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ハロー、きみは哀しい花なんだって?

自分でも意外な話なのだが、初めて彼岸花を写真に収めた。

これまで散々花の写真を撮ってきたが、思いのほか彼岸花を撮る機会には恵まれず。実をいうと、文字通り「お彼岸」の季節になるといつもSNSでは写真を見かけるものの一体どこに咲いているのかさえよく知らない。

彼岸花は目で鑑賞するよりも、陰鬱とした映画やドラマで伏線として咲き誇っている印象が強い。和風でダークなアニメのオープニングやエンディングでは割と常連の花ではなかろうか。

こうして書いてみると、私は彼岸花の実物を見たことさえも実はこれが初めてだったのではないかとさえ思ってしまった。


彼岸花との出会いはあまりにも唐突だった。

少し遠くまで買い物に出かけていると、彼岸花がなんでもない場所に咲き誇っていた。道端…というほど荒れてもいないが、彼岸花が咲いたことで初めて「ここは手入れされている花壇なのだ」と知ることができた、というレベルの“花壇”に咲いていた。彼岸花が咲くまで、ここには元々なにが植えてあったのだろうと頭をかしげるほど、彼岸花のためだけに整理された区画のように見えた。


なんとなく1枚写真を撮ってみる。
秋晴れの天気のおかげか、それとも私の気の持ちようが明るかったからか、彼岸花はとても爽やかな花に見えた。青空と真っ赤のコントラストも、モミジのそれとはまた違う美しさを放っている。

ほんの数ショットだけシャッターを切るつもりが、止まらくなって様々な角度からシャッターを切りまくる。花びらの繊細なラインが美しく、晴れの日ではなく雨が降った日ならここに雫がついてもっと美しく見えるだろうとそんなことまで考えた。


撮っているうちに「哀しい花」だと思っていたのは、鬱蒼とした映像作品ばかりを見ているうちに自生した思い込みではないかとさえ思い、帰宅後 思わず彼岸花の花言葉を調べることに。

花言葉の検索結果よりも先に出てきたのは「彼岸花、またの名を死人花、幽霊花、地獄花」という言葉だった。花言葉を開く前からなんとも不吉な呼び名があることを知る。やはり、縁起がいい花ではないのだろうか。


ちなみに赤色の彼岸花の花言葉は「情熱」「独立」「あきらめ」「悲しい思い出」と、あたたかさやぬくもりとは縁がなさそうな言葉が綴られていた。

中でも花言葉の最後のひとつに「また会う日を楽しみに」となんとも受け取り方が多様化しそうな言葉があったことが印象的だった。


ところが昼食を作りながらふと、「幽霊花がまた会う日を楽しみに…っていうのはいかにも和モノの怪談にありそうだな」とひとり笑ってしまった正午過ぎである。人を惹きつける美しいものにはやはりなにかそれなりのエピソードがあるのだろうか。

暗闇ではなく白昼堂々と撮った私の彼岸花はある意味「らしくない」写真かもしれないが、これはこれで好きだと振り返る秋の昼過ぎだった。

さて明日はなにを撮ろう。
今日も写真をご覧いただいたあなたに感謝を。

2020/10/02 こさい たろ

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