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『ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密』:2019、アメリカ

 朝、大人気のミステリー小説家であるハーラン・スロンビーの邸宅。専属看護師のマルタ・カブレラがコーヒーを持って行くと、ハーランは寝室にいなかった。彼女が書斎へ行くと、ハーランは死んでいた。それから1週間後、マルタが自宅にいるとハーランの次男のウォルトから電話が入り、警察が改めて話を聞きたがっているので屋敷に来てほしいと言われる。
 車で屋敷へ赴いたマルタは、ハーランの長女のリンダたちに会う。リンダの夫のリチャードは息子のランサムと電話で話しており、「葬儀も欠席で今日も来ない」と不快感を示す。その日は警察の事情聴取の後、追悼会が予定されていた。

 エリオット警部補とワグナー巡査は、関係者を1人ずつ呼んで事情聴取する。ハーランが死んだのは11月8日で、85歳の誕生パーティーが開かれた後だった。
 最初にエリオットの呼び出しを受けたのはリンダで、家族以外でパーティーに参加したのはマルタや家政婦のフランで祖母のワネッタもいたと証言する。さらに彼女は、ランサムが一瞬だけ顔を出して帰ったことも話す。彼女は不動産会社を経営し、成功を収めていた。

 次に呼ばれたのはリチャードで、3番目はウォルトだった。ウォルトはハーランから、著書を出版する会社の経営を任されていた。彼と妻のドナの間には、政治活動に没頭する息子のジェイコブがいる。
 続いて事情聴取を受けたのは、ハーランの長男の妻でスキンケア会社を経営しているジョニだ。彼女の夫のニールは15年前に亡くなっており、2人の間にはメグという娘がいる。事情聴取が続く中、エリオットの後ろには探偵のブノワ・ブランが座っていた。エリオットは事情聴取の相手に、彼が協力を申し出てくれたことを話した。

 ブノワは途中で自らも質問を投げ掛け、リチャードから「ウォルトが映画化の話を持ち掛けてもハーランは全て断っていた」と知らされる。リチャードはパーティーの日も2人が衝突していたと証言し、ブノワはウォルトにそのことを尋ねた。
 ウォルトはハーランに、経営から手を引くよう言われていた。しかし彼は真実を明かさず、「衝突なんて無かった。ぶつかったのはランサムだ」と語る。彼はランサムが昔から一族の厄介者であり、一度も働いたことが無いのだと話した。

 ブノワはリチャードに、「パーティー当日、手伝いで早く来ていた。書斎でハーランと怒鳴り合う声をケータリング業者が聞いている」と指摘する。その時、リチャードはハーランから浮気の証拠を突き付けられ、リンダに手紙で知らせると通告されていた。リチャードは事実を隠し、「ハーランが母親を施設に入れると決心した」と嘘を語った。ジョニも早く来ていたことを知ったブノワは、何の要件だったのか彼女に質問する。
 ジョニが「メグの学費のことで行き違いがあった」と言うと、ブノワは詳細を教えるよう求めた。彼女は学費の二重取りをハーランに知られ、次の小切手で最後にすると通告されていた。しかしジョニは事実を明かさず、ブノワには「送金で大学がミスをして、ハーランに小切手を書いてもらった」と説明した。

 リチャードはハーランの机の引き出しを開け、手紙が白紙だと知った。休憩を取ったエリオットは、ブノワに「明確な自殺です。再捜査は無意味では?」と言う。しかしブノワは他殺を確信しており、「わざわざ喉を切って自殺とは」と口にした。
 彼は会話を盗み聞きしていたマルタに気付き、次の聴取相手に決めた。嘘をつくと嘔吐してしまうという情報についてブノワが確認すると、マルタは「体が勝手に反応してしまう。嘘をつこうとするだけで吐いてしまう」と認めた。

 ブノワはマルタに、リチャードは浮気しているかと質問する。ハーランから事実を聞かされていたマルタは、「ノー」と答えて嘔吐した。「ハーランはジョニへの小遣いを打ち切ろうとしていたのでは?」と問われたマルタは、これもハーランから事実を聞いていたので、嘘をつこうとして吐き気に見舞われた。ブノワは「ウォルトをクビにしようとしていたのでは?」と言い、マルタが席を外してもいいかと頼むとエリオットが許可した。

 エリオットはブノワに、リチャードもジョニもウォルトも殺人の動機としては弱いと語る。ブノワは自分への依頼人が不明だと打ち明け、「昨日、死亡記事の切り抜きが入った封筒が届いた。札束も入っていた。他殺を疑う何者かが匿名で私を雇った」と言う。彼はエリオットに、パーティー終了後の関係者の行動を教えてもらった。
 ワグナーは「早く帰ったランサムには殺せない。マルタもです。帰宅した時に、ハーランは生きていた」と言い、エリオットは「ハーランは自分で頸動脈を切っていた。自殺としか考えられない」と語る。しかしブノワは、「物的証拠が真実を語るとは限らない」と他殺の考えを曲げなかった。

 ブノワはマルタの元へ行き、「貴方は11時半に上へ行き、0時に帰宅した。30分間の出来事を詳しく話してください」と告げる。その夜、マルタはハーランに誘われて碁の相手をした後、鎮痛剤と間違えてモルヒネを注射してしまった。
 間違いに気付いた彼女はハーランに事情を説明し、医療キットの鞄を開けて解毒剤を探す。だが、なぜか解毒剤は見つからず、マルタは急いで病院に電話しようとする。しかしハーランは彼女を制止し、「君の説明通りなら私は助からない。君が逮捕されたらビザを持っていない母親は強制送還される。家族のために、私の指示通りにするんだ」と告げた。

 マルタはハーランに言われた通り、皆に存在を知らせて屋敷を出た。それから監視カメラに写らない場所に車を停め、密かに屋敷へ戻った。彼女は組格子を登って3階の隠し窓から侵入し、ハーランのローブと帽子を着用した。ウォルトが外から声を掛けると、彼女はハーランに成り済まして窓から姿を見せた。
 これによってアリバイを作ってから、マルタは屋敷を去った。「嘘をつけないから警察に調べられたらバレる」とマルタは不安視するが、ハーランは真実の断片だけを放すよう助言した。彼は自ら喉を切り、自殺に偽装した。マルタはブノワに、犯行に関わる部分以外の真実を語った。

 その夜、マルタは追悼会の最中に気分が悪くなり、気付いたメグからフランのマリファナを勧められて断った。ウォルトは彼女に、「皆で話し合ったんだが、我々で君の面倒を見たい。経済的に援助したい」と告げた。マルタが庭に出ると、ブノワが待っていた。
 彼はマルタに、「裏で何者かが動いている。私には分かっている。貴方にも」と話す。彼は「明朝から独自の調査を始めます。手伝ってほしい」と言い、困惑したマルタが断ろうとすると一方的に会話を終わらせて去った。

 翌日、ブノワはマルタを伴ってスロンビー邸の管理人と会い、防犯カメラの映像を見せるよう頼んだ。マルタはレコーダーの操作を引き受け、ビデオテープを挿入した。パーティー終了時間の寸前、彼女はブノワに気付かれないようエジェクトのボタンを押して映像を切った。
 屋敷へ戻る時、彼女は声が聞こえなかったフリをして裏道の足跡を消した。破損した組格子を犬が拾うと、マルタはブノワが気付かない内に投げ捨てた。

 その日は午後から遺言書の開封が行われることになっており、ランサムも屋敷に顔を出した。ウォルトは「あの夜、ジェイコブはトイレにいた」と指摘し、リチャードと口論になった。リンダはジェイコブがハーランとランサムの会話を聞いていたと悟り、詳しく話すよう要求した。
 ジェイコブは2人の怒鳴り合いの中で、ハーランの「遺言書は」という言葉とランサムの「後悔するぞ」という脅し文句を聞いたと証言した。ウォルトが「こいつを相続人から外したってことだ」と勝ち誇った態度を見せると、ランサムは一家を罵った。

 ブノワは破損した組格子を見つけ、3階を調べることにした。マルタは隠し窓の存在を教え、ブノワは事件の夜に侵入者がいたことを確信した。弁護士のアラン・スティーヴンスは一家を集め、遺言書に「全ての財産をマルタに寄贈する」と書かれていることを明かす。
 マルタは驚き、友人であるメグを除く面々から激しく責められた。彼女は車で逃亡を図るが、エンジンが掛からなかった。ランサムは手招きし、自分の車にマルタを乗せて屋敷を去った。

 ランサムはマルタに、「祖父は自殺じゃない。何があったか話せ」と告げた。一家は遺言書を無効にするのは無理だと知り、マルタに相続を放棄させようと考えた。マルタから真相を聞き出したランサムは、「家族には黙っておく。俺は家族が憎い。金は受け取れ。俺は分け前を貰う」と述べた。
 メグは一家に指示されてマルタに電話を掛け、相続の放棄を持ち掛けた。マルタは「貴方に必要なお金はあげる」と言い、その提案を受け入れなかった。

 翌朝、マルタは妹に起こされ、相続の件が大きく報じられてマスコミが家の前に押し掛けていることを知った。ブノワはワネッタと会い、「私に教えたいことがあるはずだ」と告げる。ワネッタは沈黙したままだったが、彼は「急ぎません。待ちますよ」と述べた。
 マルタが裏から外に出ようとすると、ウォルトが待ち受けていた。ウォルトは脅しを掛けて相続放棄を迫るが、マルタは拒否した。家に届いた郵便物を見ていた彼女は、検視局のマークが付いた手紙に「お前のしたことを知っている」と書かれているのに気付いた…。

 脚本&監督はライアン・ジョンソン、製作はラム・バーグマン&ライアン・ジョンソン、製作総指揮はトム・カーノウスキー、共同製作はレオポルド・ヒューズ&ニコス・カラミギオス、撮影はスティーヴ・イェドリン、美術はデヴィッド・クランク、編集はボブ・ダクセイ、衣装はジェニー・イーガン、音楽はネイサン・ジョンソン。

 出演はダニエル・クレイグ、クリス・エヴァンス、アナ・デ・アルマス、ジェイミー・リー・カーティス、マイケル・シャノン、クリストファー・プラマー、ドン・ジョンソン、トニ・コレット、ラキース・スタンフィールド、キャサリン・ラングフォード、ジェイデン・マーテル、フランク・オズ、リキ・リンドホーム、エディー・パターソン、K・カラン、ノア・セガン、M・エメット・ウォルシュ、マーリーン・フォルテ他。

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 『LOOPER/ルーパー』『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』のライアン・ジョンソンが脚本&監督を務めた作品。
 ブノワをダニエル・クレイグ、ランサムをクリス・エヴァンス、マルタをアナ・デ・アルマス、リンダをジェイミー・リー・カーティス、ウォルトをマイケル・シャノン、ハーランをクリストファー・プラマー、リチャードをドン・ジョンソン、ジョニをトニ・コレット、エリオットをラキース・スタンフィールド、メグをキャサリン・ラングフォード、ジェイコブをジェイデン・マーテル、アランをフランク・オズが演じている。
 アンクレジットだが、TVドラマに登場する探偵のハードロックの声をジョセフ・ゴードン=レヴィットが担当している。

 冒頭で殺人事件が発生し、探偵が登場して関係者を1人ずつ事情聴取していく。このパートでは、事件の概要を説明したり主要キャストを紹介したりという作業も実施される。探偵物としては、古典的でオーソドックスと言ってもいい構成だ。
 ただ、関係者が嘘をついている時は、その段階では観客にも事実は隠蔽するのが普通だろう。しかし本作品の場合、その場で回想シーンを挿入し、すぐに真相を教えている。しかも、すぐにブノワも真実を言い当てている。

 「嘘をつくとゲロを吐いてしまう」というマルタの設定は、ほとんどギャグみたいな要素だ。しかし、それはミステリーの仕掛けとして大きな意味を持っており、終盤のドンデン返しにも利用される。
 マルタが嘔吐したり吐き気に見舞われたりするシーンがギャグのように描かれることは、一度も無い。ずっとシリアスな雰囲気のままで描かれる。そして事件当夜のマルタの行動が観客に明かされると、さらにギャグとして扱う余地は無くなる。

 粗筋で書いたように、マルタは鎮痛剤と間違えて大量のモルヒネをハーランに注射している。ハーランは彼女の罪を隠蔽するため、自殺を偽装している。このままだとマルタが殺人犯で、ブノワの追及を逃れるために彼女が悪戦苦闘する話になる。
 ブノワは有名な名探偵という設定なので、犯人を突き止められずに終わることなんて絶対に有り得ないのは分かり切っている。なので、「マルタの犯行が露呈して逮捕される」ってのが、そのまま進めば結末になるわけだ。だが、「そう簡単じゃないだろうな」ってのは、特にミステリーに慣れ親しんでいる人なら容易に見抜けるだろう。

 本格ミステリーとして捉えると、「ハーランは他殺だけどマルタじゃなくて別の人間が犯人」ってのを読み取るのは、そう難しくはない。その真犯人が誰なのかも、ものすごく分かりやすい。1人だけ強力な容疑者がいて、「私が怪しいです」ってのを積極的にアピールする。
 犯人ではない人物を「いかにも怪しい奴」として描くのは、ミステリーでは定石のミスリードだ。しかし本作品の場合、「そいつ以外には有り得ない」という形でのアピールになっている。

 そいつ以外の面々が犯人だという可能性は、全くと言っていいほど見えない。そして実際、その「1人だけ圧倒的に怪しい奴」が犯人だ。さらに言うと、その動機が遺産目当てってのも簡単に分かる。つまりフーダニットとしてもハウダニットとしても、謎解きの面白さは薄いわけだ。
 しかし、そういうことが何となく見えても、ミステリーとしての欠点に繋がるようなことは無い。それが分かった上で、それでも充分に面白さが担保される脚本になっている。

 そろそろ面倒だから完全ネタバレを書くが、犯人はランサムだ。最初の内は回想シーンでチラッと顔が出て来るだけで、物語に全く絡んでこない。しかし中盤辺りで遺言書の開封になると、一気に出番が増える。そして彼はマルタに接触して真相を聞き出し、協力を申し出る。
 これによって、ますます「彼が犯人だな」ってのは確信に近くなる。他の面々に関しては、逆ミスリードのような描写も無い。ミステリーの関係者というよりも、別の役割の方が大きくなっている。

 その役目ってのは、「遺産を巡る醜い争いに関わる人々」としての動きだ。遺言の内容が明らかになった途端、それまでマルタに優しく接していたスロンビー家の面々は彼女を攻撃するようになる。
 事件が起きてからのマルタは自分がハーランを殺したと思い込み、そのことで罪悪感に苦しんでいる。そして警察やブノワが捜査に乗り出すと、「真相が露呈しないように」ってことで焦る。そして遺産を巡って、今度は悪意の渦に巻き込まれる。そうやってマルタを追い込んで、サスペンスで観客の興味を引き付けている。

 スロンビー家の面々は卑劣な方法を使い、何とかマルタに相続を放棄させようと目論む。そういう様子を描き、周囲を敵だらけにすることで、観客が「マルタを助けてあげたい」と思うようになっている。ランサムは「家族が憎い」ってことで手助けを申し出るが、もちろん彼がマルタの本当の味方だなんて思う観客は少ないだろう。
 当然っちゃあ当然だが、マルタの味方になってくれるのはブノワだ。マルタが本気で「ランサムは自分の味方」と思っているトコは、「それは無いな」と感じるなあ。

 終盤、マルタは全てを打ち明けようと決意し、ブノワに「家族には私から話す。その責任がある」と言う。ところが詳細を聞いたブノワは一家を集め、ハゲタカと非難して「彼女は相続放棄しないと決めた」と言い放つ。
 困惑するマルタを別の部屋に連れ出した彼は、ワグナーに一家を屋敷の外へ出すよう指示して「ただし」と耳打ちする。ブノワは自分に依頼した人間について「開封前に遺言の内容を知っていた。自分を守りつつマルタの過ちを暴きたかった人物だ」と指摘し、謎解きを始める。

 この映画が良く出来ているのは、前述したように真犯人も動機も早い段階からバレバレなのに、謎解きのパーに入ってからも、ちゃんとワクワクがあるってことだ。『刑事コロンボ』のように最初に犯人や動機を明示しているわけではないが、それと同じような形での面白さを感じさせる。
 またブノワが事件の真相を詳しく説明するだけでなく、マルタに重要な役割を任せているのも上手いシナリオだ。前述した嘔吐に関する設定も、犯人に自白させる仕掛けとして使われている。

 「何となくアガサ・クリスティー作品っぽいだな」と感じた人がいたら、その感覚は正しい。なぜなら、これはアガサ・クリスティー作品を意識して作られた映画だからだ。アガサ・クリスティーは今も人気の高い推理小説家であり、その著作は何度も映像化されている。単に小説として面白いというだけでなく、映像化にも向いている作品が多いってことだろう。
 ってことは、アガサ・クリスティー作品に手を出した場合、大抵は「初めての映像化」ではなくなってしまう。どうしてもリメイクのような形になってしまう。そんな中、オリジナルの脚本でアガサ・クリスティーっぽい映画を作ることに挑んだわけだ。

 ライアン・ジョンソンは『BRICK ブリック』や『LOOPER/ルーパー』を手掛けた後、『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』の監督に抜擢された。残念ながら『最後のジェダイ』では酷評を浴びてしまったが、本作品で見事に名誉挽回したと言ってもいいだろう。
 初めて大作に抜擢された人が大失敗をやらかし、そこから二度と浮上できなくなるケースも、特にハリウッドでは珍しくない(いや決してジョシュ・トランクのことでは)。でもライアン・ジョンソンに関しては、その心配は全く無さそうだ。監督業だけじゃなく自分で脚本も書けるのは、かなり大きいのかもしれないなあ。

(観賞日:2022年5月12日)

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