見出し画像

テロメニア魔導記2(連載第六回)天空都市ゼストアゼシア

掲載期間:7月13日~7月24日まで
次回更新:7月25日(木)予定
(次回から木曜更新に変更し、第一巻から順に毎週連載します)
(気に入ったら製品版を買ってね!)

※Amazonの規約により、Kindle以外の媒体に10%以上の文章は掲載できません

登場人物紹介

大陸地図

第二章 高楼の揺り籠

 2 天空都市ゼストアゼシア

 まぶしい光に包まれた街がそこにあった。
 今が昼なのか、それとも夜なのかは分からない。しかし塔の屋上に造られたこの街は、人々の活気と賑わいに溢れ、目が眩むほどの強い光と喧騒に包まれていた。よく見ると、七基の塔の屋上が連なる事によって、ひとつの街を形成しているのが分かる。それぞれの塔は多少の高さの違いこそあるものの、張り巡らされた無数の連絡通路と、その間に敷き詰められた床面によって、広大な面積を有する市街地をこの空中に浮かび上がらせていた。
「うわぁ、コレは凄いや」
 カータは思わずその場で立ち尽くし、感嘆の声を上げてしまう。この街に通ずる橋はほかにも無数にあり、カータ達が通って来た橋は、その中の一本に過ぎなかった。足元をよく見てみると、この通路には多くの足跡が残されており、人々がよく行き来している様子が窺える。カータはこのような辺鄙へんぴな場所に、ここまで大きな街が隠されていた事に、驚きを禁じ得なかった。
「街だよ、マーヤさん。それも凄く大きな街だ。早く中に入ってみようよ」

 少年ははやる気持ちを抑え切れずにマーヤをかし始める。しかし茜色の少女の足取りはすこぶる重かった。彼女はあまり気が乗らない様子だったのだ。
「カータ。あなたとあたしって、今ボロボロじゃない? こんな格好では、あまり人気ひとけの多い場所に入り難いわ。せめてコートだけでも、ちゃんと綺麗に直さないと……」
 それはカータにとって意外な反応だった。賑やかで明るい場所を好む少年にとって、目の前に広がる光溢れる街並みは、ただそこにるだけでとても魅力的なものに見えてしまう。しかし目が見えないマーヤにとっては、眩しい街の明かりよりも、自分達が他人からどう見られるかの方が気になってしまうのだ。
「マーヤさん、もしコートを直すにしても、道具と材料が無いと出来ないよ。だからまずは街に入って、それを探してみようよ」
 カータは少女の背後に回り込むと、後ろから彼女の両肩を持って、気乗りしないマーヤの足を無理やり街の中へと押し込んでいく。
「でもカータ。あなた、お金持ってるの?」
「えーっと、それは……まぁ、持ってないんだけどね」
 少年がそう答えた時、マーヤは街の入口の前に立っていた男と正面からぶつかってしまった。
「きゃっ」
「おっと、これは失礼しました。お怪我はありませんか、お嬢さん?」
 男は明らかに魔導師風のローブを身に纏っていたが、そのデザインは白と黒が半々になった異様なものだった。フードを深くかぶっているので顔はよく見えないが、その手には女性の顔の紋様が浮き彫りになった、不思議な形状の長い錫杖しゃくじょうが握られている。わずかに見える口から発せられる低い声は、まるで地の底から聞こえてくるかのような独特の響きがあった。
「こちらこそゴメンなさい、気が付かなくて……」
「ごめんね、オジさん。マーヤさんは目が見えないんだ。本当ならボクが先導しないといけないのに、マーヤさんを前に押しちゃって……」
 二人はそう言ってその男性に謝罪する。すると相手の男性は、にこやかに微笑みながら首を横に振った。
「いえ、考え事をしていた私も、周りをよく見ていませんでした。お詫び申し上げます。お怪我の方は……?」
 そこまで言ったところで男性は、何かに気付いた様子で言葉を続ける。
「これはいけません。貴女は背中にかなりの深手を負っておられるようですね。後ろの方も治りかけではありますが、相当な怪我を負っておられるご様子。しかも腰の打撲は、つい先ほど受けたばかりの、新しい傷とお見受けしました」
 あまりにもボロボロな格好をしていたせいだろうか。マーヤが気にしていた通り、男性は二人が満身まんしん創痍そういの状態である事をぐに見抜くと、顔を覗き込むように腰を折り曲げ、杖を強く握りながら精神を集中し始めた。すると、彼が握っている錫杖から女の声で呪文の詠唱が聞こえてくる。
「我は此処ここに聖なるさかずきかかげ、生命の力をもたらさん。混沌の主ライールの名の元に、我は命ずる。ものに慈愛とやしをもたらし給え」
 次の瞬間、マーヤの背中の矢傷が完全に塞がり、カータの右腕と左脚の感覚がみるみる内に回復していった。さっきの巨像から受けた打撃の痛みもすっかり消えている。
「すごいや! オジさんは司祭だったんだね、ありがとうオジさん!」
「え、どうして? 何があったの?」
 それは司祭が起こした奇跡による治癒ちゆの呪文である。
 カータはその感覚を懐かしく思い出していた。かつて冒険者として活躍した経験もある少年は、これと同じ奇跡を起こせる神官と、共に旅をしたことがあったのだ。
 敬虔な神の信徒は、自分が信奉する神に祈りの言葉を捧げることによって、奇跡の力を引き起こすことが出来る。その中でも特に代表的なものが、傷口を塞ぎ、病気を一瞬の内に治療する治癒の奇跡だった。しかしマーヤは、背中の痛みが突然消えていくその初めての感覚に戸惑いを隠せない。素直に喜んでいる少年とは対象的に、不気味な違和感のようなものを覚えていた。
「いえ、礼には及びません。それよりも私は貴方がたに、ぜひ教えて欲しいことが御座います」
 突然改まった態度で話し始めたこの目覚め人に対して、カータは首を傾げながら聞き返す。
「教えて欲しいこと?」
「はい。実は私が耳にした情報によると数日前、このゼストアゼシアに籍を置く冒険者達が大挙して、峡谷きょうこくの調査に向かったというのです。しかもその大半が壊滅。調査対象の村も焼失してしまったとか。この件について、何かご存知ではありませんか? どんな小さなことでも構いません。情報が欲しいのです」
 それを聞いた瞬間、マーヤは黙ってうつむいてしまう。男性が言う調査対象の村とは、彼女の故郷だった『峡谷の村』のことに違いない。カータはそれを察すると、男性とマーヤの間に立って口を開いた。
「うん、そうだよ。実はボク達、ついさっきその村からこの街にたどり着いたところなんだ」
「おお、左様でしたか! このゼストアゼシアを訪れてまだ間もないと言うのに、貴重な情報をお持ちの方にお会い出来るとは、私はまたとない幸運に恵まれているようです。これもを追究するライール神のお導きでしょう。して、冒険者壊滅の原因は? 村で一体何があったのでしょうか?」
 白と黒のローブを纏った男性は、知的好奇心を隠し切れない様子で、前のめりになりながらカータに疑問を投げ掛ける。
「ボクも詳しくは分からないんだけど、ほとんどの冒険者は、笛吹き? に連れて行かれちゃったみたい」
「笛吹き、とは?」
峡谷きょうこくの村に来る、行商人みたいな人のことだよ。お金の代わりに雑芥ざっかいっていう、古い塔の遺物を食糧や日用品と交換してくれる人なんだけど、笛吹きは村で必要とされてない物なら何でも持って行ってしまうんだ。それで冒険者達もほとんど連れて行っちゃったみたいだね。とても怖い感じの雰囲気だったよ」
 カータの明瞭な回答に、男性は大きく頷きながら口を開く。
「なんと、貴方はその笛吹きとやらを目撃したのでしょうか?」
「うん」
「左様でしたか、それは大変でしたね。貴重な情報、ありがとうございます。これは少ないですが、情報のお代です。それでは、よい旅を……」
 魔導師風の男性はふところから何かを取り出すと、その小さな物と一緒にカータの手を握り、固い握手を交わす。そして軽く一礼してから、まるで風に紛れるように街の中へと吸い込まれていった。少年は男性を見送ったあと、自分の右手を広げて言葉を失ってしまう。その手のひらには一枚の金貨が握られていたのだ。カータはそれを見つめたまま、呆然と立ち尽くしていた。
「カータ? ねぇカータ、どうしたの?」
 強い風が目の前を吹き抜けた瞬間、催眠術から解けたかのようにカータはハッとする。どうやらマーヤが何度も自分の名前を呼んでいたようだ。
「ご、ごめん、マーヤさん。ぼーっとしてたよ。お金貰っちゃったけど、お礼を言うのを忘れちゃってたね。ま、いっか。お礼は次に会った時に言えば……」
 この世界で取り引きされている貨幣の中でも、金貨は比較的価値が高い。自分が提供した情報に、そこまでの価値があるとも思えなかったカータだが、しかし手持ちが全く無くて困っていたのも事実。少年はそれを有り難く頂戴することにした。
 そして二人は男性のあとを追うように、同じ入口から街の中に足を踏み入れる。カータは自分の体が思い通りに動くことに、この上ない喜びを感じていた。右腕に力が入る。左脚を自由に動かせる。たったそれだけの事なのに、今のカータにはそれがとても新鮮なことのようにさえ感じられてしまうのだ。一方マーヤは、自分のすぐ隣を歩く少年の動きが、急に躍動感に溢れ出したことを、不思議な気持ちで感じ取っていた。
 街はそんな二人を温かく出迎える。
 等間隔に並ぶ街灯と、きらびやかな明かりに照らされた多くの看板が目につく街並み。それは火とは異なる青白い光を発して、空中に文字を浮かび上がらせていた。大通りは溢れんばかりの人々で賑わい、彼等の生活音や笑い声、時には怒号も飛び交って、街の華やかさにいろどりを添えている。カータは活気に満ちた街を歩いているだけで、ワクワクするような気持ちになっていた。
 峡谷きょうこくの村との決定的な違いは、老人以外の普通の男女も生活を営んでいることだ。子供の姿こそ見えないものの、この街には幅広い年齢層の人間が暮らしているように見える。その身なりも峡谷きょうこくの老人達とは比べ物にならないほど上等で、中には絢爛華麗けんらんかれいなドレスに身を包んだ貴婦人の姿も見受けられた。行き交う人々の姿を見ているだけで、この街の生活水準と経済レベルの高さがうかがえるようだが、しかし皆が皆、裕福という訳では無さそうだ。道端に座り込み、さかずきを傾けている見窄みすぼらしい男性や、片肘をついていびきを掻いている物乞いのような老人も見て取れた。
 そんな大通りを真っ直ぐ進んでいくと、やがて二人は大きな公園のような広場に突き当たる。そこには噴水が設けられ、勢いよく水が吹き出していた。カータが目を輝かせながら周囲をぐるりと見回すと、空中に浮かび上がった大きな看板のひとつが目にまる。そこには『この先、冒険者区画』と記されていた。
「ねぇマーヤさん。ボク、この先にあるっていう冒険者区画に行ってみたいんだけど、どうかな? マーヤさんも一緒に行ってみようよ」
 その言葉を聞いた瞬間、茜色の少女は一瞬険しい表情をしたように見えたが、それはきっと気のせいだろう。カータはそう思い直して彼女の手を引こうとしたが、マーヤはその場に留まったまま口を開いた。
「カータ、あたしはまずボロボロになったあなたとあたしのコートを直したいから、服飾店か織物工房に行ってみようと思うの。でも大丈夫よ、あたしのことは気にしないで」
「マーヤさん、行きたいお店があるのなら、ボクも一緒についてくよ」
「ううん、あなたは冒険者区画に行きたいんでしょ? それなら、ここで待ち合わせにしましょうよ。それぞれ見たいお店を廻ってきたら、この場所に戻ってくるの。いいわね、この噴水よ?」
 少女の反応はカータにとって意外なものだった。少年は当たり前のように、この街でもマーヤと行動を共にするものだと思っていたのだ。
「でもマーヤさん、目が見えないし……」
「それなら大丈夫。あたしにはこれがあるから、心配しないで」
 彼女はそう言って、一本の棒切れをカータに見せる。それはマーヤが杖代わりに使っていた手斧の柄だった。銀の巨像との戦いで斧頭の部分が砕けてしまったが、杖としてはまだ十分に使えるのだ。
「でも……本当に一人で大丈夫なの?」
「大丈夫。あたしは一人でも、大丈夫よ」
「分かったよ。じゃあさっきのお金、マーヤさんに渡しておくね。ボクは冒険者ギルドに行って、情報を集めてくるだけだから平気だけど、マーヤさんは材料や道具を買わなきゃいけないんでしょ?」
 マーヤがあまりにもかたくなだったので、ついに少年の方が折れると、カータは金貨を彼女に手渡しながら言葉を付け加える。
「あ、それから荷物。ボクが持つよ。さっきのオジさんの魔法のお陰で、もうすっかり左脚も自由に動かせるようになったみたいなんだ。右手もバッチリだよ」
 その言葉を聞いた瞬間、マーヤの表情がますます曇った。彼女はこれまで長い時間を掛けて、骨折したカータの治療をしてきたのである。それにも関わらず、さっき会ったばかりの目覚め人の魔法によって、少年の怪我は一瞬の内に完治してしまったのだ。それは本来、喜ばしいことのはずだったが、マーヤは心情的にその事実を受け入れられなかった。
「そう、良かったわねカータ。でも荷物もこのままでいいわ。それじゃ、またあとでね」
 マーヤはにっこり微笑んで少年から金貨を受け取ると、すぐに背中を向け、スタスタと足早にこの公園をあとにした。斧頭の無い手斧を杖代わりに歩く少女。その後ろ姿を見送りながら、カータは思わず首を傾げる。
(あれ、マーヤさん、どうしたんだろう? ボク、何か気にさわるようなこと、言っちゃったかな?)
 少年は彼女の複雑な感情の変化の理由が分からなかったが、それでもさっきの言葉の中に含まれたトゲのようなものを、敏感に感じ取っていた。しかし、どんなにカータが頭をひねっても、なぜマーヤの態度が急変してしまったのか、その理由は結局分からないままだった。

次回、テロメニア魔導記1『陽が昇らない峡谷』
(連載第一回)プロローグ~三つ首の追跡者 から毎週連載します
7月25日(木)更新予定! お楽しみに!


よろしければサポートお願いします! 私の創作活動は、皆様のサポートによって支えられています!