アパートへ向かう彼と別れた。

 ミルフォードの駅へ戻ったローラは汽車に乗り込むが、出発直前に飛び降りた。彼女はアパートへ行き、スティーヴとキスをした。その時、スティーヴが帰宅するドアの音がしたので、ローラは裏の階段から抜け出した。
 雨の中を走ったローラは息切れして休み、恥ずかしさと惨めさに打ちのめされた。彼女は通りのタバコ店から夫に電話を入れた。嘘の理由を語り、夕食までに帰れないことを告げた。

 ローラが戦争記念碑の前でベンチに腰掛けていると、警官が怪しんで声を掛けてきた。ローラが駅へ行くと、アレックが現れた。ローラが「もうダメよ、惨めすぎるわ」と言うと、彼は「会うことをやめても、愛し続けることは出来る。でも、これっきりにするのは嫌だ」と告げる。
 ローラが同意すると、アレックは「慎重に心の準備をしよう。僕は近い内、よそへ行く。悲しくても、辛くても、来週、もう一度だけ会ってほしい」と頼んだ。

 アレックは、兄がヨハネスブルグで病院を開いたので、家族を連れて行くつもりだと語った。行くかどうか迷っていたが、決心したのだという。2週間以内に行くと言われ、ローラは驚いた。
 汽車に乗り込むローラに、彼は「許してくれ」と言う。ローラが「何を?」と訊くと、「全てだ。君に出会ったこと、愛してしまったこと、辛い思いをさせたこと」と口にした。ローラは「私も許して」と言い、汽車で去る。そして1週間後、2人が最後に会うと決めた木曜日が訪れた…。

 監督はデヴィッド・リーン、原作はノエル・カワード、製作はノエル・カワード、撮影はロバート・クラスカー、編集はジャック・ハリス、美術はL.P.ウィリアムズ。

 出演はセリア・ジョンソン、トレヴァー・ハワード、スタンリー・ホロウェイ、ジョイス・ケアリー、シリル・レイモンド、エヴァリー・グレッグ、マージョリー・マーズ、マーガレット・バートン他。

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 脚本家・演出家・俳優などマルチに活動した才人ノエル・カワードの戯曲『静物画』を基にした作品。カンヌ国際映画祭でグランプリと批評家賞を受賞した。
 ローラをセリア・ジョンソン、アレックをトレヴァー・ハワード、アルバートをスタンリー・ホロウェイ、マートルをジョイス・ケアリー、フレッドをシリル・レイモンド、ドリーをエヴァリー・グレッグが演じている。
 デヴィッド・リーン、ノエル・カワード、セリア・ジョンソンのコラボレーションは、『軍旗の下に』『幸福なる種族』に続いて3作連続となる。

 「古典的」という表現がピッタリと来るメロドラマである。もしも時代を現代に置き換えてリメイクしたら、「そんなの有り得ないぞ」という展開のオンパレードということになるだろう。もう一つ、「なんて古臭いんだ」ということになるかもしれない。
 ただし、例えば「目に入った煤を取ってもらう」という出会いのシーンなどは、当時は、まだ使い古されたパターンになる前だったのだ。

 先に、大きなマイナスを挙げておく。それはローラのモノローグが多いということだ。ドリーと汽車に乗ると、「貴方がゴシップ好きのお喋りじゃなくて心の許せる友人だったら、どんなに救われることか」と語るが、こんなのは、いちいちセリフにしなくても、ローラの表情を見るだけで伝わって来る。
 その後も、「たまらないわ、どうして、そんなに詮索好きなの。とにかく黙ってちょうだい」「この苦しみも切なさも、いつか過ぎるわ。いいえ、それは嫌。全てを覚えていたい」と、モノローグが続いていく。

 帰宅しても、ローラのモノローグは止まらない。「フレッド、貴方に打ち明けたいわ。きっと分かってくれる人だから。これが他人の話なら。でも貴方にだけは絶対に話せない。きっと傷付く。私たちは幸せな夫婦なのだから、それを忘れてはいけない。私は幸せな主婦だった。数週間前までは、この家庭が全ての世界だった。それが思い掛けない恋に落ちた」と、長いモノローグを語る。

 ミルフォードの町へ買い物に出たローラは、偶然にもアレックと再会する。この辺りも、彼女の行動や心情を全てモノローグで説明していく。
 このモノローグの洪水は最後まで止まらないのだが、それが邪魔で仕方が無い。「駅まで戻る時、彼は私の腕を取った」なんてことまでモノローグで説明するが、それは言葉じゃなくて映像で見せた方が、遥かに効果的だろうに。

 初めて一緒に映画を見た日、アレックはティー・ルームで「来週も会いたい」と言い出す。ここでローラは、いきなりOKはしない。最初は「日曜にでも家に来てくだされば歓迎しますわ」と他人行儀で対応し、アレックが「お願いだ」と食い下がると困惑の表情で「無理よ」と断る。
 ところが「汽車が出るわ、走って」と言い、「さよなら」と握手した別れ際になって、「来週ね」と口にする。その辺りの表現は上手いねえ。ただし、その後の長いモノローグがマイナスなんだけど。

 アレックからスティーヴのアパートに誘われたローラは、断って駅へ行く。ティー・ルームで迷った彼女は、ケッチワース行きの汽車が到着するアナウンスを聞いて「帰らなきゃ」と決心する。そして汽車に乗り込んだものの、「忘れ物をしたわ」と自分への言い訳を他の客に聞こえるように言い、汽車を降りてアパートへ向かう。
 その辺りの「すぐには決められず、さんざん迷った挙句に、ようやくアパートへ向かう」という観客に対する焦らし方もグッド。

 ローラは常に迷い、ためらっている。後悔したり、悩んだりしている。フワフワとした夢心地になったかと思うと、すぐに罪悪感を抱く。
 そのような心の揺れ動きが、見事に表現されている(モノローグは除いて)。自己中心的な心の揺れ動きじゃなくて、常に「悪いことをしているのでは、もう終わりにした方が良いのでは」といった、モラルとインモラルの狭間での揺れ動きなのだ。
 彼女もアレックも、「毎週木曜日だけ逢瀬を重ねる」という決まり事を決して破らない。恋の情熱が燃え盛っても、他の曜日にも会いたいとか、そういう要求はしない。とても慎ましい不倫関係なのだ。

 冒頭で、ローラとアレックがティー・ルームで話している場面が描かれている。ドリーが現れてお喋りを開始し、アレックはローラの肩に手を置いて汽車へ向かう。いつの間にかローラは消えており、戻って来ると「急行を見ていた」と説明する。
 回想に入り、終盤になって再び同じシーンが別アングルから描かれる。オープニングではアルバートとマートルが話している背景として登場したローラとアレックが、今度はクローズアップされ、会話の内容が描写される。

 オープニングとは異なり、終盤のシーンでは、それがローラとアレックにとって最後の時間だということが分かっている。そのため、いかにドリーのお喋りが邪魔なのかということが、強く伝わるようになる。そして、食堂を出たローラが何をしていたのかが明らかになる。
 ただ、ここでもやはり、「最後の数分に邪魔者をよこすなんて、運命は残酷だ。貴重な時間は踏みにじられた」というモノローグが、ドリーのお喋りと同じぐらい邪魔になるのだが。

 ラスト、フレッドがローラに告げる「遠くへ旅をしていたね。良く戻って来てくれた」というセリフがいい。
 妻の心が遠くへ行っていたことを実は気付いていた夫が、そのように理解があって温かい言葉を掛けることによって、「モラルの世界に戻ることを選んだローラの選択は間違いじゃないのだ」という気持ちにさせてくれる。
 悲劇のカタルシスではなく、優しい着地になっている。

(観賞日:2010年8月9日)

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