見出し画像

『稲妻』:1952、日本

 数えで23歳になる小森家の三女・清子は洋品店を営む次女・光子の家で居候しながら、遊覧バスのガイドとして働いている。長女の縫子は光子の元を訪れ、清子に見合いをさせる計画を語る。
 相手は35歳になるパン屋の綱吉で、渋谷で温泉旅館を始めようとしている。そこには縫子の夫・龍三も共同出資しているのだという。清子は母・おせいの家を訪れて見合いの話を知るが、全く乗り気ではなかった。

 おせいは「兄ちゃんも、いい話だって言ってるよ」と口にした。清子の兄・嘉助は無職で、パチンコ店に入り浸っていた。「南方ボケって、あんなに長く続くもんかい?」と言う母に、清子は「お母ちゃんが大事にするからよ。甘ったれてるんだわ」と告げる。
 母から「お光と呂平さん、上手くいってるのかい」と訊かれた清子は、仕事中に見た光景を思い出す。彼女は銀座で、光子の夫・呂平が女と一緒にいる姿を目撃していた。

 「呂平さんみたいな人でも、浮気する?」と質問する清子に、おせいは「分かんないよ、男なんて外に出たら」と母は答える。彼女は4人の男と結婚した過去があり、子供の父親は全て異なっていた。
 下宿人の女性・桂が戻って来て、2階に上がった。おせいは清子に「お前の友達で、誰かいないかい?あの人、間代が溜まっちまってね」と困ったように漏らした。

 嘉助が帰宅し、パチンコの戦利品を得意げに見せた。桂はアルバイトに行くため、再び外出した。清子は「私も、もっと勉強したい」と口にする。おせいは「お前、数えで23だよ」と、早く結婚するよう促した。しかし清子は「お母ちゃんやお姉ちゃんたちを見たって、結婚が幸福だなんて思えないわ」と消極的だった。
 一方、縫子は綱吉と会っていた。綱吉は彼女に、「お清ちゃんを世話してくれたら、渋谷のホテルはアンタに任せるから」と告げた。

 清子が店に戻ると、光子は呂平の帰りが遅いことを心配している。清子が母から結婚を勧められたことを話すと、光子は縫子が持ち込んだことだと明かし、「アンタなら大丈夫よ。私なんて、お姉さんに押し付けられたみたい」と言う。
 清子は「お縫姉ちゃんみたいなのが兄弟かと思うと、嫌になっちゃう」と苦い顔をした後、「姉ちゃん、どうなの、自分で自分のこと?」と尋ねる。光子は「今はあの人のこと、大事に思ってるわ。さっきだって一人でご飯を食べても、食べたようじゃない」と言う。

 光子は呂平を捜すため、出掛けて行った。店に龍三が現れ、縫子の帰りが遅いことを清子に話す。龍三は「清ちゃんは、いい女房になってくれよ」と告げて立ち去る。翌朝になっても、呂平は戻らなかった。仕事に出た清子は連絡を受け、呂平が脳溢血で死んだことを知った。
 葬儀の後、綱吉が焼香にやって来る。縫子は調子良く応対し、おせいと嘉助に挨拶を促す。上の階では光子が涙に暮れている。清子は光子に、「お縫姉ちゃん、一人で得意になりたがっている」と不愉快そうに言う。

 綱吉は、「新しい店を嘉助さんに任せようかと思っている」と調子のいいことを言う。縫子は「この人に任せておけば大丈夫」と述べ、甲斐性無しの夫をバカにする。
 縫子は清子に、下りてくるよう要求する。応答が無いので、嘉助に呼んでくるよう指示する。嘉助は2階に行き、「いけ好かない」と縫子のことを愚痴る。清子が縫子の声を無視していると、彼女は上がってきて平手打ちを食らわせた。

 後日、家を引き払って実家へ戻ることにした光子の元を、龍三が訪れる。彼は「旅館を手伝ってくれないか」と光子に持ち掛け、「保険が入ったら相談してほしい」と告げて立ち去る。清子は光子に「気を付けなきゃダメよ。お姉ちゃんに焚き付けられて来たのよ」と警告する。
 そこへ、りつという女性が赤ん坊を背負ってやって来た。清子が勤務中、呂平と一緒にいるのを目撃した女性だ。彼女は呂平の愛人だった。りつが花代を差し出すと、光子は動揺しながら返却した。りつは「いずれ改めて伺います」と告げて去った。光子は「こんな家、早く引き上げちまおうよ。いいことなんて何も無いんだもん」と泣いた。

 光子と清子は家を引き払い、実家へ向かう。先に荷物を運び込んだ縫子は、おせいに「保険が入ったら龍三が借りたいと言ってるから、おっかさんから訊いてくんない?」と告げる。おせいは「私も少し借りて、嘉助に洋服の一つも作ってやらなくちゃ」と口にする。
 清子が来ると、おせいは「2階の人、もうじき出てもらうことになってんの」と告げる。清子が2階へ行くと、桂は間代を稼ぐために仕事をしていた。室内には多くの書物が並んでおり、絵が飾ってあった。

 おせいは光子に、縫子が保険を貸してほしいと言っていることを伝える。すると嘉助も、就職資金が欲しいから融通してくれと頼んできた。光子は「何の権利があって保険のことなんか気にするの」と怒鳴り、外に出て涙を流した。
 光子は清子に、「死んだ人の方が幸福ねえ」と漏らした。保険金はそれほど高額ではなく、呂平の借金も残っていた。光子は、渋谷へ出て温泉旅館で働くことにした。

 光子はおせいと嘉助を伴い、呂平の遺骨を寺へ納めに行く。清子は自分の小遣いで桂にご馳走した。清子が「住み込みの家庭教師って、辛いんですか」と尋ねると、桂は「辛くない仕事ってあるのかしら」と微笑みながら言う。彼女は母の形見だというレコードプレーヤーを掛け、「このぐらいの贅沢は許されていいと思うんです」と告げる。
 清子が結婚を考えるのか質問すると、桂は「ええ、火のような恋愛をしてから」と答えた。綱吉が来たので、清子は桂に出てもらい、「誰もいないんです」と言ってもらった。

 光子は遺骨を納めて帰宅した後、しばらく泣き続けた。おせいは「お寺に納めるんじゃなかった」と漏らす。2階から下りてきた光子は清子たちに、昼間の出来事を話す。旅館で仕事をしていると、悪酔いした龍三が現れ、縫子に別れてくれと言われたことを話した。
 龍三が荒れて縫子に掴み掛かると、彼女は冷たく突き放した。縫子は温泉旅館に入り浸っており、綱吉にベッタリだった。しかし縫子が一方的に夢中になっているだけで、綱吉は清子と結婚したがっているらしい。

 おせいは光子に、りつから手紙が届いていることを告げた。そこには、20万円ほど融通してほしいという旨が綴られていた。清子はりつのアパートを訪れる光子に同行した。
 りつは当たり前のように、金を融通するよう要求した。その生意気な態度に清子は腹を立てるが、光子は「出来るだけのことはします」と言い、とりあえず5万円を差し出した。帰り道、清子は「もっと金をせびり取られるよ」と注意するが、光子は「しょうがないわ。私、呂平さんのために何でもしてあげたくなっちゃうの」と告げた。

 ある日、清子が帰宅すると、就職がダメになった嘉助が龍三と飲んでいた。龍三と嘉助は、綱吉への恨みで意気投合した。光子は保険金を元手にして、喫茶店を始めることにした。
 綱吉が来ると、龍三は彼に掴み掛かった。その様子を見ていた清子は、露骨に不愉快そうな表情を示した。彼女は仕事仲間に紹介してもらい、世田谷で下宿することにした。大家の杉山とめは夫を亡くし、娘たちも結婚したため一人で暮らしていた。彼女は親切な女性で、清子に蕎麦をご馳走してくれた。

 清子が蕎麦を食べていると、下宿先の隣に住んでいる国宗つぼみと兄・周三がやって来た。とめの紹介を受け、清子は2人に挨拶した。とめは清子に、とても仲の良い兄妹であること、周三は妹をピアニストにするため会社以外に家庭教師のアルバイトもしていること、妹の手が荒れるといけないので洗濯もやっていることを語った。
 清子が荷造りをするため実家へ戻ると、龍三が転がり込んでいた。おせいが龍三の世話をしていると知って、清子は呆れた。

 荷物を下宿へ運ぶ途中で休憩していると、通り掛かった周三が「お持ちしましょうか」と優しく声を掛けた。荷物を運んでくれた周三に礼を言い、清子は下宿に到着した。2階から見下ろすと、周三が洗濯物を干しており、清子は穏やかに微笑んだ。
 清子は神田へ出掛け、喫茶店の開店準備をしている光子を訪ねた。しかし奥から綱吉が現れたため、清子は途端に険しい表情へと変わった。光子は店を出すため、綱吉の世話になっていた。綱吉は縫子と光子を愛人にしながらも、清子に言い寄った。清子は激しく拒絶し、店を去った…。

 監督は成瀨巳喜男、企画は根岸省三、原作は林芙美子、脚本は田中澄江、撮影は峰重義、照明は安藤眞之助、録音は西井憲一、美術は仲美喜雄、編集は鈴木東陽、音楽は齋藤一郎。

 出演は高峰秀子、三浦光子、香川京子、村田知英子、根上淳、小澤榮(俳優座)、浦辺粂子、中北千枝子、瀧花久子、植村謙二郎、杉丘毬子、丸山修、高品格、伊達正、宮島健一、須藤恒子、新宮信子、竹久夢子、紀原耕、高見貫、佐々木正時、鈴木信、松村若代、日高加月枝、浜路眞千子ら。

―――――――――

 林芙美子の同名小説を基にした作品。成瀬巳喜男監督が『めし』に続いて林芙美子の作品を映画化している。彼は本作品でブルーリボン賞の監督賞を受賞した。成瀬が初めて大映で撮った映画である。
 清子を高峰秀子、光子を三浦光子、つぼみを香川京子、縫子を村田知英子、周三を根上淳、綱吉を小澤榮、おせいを浦辺粂子、りつを中北千枝子、とめを瀧花久子、龍三を植村謙二郎、桂を杉丘毬子、嘉助を丸山修が演じている。

 人間の愚かしさ、醜さ、情けなさ、脆さ、だらしなさ、そういう「負」の部分を、清子は周囲の人々から感じ取っている。清子は時に呆れ、時に嘆く。そして彼女は、女にも男も幻滅する。
 男はロクでもない奴らばかりで、女は男との関わりを持たないと生きていけない面々ばかりだ。そういうことが、清子には納得できない。だから清子は、そういう面々とは違った生き方を望んでいる。

 呂平が死んだというのに、縫子は光子を思いやることも無く、綱吉の機嫌を取ることばかり気にしている。さらに、保険金を借りることに執着し、そこには母親も同調する。いけ好かない銭ゲバの縫子に対して不快感を抱く清子だが、一方で光子に対しても、同情はするものの、そういう生き方をしたいとは思わない。
 光子は縫子から押し付けられて呂平と一緒になったのに、今では一人で食事をしても食べた気分になれないぐらい彼のことを思っている。そんな話を聞いた清子は、「つまんないなあ、女って」と感想を漏らす。

 光子はメソメソと泣いてばかりいて、さらに愛人から金を要求されても「出来る限りのことはします」と卑屈になる。彼女は、「それが呂平のため」と考えている。それぐらい、呂平に依存しているのだ。
 しかし、そんなに呂平を思っていたのに、彼女は裏切られている。しかも彼女は、その後、綱吉の愛人になっている。ようするに、呂平ではなく、男性に依存しないと生きていけないのだ。

 清子の周囲にいる面々は、それぞれにタイプは違うが、みんな保守的な生き方をしている。女たちは、みんな男との関係に依存している。
 おせいは4人の男と結婚し、今は息子を甘やかしている。縫子は金儲けの上手い綱吉に夢中になっている。清子は呂平のことでメソメソと泣き続ける。そんな面々にウンザリしている清子の前に、リベラルな生き方をしている女性が現れる。それが桂だ。

 間代を稼ぐために仕事に励み、多くの書物を所有し、絵を飾っている桂を、清子は憧れの眼差しで見つめる。清子にとって、桂は理想的な女性なのだ。
 男に依存せず、媚びることもしない。男に対する弱さが無く、調子良く機嫌を取るわけでもない。男との関係に捉われることなく、自立している。桂は間代さえ払えないぐらい貧乏ではあるが、それでも清子にとってはロール・モデルと言える存在だ。

 清子は自分の周囲にいる有象無象の連中に嫌気が差しており、そこから逃れるために下宿へ移る。そこで出会ったつぼみと周三に、彼女は爽やかさ、健やかさを感じる。桂がいなくなった後、そこが清子にとって心の安らぐ場所となる。
 さらに周三に対しては、明らかに好意を抱いている。それまで清子の周囲にいた男性とは全く違う周三に、淡い恋心が芽生えているように見える。ただ、その兄妹と触れ合いは少なく、周三との関係が発展するような兆しも無いまま終わっているので、ちょっと尻切れトンボに感じられる。

 ただし、ラストシーンの描写は素晴らしい。清子はおせいが博打にハマった龍三に金を出していると知り、それを惨めだと感じる。そして「どうして私たちを同じお父さんで産んでくれなかったのよ。産んでくれなきゃ良かったのに」と怒りをぶつけ、親子はいがみ合い、そして泣く。
 ところが窓の外で光る稲妻を見た途端、清子は優しくなり、そして母子は笑顔で会話を交わす。不満を吐き出した後、稲妻という些細なきっかけで、すぐ元通りになる親子の姿。とても微笑ましくて、ほっこりするラストシーンになっている。
 ただし、その前におせいは「光子がいなくなった」ということで下宿を訪れており、実のところ、その問題は解決されてないんだけどね。

(観賞日:2011年3月26日)

この記事が参加している募集

#おすすめ名作映画

8,270件

#映画感想文

68,281件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?