You'll Never Walk Alone

笑わない男が笑った。また、日本中を笑わせてくれた。2015年にイングランドで開催されたワールドカップで南アフリカに勝利してから4年。アジアで初めて開催されたラグビーワールドカップ2019日本大会では、ONE TEAMをスローガンに掲げる日本代表が悲願の決勝トーナメント進出を果たした。

ラグビー日本代表は1995年に開催されたワールドカップでは、オールブラックスと呼ばれるニュージーランド代表に128点差の大敗をしたこともある。この大敗から24年での初の決勝トーナメントへの進出であった。

2020年には東京2020オリンピック・パラリンピックが開催される。1964年に開催された東京オリンピックは、「もはや戦後ではない」時代から高度成長の時代であり、坂を上り続けた時代でもあった。しかし2020年以降は、坂を上るのではなく、坂を下り続ける時代になることも予想される。アイドルグループの乃木坂46が『インフルエンサー』で2017年の日本レコード大賞を受賞したが、これからは「個」の時代も叫ばれており、インフルエンサー、すなわち影響力の重要性も増していくだろう。2020年代以降の課題を乗り越えて坂を再び上るためには、ONE TEAMやインフルエンサーの活用も重要である。

1950年代には、私たちの生活において三種の神器と呼ばれた「白黒テレビ、洗濯機、冷蔵庫」が普及し、さらに1960年代には新三種の神器あるいは3Cと呼ばれる「カラーテレビ、クーラー、自動車」が普及した。2020年以降は、たとえば自動車では自動運転車が普及し、私たちの生活が良い方向へ変わっていくことも考えられる。また、音楽の聴き方はレコードからウォークマン、CDが一般的であった時代から、iPodやiPhoneの登場によりストリーミングサービスへと変わってきている。これから私たちはVUCA時代における変化の波に遅れないことが重要だ。デジタルの波は限界費用を低下させ、人や組織、企業の在り方も変わっていくだろう。

本文中では、始めに2000年以降の日本経済の概要を確認し、2019年に話題となったコンビニに関する話題を取り上げ、産業組織論とネットワーク、イノベーションの可能性等から、これからの未来について考えてみることとしたい。

1. 日本経済の現状について

日本経済の現状を把握する上で、まず実質GDPおよび名目GDPの推移を確認することとしたい。2000年以降の実質GDPおよび名目GDPの推移をグラフで表したものが下図である。

画像9

2000年以降の実質GDPおよび名目GDPの推移を確認すると、2000年にはそれぞれ528兆円(名目)、464兆円(実質)であったGDPは、2018年にはそれぞれ548兆円(名目)、534兆円(実質)となっている。このグラフの推移をみると分かるように、名目GDPは概ね横ばいあるいは低下しており、伸びはあまり見られないが、実質GDPは名目GDPと比較すると右上がりの線となっている。

続いて、実質GDPおよび名目GDPの成長率の推移を確認することとする。2000年以降の実質GDPおよび名目GDPの成長率の推移を表したものが下図である。

画像12

2000年以降はほとんどの期間で名目成長率を実質成長率が上回る、すなわち「デフレ」の現象が観察される。2014年からは名目成長率が実質成長率を上回る期間もあったが、2016年以降は実質成長率に対して名目成長率の低下も見られる。

次に、GDPギャップについて確認することとする。マクロの需給ギャップ(GDPギャップ)は、実際の需要側から計測される実質成長率と潜在成長率の乖離で表される。2000年以降のGDPギャップを表したものが下図である。

画像13

2000年以降、実質成長率が潜在成長率を下回り、GDPギャップがマイナスとなる時期が続いた。特に米国のファニーメイとフレディマックのサブプライムローンによる経営悪化や投資銀行であるリーマンブラザーズの経営破綻により2008年に発生した世界金融危機の後は、需要減によるショックでGDPギャップは大幅にマイナスとなった。しかし、近年はGDPギャップはほぼ解消し、ゼロ近傍で推移している。

続いて、資本投資について確認することとする。ここでは、内閣府の「固定資本ストックマトリックス」の情報通信機器およびコンピューターソフトウェアの合計値を就業者数および年間総実労働時間により除した資本装備率(マンアワーベース)を確認する。そのグラフが下図である。

画像12

2017年において、情報通信業では情報通信機器およびコンピューターソフトウェアの資本装備が進んでいるが、卸売・小売業や建設業等では情報通信機器およびコンピューターソフトウェアの資本装備率が低くなっている。

ここまで2000年以降の日本経済の概要を確認してきたため、次に2019年に話題となったコンビニの問題について考えてみることとしたい。

2. 2019年に話題となった「コンビニ」について分析してみる

「24時間営業はもう無理だ」。人手不足等からコンビニエンスストアの24時間営業が難しくなってきていることが、2019年には話題となった。

まず、Googleトレンドを使って「コンビニ」ニュースに対するインタレストを調べてみることとする。2010年から2019年12月までを調べてみた結果が、下図である。

画像1

2010年頃はコンビニのニュースに関する関心はあまり高くなかったが、近年はコンビニのニュースに関する関心が高まっていることが分かる。コンビニの人手不足の要因には労働環境や賃金が高くないことなども考えられるが、2019年の地域別の最低賃金を表した塗分け統計地図(コロプレス図)が下図である。

画像8

2019年の最低賃金の引き上げにより、東京都と神奈川県では初めて1000円を超えることとなった。最低賃金における議論について、川口・森(2009)では最低賃金の上昇は10代男性労働者と中年既婚女性の雇用を減少させること等が分かっている。

再びコンビニに関して分析してみることとしたい。コンビニエンスストアの成長プロセスを表したものが下図である。

画像5

1983年度には6126億円だった売上高が、2014年度には10兆円の壁を超えている。また店舗数は、1983年度の6308店から2017年度には57956店となっている。私たちの日常生活におけるコンビニエンスストアが占める役割が大きくなっていることが分かる。

次に、コンビニの市場構造を分析するために市場集中度を確認することとする。ここではハーフィンダール=ハーシュマン指数(HHI)と呼ばれる、各社のシェアの2乗和により分析する。(セブンイレブンやファミリーマート、ローソン等以外をその他として分類しているために厳密性には欠けると考えられるが、ある程度の傾向は把握できるだろう)各社のマーケットシェアを表したものが下図である。

画像6

この図を確認すると2010年以降のHHIは高まっており、コンビニ市場の寡占化が進んでいることが分かる。

続いて、プログラミング言語であるRを使って、東京都港区内にあるセブンイレブン(赤丸)、ファミリーマート(緑丸)、ローソン(青丸)をプロットしてみた。

画像2

画像3

画像4

地図上では左上の部分にセブンイレブン(赤丸)が多く、下の部分はローソン(青丸)が多くなっている。また、ファミリーマート(緑丸)は中央部分に多いようである。コンビニの出店はドミナント戦略と呼ばれることもある。ある地域に集中的に出店することで、その地域におけるマーケットシェアを高める戦略である。

続いて、セブンイレブンについてデータを使って調べてみることとする。セブンイレブンの売上高総利益率や店舗数等の推移を表したものが下図である。

画像14

ここでは、目的変数を売上高総利益率、説明変数を全店平均日販および店舗数(数字はいずれも2010~2018年度)とする重回帰分析を行うこととする。

重回帰分析の結果得られた回帰式は、以下のとおりとなっている。

売上高総利益率=(切片)+0.00005935 全店平均日販+0.0006245 店舗数
(いずれも1%水準で有意となっている)

説明変数である全店平均日販および店舗数の係数の値を比較すると、店舗数の係数の値の方が大きくなっている。すなわち、全店平均日販より店舗数を増やす方が売上高総利益率は高まる。コンビニのビジネスモデルはフランチャイズシステムであるが、本部であるフランチャイザーの売上高総利益率を簡略化して書くならば、

(直営店利益+ロイヤルティ収入)/(直営店売上高+ロイヤルティ収入)

とすることもできる。すなわち、コンビニの加盟店であるフランチャイジーが多く、またそこから得られるロイヤルティ収入が多いほど、フランチャイザーの売上高総利益率は高くなる。したがって、コンビニは大量出店により店舗数を増やすことが合理的な戦略となることが考えられる。

それでは、産業ごとの企業の収益性はどのようになっているのだろうか。米国のデータであるが、主要産業の株主資本利益率(ROE)を表したものが下図である。

画像13

この図を確認すると、産業ごとに企業の収益性は大きく異なることが分かる。SCP(Structure-Conduct-Performance)モデルによれば、競争環境には「移動障壁」や「参入障壁」があり、競争環境を完全競争から乖離させ、差別化のような企業の競争戦略が重要であるとするのが、マイケル・ポーター教授らによる考え方である。Mckinsey Global Instituteによる試算では、小売りのデータドリブン経営による潜在価値は16870億ドルとされており、営業やマーケティング、製造やサプライチェーン、オペレーションへの影響が大きいとされている。上記で確認したように、日本国内の小売業では情報通信機器およびコンピューターソフトウェアの資本装備率が低くなっている。小売業においては、データドリブン経営や情報通信機器等を活用した差別化が優位な競争戦略となる可能性もあるだろう。

3. 産業組織論とネットワーク、イノベーションの可能性について

昨今はGAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)と呼ばれるプラットフォーマーの規制についての議論も盛んだ(GAFAではなくFANNG(Facebook、Amazon、Netflix、NVIDIA、Google)とすることなどもある)。プラットフォーマーは複数のサイドを持つ市場、すなわちマルチサイド市場と呼ばれる特徴を持つ。マルチサイド市場では、サプライヤー(供給者)やセラー(売り手)とコンシューマー(消費者)やカスタマー(顧客)が市場に参加する。そして、同一ブランドや同一規格のユーザー(消費者、利用者など)が多いほど、個々のユーザーの効果が高まるネットワーク項がある。さらに、一方のサイドのユーザー数や利用回数が増えるほど、他サイドの個々のユーザーの効用が高まる間接ネットワーク効果もある。また、企業の収益性は垂直統合や水平統合の程度に応じて変化するが、プラットフォーマーは水平統合型のビジネスモデルにより近いと考えられる。

企業ではなく組織やネットワークで垂直統合や水平統合を考えてみるとどのようになるか。垂直統合は、たとえば官僚制組織に典型的に見られるヒエラルキー型の階層制である縦の形が考えられるだろう。一方、水平統合は、あるノードからエッジが伸び、別のノードをつなぎ、またノードが集まってクラスターを形成するよりフラットな形が考えられるだろう(下図参照)。

画像7

階層制のネットワークであっても、ある部分を見れば水平的な部分があると考えられる。しかし、2020年以降の未来では、ネットワークはより水平的な影響力が高まることが予想される。インターネット等はネットワーク形成のコストを低下させ、ハブの機能を果たすことができるインフルエンサーなどは、ネットワークによる効果を高めることができると考えられる。これはプラットフォーマーであるGAFAのマルチサイド市場と同様であると見做せるだろう。しかしネットワークにおいては、エコーチェンバーやフィルターバブルなど排他性の懸念も考えられるため、より開かれたネットワークを形成することも重要である。社会学者のフェルディナント・テンニースは、自然な本質意志にもとづくゲマインシャフト(共同社会)と選択意志にもとづくゲゼルシャフト(利益社会)に集団を分類したが、これからは価値や共感にもとづく集団も増えていくだろう。

ヨーゼフ・シュンペーターによれば、イノベーションは発明→革新→普及の3つのフェーズを経るプロセスと捉えられるが、ネットワークによる新結合は、新しきものを創造する創造的破壊となる可能性も考えられるだろう。さらに、ネットワークが知識を有機的に結びつけることも重要である。

4. まとめ:梅の花が咲き誇るような令和時代へ

国内をみれば、少子高齢や社会保障の問題、雇用を増やし、競争を活性化させ豊かさを広く共有したり、富を再分配をすることなども重要だろう。また、1人ひとりが才能を発揮できる社会をつくることも大切である。このためには、教育を重視することも必要である。

海外に目を向ければ、安全保障問題等の地政学的なリスクの高まりもある。法の支配、民主主義、自由といった普遍的な価値観を共有、維持していくことも重要だ。またエネルギーに代表される環境問題など、グローバル化による課題は少なくない。企業等の競争環境は不確実性が高まっている。

2020年、世界で最もグローバル化された市場のひとつであるサッカー界では、一人の日本人選手が英国のロックバンド「ザ・ビートルズ」が生まれた街にあるクラブチームに移籍する。

そのクラブチームであるリヴァプールFCのサポーターソングは『You'll Never Walk Alone』だ。

人生ひとりではない。

梅の花が見事に咲き誇るように、人や企業などが結びつき、希望に満ちあふれた時代を切り開き、イノベーションの花を咲かせる令和時代となるよう期待したい。



【参考文献】
鶴光太郎、前田佐恵子、村田啓子(2019)『日本経済のマクロ分析』日本経済新聞出版社
入山章栄(2019)『世界標準の経営理論』ダイヤモンド社
小田切宏之(2019)『産業組織論』有斐閣
岡田羊祐(2019)『イノベーションと技術変化の経済学』日本評論社
ニーアル・ファーガソン(2019)『スクエア・アンド・タワー』柴田裕之訳、東洋経済新報社
ジョセフ・E・スティグリッツ(2019)『プログレッシブキャピタリズム』山田美明訳、東洋経済新報社

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?