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『くちづけ』:1957、日本

 大学生の宮本欽一は選挙法違反で収監されている父・大吉に面会するため、小菅拘置所を訪れた。面会室へ行くと、同世代の女・白川章子が泣きながら外へ飛び出してきた。
 欽一は大吉と会い、保釈には10万円が必要だと聞かされる。欽一は「保釈金を用意する」と自信に満ちた態度で父に約束した。彼は弁護士会を訪れ、父の担当である横河弁護士と話そうとするが、そっけなくあしらわれた。

 帰ろうとした欽一は、売店の売り子に金が足りないことで責められている章子を目撃した。欽一は売り子の態度に腹を立て、自分の金を叩き付けて拘置所を去った。
 章子が釣銭を受け取って追い掛けると、欽一は逃げ出した。しかし欽一がバスに乗り込むと、彼女も付いて来た。章子は金を返すと言うが、欽一は返さなくていいと突っぱねる。欽一がバスを降りて競輪場へ行くと、章子も付いて来た。

 欽一が章子の生まれ月を聞いて6番に賭けると、大穴が的中した。欽一は章子を誘い、中華料理店で食事を取った。章子は彼に、役所で働いていた父親が横領で逮捕されたこと、保釈金には10万円が必要なこと、母親が結核で療養所に入っていることを語る。
 2人は紙に住所と名前を書いて交換する。まだ金が余っているので、欽一は章子に「この金で遊ぼう」と持ち掛けた。欽一は親友の島村にバイクを借り、章子を乗せて江ノ島へ出掛ける。

 欽一と章子は水着を買って、海水浴を楽しんだ。そこに大沢和彦という男が現れ、章子に声を掛けた。章子は彼を冷たくあしらう。
 章子は欽一に、絵描きの息子だと彼のことを説明した。章子は欽一に自分の仕事を明かしていなかったが、実はヌードモデルで稼いでいた。章子が画家・大沢繁太郎のモデルをしているので、和彦は彼女と知り合いだったのだ。

 章子とローラースケートで遊んでいた欽一は、ホテルに入っていく母の良子を目撃した。欽一は章子に「ビーチハウスへ行っててくれ」と言い、ホテルへ向かう。良子は政治に没頭する大吉に愛想を尽かして離婚し、宝石ブローカーとして裕福な暮らしを送るようになっていた。
 欽一は良子が商談を終えた後、父の保釈金10万円を貸してほしいと持ち掛けた。しかし良子は「あの人への愛情は全く無い」と言い、その申し入れをピシャリと断った。

 章子がビーチハウスで待っていると、和彦が現れた。彼は章子が父の保釈金の工面で困っていることを知っており、「俺と付き合えば金は用意する」と持ち掛ける。だが、章子は和彦を嫌悪しており、何の迷いも無く断った。
 章子は欽一と合流し、屋内に移動した。ピアノと楽譜を見つけた彼女は、欽一に演奏できるかどうか尋ねる。欽一が弾けると答えると、彼女は楽譜の曲を演奏するよう頼む。彼の伴奏に合わせて、章子は歌を披露した。

 和彦がピアノの傍に現れ、章子をからかった。欽一が腹を立てて酒を浴びせると、和彦は顔面を殴り付けた。和彦は彼に掴み掛かろうとするが、章子がなだめて外へ連れ出した。章子は酒を飲み、欽一に「愛してると言って」とせがむ。欽一がぶっきらぼうに拒否すると、彼女は「ひねくれ者」と不機嫌になった。
 欽一が帰ろうとすると、章子は「帰るなら一人で帰ってえ。私はいつも一人だわあ」と、どこか芝居がかった態度で口にした。欽一は彼女を残し、バイクにまたがって走り去った。

 翌朝、章子は母・清子の入院している結核療養所を訪れた。章子は看護婦に、来月から保険が切れて入院費が倍額になることを告げられる。父が役所をクビになったため、保険が切れたのだ。しかし清子に心配を掛けたくない章子は、父が捕まっていることを内緒にする。
 一方、欽一は母の車のナンバープレートから、住んでいるアパートの場所を突き止めた。欽一はアパートを訪れ、改めて保釈金を貸してほしいと頼んだ。欽一が甘えた素振りを示すと、良子は10万円の小切手を書いた。

 欽一は小切手を持って、横河の元を訪れた。しかし横河は「検事の取り調べが残っているので、当分は保釈されることは無いだろう」と言い、やる気の無い様子を見せた。
 章子は繁太郎からモデルの仕事で呼ばれ、大沢家を訪れた。章子は和彦に「10万円を貸してほしい」と申し入れ、それと引き換えに彼と付き合うことを承諾した。章子は和彦に、夜の8時に自分のアパートへ来るよう告げた。

 欽一は馴染みのバーへ行き、小切手を見せて「借りないか」と持ち掛けるが、誰も相手にしなかった。彼が不貞腐れて帰宅すると、ばあやは来客があったことを告げ、立ち去った女性がメモを渡す。
 訪れたのは章子で、メモには「もいちどお目にかかりたいと思って来ましたが、やっぱり駄目でした。もうお会いしません。サヨナラ」と記されていた。すぐに欽一は「彼女に10万円をあげればいいんだ」と思い付き、笑顔になった。しかし彼は、章子の住所を書いたメモを失くしていた…。

 監督は増村保造、原作は川口松太郎「オール読物」所載、脚本は舟橋和郎、製作は永田秀雅、企画は原田光夫、撮影は小原譲治、録音は須田武雄、照明は米山勇、美術は下河原友雄、編集は中静達治、音楽は塚原晢夫。

 出演は川口浩、野添ひとみ、三益愛子、若松和子、清水谷薫、入江洋佑、小澤栄太郎、若松健、河原侃二、吉井莞象、村瀬幸子、見明凡太朗、ジョー・オハラ、高村英一、小杉光史、山口健、須藤恒子、村田扶実子、夏木章、南方伸夫、原田[言玄]、米澤富士雄、伊藤直保、竹里光子、黒須光彦、成田昇二、高木信二、松平直子、橋本敏子、西川紀久子ら。

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 増村保造の監督デビュー作。原作は大映の重役である川口松太郎の同名小説。
 欽一を川口浩、章子を野添ひとみ、良子を三益愛子、章子のヌードモデル仲間・房子を若松和子、良子が商談をする良家の妻を清水谷薫、島村を入江洋佑、大吉を小澤栄太郎、和彦を若松健、章子の父を河原侃二、繁太郎を吉井莞象、清子を村瀬幸子、横河を見明凡太朗、モデルクラブ店主をジョー・オハラが演じている。

 川口浩は、原作者である川口松太郎の息子。欽一の母親を演じた三益愛子は川口松太郎の妻で、つまり川口浩の母親。川口ファミリーが揃った映画というわけだ。さらに言えば、ヒロインを演じた野添ひとみは、後に川口浩と結婚する。
 ちなみに増村保造は、全くモダンなところが無いシナリオを渡されて演出することに乗り気ではなかったものの、師匠筋である市川崑に諭されて引き受けたらしい。

 増村保造監督は1947年に大映へ入社したが、1952年にイタリアへ渡り、ミケランジェロ・アントニオーニやピエトロ・ジェルミなど数多くの映画人を輩出したイタリア国立映画学校で学んだ。1950年代のイタリアと言えば、チネチッタが世界的に大きな注目を集めていた時期だ。
 帰国した増村監督は大映に復帰し、『赤線地帯』や『処刑の部屋』といった作品で助監督を務め、本作品でデビューすることになった。彼の監督デビューは、いわば「イタリアで映画を学んだ大型新人のデビュー」であったわけだ。

 そんな注目のデビュー作は、あまり大映っぽさを感じさせない。じゃあ具体的に大映の現代劇はどういうモノなのかと問われると返答に困るところもあるのだが、何となく「石原裕次郎が入社して以降の日活の青春映画」に近い雰囲気を感じる。
 当時としては、たぶん本作品は、かなりモダンで新鮮味のある映画だったのだろうと思う。印象的なのは、テンポの速さだ。欽一と章子の会話劇において、あまり間を取ったりタメを作ったりせず、ポンポンと言葉をやり取りしている。

 この映画の会話劇は、良く言えば「小気味よいテンポ」ということになるだろう。ただし、その小気味よすぎるテンポと、話している言葉や台詞回しを総合すると、「いかにも作られたセリフを喋っています」という印象は否めない(それは時代の変化によって、そう感じるようになっただけで、当時の観客なら自然に受け取ることが出来たのかもしれないが)。
 しかし、リアルな肌触りではないが、個人的に、そういう「いかにも芝居です」という会話劇で構築された青春恋愛劇は嫌いじゃない。そこに、青春の瑞々しさ、青臭さなどを感じて、それを「青春の輝き」として好意的に捉えることが出来るのだ。まあ、ここは大いに個人的な嗜好が関係している感想だが。

 欽一と章子の物語は、いかにも浮世離れした、絵空事のような恋愛模様だ。欽一の拗ねたような態度や、ぶっきらぼうな振る舞い、章子の異様なまでに情熱を発散する押しの強さは、こっ恥ずかしくなるぐらいに古めかしい「青春」であり、思わずニヤニヤしてしまう(決して嫌味で言っているんじゃないよ)。
 章子なんて、出会ったその日に「愛して頂戴」とガンガン来るんだから、普通に考えりゃイカれた女だ。欽一が彼女を突き放すような態度を取るのは、当然と言える。

 ところが、この映画だと、欽一が彼女に「愛してる」と言わないのは、「本当は愛しているのに素直になっていない」という設定なのだ。2人は出会ってすぐに、強く愛し合う関係になっているのだ。それって「異常なカップル」でしょ。
 でも前述したように、この映画の「絵空事」の世界観を感じているので、そういう「イカれたほどに愛のパワーを放出するカップル」に何の拒否反応も示さず、私は好意的に受け入れることが出来る。

(観賞日:2012年6月29日)

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