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スウェーデン留学記#17 社会科見学でKristianstads Vattenriketへ

私がスウェーデンを留学先に決めた理由の一つに「環境先進国のスウェーデンで、具体的にどのように自然保護、環境問題へ取り組んでいるか、多角的な学問からアプローチしたい」というものがある。

私は小さい頃から自然保護への関心があり、農学部に進学した。紆余曲折を経て微生物の研究室に入り、今はざっくり言うと「微生物の力を利用して、いかに持続可能な産業を築いていけるか」というテーマで研究を進めている。自然保護と直接的な関係はないが、持続可能性の追求という点では目指すものは一緒だ。

ある程度最先端のバイオテクノロジーの知識を身に付けた上で留学した方が何か得られるものがあるのではないかと思い、大学院在籍中に留学を決めた。それに大学院で留学した方が、専門的な授業を履修できるので留学先での授業の選択肢が広がる、というのもある。

そんな私がとった授業の一つがSustainable eating (持続可能な食) である。これは、LUCSUS (ルンド大学持続可能性研究センター) が開講している授業で、「食」という観点から「持続可能性」にアプローチする。「食品包装問題」、「肉食・ベジタリアン・ヴィーガンという選択」、「持続可能な農業」など、様々な問題について学んだ。

その授業の一環で、ある日社会科見学に出かけた。行先はKristianstads Vattenriketというユネスコが指定する生物圏保護区である。ここは、スコーネ地方南部のHelge川下流域とバルト海沿岸のHanö湾を含む地域で、絶滅危惧種の動植物が数多く生息する湿地帯や牧草地、広葉樹林など多様な景観が広がっている。10万ヘクタールにも及ぶこの広大な生物圏保護区では、持続可能性への取り組みを示すモデル地区として様々な生態学的調査や研究が進められている。

ラムサール条約にも指定されているという湿地帯の上には遊歩道があり、観光客や地元の人も自由に歩くことができる。その中心にはビジターセンターがあり、ここを訪れた人がKristianstads Vattenriketの歴史や、調査や研究活動の成果、現在の取り組みなどを学ぶことができる。私達学生は、ビジターセンターの人に案内してもらいながら遊歩道の上を散策した。湿地の一角にはバードウォッチング用のタワーもある。そこでは多くの野鳥愛好家たちが望遠鏡を覗きこみ、ここに生息する野鳥たちを静かに、そして熱心に観察していた。私は日本でも何回かバードウォッチングに出かけたことがあるのだが、野鳥愛好家たちの熱意にあふれた眼差しは世界中どこでも共通のものであるのだなと感じ入った。

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ビジターセンターではKristianstads Vattenriketのジオラマや、動画を通じてここの生態系について学んだ。また、ガイドの人が個々の取り組みについて語ってくれた。その中でも特に印象に残ったのは、ツルと農家の共生の話だ。ツルは毎年春に北の営巣地に向かう途中で、この地域で休憩をとる。だが、春はちょうど農家が小麦や大麦などの穀物の種を蒔く時期と重なる。だから、以前はお腹を空かせたツルたちがせっかく種を蒔いた穀物畑を荒らし、農家は困っていた。駆除しようという話にもなったが、野鳥愛好家たちが反対した。ツルとヒトが共生できるいい案がないかと悩んでいた頃、ドイツの農家に相談したそうだ。すると、ツルが訪れる時期には畑と別の場所に餌を蒔いて誘導すればいいというアドバイスを受けた。そこで、この自然保護区の一角にあるPulkenという名の牧草地が、ツルを誘導するための給餌場となり、ツルは毎年そこで休憩するそうになったそうだ。Pulkenの近くにはバードウォッチング用のタワーもつくられ、野鳥愛好家たちはそこからツルを観察することもできる。こうして、「ツルもハッピー、農家もハッピー、野鳥愛好家もハッピー」な結末に落ち着いたのだ、とガイドさんは笑顔で締めくくった。映画『もののけ姫』ではないが、ヒトと自然との共生を探る道のりにきっと希望はあるのだ、と勇気づけられたエピソードだった。

ビジターセンターには、この地域で生産されているハチミツやジャム、ジュースなども販売されていた。また、カワウソ、カワセミ、ツル、キツネなどこの保護区に生息する多様な生き物をモチーフとした可愛いグッズも販売されていた。私はキツネのバッジを購入した。

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ガイドさんを筆頭として、ここで働く人達の生き生きとした姿が印象的だった。自然を守りたいという熱意はスウェーデンでも日本でも共通のものであると感じた。ただ、Kristianstads Vattenriketでは国内外の研究機関や、地方自治体などかなり広範囲の組織を巻き込んで国際的かつ多種多様な学術プロジェクトを進めており、研究規模が大きい印象を受けた。

また、「モデルハウスの建築による居住空間と生態圏の共存の評価」、「在来種の大規模放出による生態系予測モデルシステムの構築」、「地方自治体への生態系サービスの社会実装」など、革新的な研究プロジェクトが多い。この生物圏保護区をただ保護するだけでなく、未来の持続可能性を追求するためのモデル実験を行う場として積極的に活用していこうという意図が感じられ、興味深かった。「実験的な取り組みにより現在の生態系への影響が出るのではないか」など様々な懸念は浮かぶが、その前衛的な研究の成果が数年後、あるいは数十年後にどのように出るのか楽しみである。

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