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『転校生』:1982、日本

 広島県尾道市。中学3年生の斉藤一夫は友人の金子、佐久井、福田と、女子更衣室に侵入するが、幼馴染の川原敬子が近付いて来るのが見えた。慌てて逃げ出した一夫たちは、教室へ戻る。そこへ担任の大野先生が来て、転校生の斉藤一美を紹介した。父の仕事の都合で神戸から引っ越して来たが、以前は尾道に住んでいたのだと大野は説明した。
 一美は一夫に気付くと、驚いた様子で「幼稚園の時に一緒だった、デベソの一夫ちゃんでしょ。私と一緒に、おねしょしちゃった一夫ちゃんでしょ」と告げた。男子たちが馬鹿にして笑ったので、一夫は「違うったら違う」と否定したが、実際は幼馴染だった。

 一夫が放送室で昼食を取っていると、一美がやって来た。一美は久々の再会を喜ぶが、一夫は迷惑そうな態度を取った。放課後、一夫が帰ろうとすると、一美は彼に付きまとった。一夫は冷たく突き放すが、一美に「アンタの秘密、誰にも喋ってないのよ。アンタがウチのおばあちゃん殺したこと」と言われて顔が強張る。
 幼稚園に通っていた頃、帰宅した一夫と一美は居眠りしているおばあちゃんの口にハエが入るのを目撃した。一夫は殺虫剤を噴射し、その直後におばあちゃんは死んでしまったのだ。

 一夫が走って逃げると、追い掛けて来た一美は彼を見失った。一夫は一美を尾行し、神社に辿り着く。彼がコーラの空き缶を蹴飛ばすと、驚いた一美が階段から落ちそうになった。一夫は慌てて助けようと抱き付くが、一美と一緒に転げ落ちてしまう。
 しばらくして意識を取り戻した2人は、それぞれの家に戻った。しかし一夫は着替えようと鏡を見た時、そこに写っているのが一美の姿なので困惑する。慌てた一夫は自転車に乗って飛び出し、一美の家へ向かう。すると一夫の姿をした一美が、母である千恵の前で泣いていた。

 一夫は「おばさん、元気でしたか」と挨拶をするが、姿は一美なので千恵は馬鹿にしていると思って平手打ちを浴びせる。その場を立ち去った一夫と一美は、中身が入れ替わったことを認識した。
 一夫は泣いて嫌がる一美に、今日は互いに相手のフリをするしか無いと告げる。一夫は一美を自宅へ連れて行き、母の直子に「俺が一夫で、こいつが一美」と説明する。しかし全く信用してもらえず、直子は泣き出す一美を連れて家に入った。

 一夫は一美の家へ行き、兄の良行&次郎と会う。妹が男のような食べ方をするので、兄たちは困惑した。一方、一美は一夫の父である明夫や直子と食卓を囲む。明夫は一美に、親会社で働くために横浜へ引っ越すことになったと明かした。
 一美の父である孝造が帰宅したので、一夫は軽くお辞儀する。彼は一美の部屋に入り、女物のパジャマに着替えて就寝した。翌朝、目を覚ました彼は、中身が入れ替わったままであることを確認した。

 一夫が仕方なく着替えていると、窓から一美が入って来た。一美は着替えを手伝うが、すぐに泣き出して一夫が転校することを話す。それまでに元へ戻る必要性を2人は感じるが、何の方法も思い付かなかった。急に一夫が勉強の出来る生徒になったので、クラスメイトは驚く。
 一方、大野は前の学校で優秀だった一美を指名し、計算式を解かせようとする。しかし何しろ中身が一夫なので、まるで分からなかった。苛立った一美は文句を言い、教室を飛び出した。一夫が追い掛けると、一美は「もう嫌だ」と泣き出した。

 帰宅した一夫は千恵と話し、おばあちゃんの死因が心臓発作だったこと、殺虫剤を噴射した時は既に死んでいたことを知った。クラスで向島の水泳教室へ出掛けた時、一美は一夫に「もうすぐ生理なの」と打ち明ける。
 一夫が「俺が生理になっちまうのか」と動揺すると、一美は必要な道具を渡した。いよいよ生理が訪れると、一夫は学校を休んだ。一方、一美は「一夫がオカマみたいになった」と誤解している金子たちに捕まり、ズボンとパンツを脱がされる屈辱を受けた。

 生理が終わった一夫が学校へ行くが、今度は一美が3日も学校を休む。金子が笑いながら話した言葉で事情を知った一夫は、彼のパンツを脱がして蹴りを入れた。それを見ていた敬子は、「一美さん、日曜日、ウチへ遊びに来ない?重要なお話があるの」と告げた。一夫は一美を心配して電話を掛けるが、直子に「貴方と付き合い始めてから変なのよ。もう電話も掛けて来ないで頂戴」と迷惑がられてしまう。
 一夫は千恵から、「もうすぐ貴方の誕生日だから、弘君を呼ぶことにしたわ」と言われる。「嬉しくないの?」と訊かれ、一夫は「嬉しいよ」と慌てて告げた。千恵も娘が一夫と仲良くすることを快く思わず、「もう一夫君とは会わないで頂戴」と述べた。

 敬子の家を訪れた一夫は、「貴方と一夫君、どういう関係なの?」と問われる。「貴方たち、何か秘密があるんじゃないの?あんな一夫君、見てられないわ」と言われた一夫は、「しばらく私たちに任せてほしいんだ」と告げた。
 一夫は敬子に頼んで電話を掛けてもらい、一美を呼び出した。一夫は弘について質問し、前の学校で同じクラスだったこと、彼は吉野アケミに好意を寄せているが何とも思われていないことを知る。一美が弘に恋心を抱いていると気付いた一夫は、彼女を連れて行くことにした。

 一夫と一美が待ち合わせ場所に到着すると、アケミが現れた。弘について訊かれた彼女は、「缶ジュースを買いに行かせて1つ前の駅で逃げて来ちゃった」と言う。一美が「そんなあ」と漏らして弘を捜しに行くと、アケミは一夫に「ホントは斉藤一夫君なの?」と質問する。SF好きの彼女は一美から事情を記した手紙を貰ったことを明かし、それが事実だと知って興奮する。
 弘が来ると、一夫は女っぽい態度を取った。からかわれたと感じた一美は、泣いて走り去った。翌日以降、一美は1週間も学校を休み、心配した一夫は様子を見に行く。一美は弘のことで怒っているわけではなく、将来を悲観していたのだった…。

 監督は大林宣彦、山中恒 作「おれがあいつであいつがおれで」(旺文社 刊)より、脚本は剣持亘、製作総指揮は佐々木史朗、プロデューサーは森岡道夫&大林恭子&多賀祥介、撮影監督は阪本善尚、8ミリ撮影は大林千茱萸美、術デザインは薩谷和夫、音響デザイン 仕上げプロデューサーは林昌平、助監督は内藤忠司、編集はP・S・Cエディティングルーム、録音は稲村和己、照明は渡辺昭夫。

 出演は尾美としのり、小林聡美、佐藤允、樹木希林、宍戸錠、入江若葉、中川勝彦、井上浩一、志穂美悦子、加藤春哉、人見きよし、鶴田忍、鴨志田和夫、山中康仁、柿崎澄子、林優枝、岩本宗規、大山大介、斉藤孝弘、早乙女朋子、秋田真貴、石橋小百合、伊藤美穂子、西尾公男、新宅芳子、須賀俊子、藤田幸、松谷圭、円福寺幸二、奥藤直美、佐藤孝、土肥政男ら。

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 山中恒の児童文学『おれがあいつであいつがおれで』を基にした作品。監督は『金田一耕助の冒険』『ねらわれた学園』の大林宣彦、脚本は『ゴキブリ刑事』『青い山脈』の剣持亘。『時をかける少女』『さびしんぼう』と合わせて、後に「尾道三部作」と呼ばれるようになる。
 一夫を尾美としのり、一美を小林聡美、明夫を佐藤允、直子を樹木希林、孝造を宍戸錠、千恵を入江若葉、良行を中川勝彦、次郎を井上浩一、大野を志穂美悦子、ヒロシを山中康仁、敬子を柿崎澄子、アケミを林優枝が演じている。

 ロケーションが行われたのは、大林監督の故郷である尾道だ。その舞台は原作で設定されていたわけではなく、大林監督が故郷のために貢献しようと考え、ロケ地に決めたのだ。しかし劇中には観光スポットが全く登場せず、いわゆる「観光映画」としての様相は全く呈していない。
 大林監督は「ありのままの尾道」を撮影したのだが、それは現地の人々からすると大いに不満だったらしく、試写会の評判は散々だったそうだ。結果的には、この映画の影響で尾道を訪れる観光客が増加した。しかし「映画を観てくれた人の心に残ればいい」という大林監督の意向として、ロケ地を示す看板は1つも設置されていない。

 「2人の中身が入れ替わる」というアイデアは、この映画で初めて使われたわけではない。例えば1976年のアメリカ映画『フリーキー・フライデー』は、母親と娘の中身が入れ替わるという話だ。
 しかし、日本で「中身が入れ替わる」というアイデアを使った数多くの映画やドラマ、漫画などが作られるようになったのは、この作品の影響が濃いと断言してもいいだろう。実際、この映画をパロディー化したり、オマージュを捧げたりしている作品もある。

 企画がスタートした時点ではサンリオの出資が決まっていたが、映画の内容を知った当時の社長が「ハレンチで社風に合わない」という理由で手を引いてしまった。これが撮影開始の2週間前だったため、映画は製作中止の危機に陥った。ATGの代表だった佐々木史朗が資金調達を引き受けてくれたが、撮影終了後まで予算はスタッフの元へ届かなかったそうだ。
 そのため、大林監督とクルーは無一文の状態で撮影を行っている。伴奏音楽にオリジナル楽曲ではなくクラシック名曲集だけを採用しているのも、何かしらの効果を狙ったわけではなく、予算が無いから著作権フリーの音源しか使えないという窮余の策だった。

 原作の一夫と一美は小学6年生だが、大林監督は中学3年生に変更している。それは「性を意識した年代」である必要性を考えての変更だったらしい。ただ、そこを変更しておきながら、脚本の方は原作に寄せ過ぎているせいで、「中学3年生にしては言動が幼すぎる」という不自然さが生じる結果になってしまった。
 とは言え、一夫と仲間たちはガキッぽい性格の連中なので、まだ受け入れられなくもない。それよりは、むしろ「転校してきた時点では元気一杯だった一美が、一夫と中身が入れ替わった途端、ナヨナヨした泣き虫へ変貌する」という不自然さの方が遥かに引っ掛かる。これに関しては、大林監督の単純なミスにしか思えない。

 一夫と一美が入れ替わるのは、タイトルロールが終わった直後。映画が始まってから、わずか10分程度で「入れ替わり」という大きなイベントが発生している。まだ一夫と一美は登場して間もないし、そんなに2人の性格や関係性が紹介されているとも言えない段階である。
 中身が入れ替わってから本格的に話が転がり始めるので、そのイベントを早めに消化したいってのは分からんでもない。ただ、タイトルロールの直後というタイミングも含め、ちょっと性急かなあと。

 神社の階段から転げ落ちた一夫と一美は、意識を取り戻すと無言のままで帰路に就く。その行動は、ものすごく不自然でしょ。怪我をしていないかどうか確認するとか、相手に声を掛けるとか、何かしらの行動は取るでしょ。何も喋らない上、相手のことも全く気にしないまま早々に立ち去るのは、無理があるわ。
 そういう形にしておかないと、「2人が入れ替わりに気付かないまま帰宅する」という展開に到達できないってのは分かる。でも、そもそも「帰路に就いてから入れ替わりに気付く」ってのは必須条件じゃないでしょ。意識を取り戻した直後、入れ替わりに気付く形にしても別にいいでしょ。

 大林宣彦作品の特徴として、「ファンタジー」と「ノスタルジー」という2つの要素が挙げられる。大林監督の作品は全て、その2つを感じさせる仕上がりになる。だから、その持ち味が作品の内容と上手くマッチングしない場合、陳腐さだけが悪目立ちする可能性もある。
 しかし本作品では、それが上手くハマっている。大林監督が本作品の次に手掛ける『時をかける少女』も高評価されているが、彼の持ち味が最も適しているのは「少し不思議」の要素を持った高校生の物語なのかもしれない。

 前述したように、色々と引っ掛かる点、不自然さや違和感を抱いてしまう点はある。1つ1つのスケッチが散文的で、次の展開へ繋がる力が薄弱だという問題もある。もっと上手く活用すべきなのに、放り出されたままになってしまう要素も色々とある。
 例えば一夫は一美の祖母を殺してしまったと思っているが、その設定は「祖母の遺影に怯える」という部分で使われる程度で、簡単に誤解が解消されている。アケミは2人の入れ替わりを理解するが、彼女は物語の展開に何の影響も及ぼさないので、まるで無意味な要素になっている。

 ただ、ここまではマイナスになるような事柄ばかり列挙して来たが、じゃあ本作品を駄作と捉えているのかというと、そうではないのだ。むしろ、「粗さも多いけど、そんなに悪くない。っていうか、なんか好き」ってのが正直な感想だ。
 まるで洗練されていないことも含めて、作品の味として好意的に受け入れられる。田舎の若者たちの純朴さ、青春ドラマとしての甘酸っぱさや瑞々しさが、見事に感じられる。決してスムーズとは言えない恋愛劇の描写も、終盤に来て元に戻った一夫と一美が互いに「好き」と告白して泣きながら抱き合った時、何の引っ掛かりも無く受け入れられるのだから、大林マジックが発動したってとこなんだろう。

 この映画の魅力は、主役を演じた2人の存在感を抜きにしては語れない。撮影に入る前、尾美としのりは女の子を演じることを嫌がり、小林聡美は裸になるシーンがあることへの抵抗感があったらしい。
 当初、大林監督は尾美としのりに特殊メイクを施し、女装させて「入れ替わり後の一美」を演じさせようと考えていたらしい。しかし尾美としのりが女装を拒否したため、このプランは消えた。一方、小林聡美は裸になることを了承し、「中身が男になった一美」として自分の乳を揉んだりしている。素晴らしい女優魂だね。

 この作品以降は大林映画の常連となる尾美としのりも悪くはないが、やはり本作品でダントツに輝いているのは小林聡美だろう。前述したように何度もオッパイを露出しているが、そこにリビドーは刺激されない。まあ成人映画じゃないので、そこでムラムラしないのは悪いことでもない。それに、そこ以外の部分が素晴らしいのだ。
 決して美人とは言えない容姿だが、しかし魅力的だ。劇中の大半は男の子を演じているので、当然のことながら「女としての可愛らしさ」は皆無に等しいが、引き付ける力は充分すぎるほど放っている。

(観賞日:2016年12月16日)

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