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テロメニア魔導記3(連載第三回)ひとときの休息

掲載期間:テロメニア魔導記3『覚醒者の歌声』出版まで
(2024年 第2~第3四半期 出版予定)
次回更新:4月27日(土)予定
(出版後は1話ずつしか掲載できません※ 製品版をお楽しみに!)

※Amazonの規約により、Kindle以外の媒体に10%以上の文章は掲載できません

登場人物紹介

第一章 銀色の追懐


 3 ひとときの休息

 絶え間なく水が流れる音と共に、美しいフィドルの演奏が耳を優しく撫でている。肌にまとわり付くような濃い湿気を感じるが、空気は少し暖かかった。最近すっかり冷え込んできた晩秋の寒さを凌ぐには、丁度いい心地よさである。
「……ん。ん? ここは?」
 そしてカータは目を覚ました。
 天井の見えない縦長の広い空間は、上に伸びる幾つものハシゴによって繋がっている。小さな焚き火に照らされているのは、段差を付けて設けられた巨大な複数の水槽と、そこから溢れ出す大量の水だった。カータはこの光景に見覚えがある。それは彼がレートの塔を上り始めた最初の日、動く壁の中に隠されていた部屋の中で、休憩した時に利用した場所だった。どこからか、魚を焼いているような香ばしい匂いもただよってくる。
「マーヤ、喜べ。お前の男が目を覚ました」
 赤い羽根帽子をかぶった黒髪の楽師は、長い間かなで続けていたフィドルの演奏を止め、焚き火の前で料理をしている少女にそう声を掛ける。マーヤは驚いた猫のように体をディネリンドの方に向けると、恥ずかしそうに身をくねらせながらカータの方へと駆け寄った。
「べ、べつにあたしは、その……カータがあたしの……おと……って訳じゃ、ないわよ……」
 そう反論したマーヤだったが、少しずつ声が小さくなっていったせいで、その言葉は最後まで聞き取れない。天幕を設営中だったカーリーは、そんな歯切れの悪い少女の言葉を耳にして作業の手を止めると、目を輝かせながら豪快に笑い出した。
「はっはっは! 貴公は良いな、実に良い!」
 そう言って彼は両手を広げると、自分の考えを熱く主張し始める。
「若さというのは、それだけで良いものだな。本人が意識しなくとも、全力の未熟さというやつを、周りに見せ付けてくれるのだからな。貴公は良い、実に良いぞ!」
 それを聞いてマーヤは憮然ぶぜんとした表情を浮かべると、今度はハッキリと聞き取れる声でエルフの男に反論した。
「カーリー? もしかしてあなた、あたしのことからかっているの? あたしはこう見えても、もう百年以上生きているのよ?」
 すると焚き火の近くに腰掛けたディネリンドが、二人の会話に割って入ってきた。
「マーヤ。お前にとって百年は、とても長い時間に感じられるのかもしれない。でも私達エルフにとって、それはとてもはかない一瞬のまたたき」
 カーリーは清々すがすがしい笑みを浮かべながら茜色の少女の前まで歩み寄ると、ディネリンドの肩を抱きながら口を開いた。
「なに、恥ずかしがることは何も無い。俺達を見てみろよ? 夫婦で一緒に居ることを、わざわざ恥ずかしがる大人など居ない。貴公は今その一瞬一瞬を、しっかりと噛み締めながら生きていればそれで良い。それが、大人になるということなのだからな」
 そんなエルフの男に対して、赤羽根の楽師は横槍を入れる。
「そう言うカーリーは、もう少しマーヤの初々ういういしさを見習った方がいい」
「これは痛いところを突いてくれるな、ディネリンド」
 しかしマーヤは戸惑いを隠せない。どうやらこのエルフの夫婦は、自分とカータの関係を、正しく認識できていないようだ。少女は躊躇ためらいながらも、本当の事を彼等に打ち明ける。
「あ、あたし。まだカータと夫婦って訳じゃないのよ?」
「でも、恋人同士なのだろう?」
 そう聞き返したカーリーに対して、マーヤは無言のまま首を横に振って見せた。
「なに? 恋人でも無い?」
 ディネリンドは驚いた様子で少女に聞き返す。
「マーヤはあの時、まるで誰かと喧嘩けんかした後のような、寂しそうな表情に見えた。それにお前はあの時、『彼』に謝りたい、とも言っていた。きっとマーヤは私と出会わなくても、そして私の歌を聞かなくても、最後にはこの男の元に戻っていたのではないのか?」
 エルフの女が言うあの時とは、ゼストアゼシアの街角で、マーヤとディネリンドが初めて出会った時のことである。傷んだコートに壊れかけの杖を持った少女が、あまりにも寂しそうな表情をしたので、ディネリンドは彼女を歌で励ましたのだ。
「それは……そうかもしれない。けど……分からない」
「いずれは恋人になりたい。そう思っているのだろう?」
 エルフの言葉に対して、マーヤは頬を赤らめながらも、そっと小さく頷いてみせる。
「では、私はマーヤの為に歌おう。恋の成就を願う歌を」
 ディネリンドは赤い羽根帽子をかぶり直すと、シトルを手に取ってその弦を優しく弾き始める。それは儚くも切ない、恋に胸を焦がす乙女をモチーフにした歌だった。彼女の個性的な声で紡がれる歌を聞いていると、マーヤの心にこの上ない安心感と勇気のようなものが湧いてくる。一方でカーリーは、頭をきながら茜色の少女に謝罪した。
「しまったな。寝床を二組ずつ用意したのだが、貴公達にはまだ早かったか。すまない、どうやら俺の早とちりだったようだ」
 するとマーヤは首を横に振りながら、明るい笑顔でこう答える。
「ううん、それなら大丈夫。お布団はそのままで良いわ。ありがとう、カーリー」
 レートの塔の隠し部屋。その中で進められていた野営の準備も粗方終わり、場の空気は十分に温まっていた。カータは自分の頭の上で交わされている皆の会話に圧倒されて、完全に言葉を発するタイミングを逸していたが、ようやくそれが一段落したのを見ると、申し訳無さそうに自分の存在を主張する。
「えーっと、さっきから何の話?」
 少年の声を耳にした瞬間、マーヤは再び驚いた猫のように小さく飛び跳ねると、慌てて言葉をまくし立てた。
「こ、これは、違うのよ! 別に何でも無いから、カータは気にしないで!」
 そんな少女の反応を見るや、カーリーは再び豪快な笑い声を上げ始める。
「はっはっは! 花の戦士よ、良いぞ! 貴公はそれで良い!」
 カータは仰向けの体勢のまま、視線だけをディネリンドの方に向けて口を開いた。
「なんだろう、この感覚。まだあの魔導師に殴られたところが痛むけど、さっきより大分楽になったような気がする」
 まだ万全な状態ではないものの、橋上での激しい戦いで受けた傷の痛みが、今はかなり和らいでいるようだ。実際カータが気を失った時は、もっと激しい怪我を負っていたはずである。
「それは、再生の歌の効果」
「再生の歌?」
 目を丸くしながら聞き返した少年に対して、ディネリンドはその歌の効果を説明する。
「私も一応、この国で言うところの目覚め人。でも光をともしたり、遠くの音を聞いたりといった、簡単な魔法しか使えない。私は魔法より呪歌じゅかが得意。呪歌じゅかには魔法ほどの即効性は無いけど、味方の潜在能力を徐々に高めたり、敵の精神力を少しずつ減退させたりする力がある。そして魔法のように、呪文の詠唱を完成させる必要が無い。呪歌は歌っている間、常にその対象に影響を及ぼす。でも歌い始めは微力。歌い続けることで、その力が少しずつ蓄積されて、やがて大きな効果を発揮する」
 どうやら呪歌は、魔法ほど瞬間的な変化をもたらすものでは無いものの、長い時間を掛ければ掛けるほど、目に見える効果が表れるようだ。ディネリンドは更に言葉を続ける。
「例えば小さな傷程度なら、司祭の魔法を受けずとも、長い時間が経てば勝手に傷口が塞がる。呪歌には、そんな自然治癒力を、極限まで高める効果がある。生物が本来持っている自然治癒力を高め、通常よりも早く傷を回復させる呪歌。それが、再生の歌」
 眠り人のカータには、魔法や呪歌の詳しい原理まではよく分からない。しかし彼女の歌が、司祭による癒やしの奇跡と似て異なる特別な力を持っていることを理解すると同時に、新たに仲間に加わったディネリンドという名の歌い手を、とても頼もしく感じていた。
「そうなんだ。ありがとう、ディネリンドさん。ボクの為に、ずっとその歌を歌ってくれてたんだね?」
「礼には及ばない。そこのマーヤが、お前のことを気にして仕方なかったから……」
 赤羽根の楽師がそう言うと、マーヤは顔を真っ赤にして反論する。
「え? 何を言ってるのよ、ディネリンド? こ、これは違うのよ、カータ」
 しかしマーヤが何を口にしたところで全て無駄だった。茜色の少女は、再びカーリーが大声で笑い出すのではないかと思い、顔を紅潮させたままうつむいてしまう。実際、エルフの男は今にも吹き出しそうな表情で、じっとマーヤのことを見つめていたのだ。少女は目が見えないものの、気配だけでそれを敏感に感じ取っていたのである。
「マーヤさんも、ありがとう」
 カータはゆっくり上体を起こすと、顔を真っ赤にさせて口ごもっているマーヤに向かって、感謝の言葉を口にした。
「そ、それよりもカータ。お腹空いたでしょう? みんなも食事にしましょうよ」
 マーヤは照れ臭さを誤魔化すようにそう言って、焚き火の方を指さしてみせる。そこには串に刺して焼いた魚と、焚き火にかけられた鍋が用意されていた。目覚めた時からカータが感じていた香ばしい匂いは、彼女が作った料理の匂いだったのである。
「これは美味しそうだね。ボク、ちょうどお腹が減ってたんだ!」
「そうだな。魔法や呪歌も良いが、やはり疲労の回復には、食事と睡眠が一番だ」
 冒険者達が火の周りに集まると、マーヤはとろみのあるスープを器に盛り付けていく。幸い、ここには水が大量にあるので、スープの原料には事欠かない。彼女は沸騰させたお湯に干し肉を浸し、細かく刻んだチーズを溶かして、特製のスープを作ってくれたのだ。長く冒険者として活躍してきたエルフの二人も、彼女の料理の腕前と、きめ細やかな機転の良さに舌を巻いていた。
「ところでカーリーさん。ひとつ、聞きたいことがあるんだけど……」
「突然改まって、一体どうしたというのだ? 風纏う者よ、遠慮することは何も無い。俺達はパーティだからな。俺に分かることなら、何でも答えよう」
 唐突に質問してきた少年に対して、カーリーは胸を張ってそう言葉を返す。カータは今更のような気がしてずっと聞けなかった質問を、エルフの男に投げ掛けた。
「この隠し部屋って、確か七階層にあったと思ったけど、そもそもレートの塔って何階層まであるの?」
 そしてカータは焼き魚の串を手に取ると、それをチーズ風味のスープに絡めて思いっ切りかじり付く。すると次の瞬間、口の中いっぱいに魚の脂とチーズの酸味が広がって、少年を幸せな味覚の楽園へといざなった。マーヤの作った料理はまさに、絶品だったのだ。
「うわっ! コレ、めちゃくちゃ美味しいよ、マーヤさん」
「そ、そう? ありがとう、カータ」
 マーヤが素直に微笑んで見せると、カーリーは自分の隣に座っている黒髪の女に視線を走らせ、ため息交じりに不満を漏らす。
「まったくだ。エルフの女もそこの娘を見習って、少しは肉料理を作れるようになった方がいい。いつも葉っぱや果実ばかりしょくしていると、そのうち足に根っこが生えてきかねんからな」
「それはカーリーが異端なだけで、エルフの世界ではこれが普通。そんなに動物の死骸を食べたいなら、今まで通り自分で捕って、自分で勝手に作りなさい。それよりも、そんな軽口をたたく暇があるのなら、先にカータの質問に答えた方がいい」
 ディネリンドは楽器を詰め込んでいる自分の荷物の中から、小さな木の実が入った容れ物を取り出し、それを一粒ずつ口に放り込みながら淡々とした口調でそう反論した。カーリーは彼女に頭が上がらないのか、渋い顔をして頭を掻きながら口を開く。
「あ、あぁ。そうだったな。すまない風纏う者よ、何の質問だったか?」
「レートの塔って、何階層まであるのかなって話だよ。カーリーさん、知らない?」
 カータは毛布にくるまって焼き魚を頬張っている。黒灰色こっかいしょくの魔導師に激しく殴打され、血で汚れてしまった藍色のコートは、マーヤが綺麗に洗って天幕の近くに干してくれていた。
「俺が聞いた話によると、どうやら六十階層まであるらしい。ただ、レートの塔は少し特殊だからな。他の塔と同じように数えることは出来ないぞ?」
 カーリーがそう言うと、ディネリンドが言葉を付け加える。
「少年。さっきお前はこの部屋を七階層と言ったけど、それが正しいかどうか、厳密には分からない」
「え? どういうこと?」
 カータは首を傾げて聞き返した。ディネリンドは少年の疑問に対して、ゼストアゼシアの冒険者達の間でよく知られている、レートの塔に関する一般的な知識を披露する。
「ここが七階層というのは、峡谷の狭間にあるレートの塔の入口を、一階層と数えた場合の話。だけどこの塔は、宙に浮いている訳ではない。実際にはレートの塔の入口の更に下、峡谷の底まで下層がある。この塔の入口が何階層に当たるのか、それは誰にも分からない。もしあの入口が三十一階層に当たるのだとしたら、ここは三十七階層ということになる」
「そっか、なるほど……」
 彼女の話を聞いてカータは思い出す。レートの塔の入口は、峡谷の村から廃墟のような塔を伝って、かなり高い場所に上ったところにあった。マーヤの助けがなければ、到底そこまで辿り着くことなど出来なかっただろう。道中には巨大な蜘蛛や蚊の化け物など、危険な生物が徘徊し、その道のりは決して平坦なものではなかったのだ。
 カーリーは魚の串にかじりつくと、ディネリンドの説明に補足を加える。
「それに、レートの塔の入口を一階層と数えたとしても、ここが七階層かどうか怪しいものだ。確かにこの隠し部屋の入口は七階層にあったが、いま俺達の居るこの場所は、そこからハシゴを下りた一番底。果たしてここを七階層と呼べるのかどうか、そんなの誰にも分からない、というのが実際のところだろう」
「そう言われてみると、確かにそうかもしれないわね」
 それを聞いて、マーヤは納得するように頷いた。実際、多くの水槽が階段状に連なっているこの隠された空間を、部屋と呼べるのかどうかさえ分からない。この上に位置する八階層には、湖のような大きな水溜りがあったが、おそらくここにある水槽群は、そこから引いた水を浄化して、他の階層へと供給する設備なのだろう。これだけの高低差があるこの空間を、一括りに七階層と呼ぶのは、いささか無理があるというものだ。ディネリンドは、さっきの激しい戦いを思い起こしながら口を開く。
「シルバーゴーレムが居た八階層も、天井が見えないほど高く、なだらかな坂道になっていた。あのような長い橋に傾斜がついている時点で、あそこも八階層と言い切れるのかどうか分からない。おそらくレートの塔の一階層は、普通の塔の三階層分くらいの高さに匹敵すると思う」
「だとすれば、レートの塔は六十階層の三倍で、百八十階分くらいの高さがあるってこと? そんな塔を上らなきゃいけないなんて、考えるだけで目が回りそうだね」
 カータは途方に暮れたような声を出してそう言った。確かにレートの塔は別格で、その大きさは他の塔と比べるべくもない。少年は、この塔の具体的な階層や高さを知らなかったのだ。しかしマーヤは、いつもの明るい調子で彼を励ました。
「それなら大丈夫、逆に考えれば良いのよ。例えばレートの塔の入口が三十一階層だったとして、ここが三十七階層だって言うのなら、つまりその三倍で、あなたはもう百十一階層まで上ったってことになるでしょう? ほら、そう考えれば、気持ちも大分楽になるはずよ」
 少女の言葉を聞いて、ディネリンドが感心したように口を開く。
「その発想は無かった。マーヤ、お前は苦難を前向きに捉える天才かもしれない」
 するとカーリーも自分のパートナーに同調し、少年を熱く激励した。
「花の戦士の言う通りだ! 風纏う者よ、貴公の目的地は直ぐそこだ。今はそう考えることだな!」
「そ、そうだね。分かったよ、マーヤさん。カーリーさんも」
 カータは一見クールで理知的に見えるこのエルフの男が、意外にも単純で情熱的な性格の持ち主であることを、少しずつ理解し始めていた。端整な顔立ちで近寄りがたい雰囲気を醸し出しているエルフの夫婦。だが、夫のカーリーは暑苦しい熱血漢で、実は妻のディネリンドの方がクールな性格をしているのだ。黒髪の女エルフは、独特の掠れ声で更に話を続ける。
「それにどうやらレートの塔の内部は、別の次元とも繋がっていて、ところどころ空間が捻じ曲がっているらしい」
「え、どういうこと?」
 カータは意味が分からず聞き返すと、カーリーが話に割って入ってきた。
「ゼストアゼシアから俺達が入ってきたあの踊り場を思い出してみろ。あそこは便宜上、九階層ということになるが、下りる階段とは別に上る階段もあっただろう?」
「うん」
「昔はあの階段を上ったら大きな庭園に出て、その奥にすぐライール神殿があったんだ。つまり十階層に、ライール神殿があったということだな」
 それを聞いて少年は驚きの声を上げる。
「え? ライール神殿って、ゼストアゼシアから入って、すぐの場所にあったの?」
 するとカーリーは首を横に振った。
「いや、それはあくまで昔の話だ。今はあの九階層の階段を上ると、一度長い外階段に出てしまう。それを一番上まで上り切って、再びレートの塔に入ったその先に、ライール神殿の庭園が広がっているのだ」
 一足先に食事を終えたディネリンドは、弦の調律をしながら口を開く。
「どういう原理か私もよく分からない。ただ、魔法学院の跡地がレートの塔に転送されて以降、ライール神殿は更に上層階へと押し上げられたらしい。つまり魔法学院の跡地は、七階層から十四階層くらいまでの間に収まっている、ということになるのかもしれない」
 熱い情熱を胸に秘めたカーリーと、常に冷静沈着なディネリンド。少し風変わりな二人だが、これほど釣り合いの取れたカップルもそう居ないだろう。カータは息もぴったりな二人に感心しながら、大きく頷いてみせる。
「なるほど、よく分かったよ。それならやっぱり、まずはカイザーさんのパーティが向かったっていう、魔法学院跡地に行った方が良さそうだね。カルディアナさんを助けに行くなら、学院書庫の方が良いって、ルーナリアさんも言ってたし」
 レートの塔に囚われたカルディアナが、ライール神殿か学院書庫に居るという情報を、カータは彼の妹であるルーナリアから夢の中で聞かされていた。そしてその事はマーヤと二人のエルフにも話していたが、特にディネリンドはカータの夢の話を懐疑的に捉えているようだった。ルーナリアが夢の中で教えてくれた情報は、きっと真実に違いない。少年にはその確かな予感があったが、しかし情報の根拠が夢である以上、信憑性を疑われてしまうのは仕方のないことだろう。まずは、黄金の宝剣の行方を知っているカイザーのパーティが向かったという、魔法学院跡地を目指す。それが現実的な選択なのだ。
「風纏う者よ、俺からも一つ、貴公に聞きたいことがあるのだが、教えてくれないか?」
「え? なんだろう?」
 食事を終えたカーリーは、そのまま床に背を付けて仰向けに寝そべると、両腕を頭の上に組んでカータに切り出した。
「貴公がそこまでして救いたいというカルディアナ。の者が一体どんな人物なのか、それを教えてくれないか?」
 その事はマーヤも前々から気になっていた。カータの口から幾度となくその名を聞いたカルディアナ。しかし少女は、彼の人物像をあまりよく知らないのだ。マーヤは少し躊躇ためらいながらも、この機会をのがすまいと勇気を出して口を開く。
「あたしも知りたい。カータが命をけてまで助けたいっていう、その人のことを」
 カータは串に刺さった焼き魚の最後の残りを、口いっぱいに頬張った直後で答えることが出来なかったが、大きく頷いて見せながら彼等の問いに答える意思を表明する。その様子を見たマーヤは、彼のコップに水を汲んでそれをそっと差し出した。カーリーは少年の状態などお構いなしに言葉を続ける。
「俺達はパーティだ。つまり運命共同体だ。俺達はこれからカルディアナ救出の為に命を懸ける。それなら貴公だけでなく、俺達も知っておいた方がいいだろう。ルブーラム皇国の司令官だった男カルディアナ。教えてくれ、その人となりを」
 カータはコップの水を一気に飲み干すと、ようやく喉に引っ掛かっていた魚の骨を流し込んで口を開いた。
「うん、分かった。カルディアナさんがどんな人だったのか。ボクもいつか、話さなきゃいけないと思ってたんだ」
 そしてカータは思い出す。
 カルディアナという人物は、臆病な自分と全く正反対の勝ち気な性格の持ち主だったが、それがゆえに二人は強く意気投合し、まるで歯車が噛み合うようにき合った。それはあたかも、自分に欠けている要素を相手に求め、そして相手に無い要素を自分の特性で補うような関係性。二人は表面上、主と側近という主従関係の形を取っていたものの、その実態は親友のような信頼関係の上に成り立っていたのだ。
 絶え間なく聞こえてくる水流の音は、流れ落ちた時をさかのぼり、少年の過去をえぐり出す。焚き火を囲んだ面々は皆、流れる小川の上に浮かべた小舟を追い掛けるように、静かに語り始めた少年の言葉に耳を傾けた。

次回、テロメニア魔導記3『覚醒者の歌声』
(連載第四回)銀色の追懐は、4月27日(土)更新予定です!
お楽しみに!


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