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格差は住むところで決まるのか

2019年12月に中国で発生されたとされる新型コロナウイルスの感染拡大は現在も続き、外出自粛等による個人消費の低迷など経済や社会への影響は大きい。2008年に発生した世界金融危機では男性の働き手が多い産業である製造業などへの影響が大きかった。しかし、新型コロナウイルスは飲食業やサービス業などの女性の働き手が多い産業への影響が大きく、女性の不況であるシーセッションとも呼ばれている。2021年に男女共同参画局より公表された男女共同参画白書のテーマもコロナ下で顕在化した男女共同参画の課題と未来となっている。たとえば、Alon et al.(2020)では、コロナ危機によって短期的には男女の賃金格差が拡大するとしつつ、コロナ禍でリモートワークする男性が家事や育児に参加したことで、長期的にはジェンダー規範の変化によって格差が縮小する可能性も指摘されている。

コロナウイルスによる格差の拡大は男女間だけでなく、子どもの教育格差にも影響を与えている。日本財団から公表されている調査レポートでは、教育格差(世帯年収等による勉強時間や生活時間の格差)は、コロナ禍において拡大傾向にあることが示されている。

教育格差は、ピエール・ブルデューの文化的再生産論によっても説明される。教育格差を生み出す文化資本は、(1)本や美術品などの客体化された文化資本、(2)学歴資格など制度に承認された制度化された文化資本、(3)言語能力、知識、教養など、簡単に相続されない身体化された文化資本の三つに分類される。

インターネットの発達により、情報格差を減らすためのアクセスを得ることはできるようになってきた。しかし一方で、世帯年収だけでなく生まれた土地などで文化資本の格差は存在している。これからの時代は検索すれば何でも分かるから勉強しなくてもよいと述べる者も存在する。だが、学力がない子どもは上手にググれないという話もある。検索できない子どもたちはSiriに敷かれてしまうのだ。情報格差を減らすための力となるインターネットを手に入れても、文化資本を蓄積し、高い学力を身につけることはこれからの時代も重要だろう。新型コロナウイルスの影響による教育格差の拡大は文化資本の格差を拡大させることにもなると考えられるため、今後の課題となる。

本稿では、東京都における市区町村の所得データや定期客増減率などを用いて、格差は住むところで決まるのかなどを検討することとする。

1 東京都の市区町村別所得金額

格差について検討する上で、まず、東京都における市区町村の所得金額を確認する。総務省「令和元年度課税標準額段階別所得割額等に関する調」より、新型コロナウイルスの影響が少ないと思われる2019年度の所得金額をコロプレス図によって可視化したものが下図である。

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黄色の地域が最も所得金額が高く、濃い青が所得金額が低い地域となっている。港区や千代田区が所得金額が高く、これらの地域を中心としてほぼ同心円状に所得格差が拡大しているとみることができる。都市社会学にはアーネスト・バージェスの同心円地帯理論やホーマー・ホイトの扇形理論などがある。バージェスの理論は米国のシカゴをモデルとしており、中心業務地区から外側に向けて、工業地帯、遷移地帯、住宅地帯、通勤者地帯などが広がっていく。バージェスの理論に従わなくとも、都市は企業や人、知識、資金などが集まって生産性を高めることでより発展する。都市が発展する段階で、人などがソーティングされていく。集積により効率性が高まるのだ。しかし、新型コロナウイルスの影響は集積の経済を弱める力がある。今後、都市のあり方が変わっていくかは注視する必要があるだろう。

また、東京都における市区町村の所得金額を一覧にしたものが下の表である。

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ミンサー型賃金関数に従うならば、賃金は教育年数、潜在経験年数などによって決定される。日本企業の場合、人的資本の蓄積や長期勤続による年功制で賃金が決定されることが多い。本稿では確認しないが、所得金額が多い地域は平均年齢が高い地域であると考えることもできるかもしれない(反対に所得金額が少ない地域は平均年齢が低く、若い世代が比較的多く住んでいる)。新型コロナウイルスの影響のよりリモートワークを活用する企業が増加するならば、格差は住むところで決まるのかが変わる可能性も考えられるだろう。たとえばオンライン教育が普及することで、子どもがベストプラクティスな授業を受けることができるようになるかもしれない。

2 輸送人員(定期客)の増減率

続いて、輸送人員(定期客)の増減率を調べることで、テレワークが進んだ沿線を確認することとする。関東にある大手私鉄の2020年度の輸送人員(定期客)を確認したものが、下の表である。

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表を確認すると、「東急」(▲33.7%)、「京王」(▲33.4%)、「小田急」(▲30.5%)の輸送人員の減少が大きい。一方、「京成」(▲23.8%)、「東武」(▲24.2%)、「京急」(▲26.3%)、「西武」(▲27.7%)の輸送人員の減少は比較的小さい。輸送人員の増減の大きさを確認すると、1でみた所得金額の高低と関係があるとみることもできるようだ。たとえば、所得金額の上位にある渋谷区や目黒区が沿線にある「東急」、新宿区や杉並区が沿線にある「京王」の輸送人員の減少が大きくなっている。

これらより、年収は住むところで決まっていると考えることもできるかもしれない。同じような年収の人たちが同じような地域に住むことで、その地域には似たような階層の人たちが集まっているかもしれない。したがって、地域によって文化資本が異なると考えられるため、格差を拡大させないための取組みは求められるだろう。

3 職種別給与額等と誰がテレワークできるのか

ここまで東京都の市区町村における所得金額および定期客の輸送人員の増減率を確認したが、最後に職種別給与額と誰がテレワークできるのかについてみることとする。

厚生労働省「令和2年度賃金構造基本統計調査」をもとに、産業大分類における職種別の給与額等を表したものが下の表である。

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まず、職種別給与額について確認すると、きまって支給する現金給与額等((a)+(b))は「管理的職業従事者」、「専門的・技術的職業従事者」、「事務的従事者」が大きくなっている。川口(2020)では、年収が高い職業のほうがテレワークをしている確率が高いという関係があることが明らかにされている。同研究では、コンサルタントは40%以上がテレワークをしており平均年収は約550万円であるとされている。さらに、運転手でテレワークをしている人の割合は5%以下となっており、平均年収は350万円前後とされている。賃金構造基本統計調査においても、きまって支給する現金給与額等が大きい「管理的職業従事者」、「専門的・技術的職業従事者」、「事務的従事者」はテレワークを導入する可能性が考えられる。一方、きまって支給する現金給与額等があまり大きくない「サービス職業従事者」は事業のデジタルトランスフォーメーション(DX)も叫ばれているが、対面による働き方が主であり、テレワークを導入するにも課題があると考えられる。

年収が高い職業がテレワークをしている確率が高いとすると、2で確認した輸送人員の減少が大きい沿線は年収が高い職業の人が他の地域より多く住んでいると考えることもできるのかもしれない。すなわち、職業は住むところで決まっていると考えることもできるだろう。そして、持つ地域と持たざる地域の格差が拡大していく可能性もある。格差を固定させないためにも、社会の流動性を高めていくことは課題となる。また、格差の拡大は民主主義の実現を困難にもさせると考えられる。

4 おわりに

これまでみてきたように、所得や職業などの違いは住むところで変わることが分かった。地域にはそれぞれ異なる文化が存在し、またそこに住む人々も異なる生活を営んでいると考えられる。

先日、日本経済新聞の経済教室の成田悠輔氏の論考には「民主主義の呪い」が示されていた。

世論に耳を傾ける民主主義的な国ほど、21世紀に入ってから経済成長が低迷しているというものだ。民主主義の未来は独裁に取って代わられるのか。21世紀は20世紀よりも個人の自由が保障され、多様性が増したと考えられる。異なる人々の選好からより望ましい選択肢を選ぶためには、独裁のほうが効率的かもしれない。しかし独裁が公共の利益を推進するとは限らない(これは民主主義においても同様かもしれないが)。所得格差が小さいこと、教育を受けることなどは潜在成長率を上昇させるとされる。格差の拡大などがある現代では、多様な世論に耳を傾けることはこれまでより困難だ。日本国内においても繁栄から取り残された地域が現れる可能性がないわけではないだろう。民主主義の未来は、国の繫栄でもある。

20世紀の終わり、地方分権改革の議論が盛んであった。たとえば、それまでの国と地方の上下の関係を対等に見直すというものだ。しかし現在、地方の自主・自立は進んだだろうか。移動の自由が保障され、人々は住むところを自分で決められる。だが、これは理想論でもあるかもしれない。

民主主義の呪いを克服するためには、地方の自立も課題である。地方の代表者である首長のリーダーシップもカギであると考えられる。地域に住む人々にはそれぞれのナラティブ(物語)が存在する。感染症のようにナラティブを拡散させることで人々に新しい行動をもたらし、民主主義の未来は変わっていくだろう。


【参考文献】
■川口大司(2020)「誰がテレワークできるのか?仕事のタスク特性と労務管理手法に着目した分析」リクルートワークス研究所編「全国就業実態パネル調査 日本の働き方を考える2020」Vol.1(https://www.works-i.com/column/jpsed2020/detail001.html)
■「定期券客減少率でわかる「テレワーク進んだ沿線」」『東洋経済オンライン』2021年5月31日

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