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障がいを抱えた子どもを育てて感じた、人と人との関係に関する考察

このnote記事は、テロメニア魔導記2『天空を貫く尖塔』のあとがきの一部を抜粋、簡単に再編集したものです。

 人間は、自分がよく知らないもの、自分とは異質なものを警戒する傾向がある。それが無害なものであったとしても、危険な驚異と捉えて遠ざけようとしてしまう。もちろん未知なるものに対する警戒心は、生物が安全に生きていく上で獲得した生存本能の一つですが、時にそれが悪く作用する場合もあります。

 実は私の子供は、先天的な心臓病をわずらってこの世に生を受けました。母胎に居る頃から心臓の異常が確認されていた我が子は、産まれてすぐに親から離されて、新生児集中治療室に移送。数日後に手術をほどこされ、一ヶ月ほど保育器の中で育てられました。その間私に出来ることと言ったら、ただ病院に通って見守り続けることだけ。保育器の脇にある小さな穴から、指を入れて我が子に触れる。それだけが唯一の触れ合いで、抱っこしたり頬を合わせたりすることは出来ません。私は考えたばかりの子供の名前を、何度も何度も呼び掛けながら、指先で我が子に触れました。産まれたばかりの赤ちゃんだった当時の我が子は、自分の名前を呼ぶ私の口の動きを、不思議そうな目で見つめていました。

 産まれてすぐに消えてしまう可能性が高かった小さな命の灯火ともしびは、主治医をはじめ多くの人の助けを借りることで、辛うじて繋ぎ止めることが出来ました。私は協力して下さった全ての人に、心から感謝しています。しかし、この頃の私はまだ知りませんでした。障がいを抱えた子供を育てることの、本当の難しさを。それは子供が成長するにつれて、徐々に顕在化していくことになりました。



 子供は通常、同じ目線の子供同士で遊ぶことで、人との関わり方、社会性をつちかっていきます。それは親子の関係とは全く次元の異なる、新しい人間関係の構築にほかなりません。親は子供と一緒に遊ぶことは出来ても、子供の友達になることは出来ない、と言えば分かり易いでしょうか。そして私は、同じ目線の友達と触れ合える環境を、我が子に用意してあげることが出来ませんでした。何故なぜなら「心臓病の子供は預かれない」という理由で、地元の幼稚園や保育園には入園できなかった挙げ句、一時保育や体験保育、そして見学でさえも全て断られてしまったからです。

 専門の医療機関に通って訓練を受け、小学校は通常級に入っても何ら問題ないと主治医に太鼓判を押されても、地元の教育委員会は我が子を普通の小学校に入学させることに難色を示しました。最終的には主治医の意見書を根拠に教育委員会を説得し、小学校に入学することができましたが、我が子が心臓病だという噂が保護者の間で広まると、やがて謎の圧力が掛かり始めます。そして数カ月後、地域の保護者の代表を名乗る人物から、「お宅の子は登校班から外れて、親が直接学校に連れて行って下さい」という通達を受けました。特に問題行動を起こした訳でも無いのに、なぜ登校班から外れなければならないのか。私はこれを不服として、通達してきた保護者の代表にその理由を問い合わせましたが、「心臓病の子供に何かあった場合責任を取れない」と強く拒否され、地域の子供達の中で我が子だけが登校班から外されました。

 本来、地域の子供達の安全を見守ることを目的に組織されているはずの登校班は、しかし健常者の子供のみがその対象で、先天的な心臓病をわずらっている子供の安全は見守れないとでも言うのでしょうか。いいえ、そんな事はありません。我が子を登校班から外した保護者達の本心は、まったく別のところにありました。彼等は自分がよく知らないもの、自分とは異質なものを警戒し、危険な驚異と捉えて遠ざけようとしていたのです。保護者達の間には、既に幼稚園や保育園の頃から形成された独自のネットワークが存在していました。しかし我が子は幼稚園や保育園に通っていない新参者にして障がい者。つまり、自分の子供を異質なものから遠ざけたい、関わらせたくないというのが、我が子を登校班から外した保護者達の本心でした。登校班から突然外された子供の気持ちを、一切考慮しないその非情な決断に、私は愕然としたのを今でもよく覚えています。

 保護者達による陰湿な村八分は、これだけに留まりませんでした。小学校高学年に進級する頃になると、彼等は学校にも強く働き掛けて我が子を通常級から外し、情緒クラスに追いやってしまったのです。

 これをきっかけに、我が子と接点のあった同年代の友達も、徐々に距離を置くようになっていきました。表面上は同じことをしていたとしても、態度があからさまによそよそしいものに変わってしまいました。私は当初、その違和感の正体がよく分かりませんでしたが、ある日唐突に理解しました。つまり我が子の人間関係が、異質なものに変化したのです。通常級から情緒クラスに移ってから、我が子はだんだん「嫌な奴」になっていきました。友達との距離が開いていくのにともなって、人間関係も変質してしまった我が子は、人から何かして貰っても「ありがとう」と言わなくなり、逆に何もして貰えないと腹を立ててしまう。そんな、人から何かして貰うのが当たり前という、傲慢ごうまんな態度が目に付くようになりました。



 なぜ我が子がそんな性格になってしまったのか、その答えは簡単です。
 それまでの友達は皆、対等な存在でした。しかし情緒クラスに移ってからというもの、我が子は心臓病を患った「可哀想な人」として、友達から一方的に助けられたり、或いは避けられたりするようになりました。それまでは互いに助け合ったり、同じ目線に立って一緒に何かに取り組んだりしていた人間関係が、全く異質なものに変化してしまった。友達は「良いこと」をする為に我が子と接するようになり、そして先生から褒められるようになった。それは端的に表現するなら「慈善活動」であり、本当の友人同士の人間関係ではありません。人から親切にして貰うことが当たり前になってしまった我が子は、そのことに感謝する気持ちもなくなり、傲慢な性格になっていったのです。

 私はこれを矯正する為に、家ではえて子供に何もせず、助けて欲しいことがある時は自分から助けを求めること、そして助けて貰った時は必ず相手に感謝すること、感謝の気持ちを口に出すことを徹底的にしつけました。人の助けを借りることは、悪いことではありませんが、決して当たり前の事でもありません。そのことを子供の内に理解させないと、将来大人になった時、大変なことになってしまうという危機感が私の中にありました。そして我が子にはまだ明かしていなかった、登校班から外された本当の理由、情緒クラスに移った本当の理由も全て、包み隠さず話しました。

 不思議なことに親の真剣さは、必ず子供にも伝わるもの。

 自分が友達からあなどられていたこと、自分の置かれた立場を正確に理解した我が子は、そこから持ち前の反骨精神を発揮し、真剣に勉学に取り組むようになりました。情緒クラスでは通常級のような学習はありません。それでも我が子は自主的に分かるところから学習をやり直し、通常級との遅れを取り戻すと、公立高校の受験に合格し、見事高校デビューを果たしました。



 いま子供が通っている高校には、我が子を侮る友達も保護者も先生も居ません。親馬鹿ですが、学習のコツを完全に掴んでしまった我が子は、小学校高学年と中学校の三年間を情緒クラスで過ごしたにも関わらず、自主的に勉強して高校受験に合格しました。きっとその事が、自信に繋がったのでしょう。高校ではしっかりと好成績をキープしています。

 これは私にとっても非常に貴重な経験で、子供の成長と共に私も成長させられました。本当の友達とは一体どういうものなのか、人間関係の根底にあるものが何なのか、私は自分の子供を通して今一度考えさせられたのです。つまり、障がいを抱えた人に手を差し伸べるということは、決して慈善活動などではなく、とくむ行為でもない。ただ友人として、同じ空間で同じ時間を共に楽しみたいという、自分の心の中から自発的に発露する自然な感情。それこそが真の友人であり、対等な人間関係だったのです。

 考えてみて下さい。同窓会でもサークル活動でも会社の飲み会でも何でも構いません。同じ場所に集まったコミュニティの中に、つまらなそうな顔をした友人が居たとしたらどうでしょうか。それがあなたと親しい友人だったなら、きっとあなたも心から楽しむことなど出来ないでしょう。相手が障がい者かどうかは関係なく、「お前が楽しんでくれないと、俺も楽しめないんだよ」という感情が、自然と心の中から滲み出てくる。それこそが、対等な真の友人関係であり、人間関係の根底にあるものだと思います。

 日本における健常者と障がい者の接点は、その殆どがボランティアであり、あくまで慈善活動に過ぎません。当たり前のことですが、障がい者も健常者と同じ人間で、一人ひとり心を持っています。しかし残念ながら日本の学校教育では、健常者と障がい者を分けることを重視し、保護者も一丸となって出来る限り接点を持たせないように注力しています。これによって健常者の子供にとっては、障がい者と関わること自体が、まるで慈善活動であるかのように刷り込まれてしまっている。何をするにしても、まずは相手を知るところから始めなければ話になりません。当たり前のことですが、友達になるのにも、まずは相手を知る必要があるのです。友達でない他人にほどこ善行ぜんこうは所詮、慈善活動の域を超えません。これでは対等な人間関係を構築することなど、到底不可能でしょう。

 人間は、自分がよく知らないもの、自分とは異質なものを警戒する傾向がある。それが無害なものであったとしても、危険な驚異と捉えて遠ざけようとしてしまう。もちろん未知なるものに対する警戒心は、生物が安全に生きていく上で獲得した生存本能の一つですが、時にそれが悪く作用する場合もあります。自分が楽しむ為に、相手にも楽しんで欲しい。対等な関係だからこそ生まれる、そんな利他的行動が、私は人間関係の根底にあると思います。これは綺麗事などではありません。本当に仲の良い友人が相手なら、きっとあなたもそう思うことでしょう。

 本当の友人を得た我が子は、今とても輝いています。私は我が子の未来に思いを馳せながら、日本の未来を憂いているのです。

テロメニア魔導記2『天空を貫く尖塔』あとがきより抜粋・再編集
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