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テロメニア魔導記3(連載第一回)いざ、再びレートの塔へ

掲載期間:テロメニア魔導記3『覚醒者の歌声』出版まで
(2024年 第2~第3四半期 出版予定)
次回更新:3月30日(土)予定
(出版後は1話ずつしか掲載できません※ 製品版をお楽しみに!)

※Amazonの規約により、Kindle以外の媒体に10%以上の文章は掲載できません

登場人物紹介

大陸地図

第一章 銀色の追懐


 1 いざ、再びレートの塔へ

 ゼストアゼシアから伸びる長い橋を渡った先に、その塔はあった。
 十二の星座を司る賢者達が、星読みによって統治を取り仕切る魔法王国テロメニアの中枢、レートの塔である。その中腹に繋がる長い橋を今、四人の冒険者達が渡っていた。
「こうしてパーティで歩いていると、なんだかドキドキするね」
 先頭を歩く小柄な少年カータは、黒いフェドーラ帽を深くかぶり、藍色のコートマントを身にまとっている。そのコートはつい昨日までボロボロに傷んでいたが、出発前に織物工房に立ち寄って、綺麗に修復されていた。腰に巻いたベルトには、彼が細かい作業を行うのに役立つ道具が入った小物入れと、小振りの武器が収められている。その得物はドワーフの女店主スワチナから借りた一点もので、上質な銀の短剣だった。
「貴公の言う通り、これこそが冒険というものだ」
 後列から声を掛けてきた男性は名をカーリーといい、数百年に渡って活躍しているベテランの冒険者である。端整な顔立ちと先の尖った耳、そして若草色の鎖帷子くさりかたびらの上から白いマントを纏ったその出で立ちは、まさに森の種族エルフそのものだった。腰には細身の直剣を挿し、背中にたすき掛けした矢筒と一緒に、短弓も携行している。
「感傷に浸っている暇は無い。まだ冒険者ギルドで騒ぎになっていない内に、さっさと目的地に向かった方がいい」
 一番後ろを歩く赤い羽根帽子をかぶった黒髪の女は、周囲を警戒しながら独特のかすれ声で皆に注意を促した。彼女はカーリーのパートナーであり、名をディネリンドという。カーリーと同じくエルフの冒険者である彼女は、『沈黙の音色』という二つ名で知られ、吟遊詩人として彼を助けてきた。ディネリンドが背負っている荷物の中には、天幕や食糧といった野営の道具とは別に、彼女が扱う様々な楽器が収められているのだ。
「ねぇ、ディネリンド。あとどのくらい時間が経ったら、騒ぎになるのかしら?」
 カータと並んで歩いている少女マーヤが、ふと浮かんだ疑問を口にする。仄かな光を発する白い月光花を茜色の髪に挿した彼女は、大きく見開かれた瞳の愛らしい姿をしているが、その華奢な体には似つかわしくない板金鎧に身を包んでいた。マーヤが握っている木製の長い杖は、『愛の笛』と呼ばれる珍しい工芸品で、ディネリンドから譲り受けたものである。
「分からない。けど、もし補給が必要になって、またゼストアゼシアに戻る場合には、十分に注意しないといけない。今はまだ、私達がお尋ね者の報酬を独り占めしようとしていると勘違いされているだろうけど、何日か経てば、お尋ね者と行動を共にしていると必ず気付かれる。そうなればお前達だけでなく、私達もお尋ね者になる可能性が高い」
 多額の懸賞金が懸けられたカータをギルドに引き渡すことなく、そのままゼストアゼシアを出るという行為は、二人のエルフにとっても非常にリスクの高い行動に違いない。それでも彼等は自分達の誇りの為に、カータの冒険の仲間に加わった。人間より遥かに長寿な亜人種は、金銭などの目先の利益よりも、長期的な視点で物事を考える傾向が強いのだ。
「やっぱりそうなるわよね。ごめんなさい、ディネリンド。危険な旅に付き合わせちゃって」
 マーヤは自分達と行動を共にすることで、二人のエルフもお尋ね者の巻き添えになってしまうことを気にしていたが、黒髪の女エルフは首を横に振った。
「それは問題ない。近年の冒険者ギルドのやり方に対して、ずっと不満そうだったカーリーが今、とても活き活きしている。それはお前達が、彼の冒険に目的を与えてくれたお陰。だからマーヤが気にすることは何もない。ただ街に戻る際には気を付けないといけない」
 カーリーとディネリンドの二人は、ゼストアゼシアの冒険者ギルド『剣を砕く杖』に所属している冒険者だが、しかしこの国では冒険者ギルドの存在目的が、他の国のそれとは少し違っていた。冒険者の中には魔法が使える者も多い。超少子高齢化が進行している魔法王国テロメニアでは、魔導師不足解消の為に、外の国から冒険者ギルドを誘致しているのだ。とは言え、外部から魔法使いを招き入れるというやり方は、様々な問題を内包し、その実態は酷いものだった。ゼストアゼシアには多くの冒険者ギルドが乱立し、年々その質が低下していることを、カーリーは嘆いていたのである。
「それなら大丈夫。補給が必要な時は、あたしとカータがこっそり街に忍び込めば良いんだもの。ね? カータ」
「うん。スワチナさんから借りた装備の貸し出し料も、ちゃんと払わなきゃいけないしね」
 カータはそう言ってから、更に言葉を付け加える。
「それにしてもマーヤさん、その鎧すごくカッコ良いね」
 少年は自分の隣を歩くマーヤの鎧に目を奪われていた。実際、スワチナから貸し出されたその銀色の防具は、人の目を強くき付ける美しさがあったのだ。
 カータと同じくらいの背丈しかない少女には、一見不釣り合いにも思える甲冑だが、ドワーフの女店主スワチナは全てを計算に入れていたのだろう。もともと女店主の娘セライナの為にしつらえたという女性用の鎧は、マーヤに着用されることで息を吹き込まれたかのような輝きを放ったのだ。それは普通の板金鎧が持ついかめしい印象でなく、なめらかな流線型の輪郭を際立たせた、美しい女性的なデザインである。
「でしょ? あたしも結構気に入ってるのよ?」
 そう答えたマーヤに対して、ディネリンドは冷淡な言葉を投げ掛ける。
「私は知っている。マーヤは最初、その店の刻印を嫌がっていた。だから街の中では、刻印の上から布をかぶっていた」
 エルフの女楽師の指摘通り、マーヤは街に居る間、変装用に使っていた布を鎧の上からかぶり、出来るだけ目立たないように気を配っていた。実はこの防具、こまかい部品の一つひとつに、それぞれ『花の戦士』というスワチナの店のシンボルが刻まれていたのだ。子供のように小柄なマーヤがこれを着用して街を歩けば、美しいデザインと店のシンボルも相まって、衆目を集めることになるのは間違いない。
「あれは、冒険者達に怪しまれないようにする為で、別にこの店の刻印が嫌って訳じゃ……」
 少女は口ごもりながらそう言った直後、刻印のある箇所を手で何度も触れながら、自分の素直な気持ちを打ち明ける。
「でも、やっぱりこの刻印は無い方がいいわね。だって、全ての部品に刻まれてるから、こうして触っていても気になるし、なんだか変な感じがするんだもの」
 すると一行から一斉に笑い声が沸き起こった。
「あはは、やっぱりそうだったんだ? 花の戦士って、なんだか変な名前だなって、ボクも思ってたんだよね」
「仕方あるまい。それを着て戦うことが、あのドワーフの店の宣伝になるのだから」
「今考えている新しい曲の表題をひらめいた。『花の戦士マーヤ』というのはどうだろう?」
 四人の一行は和やかな雰囲気の中、やがてレートの塔に繋がる長い橋を渡り切った。彼等が目指す目的地は、かつて優秀な魔導師達を多く輩出した、テロメニア魔法学院の跡地である。今はもう閉鎖されたその学院が、解体を余儀なくされた際、学院長エリザベータは多くの貴重な書物が眠る学院を丸ごと、レートの塔の内部に転送したというのだ。
 カイザーという名の冒険者が、黄金の宝剣を持っていたとの情報を得たカータは、魔法学院跡地の調査に向かった彼のパーティを追っていた。黄金の宝剣ブレイブスレイヴは、もともとカータが愛用していた短剣で、テロメニアの十二賢者の一人にして妖蝶座シェヘラザードのアーティファクトでもある。同じく十二賢者の一人大蛇座のリーンは、ブレイブスレイヴを返納すれば、レートの塔に囚われたカータのあるじ、カルディアナを解放すると約束した。カイザーが今もその宝剣を持っているかは分からないが、しかし彼の足取りを追うことだけが、現在唯一残された宝剣の行方に繋がる手掛かりだったのだ。
「やっと着いたけど、このまま中に入っても大丈夫かな?」
 カータはレートの塔の入口の前で立ち止まり、後ろを振り返ってカーリーに尋ねた。
「どうしたのだ? ここまで来て、何を躊躇ためらうことがある?」
「うん。実はボク達、前にもここを通ったことあるんだけど、おっきい銀の像に追い回されて、ヒドイ目に遭ったんだ」
 するとカーリーの隣に居るディネリンドが口を開いた。
「それなら問題ない。冒険者ギルドのタグを持っている者が近くに居れば、あのゴーレムが襲って来ることはない。お前はそれを知っていたからこそ、カーリーと私に冒険者ギルドから離脱しないように言ったのだろう?」
 エルフの二人は冒険者ギルド公認のタグを持っている。そしてディネリンドが言ったことは、まさにその通りだった。カータはゼストアゼシアの冒険者ギルドで、事前に情報を集めていたのだ。
(レートの塔って、この街から入ってすぐの場所に、おっきい動く像が居るよね? あれをやり過ごさないと、魔法学院には入れないってこと?)
(なに言ってんだ坊主? あのシルバーゴーレムは、ゼストアゼシアの守り神じゃねぇか)
(ゼストアゼシアの護り神は、冒険者のタグを持っていれば襲って来ないんだ)
(正確には、タグが無くてもタグを持ってる人間の近くに居れば、襲われないってことだな)
 しかし、知識として知っている事と、実際に経験した恐怖とでは、得てして認識に大きなズレが生じるものだ。カータは一度あの銀の巨像と対峙して、完膚なきまでに叩きのめされている。少年が過剰に警戒してしまうのも仕方のないことだった。
「……うん、そうだけど、まだ実際に試した訳じゃないから怖いんだ。それにカーリーさんとディネリンドさんのタグが、もう無効になっちゃってるかもしれないし……」
 恐怖は記憶と共に体に刻み込まれる。斧で斬り付けても全く傷付かない強靭な体躯と、小剣を針金のように捻じ曲げてしまう恐るべき拳打。加えてその巨体に似合わぬ俊敏な動きは、今の万全な状態のカータでも、対応できるとは思えない。あのような化け物にまた襲われるようなことになったら、結成したばかりのパーティが、一瞬の内に全滅するかもしれないのだ。
「風纏う者は、意外と臆病なのだな。それなら俺が先頭を務めよう。貴公は俺の後ろに付いて来い。もし襲われるような事があれば、すぐにここまで引き返すぞ。あの巨像はこの狭い入口を通れないだろうからな。これでどうだ?」
 カーリーが前に出ると、カータは小さく頷いて見せた。
「うん、分かった。お願い、カーリーさん」
 カータはまさか、自分がまたパーティを組んで冒険をすることになろうとは、ついこの前まで考えもしなかったが、今は仲間が居ることの頼もしさを心の底から実感していた。少年はもともと臆病で、あまり戦いに向いていないのだ。『風纏う者』という二つ名も、幾つかの冒険を成功させていく内に、いつの間にかそう呼ばれていただけに過ぎない。カータはエルフの男の後ろに自分の体を隠すように滑り込ませると、彼を先頭にして塔の内部に足を踏み入れた。
 入って直ぐの場所は少し広めの踊り場で、正面に幅の広い下りる階段、左側には十階層に繋がる上り階段があった。カータは正面の下り階段を指差しながら警戒を呼び掛ける。
「この階段の下だよ、そこに銀の彫像が並んでて、その中の一体が突然動き出したんだ」
 自分の背中で震えている少年を見て、カーリーはこの人物が本当にあの『風纏う者』と誉れ高い冒険者なのか、だんだん分からなくなってきた。しかし、ゼストアゼシアで見た彼の身のこなしは、確かに本物だったはずである。
「ふっ、情けないぞ貴公。見るがいい、何も無いではないか」
 エルフの男はそう言って足早に階段を下りていくと、塔の内部とは思えない広い空間に躍り出た。そこは幅の広い橋のような下り坂が真っ直ぐ伸びた空洞で、橋の下には氷の張ったみずうみを思わせる水溜りが一面に広がっている。先を見通せないほど高い天井からは、細い滝のような水が幾つも注ぎ込み、この広大な湖をいっぱいに満たしていた。一歩足を踏み外したら、下に見える凍った水溜りに転落してしまいそうだが、幸い道幅は広いので、はしを歩かない限りその心配はなさそうだ。
「銀の像とは、あれのことか?」
 カーリーを先頭に四人が進んでいくと、やがて通路を挟んで左右に並ぶ、八体の彫像群が見え始める。どれも銀色の光沢を放つ立派な像だったが、その内の七体はファルファデラで信仰されている七柱神をかたどったもので、残りの一体が問題のゴーレムなのだ。
 徐々にその像が近付いてくるにつれて、カータは自分の心臓が少しずつ速まっていくのを知覚する。あの時は生きた心地がしなかった。ただ逃げるしかなかった。あの銀のゴーレムは、自分にはどうすることも出来ない相手だったのだ。マーヤもここまで接近することで、否応なしにあの時のことを思い出しているのだろう。緊張した面持ちで、額に汗を浮かび上がらせている。
 自分の背中で身を縮こませているカータとマーヤを見て、カーリーは思わず吹き出しそうになったが、それだけは何とかこらえていた。彼は問題のゴーレムの前まで歩みを進めると、完全に怯え切った二人を尻目に、首に掛けたタグを見せながら口を開く。
「ほら見ろ貴公、このタグがあれば大丈――」
「危ない、カーリー!」
 エルフの男が少年の方を向きながら言葉を発した直後、激しい音と共に足元が大きく縦に振動した。カーリーは反射的に後方宙返りをして、その強烈な一撃をすれすれのところで回避する。ディネリンドが警戒を呼び掛けていなかったら、真横からその一撃を受けていたに違いない。
 そこには銀に輝く巨大な彫像が立っていた。
 丸太のように太い腕と、柱のようにたくましい脚。その四肢は一本一本が、普通の人間のそれとは比べるべくも無く強靭なものだった。まるで鍛え抜かれた筋肉をさらけ出したような肉体は、決して無骨な巨漢という印象ではなく、むしろ芸術的な彫刻を思わせる気品があった。銀色の光沢を放つ美しい肌は、巨像の動きに合わせて滑らかに動き、一切の無駄を感じさせない。この銀の巨像こそが、ゼストアゼシアの守り神、魔法によって造られたシルバーゴーレムなのだ。
「なぜだ、俺のタグの効果が、もう切れたということか?」
 カーリーは目の前に立ちはだかるゴーレムを見て、思わず驚きの声を上げる。しかしその原因は別にあった。
「まぁ、こんな場所で妖蝶座に会うなんて、奇遇ですこと」
 銀の巨像の両肩に、それぞれ二人の魔導師が立っていたのだ。現れたのは、軽薄な雰囲気を漂わせた黄色いローブの女と、そして目の前のゴーレムとよく似た体格をした、黒灰色こっかいしょくのローブをまとった男だった。
「ねぇ、アーデン。あなたのメンテナンスに付き合うのって、いつも退屈で仕方なかったけど、たまには悪くないものね。こんなところで妖蝶座に出会えたんですもの」
「ふん、下らぬ。われはただ、おのれの任務を遂行するのみ」
 黄色い魔女はそれを聞いて、深い溜め息をつく。
「ただ磨くだけでは、宝の持ち腐れというもの。そのゴーレムの力、ここで使わずしてどうするの? さぁ、見せておやり、猛牛座の賢者アーデン」
「承知!」
 次の瞬間、黒灰色の魔導師が両手で印を切ると、シルバーゴーレムは勢いよく前に踏み込んできた。思わぬところでテロメニアの魔導師と鉢合わせてしまったカータ達。しかも黄色い魔女の言葉を聞く限り、そのアーデンという名の魔導師は、猛牛座の賢者とも呼ばれていた。だとすればこの二人は、レートの塔で星読みに従事している、十二賢者である可能性が高い。
「後退するぞ、風纏う者よ!」
 カーリーはそう叫び、マーヤとディネリンドがその後ろについて行こうとしたその時、エルフの男は信じられないものをそこに見た。
「いや、ボクは逃げないよ! ボクは絶対にカルディアナさんを助けなきゃいけないんだ!」
 カータはその場に留まると、長い通路の中心に立ち、腰に挿した短剣を引き抜いて口を開く。
「ここからじゃよく見えないけど、向こう側に下りる階段があるから、この像を何とかやり過ごして、向こう側まで走り抜けようよ!」
 それはまさに『風纏う者』として名高い、伝説の冒険者の勇姿だった。
 かつてその名で呼ばれた小さな冒険者は、風のように地を駆け、雲のように空を跳躍したという。その姿を見た瞬間、カーリーは自分の胸の奥から湧き上がってくる情熱のようなものを、最早抑え切れなくなっていた。長い年月を掛けて少しずつ自分が忘れてしまったものが、今ここにある。その喜びに身を任せ、エルフの男は素早く身をひるがえすと、カータの隣に並び立って直剣を引き抜いた。
「了解だ、風纏う者よ!」
 気付くとマーヤも長杖を身構え、立ちはだかるゴーレムにその先端を向けている。ディネリンドはシトルを取り出し、いつでも演奏に入れる準備を整えていた。
「そうだ。俺が求めていたものは、これだったのだ。これこそが冒険よ!」
 そう言い放ったカーリーに向かって、カータは自信なさそうに小さくつぶやく。
「ボクはもともと、そんなに立派な冒険者なんかじゃないんだ。本当だよ?」

次回、テロメニア魔導記3『覚醒者の歌声』
(連載第二回)決戦! シルバーゴーレムは、3月30日(土)更新予定です!
お楽しみに!


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