イージー・ライダー~少年たちの閉ざされた心を解放した自由への疾走
『イージー・ライダー』(EASY RIDER/1969年)
「これ観たら、変わるよ」──まだ15歳の中学生だった1983年のある夜。35歳になるグラフィック・デザイナーの叔父が、そう言って1本のVHSを差し出してきた。
パッケージ写真には、バイクに跨がった2人の悪そうな男。荒野と道と青い空。『イージー・ライダー』というタイトルの映画が目の前にある。
それから少年と叔父は、リビングのソファーに並んで座り、95分間を黙って見つめ続けた。
「何だよ、これ」……物語も映像も音楽もすべてが衝撃で、何一つ言葉が出なかった。
受験勉強の合間に親の目を盗んで、MTVやFMから流れてくるマイケル・ジャクソンやマドンナといった、洋楽ヒットチャートを聴き入ることを楽しみにしていた住宅街の少年にとって、それは余りにも違いすぎた世界だった。叔父はそんな様子を見て、黙って微笑んでいた。
今から思えば叔父はきっと、悶々とした気持ちで毎日を追い込まれている、哀れな中学3年生の閉ざされた心をどうにかしたかったのだろう。型にはまった思春期の中に、彼は突然、強烈な世界観を投げ込んできたのだ。
TVニュースでは決して報道されない青春革命が、凄まじいスピードで起こり始めた。
やがて少年は高校生になると、クラスメイトとファッション雑誌を回し読みしたり、放課後のファーストフード店で女の子について喋ったりする傍ら、ロックに魅せられて、タワーレコードでストーンズのレコードを買い、音楽雑誌を学生鞄に入れるようになった。ギターを覚え、ダークな服を買い漁っては、年上の怖い連中とバンドを組むようにもなった。
みんながTVから提供されるアイドルや青春ドラマや歌番組に夢中になっている頃、人知れず『ライ麦畑でつかまえて』や『路上』をめくったり、レンタルビデオ店にヴェンダースやスコセッシの映画を借りに行ったり、ロバート・ジョンソンやチャーリー・パーカーに辿り着いたりした。その方が遥かに世界が広がったからだ。
──あれから40年以上が経ち、その間に人生の苦悩や喪失、愚かな失敗や後悔を積み重ねてきた。
ビジネスやお金、医療や税務や法律といった最大公約数的な問題と向き合う時は、「音楽や映画や小説を詳しく知っていたからといってどうなる?」と自問自答することもある。でも結構役に立つし、時には孤独な魂を救済してくれる。
そして今でも数年に1度は、『イージー・ライダー』がむしょうに観たくなる。その時の心は少年のままだ。叔母と離婚した叔父とはもう何十年も会っていないが、今ではデザイナーとして大御所らしい。同じくデザイナーとなった息子(従弟)も、きっと同じ経験をしたのだと思う。
アメリカン・ニューシネマの最高傑作『イージー・ライダー』(EASY RIDER/1969年)を知らない音楽/映画ファンはいないだろう。
名優の息子でありながら、ハリウッドのシステムに反逆していたピーター・フォンダとデニス・ホッパーが、企画/制作/監督/主演すべてを受け持った、低予算のインディペンデントムービー。
撮影自体も、映画のスピリット同様、スケジュールも脚本もろくに組まずに、本物のマリファナを吸いながら進められた。1960年代後半の空気を記録した、アウトロー映画の金字塔、永遠不滅のロードムービーだ。
冒頭のコカイン売買のシーンでは、伝説の音楽プロデューサーであるフィル・スペクターが登場。また、ジャック・ニコルソンも二人の気ままな旅に付き合って、悲劇に見舞われる。
この映画では選曲された音楽が極めて重要な役割を果たしていて、既存の曲なのにまるでこの作品のために作られたかのような印象を受ける。
ステッペンウルフの「The Pusher」「Born to Be Wild」、ザ・バンドの「The Weight」をはじめ、ザ・バーズ、ジミ・ヘンドリックス、エレクトリック・プルーンズ、そして、ボブ・ディランの「It's Alright, Ma」、ロジャー・マッギンが歌うラストの「Ballad of Easy Rider」。
若者が大金を得て、都会から移動すること。ハーレー・ダビッドソンという名のアイアンホース。旅の途中で出逢う田舎の家族やヒッピーやアル中弁護士。南部の差別。「君らに自由を見るのさ。怖いんだ」。ニューオーリンズの謝肉祭とLSDと女たち。そしてラストシーンの、自由への疾走の果て。
映画では自由は撃たれてしまう。しかし、この映画を観た少年たちの閉ざされたすべての心は解放された。
文/中野充浩
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