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私が管理本部長だ! vol.17

兵どもが夢の跡 後編の1

岩清水を無事に部屋で寝かせ、堀と川島とはそこで別れた。

まだ時計は21時をまわったばかりだった。

部屋割りはあって無いようなものだったので、私たちの部屋があるフロアでは、みんな好き放題にバタバタと部屋の行き来をしていた。
いくつかの部屋に分かれて宴会の延長戦が行われていて、どの部屋の声も外まで聞こえてくるほどに騒がしかった。

私は、まずは一息つこうと思い大浴場に向かった。
そして、脱衣所に入ったところで聞きなれた声がいくつか耳に入ってきた。

「おお!高良川くん!探していたんだよ!」
「高良川さん、お疲れ様です!」
「今日はあんなに広い宴会場をありがとうございました!」

そこには、今まさに浴衣を脱いだばかりの専務と、そのお供たちがいた。
そしてその中には、私と目を合わせようとしない多田野の姿もあった。

「いやね、あんなに広い場所を用意するなんて、さすがに高良川くんはよくわかっているものだと感心していたんだよ。そのお礼が言いたくてね、君のことを探していたんだよ」

きっと多田野は「見つからなかった」とでも報告したのだろう。まあ、あの後では仕方がないかもしれない。
私は、専務の言葉には適当に相槌を打っておくことにした。

*****

私は軽く体を洗い、内風呂で少し温もった後、露天風呂の入口の扉を開けた。温まった体に冷たい風がサワサワと触れ、一瞬腹筋に力がこもる。

速足で向かった浴槽には運よく誰も入っていなかった。

少し熱めのお湯に右足からそうっと入り、奥まで移動しながら肩までをゆっくりと浸け、尻を湯底につけた時点で「フゥーッ」と大きく息を吹き出した。

ホテルの最上階にあるこの場所では、目の前に大きな山々が広がっていた。

手が届きそうなほどの鮮明な雪景色。

私は簡単に目に奪われてしまい、一瞬にして「ああ、来て良かったなぁ」と感じることが出来た。

「おお!絶景だねぇ~」

専務が多田野を含めた数人を引き連れてやって来た。

専務、ありがとうございます。
私に安息の地など無いのだと一瞬にして思い出せました。

そして、全員が浴槽に浸かったのを見計らって専務が言葉を発した。

「で、何で多田野はさっきから高良川くんの方を見ようとしないんだ?」

多田野の肩が少しだけピクッと動いた。

専務のこの辺りの勘の良さと観察力はさすがだ。

「いえ、、そんなことはないですよ・・・」

「そんなことがあるから聞いているんだ。何があったのか言ってみたまえ」

多田野は酔っぱらうとお調子者だが、シラフの時には真面目な人間でもある。そのことを知っているからこそ、専務は真っすぐに聞いているのだろう。

「・・・すみません。実は・・」

言いづらそうに口を開いた多田野は、視線を下に落としたままエレベーター前で起こったことを素直に語り始めた。

*****

「・・・そこで、いや、、冗談のつもりだったんで本当に触るつもりなんて無かったんですが・・」

あの時から1時間ちょっとしか経っていない。よくぞあのベロンベロン状態からここまで回復したものだ。

「高良川さんに怒られてしまって・・・」

しばらくじっと話を聞いていた専務だったが、

「・・・そうか。で、君は彼女には触ったのか?」

と、多田野を問いただし始めた。

「いえ、胸には触っていません・・」

「じゃあ、胸以外には触ったのか?」

「いえ、触ってはいません。少し肩にふれただけです!」

「・・・多田野」

専務は少しうつむいて、右手で頭を抱えた。

そして目線を上げると、

「触るとふれる(触れる)は同じだ」

と言った。

*****

「高良川くん、今回の件は本当に申し訳なかった!」

専務は浴槽の中で立ち上がり、私の目の前に立派なイチモツをブラブラさせながら頭を下げた。

「俺も、本当にすみませんでした!岩清水さんには後日キチンと謝っておきますんで!」

ブラブラがもう一つ増えた。

「いえ、、専務も多田野くんも、こんなところでやめてください。すぐに止めなかった私の責任もありますから・・」

「いや!そもそも、私があんなに酔っぱらっていた多田野に君を探させたりしなければそんなことにはなっていなかったはずだ!」

それはそうだが、それを言って今さらどうなることでもない。

「私が責任を取る!」

・・・

・・・えっ?

専務は、ジャバジャバとお湯をかき分けながら浴槽の端っこまで行ったかと思うと、浴槽と雪景色の境界線になっている低い柵を乗り越え始めた。

そこでやっと私は気が付いたのだ。
この方、メチャクチャ酔っていらっしゃる!?

「専務!ここ最上階ですよ!」

私は声を上げたと同時に立ち上がり、慌てて専務を追いかけた。

柵の外は、1メートルほどの垣根を隔てて崖である。

「私はここで責任を取る!」

専務は私の言葉など意にも介さず、垣根に体を突っ込んだ。
と、ほぼ同時のタイミングで何とか私の右手は専務の右手をつかむことが出来た。

「高良川くん!止めるな!」

「止めます!」

「君はそれでいいのかね!」

「いいんです!」

半分ほど垣根に入り込んでいた専務の体を、無理やり浴槽側に引っ張り込んだ。
柵が低かったこともあり、専務は簡単にこちら側に戻ってきたが、倒れ込んでくる全裸の男を全裸で受け止める行為は不快以外の何ものでも無かった。

*****

とりあえず、専務を含め、まずはその場にいた全員を露天風呂から追い出した。

「んー、責任を取ると言っているのに・・・」

と、専務は何やら不満そうだったが、こんな酔っ払いの戯言に付き合っていたら心身共に持たない。

「わかりました。では、これから専務の部屋でみんなで飲み直しましょう。それでチャラってことにしませんか?」

専務は考えるそぶりも見せず、「おお!高良川くんがそれでいいならそうしよう!」と、簡単にその機嫌を直した。

そうして風呂から出た後、10数人集まった専務の部屋で日本酒やらワインやらを飲み倒した。

気が付けば時間は23時を過ぎていた。


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