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『深夜の告白』:1944、アメリカ

 深夜に猛スピードで車を走らせたウォルター・ネフは、勤務するパシフィック保険会社に辿り着いた。オフィスに入った彼は録音機を回し、同僚のバートン・キーズに向けて社内メモを残すことにした。1938年7月16日のことである。
 ネフは「これは告白だ。君に真実を伝えておきたかった。倍額傷害保険のディートリクソンは、事故でも自殺でもない。君の言う通り、殺人だ。だが、犯人の男を間違えた。僕が殺した。金と女のために。だが、どちらも手に入らなかった」と語った。

 5月の終わり、ネフは自動車保険の更新でディートリクソンの家へ赴くが、彼は不在だった。妻のフィリスが出て来たので、ネフは「契約が切れているが、彼と連絡が付かない」と説明した。フィリスは彼に、夫は油田で仕事中で明日の夜には戻ると説明した。ネフはフィリスに惹かれ、彼女を口説くような言葉を並べた。フィリスは大人の対応で、明日の夜に改めて来るよう告げた。
 ネフが会社に戻ると、キーズはトラック運転手のサムと話していた。サムは「トラックが燃えたから金を払え」と詰め寄るが、キーズは彼が放火したことを突き止めていた。キーズはサムに請求を放棄させて帰らせた後、ネフに「会社は保険を売ればいいと思ってる。俺が不正を見つけないと、金は出て行くばかりだ」と不満を吐露した。

 ネフのオフィスには、フィリスから「明日ではなく木曜の午後3時に来てほしい」とメッセージが届いていた。ネフが指定の日時に赴くとディートリクソンは不在で、フィリスは「夫は更新するそうよ」と言う。
 彼女は「夫は重役なのに現場に出てる。事故に遭うかもしれないから心配なの」と話し、傷害保険について尋ねた。ネフは保険の内容を説明し、死亡時は5万ドルが支払われることを教えた。フィリスは彼に、夫は耳を貸さないので内緒で加入できないかと持ち掛けた。

 ネフが「殺したいんだろ。保険金を手にする方法を教えるとでも思ったか。馬鹿にするな」と言い放つと、フィリスは「出て行って」と告げた。ネフは屋敷を去るが、フィリスのことが頭から離れなかった。フィリスは彼の部屋を訪れ、「誤解されたようね。私は酷い女じゃないわ。最初に会った時のように優しくして」と告げる。
 彼女は「ずっと主人に監視されてる気がするの」と語り、同情を誘おうとする。ネフは気の無いフリをするが、フィリスが帰ろうとすると引き留めてキスをした、ネフが「君に夢中だ」と本心を明かすと、フィリスは彼に抱き付いて「私もよ」と口にした。

 フィリスはネフに、夫が自分よりも先妻の娘であるローラを愛していることを話す。「別れればいい」とネフが言うと、彼女は「離婚には応じてくれない」と告げる。フィリスは夫の生命保険の受取人がローラになっていること、自分には何も無いことを語る。
 フィリスは夫を殺す気など無いと言うが、ネフは「キーズの目は欺けない。殺人が絡めば確実に絞首刑だ。もう忘れろ」と説いた。しかし彼はフィリスと会う以前から、保険金殺人の機会を密かに狙っていた。

 フィリスが「主人の所には帰りたくない。死刑になってもいい」と吐露すると、ネフは「僕が手を貸す。完璧にやれる」と述べた。ネフはフィリスに、ディートリクソンを傷害保険に加入させることを告げる。証人が必要であることをネフが説明すると、フィリスは彼が訪ねる時にローラを同席させた。
 ネフは自動車保険の更新だとディートリクソンに説明し、傷害保険の契約書にサインさせた。ディートリクソンがスタンフォード大学の同窓会でパロアルトへ行くことを知った彼は、フィリスに「汽車で行かせろ。傷害保険には倍額特約が付く。列車に乗ってて死亡したら10万ドルだ」と語った。

 ネフが車に戻るとローラが乗っており、バーモント通りまで送ってほしいと頼む。彼女は両親に「友人のアンとスケートに行く」と語っていたが、実際は恋人のニーノと約束していた。
 ネフが嘘を見抜いて指摘すると、ローラは「父は理解が無いし、フィリスは私を嫌ってる。だから嘘をつくの」と告げた。ネフが待ち合わせ場所まで送り届けると、ニーノは敵対心を剥き出しにした。ローラがなだめても、彼はネフへの攻撃的な態度を変えなかった。

 ネフとフィリスはスーパーで偶然を装って会い、計画を入念に確認した。フィリスは彼に、ディートリクソンが脚を骨折してパロアルトへ行く予定は中止になったことを伝えた。ネフは何もせずに機会を待つよう指示し、焦る彼女を諌めた。
 1週間後、ネフのオフィスにキーズが来て、営業から保健調査員に移るよう誘った。ネフが断っていると、フィリスから電話が入った。フィリスは彼に、医者の許可が出てディートリクソンが同窓会に行くことを伝える。ネフはキーズに気付かれないよう注意しながら、計画を確認した。

 ネフはアパートに戻り、駐車場係のチャーリーに洗車を頼んだ。部屋に戻った彼は、同僚のルーに電話を掛けた。ネフはディートリクソンと同じ格好に着替え、部屋に細工を施して外出した。彼はディートリクソンの屋敷へ行き、車の後部座席に隠れた。
 フィリスは松葉杖を使う夫と共にガレージへ来て、車に乗り込む。フィリスは車を走らせ、ネフはディートリクソンを殺害した。彼はディートリクソンのフリをして、汽車に乗り込んだ。

 ネフが展望室へ行くと、ジャクソンという男が話し掛けて来た。ネフは葉巻を忘れたと嘘をつき、ジャクソンが取りに行くよう仕向けた。彼は展望室から列車を降り、待っていたフィリスと合流した。帰りの車中で、ネフとフィリスは審問に備えて受け答えの練習をした。
 帰宅したネフは、電話も来訪者も無かったことを確認した。彼はチャーリーに姿を見せ、再び外出した。完璧な計画だと感じたネフだったが、急に不安が襲って来た。

 翌日には事件が報じられ、キーズが調査を開始した。警察はディートリクソンが展望車から転落死したと判断するが、保険会社の社長であるノートンは納得しなかった。彼はネフとキーズを呼び、「事故ではない」と断言する。
 彼はフィリスを呼び、自殺を疑っていることを明らかにした。ノートンが裁判を避けるために互いに妥協することを提案すると、フィリスは怒って拒絶した。彼女が去った後、キーズはノートンの自殺説を否定して「保険金を支払うしかない」と告げた。

 安心して帰宅したネフはフィリスの電話を受け、会いに行こうとする。そこへキーズが現れ、「ディートリクソンは傷害保険に加入した後で脚を骨折したのに、保険金を請求しなかった。何かおかしい。カラクリがある」と語る。キーズはネフに、ディートリクソンが何者かに殺されたこと、フィリスの関与を疑っていることを話す。
 ネフの部屋に来たフィリスは、ドア越しに会話を盗み聞きした。ネフが「彼女は乗車してない」と言うと、キーズは「分かってる。だが誰かが殺したのは確かだ」と述べた。キーズは「あの女を調べたい。警察に突き出して締め上げれば必ず吐く」と語り、ネフの部屋を後にした…。

 監督はビリー・ワイルダー、原作はジェームズ・M・ケイン、脚本はビリー・ワイルダー&レイモンド・チャンドラー、撮影はジョン・サイツ、美術はハンス・ドライヤー&ハル・ペレイラ、編集監修はドーン・ハリソン、衣装はイーディス・ヘッド、音楽はミクロス・ローザ。

 出演はフレッド・マクマレイ、バーバラ・スタンウィック、エドワード・G・ロビンソン、ポーター・ホール、ジーン・ヘザー、トム・パワーズ、バイロン・バー、リチャード・ゲインズ、フォーチュニオ・ボナノヴァ、ジョン・フィリバー他。

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 ジェームズ・M・ケインの小説『倍額保険』を基にした作品。監督は『少佐と少女』『熱砂の秘密』のビリー・ワイルダーで、共同脚本も務めている。
 ネフをフレッド・マクマレイ、フィリスをバーバラ・スタンウィック、キーズをエドワード・G・ロビンソン、ジャクソンをポーター・ホール、ローラをジーン・ヘザー、ディートリクスンをトム・パワーズ、ニノをバイロン・バー、ノートンをリチャード・ゲインズが演じている。

 それまでビリー・ワイルダーと共同で多くの脚本を担当してきたチャールズ・ブラケットは、原作を酷評して本作品への参加を拒否した。そのため、小説家のレイモンド・チャンドラーが初脚本を手掛けている。
 実はチャンドラーもチャールズ・ブラケットの小説を嫌っていたが、金目当てで脚本の仕事を引き受けている。そんなチャンドラーは、ワイルダーとの関係も悪かった。しかし本作品は高い評価を受け、アカデミー賞では作品賞や監督賞など7部門にノミネートされた。

 フィルム・ノワールであり、とても分かりやすい形でフィリスがファム・ファタールとして登場する。「日光浴をしていた」ってことでバスローブを羽織っただけの姿で登場し、その姿をネフに見られても一向に動じない。
 彼女は堂々たる態度で、フェロモンを撒き散らす。普通に喋っているだけでも、誘惑光線が放出されている。だからネフが会った途端に惚れているってのも、説得力充分だ。そこにいるだけでも、エロさムンムンなのである。

 ネフはフィリスに会った途端に魅了されたことをモノローグで語るだけでなく、それを隠そうともしない。相手が既婚者だと知りながら、平気でフィリスを口説き始める。しかしフィリスは全く慌てず騒がず、ウィットを交えて切り返す。それによって、小粋な大人の会話が繰り広げられる。そして悪知恵の働く男女が相手の腹を探り合い、駆け引きをする。
 ネフは完全にフィリスにペースを掴まれるわけではなく、相手の目論みを見抜いて罵る。火傷しない内に、手を引こうとする。しかし離れても彼女のことが頭から離れず、フィリスが来ると拒まずに受け入れる。ネフは余裕があるように振る舞っているが、実際はフィリスの虜となっており、すっかり翻弄されてしまう。

 殺害計画の進行は、かなり丁寧にネフがナレーションで解説し、その過程を描写している。粗筋で言及した以外でも、アリバイ工作のためにネフが保険料表をオフィスへ置き忘れたり、濃紺のスーツに着替えてルーに保険料表のことを訊いたり、タオルと粘着テープをギプスに見せ掛けたりという作業をナレーションで説明する。さらにネフは電話のベルの間にカードを挟むが、それはベルが鳴ったらカードが落下する仕掛けだ。
 同じ仕掛けをドアベルにも付けて、ネフは外出する。事前にフィリスとは細かい合図を決めてあり、それに従って行動する。列車を降りて合流する時も、場所やタイミングを細かく説明している。当時は直接的な殺害シーンを描くことがヘイズ・コードの都合で難しかったため、それ以外の部分を丁寧に描くことで緊迫感を高めようとしているんだろう。

 ネフはディートリクソンの殺害計画が隠蔽工作やアリバイ工作も含めて完璧だと自信を持っており、事前にフィリスと何度も確認した通りに遂行する。帰宅してから少しだけ不安を抱くものの、「どこかでミスを犯したのではないか」と感じたわけではない。
 実際、綿密に練り上げた計画を、ネフとフィリスは全て完璧にやり遂げている。しかし翌日に事件が報じられると、彼らの計画には早くも綻びが生じる。ネフが恐れていたキーズが鋭い洞察力を発揮し、不審点に気付くのだ。

 殺害計画だけに限定すれば、全てが完璧に遂行された。しかし、そこに至る前の段階で、ネフは1つのミスを犯していた。それは自分たちのヘマではなく、「ディートリクソンが脚を骨折した」という予想外のアクシデントに起因する問題だ。
 それをネフとフィリスは、むしろ殺害するには好都合だと思っていた。しかし、それが致命的なミスだった。キーズに指摘されるまで、2人とも「脚を骨折したのに保険金を請求しないのは変だ」という問題に全く気付いていなかった。

 キーズはフィリスが男と結託してディートリクソンを殺害したことだけでなく、アリバイ工作の方法まで言い当てる。さらにジャクソンという目撃者の証言まで得て、請求を却下できる万全の状態を整える。
 それを知ったネフは金を諦めようとするが、フィリスは納得しない。彼女はネフに「貴方が全て計画したのよ。最後までやり遂げなきゃ」と言い、途中で降りることを許さない。こうなると、ネフにとってフィリスは厄介な奴でしかない。

 途中下車できなくなったネフが取るべき道は、「フィリスの殺害」しか無くなった。一方のフィリスも、ネフを始末しようと企んでいる。邪悪さという意味ではフィリスの方がネフより一枚も二枚も上で、既にディートリクソンの前妻を殺害しているだけでなく、今回の件でもネフに加えてローラとニーノを始末しようと目論んでいる。
 しかし彼女はネフに発砲して大怪我を負わせたものの、2発目は撃てない。そしてネフは、ローラとニーノが巻き込まれないよう願って行動する。皮肉なことに、2人ともギリギリまで追い込まれて死を覚悟した時、ようやく愛や良心を取り戻すのだ。

(観賞日:2020年6月20日)

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