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短編200.『作家生活20』〜のほほん文学篇〜

 いつかこの日々を懐かしく思い出す時が来るのだろうか。

 ただ毎日がむしゃらに書き続けたこの一年のことを。

 ーーーがむしゃら、とは違うか。別にまだ我を忘れるほどは書いていない。

 喩えて言えば、三十%くらいの力で書いている。

 そこに百%を注ぎ込む余裕は私にはない。

 トランペットも吹きたいし、生活費も稼がなければならない。

 何より飽きる恐れがある。

 だから毎日、狂気とは程遠い場所でのほほんと書いている。

 日毎に生み出される二つの文章(小説エッセイ詩みたいなもの)は、のほほんの結果だ。

 内容はヘヴィな、のほほん文学。

 純文学、エンタメ、ラノベ、ヘヴィなのほほん。

 まぁ良いじゃないか。頭の硬い小説家など面白くもない。

 さて。二百本目もこうして終わろうとしている。

 始めた頃と今とでは何か私を取り巻く状況が変わっているだろうか。

 否。何も変わっちゃいない。

 朝、起き抜けのコーヒーから深夜の台所まで何一つ。

 ーーーでも、俺は書いた。 

 その記憶があるとないとでは、人生はほんの少しその容貌を変えると信じている。

 誇り、みたいなものと繋がっているのかもしれない。

 そういえば最近は文章だけに飽き足らず、絵も書いている。

 文章、絵、音楽。

 この多才さはまるでレオナルド・ダ・ヴィンチ。現代の万能人ここにあり、だ。

 例え全てが平均以下の出来だとしても。

          *

 そろそろかな、と思って毎日オフィスの郵便受けをチェックしているが、未だにノーベル賞受賞式への招待状は届いていない。私宛の郵便は何処へ行ってしまったのだろう。どこかの地下通路を通って、不思議な国にでも迷い込んでしまったのだろうか。そこにはきっと手紙が主食の山羊がいてーーー。ちょっとした出来事から物語を一つ生み出してしまうなんて作家の鑑だな、私は。もしかすると、宿業なのかもしれないが。

 仕方ない。まだ届いていないのは事実だ。今日も担当くんにこの件について慰めてもらいつつ、鼓舞してもらおう。持つべきものは心優しき編集者だ。

 オフィスの鍵は空いていた。おかしい。コンビニに行く前には確かに閉めたはずなのに。
「おーい。担当くん、いるのかい?」
 玄関から声を掛ける。返事はなかった。もしかすると強盗かもしれない。私は三回ほどシャドーボクシングを繰り返し、いつでも縦横無尽に動ける姿勢をとりつつ仕事部屋のドアを開けた。

 無人。

 部屋の空気は塵ひとつ舞い上がらぬほど静かだった。デスクの下や本棚の隙間、窓を開けてベランダの鉄柵一本一本まで隈なくチェックしたが誰もいなかった。名も知らぬ小さな虫はいたが、こいつが鍵を持っているとは思えない。

 ーーー一体どういうことだろう。担当くんは鍵を開けっ放しにして買い物にでも行ったのだろうか。確かにあの子は少々抜けているところがある。しかし、人間みなそんなものだ。責める程のことでもない。でも、それにしてはここに来るまでの一本道ですれ違わなかったな。

 デスクの上には一枚の書き置きがあった。字面からして担当くんのものだ。買い物に行くにもわざわざ書き置きを残していくなんて、どこまでも律儀なーーー。
【今日で辞めさせて頂きますぇ。短い間でしたがお世話になりんした】
 京都弁を通り越して、花魁化してしまっていた。自身に課したキャラ設定が崩壊してしまったのだろうか。いや、それ以前に大変な事態が起こりつつある。辞める…だと?私はもう担当くんの賞賛なしでは生きていけない身体になってしまっている。今ここで担当くんを失えば、その後にやってくるのはスランプという名の断筆しかない。今更もう警備員のアルバイトには戻りたくなかった。それだけは避けたい。炎天下も寒風も身に堪える歳になってしまっている。それに老後の為の二千万円も稼がねばならない。預金残高は未だ二桁だった。

 私は早速、出版社に電話をかけた。ちょうど編集長が出たので、まずは原稿が遅れている旨を陳謝しておいた。これでも社会人なのだ。
「ところで、担当くんが辞めるって本当かい?」
「担当?」と編集長は言った。
「そうだよ。着物着た京都弁を話す薩摩おごじょがいるだろう?」
「先生のとこの担当編集者はまだ決まってませんけど…」
「え?」
「えぇ。前回の担当編集者が北海道に帰って以降、まだ決まらず仕舞いで申し訳ないです」

 …じゃあ、あいつは誰だ?

          *

 今回の短編小説百本チャレンジ(101〜200)は自分の過去に題材を求めることが多かった。

 その時期の”求め”に応じて、脳内のあらゆる部位を動員させるようにして書いている。

 だから、自分としても完成するその瞬間まではどんなものになるのか検討もつかない。

 ホラーかと思えばペーソス、シリアスかと思えばユーモア。

 舵取りは筆先に任せて、のんびりと行先を眺めているだけだ。

 しかしまぁ一ヶ月少々の間に、約十万字なんて良くやった方だろう。

 単行本にして一冊分。東野圭吾もビックリのハイペースだ。

 この短期間にまた百本書いた感想は…

【何を書いたのか全く覚えていない】

 それはそれで考えものだな。

          *

 今日も明日も書いていく。

 一行目が生まれたのだから、そこには必ず最後の一行があると信じて。




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