さすらい〜移動と風景を描くヴィム・ヴェンダースのロードムービー
『さすらい』(Im Lauf der Zeit/1976年)
ヴィム・ヴェンダースが1974〜76年に撮った映画『都会のアリス』『まわり道』『さすらい』の3本は、「ロードムービー3部作」として映画史の中に刻まれている。
もちろんそれ以前にも、アメリカン・ニュー・シネマに代表されるアウトロー・ムーヴメントの中で、『俺たちに明日はない』(1967年)、『イージー・ライダー』(1969年)、『真夜中のカウボーイ』(1969年)、『アリスのレストラン』(1970年)、『断絶』(1971年)、『バニシング・ポイント』(1971年)、『地獄の逃避行』(1973年)、『ペーパー・ムーン』(1973年)、『スケアクロウ』(1973年)など、優れたロードムービーは数多く作られていた。
ある者は犯した罪から逃れるために移動(逃避行)し、ある者は人に会うために移動(人探し)し、ある者は仕事の都合で移動(商売)し、ある者は愛を喪失して目的もなく移動(放浪)する。
ロードムービーとは、登場人物が移動することで成り立つ世界でもある。そして自由を謳歌するのではなく、やむを得ず移動しなければならない不自由さもそこにはある。
それでもヴェンダースのロードームービーに、強く魅せられるのはなぜだろう? 彼がハリウッドとは距離をおいたドイツ人だからか。モノクロ映像に拘る監督だからか。一つ理由をあげるとするならば、それは“風景”を描く映画人だからかもしれない。
ヴェンダースのロードムービーでは、登場人物よりも“風景”が重要であり、主役になる。観る者は同じ旅をしている感覚に包まれ、まるで動く写真集の中にいるような気分にもなる。その“風景”に何を感じられるかが、ヴェンダース映画の美学でもある。
ロードムービー3部作の終章『さすらい』(Im Lauf der Zeit/1976年)は、当時の西ドイツと東ドイツの国境周辺の“風景”=リューネブルク〜ホーフまでのルートを先に決めて、撮影に入ったと言われている。脚本や台詞は11週間の撮影で移動しながら決めていった。
ヴェンダースは、撮影前に自ら土地の写真を撮ることでも有名で、『さすらい』の場合は、アメリカ写真界の伝説的存在であり、ロバート・フランクにも多大な影響を与えた、ウォーカー・エバンスの1930年代の田舎の土地の写真にインスパアされて始まった。
1945年にドイツで生まれたヴェンダースは、幼い頃からアメリカ文化が大好きで、映画や音楽やコミックに強い関心があったという。学生時代になると、ニコラス・レイ監督の、ボウイとキーチの愛と逃避行の物語『夜の人々』(1948年)などに出逢う。
ロックもその一つで、長編デビュー作『都市の夏』(1970年)はイギリスのバンド、キンクスに捧げられている。さらに1973年夏、ピーター・ボグダノヴィッチ監督の『ペーパームーン』を観て大きなショックを受けるが、それは仕上げたばかりの『都会のアリス』とそっくりだったからだ。
このようにアメリカ文化や“風景”へのオマージュがヴェンダース作品の骨格でもあり、車、テレビ、モーテル、ダイナー、電話ボックス、ガソリンスタンド、広告看板、ネオンサインといったものが登場しない映画は、絶対に作らないと言ったほど。
また、孤独な旅が中断され、予期せぬ見知らぬ相棒との出逢いがあり、いつの間にか同じ方向に視線を向けて、並んで話す関係が築かれるのも特徴。
そして音楽。『さすらい』では移動する途中の車や駅で、ボブ・ディランやロバート・ジョンソンの「Love in Vain」を口ずさんだりするシーンがあるが、“風景”と溶け合う音楽はどこまでも印象的だ。
二人の男の放浪という、別々の一本の線と一本の線が交差するわずかな日々。『さすらい』はそんな時間を描いた傑作だった。
大型ワゴンを寝床に、小さな町の映画館を2年近く巡回している映像技師のブルーノ。ある朝、猛スピードで川の中へ車ごと突っ込む現場を目撃。男はロベルトと言って、妻と離婚したばかりらしい。そこからブルーノの車で巡回に同行するロベルト。
そんなやり取りをする二人は、映画館で即興劇で子供たちを笑わせたり、閉鎖された鉱山で、妻に自殺された男の話を聞いたりする。そしてお互い、生まれ育った故郷の家を訪れる。
ロベルトは一人で暮らす印刷屋の父を、ブルーノは廃屋になった母と暮らした家を。自分の原点を見つめ直した二人の心には何かが芽生えていた。いつまでも同じではいられない。物事はいつしか変わってしまう。
ロベルトと別れたブルーノは、町の相次ぐ映画館の閉鎖を実感しながら、一つの時代の終わりと新たな決意を想う......ヴェンダースが不朽の名作『パリ、テキサス』を撮るのは、それから7年後だ。
文/中野充浩
参考/「Switch」(1988年8月号)
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