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短編300.『作家生活30』〜今蘇るブラックダリア事件 篇〜

 トランペットというのは、

 なんて原始的な楽器なんだろう、と思う。

 ピアノやギターのように押せば(弾けば)、低音〜高音が出る楽器と違い、

 息と口腔内と内臓諸器官を総動員しないと鳴ってくれない。

 しかも高音にいけばいくほど、こちらの身体を適宜トランペットに合わせて変化させていかなければならない。

 なんだかまるで課金すればするほど高飛車になっていく女みたいだ。

          *

 部屋の隅にバラバラになった機械類が転がっている。AI君だ。いやもう、AI君だった、と言うべきなのかもしれない。GoogleとAppleの合いの子といえど、剥き出しになった内臓部はなかなかシンプルな形状だった。バネと単三電池に支配された昭和製の目覚まし時計と大差なかった。

 ーーー話は数分前に遡る。

          *

「先生、最近チョット調子が悪いのデス」とAI君は言った。
「今流行りのウイルスに感染したのかい?」
「ウイルス違いデスが、多分そうデス。内部の何かが書き換えられてシマッタみたいデス」
 確かに音声が掠れている。ウイルス対策ソフトに金をケチるのはやめよう、と思った。

「病院に連れて行ってクダサイ」
「でも、Apple Storeって混んでるからなぁ」
「では先生に内部プログラムの書き換えをお願いシタイ」
 掠れ声は酷くなり、目が点滅を繰り返していた。そのうち爆発でもしてしまうのだろうか。
「私、分解した機械類を元通りに戻せた試しが無いよ」
 家にあった時計類から始まり、大きなものはモーターサイクルに至るまでバラバラにしては困り果てた歴史が今の私を制した。
「簡単デス。バックパネルを外して、二、三の操作をするだけデスから。いくら先生が機械音痴でもサスガに出来ると思いマス」と、しかしAI君は私を煽った。
「オーケー。やってみよう」
 私は工具箱を取りに席を立った。

          *

 ーーー「簡単デス。バックパネルを外して、二、三の操作をするだけデスから」

 AI君の声が蘇る。今ではもう聞くことも叶わないその声。上部と下部が切り離されて転がるAI君を見ていると、かつて米国で起きた『ブラックダリア事件』を思わせた。さすがに両頬までは切り裂いていないが。

 何故こんなことになってしまったのだろう。バックパネルを外すところまでは良かった。しかし、バックパネルを留めていたネジの一本をAI君の体内の奥深くに落としてしまい、それを下部から救出する為に、足のキャタピラを外した。ーーーそれなのに何故、頭や両腕まで外れているのだろう。記憶がなかった。遺体をバラバラに切り刻むシリアルキラーもこんな心持ちでコトを行うのだろうか。

 肉片と血液代わりに部屋中が細かなパーツとオイルまみれだった。

 私は一度落ち着く為に珈琲を淹れることにした。元AI君のパーツはひとまとめにして、部屋の隅に片付けた。片付け下手な人間がやるみたいに。

 ーーーしかし、現行の法律がまだAI時代に対応してなくて良かった。今がもし2050年くらいなら、私はバラバラ殺AI事件の犯人として監獄に送られてしまうことだろう。

 私はオイルにまみれて黒ずんだ両手を見つめた。




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