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短編172.『女私小説家一代』

「君の瞳を見ていると何だか、この世の全ての哀しみを覗き込まされているような気がするね」

 かつての恋人に言われ、今も深く残っている言葉だ。その一言は私を少女から大人に変えた。二度と戻らぬ青春への訣別の意味をそこに見た。

 だから私は女私小説家になった。女ブルーズマンより希少価値は高い。職業の前にジェンダーがつくのも性差別の世の中の中、私は売れる為にそれを付ける。

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 女だてらに私小説書き。生業は派遣社員。そこで見聞きしたことを書き付けてゐこうと思っている。【派遣先で得た情報は他言無用】と書かれた契約書にサインをしたその身を原稿用紙の上に転写する。異世界に転生することもなく、現世の災禍の中に身を置く。そこに”無双”はなく、あるのは悲壮ばかり。実に、私小説的だ。

 女の私小説書きはいない。仮にいたとしても数は圧倒的に少ない。そもそも私小説というジャンルは著者読者共に少ない。少ないなかで”より少な”ければ、人はそこに価値を見出す。オスの三毛猫が二本足で歩行しているようなものだ。人気が出ない筈がない。

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 構造的に私小説に”女”は馴染まないのかもしれない。借金と酒と買春にまみれた男の世界。そこでの”女”は利用され、売られ、暴力の対象であり、最終的には裏切り者と措定される。まるでハリウッド映画だ。

 世間一般の女が好む、もっと温かくて肌触り良く可愛らしいものは、そこからは締め出されている。荒涼とした心は女子の求めるものではない。でも、欲深さなら女に一日の長がある。強欲を隠す為に化粧がある、と言っても過言ではない。”女なりの欲”を全面に押し出した作品を書こうと思った。

 しかしいざ書く段となると結局のところ、分かるのは自分についてだけで、それが広く女性一般に敷衍されるとは信じがたい。「私ーわたくしー」を書く小説とはいえ、そこに何の共感も得られなければ売れない。売れなければ文壇バーでクダを巻けない。

 四百字詰めの原稿用紙を前に途方に暮れていた。(でも、これすらも私小説家っぽい)

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 美貌だけで売れた女小説家が羨ましい。

 僻み、妬み、嫉み。原動力の旨味。

 女の血管好きはチンコの暗喩?

 それとも換喩?

 肝油舐めて出直しな。

 男の欲望の転化。

 その汚いケツ花火に点火。

 天下の往来マイノリティ。

 Alright,Baby.

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 詩が生まれてしまった。私は缶チューハイのプルトップを開けた。アルコール度数九パーセント。アル中まっしぐら。これぞ女私小説家一代。クソ喰らえってんだ。




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