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『グリーンブック』:2018、アメリカ

  1962年、ニューヨーク。イタリア系アメリカ人のトニー・リップは、ナイトクラブ「コパカバーナ」で用心棒として働いている。ギャングのロスクードが荷物係に帽子を預けると、トニーは内緒で隠した。彼は騒ぎを起こした青年を叩きのめし、店から追い出した。コパは改装のため、閉店することが決まっていた。
 トニーはロスクードに帽子を届け、自分が見つけたと嘘をついて謝礼金を貰った。彼はブロンクスで妻のドロレス、息子のニック&フランキーと暮らしている。彼は黒人を嫌悪しており、2人の作業員が使ったコップをゴミ箱に捨てる。黒人への差別意識が無いドロレスは捨てられたコップに気付くが、トニーには何も言わなかった。

 トニーは親友のジョニーから「簡単に50ドル稼げる」と言われ、ゴーマンの店でホッドドッグの大食い競争に挑む。彼はポーリーとの対決に勝利し、帰宅してドロレスに賞金を渡した。
 トニーはコパのオーナーであるジュールス・ポデルから電話を貰い、「どこかのドクターが運転手を探している」と知らされる。トニーは面接の場所に赴くが、カーネギー・ホールだったので困惑する。しかしホールの支配人に面接のことを尋ねると、上の階に行くよう促された。

 トニーはドクターの助手を務めるアミットに書類への記入を指示され、奥の住居へ通された。屋内には豪華な調度品が飾っており、住人はドクター・シャーリーという黒人男性だった。彼は王様のような格好で現れ、玉座に座った。
 ドクターは自分がミュージシャンであること、コンサート・ツアーで南部を回ることを話し、「8週間の旅で、戻るのはクリスマス。週給100ドルだが、運転だけでなくスケジュール管理や身の回りの世話もやってもらう」と説明した。

 トニーが立ち去ろうとすると、ドクターはレコード会社の人間から彼の噂を聞いていたことを明かして「君を雇いたい」と告げる。しかしトニーが「俺は召し使いじゃない。雑用は御免だ」と言って週給125ドルを要求すると、ドクターは雇用を断って立ち去らせた。トニーがバーに入ると、バーテンのボビーが「オーギーが捜してた。奥の部屋にいる」と教える。
 トニーが奥の部屋へ行くと、ギャングのオーギーが「コパで騒ぎを起こした男は、ハンドの手下のマイキーだ。ポデルと話を付けた」と話す。「暇で稼ぎたいなら仕事を世話する」という彼の申し出に、トニーは「まだ懐は温かい」と嘘をつく。彼はチャーリーの質屋に行き、腕時計を預けて50ドルを受け取った。

 翌朝、トニーはドクターからの電話で起こされ、ドロレスと話したいと言われる。ドロレスはドクターから、8週間の長期ツアーとトニーの言い値で雇うことを説明した。トニーは音楽会社の社員から、報酬の半額とグリーンブックを渡された。
 グリーンブックには黒人でも利用できる南部の宿が記されていた。トニーはチェロ奏者のオレグとベース奏者のジョージに会い、ドクターがトリオでツアーに出ることを知った。彼は荷物を車に入れるよう促されても無視し、アミットに全てやらせた。

 ドクターはトニーが運転する車に乗り込み、会場に到着したら必ずピアノがスタインウェイかどうか確認するよう指示した。トニーは彼の前で、ドイツ人に対する差別意識を口にした。ドクターは移動中の車内でも、ピッツバーグのホテルでも、常に落ち着いた態度を見せた。
 トニーはドクターから「コンサートの前後で集まりに招かれ、土地の名士たちに紹介される。君の言葉遣いは独特なので、簡単な矯正法を教えよう」と言われ、「余計なおせっかいはクソ食らえだ」と吐き捨てた。

 豪邸に招かれたドクターは、司会者から3歳で初ステージを踏んだこと、3つの博士号を取得していること、ホワイトハウスでも演奏経験があることを紹介された。彼はオレグとジョージの3人で、大勢の招待客に見事な演奏を披露した。
 ドクターはトニーが黒人の使用人たちとギャンブルをしていたことを知り、「小銭を稼いで、いい気分か」と告げる。「誰でもやってるぜ」とトニーが悪びれずに言うと、彼は「彼らは会場に入れない。君は違う」と述べた。

 次のツアー先へ移動する途中、トニーはカーラジオでリトル・リチャードやチャビー・チャッカーの曲を流した。ドクターがチャビーやアレサ・フランクリンを知らないと知った彼は驚き、「アンタの兄弟だろ?」と口にした。田舎の土産物店に立ち寄った時、トニーは無人の露店からヒスイ石を盗んだ。
 目撃していたオレグから話を聞いたドクターは、トニーに「ヒスイ石を盗んだな」と告げる。「落ちていた石を拾っただけだ」とトニーはうそぶくが、「見せてくれ」とドクターに言われたので仕方なくポケットからヒスイ石を出した。ドクターから「戻って金を払え」と命じられたトニーは、苛立ちながらヒスイ石を店に戻した。

 インディアナ州ハノーヴァーのコンサート・ホールに入ったトニーは、ピアノが安物でゴミまで入っているのに気付いた。彼はステージ・マネージャーを見つけ、スタインウェイに交換するよう要求した。マネージャーが「黒人はどんなピアノでも弾くんだ」と拒否すると、彼は殴り付けてピアノを交換させた。
 ケンタッキー州を移動中、ドクターはトニーから家族のことを問われて「どこかに兄がいるが、疎遠になった。ツアーが多いせいで妻のジェーンとも別れた」と答えた。

 ケンタッキー州ルイビル。トニーはドグリーンブックに書かれていた宿にドクターを送り届けるが、黒人専用の安いモーテルなので驚いた。彼が近所のホテルで休憩しているとジョージが現れ、バーでドクターが袋叩きに遭っていることを知らせる。急いで駆け付けたトニーは、ドクターを暴行している白人グループに解放を要求した。
 一味は拒否し、ドクターにナイフで切り付けようとする。トニーが拳銃を所持している芝居で脅すと、店主がショットガンを一味に向けてドクターを解放させた。店を出たトニーが「この地域を知らないのか」と声を荒らげると、ドクターは「地域の問題かな。君の近所の店でも同じ騒ぎは起きた」と述べた。

 ノースカロライナ州ローリーへ向かう途中、トニーとドクターは農作業に励む黒人たちを目撃した。ドクターは豪邸に招待され、トリオで演奏した。彼が休憩中に排尿しようとすると、主人は黒人用のトイレを使うよう促した。ドクターは拒否し、モーテルへ戻った。
 トニーはオレグとジョージに、「俺なら廊下で小便する」と告げる。オレグは「まだ演奏がある。契約は守らねばならん」と言い、また同じようなことが起きても我慢するよう求めた。トニーが「説教するな」と突っ掛かると、オレグは「ドクターは北部ならチヤホヤされ、3倍の金を稼げた。だが、自らここに来た」と述べた。

 トニーが妻に手紙を書こうとすると、ドクターは心に響く美しい文章を教えた。ジョージア州メイコンでドクターがショーウィンドーに飾られている背広に目を留めると、トニーは「試着してみればいい」と勧めた。彼は店に入り、背広を試着させてほしいと店員に告げる。店員は笑顔で背広を渡すが、ドクターが試着すると知った途端に「困ります」と告げる。するとドクターは穏やかな態度で、店を後にした。
 その夜、トニーが警察署から連絡を受けて駆け付けると、ドクターが白人男性と共に捕まって全裸にされていた。トニーは警官を買収し、ドクターを解放させた。ドクターが「私を気遣うフリはやめろ。給料が心配なんだろ」と言うと、トニーは「助けてやったんだ、少しは感謝しろ。独りで出歩きやがって」と憤慨した。

 テネシー州メンフィス。ホテルに着いたトニーは、友人のドミニクとマグスに遭遇した。ドミニクたちはトニーが黒人の運転手をしていると知って軽く笑い、「仕事が欲しけりゃ世話してやる。今の2倍は稼げるぞ」と告げて立ち去った。
 ドクターはトニーに、「正式なツアーマネージャーとして雇いたい。責任は重くなるが、給料は増える」と持ち掛ける。トニーは「遠慮する。今まで通りでいい」と言い、仕事は辞めないと告げる。ドクターが「昨日は悪かった」と謝罪すると、彼は「気にするな。この世は複雑だ」と口にした…。

 監督はピーター・ファレリー、脚本はニック・ヴァレロンガ&ブライアン・カリー&ピーター・ファレリー、製作はジム・バーク&チャールズ・B・ウェスラー&ブライアン・カリー&ニック・ヴァレロンガ、製作総指揮はジェフ・スコール&ジョナサン・キング&オクタヴィア・スペンサー&クワミ・L・パーカー&ジョン・スロス&スティーヴン・ファーネス、共同製作はテッド・ヴァーチュー&ジェームズ・B・ロジャース、撮影はショーン・ポーター、美術はティム・ガルヴィン、編集はパトリック・J・ドン・ヴィトー、衣装はベッツィー・ヘイマン、音楽はクリス・バワーズ、音楽監修はトム・ウルフ&マニシュ・ラヴァル。

 出演はヴィゴ・モーテンセン、マハーシャラ・アリ、リンダ・カーデリーニ、セバスティアン・マニスカルコ、ディメター・マリノフ、P・J・バーン、マイク・ハットン、ジョー・コーテス、マギー・ニクソン、ファン・ルイス、ジョン・ソートランド、ドン・スターク、アンソニー・マンガノ、ポール・スローン、クイン・ダフィー、セス・ハーウィッツ、ハドソン・ギャロウェイ、ギャヴィン・フォーリー、ロドルフォ・ヴァレロンガ、ルイ・ヴェネレ、フランク・ヴァレロンガ、ドン・ディペッタ、ジェナ・ローレンゾ、スハイラ・エル=アーター他。

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 実話を基にした作品。監督は『ライラにお手あげ』や『帰ってきたMr.ダマー バカMAX!』などを手掛けてきたファレリー兄弟のピーター。単独での監督は、これが初めて。トニーをヴィゴ・モーテンセン、ドクターをマハーシャラ・アリ、ドロレスをリンダ・カーデリーニ、ジョニーをセバスティアン・マニスカルコ、オレグをディメター・マリノフ、プロデューサーをP・J・バーン、ジョージをマイク・ハットンが演じている。
 アカデミー賞の作品賞&脚本賞&助演男優賞(マハーシャラ・アリ)、ゴールデン・グローブ賞の作品賞&脚本賞&助演男優賞(マハーシャラ・アリ)など、数多くの映画賞を受賞した。

 前述したように多くの映画賞を受賞して高い評価も受けた作品が、一方で厳しい批判の声もあった。トニーを「white savior(救済者としての白人)」として描いていることが差別的だとして酷評する意見もあり、ドクターの遺族からも「事実と異なる」として抗議があった。昔からハリウッドでは白人が「黒人を救うヒーロー」として描かれることが多かったので、「またかよ」、そして「まだかよ」と感じた人も多かったんだろう。
 確かに、そういう見方も出来なくはない。なので、特に当事者である黒人からすると、腹が立つのも分からなくはない。ドクターの遺族から抗議が出るのも、これまた分からなくはない。何しろ企画して脚本を書いたのは、トニーの息子のニックだしね(ちなみに彼はオーギー役で出演もしている)。

 ただ、これは単純に黒人差別を描く作品ではなくて、「何者でもなかった男が居場所を見つける物語」ではないかと思うのだ。これまでファレリー兄弟は、眉をひそめたくなるような描写もあったが、ずっと障害者を「同情すべき可愛そうな人々」ではなく「個性を持つ1人の人間」として描くコメディー映画を何本も手掛けてきた。
 そんな兄弟のピーターなので、マイノリティーに対して「君は決して1人じゃないんだよ、君の居場所はあるんだよ」と訴えているんじゃないかと思うんだよね。

 今までに作られた「最初は険悪だった白人と黒人が仲良くなって」というパターンの映画と比較すると、「白人が粗野で下品で貧乏、黒人が冷静で上品で金持ち」という部分が大きな特徴と言っていいだろう。しかもドクターは単に金持ちというだけでなく、博士号を取得しているし、ホワイトハウスでの演奏経験もある。つまり地位や名誉も持っているのだ。
 しかもトニーが雇われの身で、雇い主がドクターだ。なので黒人への差別意識を持っている白人が、立場としては下なのだ。そのため、トニーは黒人を侮蔑しているにも関わらず、表面的にはドクターに従わざるを得なくなるわけだ。

 ただし、じゃあドクターが何もかもトニーより上の立場にあるのかと言うと、それは違う。あくまでも雇用関係においてはトニーより上というだけで、その関係から離れれば黒人であるドクターは様々な場所で差別を受ける身だ。ツアーの最中も、あちこちで酷い扱いを受けることが繰り返される。
 ずっと差別意識を持っていたトニーだが、黒人と長く一緒に過ごすことは無かったので、彼らが置かれている状況をツアーで初めて目の当たりにすることになる。

 ドクターは差別的な態度を取られても、基本的には穏やかに対応する。すぐに感情的になって反発したり、暴力を行使したりすることは無く、冷静に対処する。それだけでなく、トニーの行儀の悪さをたしなめたり、美しい言葉遣いを教えたりする。
 しかし、決して「何事においても立派な人格者」というわけではない。ロールモデルになるような人物ではなく、やたらと気位が高いし、自らトラブルを招く行動を取ったりもする。ドクターは最初から南部へ行けば酷い差別に遭うことを承知した上で、あえてツアーを組んでいる。独りで白人たちのバーへ出掛けるなど、わざと騒ぎを起こしたいのか、迫害を受けたいのかと思うような行動も取る。

 トニーはドクターと触れ合うことによって意識が大きく変化するが、実はドクターの方もトニーに大きな影響を受けて変化する。トニーは単に粗野で下品で無知なだけの男ではなく、仁義に厚くて人情味のある人物なのだ。彼にはドクターが持っていない良さがあり、だから単純な主従関係だけでは終わらない。
 だからこそ前述した「white savior」になってしまい、批判を浴びる結果にも繋がっているのだが、「互いに影響を受けて変化する」ってのは本作品の大切な部分だ。

 終盤、ドクターが差別的な白人警官たちに目を付けられると、トニーは腹を立てて殴り付ける。拘留されたドクターは司法長官に連絡して釈放してもらい、トニーの暴力行為を批判する。
 トニーは反発し、「俺はアンタより黒人だ。生まれはブロンクスで、家族のために必死で働いている。アンタは城に住んで金持ち相手の演奏会。俺の方が黒人だ」と怒鳴る。それは「黒人はスラムで暮らし、貧しい生活を送っている」という偏見による主張だが、そういう黒人が多かったのは事実だ。

 ドクターはトニーに対し、「私は独りで城住まい。金持ちは教養人と思われたくて私の演奏を聴く。その場以外の私は、ただのニガーだ。それが白人社会だ。私は独りで耐える。はぐれ黒人だから」と語る。
 彼は黒人でありながら、なまじ教養があって金持ちだったせいで仲間として認めて貰えない。だからと言って、白人社会に溶け込めるわけでもない。どこにも居場所が無い中で、ずっと孤独を抱えて生きてきた男なのだ。

 トニーがドクターに反発したのは、黒人を差別する白人警官たちに激怒して暴力行為に出たのに、それを批判されたからだ。ドクターの怒りを共有し、彼を守るために殴ったのに、厳しく説教されたからだ。そんな彼に対し、ドクターは「品位を保つことが勝利をもたらす」と説教する。
 だが、彼は「白人専用レストランで食事させないと演奏しない」と支配人を脅したりして、やたらとトラブルを起こしている。それって、品位を保っているつもりかもしれないけど、トニーを非難できるような行動とは思えない。決してドクターの行動が悪いと言いたいわけじゃなくて、トニーを頭ごなしに責めるのはどうなのかなと。

 終盤、ドクターはトニーに連れられて庶民的なバーを訪れ、ピアノを演奏するよう促される。彼がクラシックを披露すると、バンドが演奏を始める。それはブギウギなのだが、ドクターも参加してノリノリになる。ずっとクラシック畑だった彼にとっては初めてのジャンルかもしれないが、ものすごく楽しそうだし、充実感を味わっている。そしてバンドも楽しそうだし、店の客も盛り上がっている。プライドを捨てて溶け込もうとすれば、居場所を見つけることは出来るのだ。
 映画のラスト、ドクターは意地を張らずにトニーの招待を受け入れ、彼の家で開かれているクリスマス・パーティーに出席する。そしてトニーとドロレスに歓迎され、居場所を見つけるのだ。

(観賞日:2021年6月5日)

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