きょうだい児



不思議なネーミングだ


きょうだい児というのは
「障害を持つ兄弟・姉妹のいる人」のことを指すらしい

実はこの名前を
最近になるまで
見たことも聞いたこともなかった

私の妹は生まれつき知能に障害がある

診断名だと
「自閉症スペクトラム」

重度ではないが
軽度でもないというグレーゾーン


そのため
国から万全の支援を
受けられる資格は持っていない


妹は
ひと通りの読み書きも出来るし
記憶力も良いし
(この病名の人たちは記憶力がすこぶる良かったりする)
ひとりで最低限の生活して行くことができる

外で買い物だって普通にできるし

最近ではお化粧やオシャレも覚えた

ぱっと見では手帳を持っている子には見えない

ただ
婉曲された表現を理解することや
精神の成長度合いには遅れが見られる

もう少しで成人年齢に達するが
恐らく彼女の心は小学生のあたりで止まっている

とても純粋で傷つきやすく
かわいい子だ

姉として
今世で出会えて良かったと思っている

「自閉症」とは言え、妹は
「自分自身を表現すること」や
「他人と交流すること」に興味津々だ

興味を持つと
その対象に並々ならぬ執着を見せ
猪突猛進に突き進んでいく

それでも
相手の「やんわりとした表現」が
理解できないため

「遠回しに断られていることに気づけない」まま
相手を怖気づかせるところまで追い込んでしまい

学校や親御さんに呼び出されたり
警察に通報されたりする

本人は反省はするが
やはりこの病気の特性なのか
しばらくすると
また同じことを繰り返してしまう

母と私はいつも
ご迷惑をかけてしまった方々に頭を下げている



妹に障害があることを知ったのは
父親が死んでからだった

葬儀で来賓の方々を待っている間に
喪服姿の母親にぽつりと

「お父さんから
 あなたには言うなと言われていたから」

と、告げられたのだった


たしかに

浮世離れしたような純粋さや
天真爛漫さに包まれた妹を
不思議に思うことはあった

ときどき
妹がどこかに向かって
延々と独り言を喋り続けていることも

父と母が週末になると
妹を連れてどこかに出かけて行くことも

ぜんぶぜんぶ不思議だったが
何故か「そういうものなのか」と
納得してしまっている自分がいた


当時は
荒れ狂う父親の暴力で支配される家庭内で
色々な感覚を疑問に感じることを
抑圧していたこともあるかもしれない

家の中には
いくつも踏んではいけない地雷が埋まっていた

父親は妹にも容赦なく暴力をふるっていたし
(そろばんが上手く出来ない・習字が上手く書けない・おもらしをした・独り言を話した)

止めに入ると
今度は私が腹いせに暴力の対象になる有様だった

自分も「暴力を振るわれるぐらいならそれだけ妹も『丈夫』ということだろう」という
おかしな感覚にとらわれていた

さすがに障がいを持っている幼児に
暴力を振るうような悪魔がいるとは
その時まだ信じていなかったのだ

皮肉にも
父はそんな非道を繰り返していたわけだが

執拗にボコボコにされる妹を思い出すだけで
ときどき死んでしまいたくなる

そして
障害のある妹を受け入れられず
取るに足らないことで
暴力を抑えられなかった父親に
復讐できなかったことにも深い後悔を覚えている

一回ぐらい台所にある包丁で
あのでっぷりと突き出した腹を
ぶっ刺してやっても良かったと思っている

私たちが休みなく
1日に何時間も苦しめられているのだから
そのぐらいの痛みは取るに足らないはずだ

父親が統合失調症になり
「自殺」を匂わすようになった頃

弱った父親に向かって
「あなたのせいで私は毎日死にたくて仕方がなかったのに、あなたはそんなことで死ぬんだ」と言い放ったことがあったが
言ってやれて良かったと思っている

とんだ親不孝娘かもしれないが
あれが初めて父親に対して
自分の気持ちを嘘偽りなく
表現できた瞬間だった

あの時の
父親のやり切れない顔を
今でも思い出す


だから
葬儀の時に妹に障害があることを
初めて知らされた私が感じたことは

「とんでもない父親だ」という
深い失望と怒りだった


母親は「あなたのためを思って」なんて
言っていたが

あの時に父への信頼が
跡形もなく崩れ去って行くのを感じていた

度重なる横暴さで
苦しみを味わわせられていたから
父親に対する「信頼」なんて
もうほとんど残っていなかったけれど

それさえも燃え尽きたような感覚だった

そして

いつも明らかにとち狂っている
父親の肩を持つ母親にも辟易した


これじゃあまるで「妻」じゃなく
「愛人」じゃないか

叱ることもせず
毅然とした態度も取らず
なぁなぁに暴力や支配を受け入れ

それが父親を増長させていたにも関わらず

私たち子供は
いったい誰を信じれば良かったんだ


ちょっと書くのが辛くなってきた

この頃のことを思い出すと
どうしてもまだ生きていることが不思議に思えてしまう

死に近づきそうになる

だから
また落ち着いたら書き足そうと思う

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