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テンセントの時価総額と決算をFacebookやLINEと比べてみる【ゼロから学ぶ中国企業】


中国最大のモバイルサービス企業であり、世界最大のゲーム企業でもあるテンセント(Tencent)、その時価総額は日本を含むアジアの中でも最も高い60兆円近くあります。この60兆円とは、どのくらい大きいのでしょうか?

Tencentの時価総額は世界第6位のFacebookとほぼ変わらない

テンセントの基幹事業の一つ、SNSを主な事業としている企業で比較します。

このため、Tencentと、私たちが馴染みのあるFacebook, Twitter, LINEの3社を比較してみました。

図1:Facebook、Tencent、Twitter, LINE との時価総額比較

時価総額比較

図は2020年6月末の時価総額と為替レートを基に作成。四角の面積が時価総額の大きさを表現しています。四角の大きさで、TencentがLINE何個分かイメージできます。

図を見ると、TwitterやLINEでは比較するのが難しいほど、FacebookとTencentが抜きんでています。TencentとLINEでは時価総額の差は、実に50倍です。

しかし、SNSのユーザー数を知っていると、この規模の差には違和感があります。

TencentのSNSのユーザー数はFacebookの半分しかない

下の図を見てみましょう。図2は各社の主要SNSの月間アクティブユーザー数(MAU)を比較したものです。

図2:Facebook、Tencent、Twitter, LINE とのMAU比較

MAU比較

図は直近の各社発表などを元に作成。図の資格の面積が月間アクティブユーザー数(MAU)の規模を表しています。四角の大きさで、TencentがLINE何個分かイメージできるようになっています。

時価総額とは異なり、FacebookとTencentのWeChatの間には大きな差があることが分かります。WeChatのMAUは、Facebookの半分もありません。また、TwitterやLINEと比べても、時価総額ほどの差はなく、LINEとも10倍の差もありません。

それでは、Tencentのこの時価総額の大きさはどこから来るのでしょうか?まずは、Tencentの決算を見ながら比べてみましょう。

1.Tencentの売上は、どのくらい大きいの?

Tencentの売上規模はFacebookより少し小さい程度

図3:Facebook、Tencent、Twitter, LINE の売上高比較

売上高比較

図は2019年12月期の各社決算を基に作成。為替レートは簡便的に100JPY/USD, 14.3JPY/HKDで算定。

Tencentの2019年の売上は約5.4兆円、Facebookの売上は約7兆円(Tencentの1.3倍)と、MAUよりも差はありません。これは、収益構造の違いに理由があります。

Facebookの収入は、ほぼ全てがSNS内での広告収入

Facebookは、そのコンセプトから、ユーザーに課金を要するサービスはほとんどありません。このため、収入の実に98%がSNSにおける広告収入で占められています。

ただし、現在のFacebookはソーシャルメディアサービスを複数有しています。Facebookは素手のWhatsAppや、Instagram、Messengerも買収しており、現在は同じグループ会社のサービスです。このように、SNSサービスを拡大しながらその広告収入を成長させているといえます。

Tencentの収入は、多彩な事業で構成されている

図4:Tencentの収入内訳

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(図はTencent の開示資料より抜粋)

一方で、Tencentの収入構造は多彩です。Facebookとは異なり、Tencentの広告収入(図のOnline Advertising)の割合は18%に止まります。オンラインゲーム事業(Online Games ) 30%、ソーシャルネット事業(Social Networks) 23%、フィンテック事業(Fintech and Business services) 27%とバランスの取れた収益構造をしています。

SNS関連の収入は、広告とスタンプなどの課金収入

SNSに関連する収入としては、広告収入とスタンプなどの課金収入が挙げられます。

オンラインゲーム事業は単独で世界最大のゲーム会社

Tencentの中で最も大きな割合を占めるのはオンラインゲーム事業です。 単独事業で売上の30%を占めています。

Tencentのゲーム事業の売上高は約1.6兆円あります。これは、ゲーム業界で世界1位を争うソニーのゲーム事業と同程度の規模を有しています。

電子決済でも大きな収入を稼いでいる

Tencentのフィンテック事業は、既に全体の売上の27%を占めています。この内訳は、クラウドサービスなどのB to B売り上げを一部含みますが、多くは電子決済サービスであるWeChat Payから得られる手数料収入です。

2019年のフィンテック&ビジネスサービス事業は、金額にすると1.5兆円ほどの売上を有しています。これはEウォレット(電子決済の形態の一つ)の事業者としては、世界的に有力なPayPalの売上約1.8兆円と同程度の規模を有しています。

Tencentの各事業はどれも世界有数の規模を誇る

このように、TencnetはFacebookと比べると、SNSのユーザー数では半分未満の規模です。しかし、それに加えて、世界最大規模のゲーム事業とフィンテック事業も有することで、会社としての規模はFacebookに近いものになっていると言えます。

2.Tencentの営業利益はどのくらい大きいの?

Tencentの営業利益は、まだFacebookには及ばない

次に、各社の営業利益も比較してみます。

図4:Facebook、Tencent、Twitter, LINE の営業利益比較

営業利益比較

図は2019年12月期の各社決算を基に作成。為替レートは簡便的に100JPY/USD, 14.3JPY/HKDで算定。

図を見ると、Tencentの営業利益は1.4兆円ですが、Facebookの6割ほどの金額であり、まだ差があるといえます。

なおLINEの営業利益は赤字ですが、これは近年のLINE Payの顧客獲得のための投資によるコスト増が理由とされています。

ここまで、FacebookとのMAUや売上、営業利益からその時価総額の高さの理由を考えてきました。多彩な事業により売上こそ近い水準にあるものの、利益にはまだ差があり、時価総額がほぼ変わらない理由には足りないように見えます。

では、株式市場はテンセントの何に価値を見出しているのでしょうか?

3.Tencentの時価総額ってなぜここまで高いの?

SNSユーザー数で劣るTencentが、Facebookと同等の時価総額で評価されているのは、ゲーム、フィンテック、その他メディアなどの多彩な事業構成から生まれる利益がその理由の一つといえるでしょう。しかし、純粋な利益の額だけで見ればその説明には少し足りないように見えます。

Tencentの強みは、全ての主力事業が中国で絶対的な立ち位置にあること

本質的なTencentの強みは、世界第二位の規模を誇る中国市場において、SNS、メディア、フィンテック、オンラインゲームのすべての主力事業において、絶対的に優位な立場を有していることにあると考えられます。

中国では、WeChatがコミュニケーションと決済の社会インフラ

2020年8月、米国政府の発言から、iPhoneでWeChatが使えなくなるかもしれないとのニュースが流れました。この時、ある中国でのオンライン調査において「iPhoneとWeChatのどちらか一方を選んでください」という質問に対し、圧倒的多数がWeChatを選んだという結果がありました。

実は、これは現在中国在住の私にとっても、当然の回答と感じるものでした。WeChatや、WechatPayは、現在の中国での生活に欠かすことのできないインフラになっています。

中国では、自由にゲームを市場に投入することができない

また、中国のゲーム市場も日本などとは異なり、ゲームを市場で販売する事は簡単ではありません。どんなゲームでも、事前に政府の厳しい検査を受けて初めて販売することができるからです。中国国外のゲーム会社にとっても、テンセントは中国へのゲームの販売の最大の窓口です。

SNS、ゲーム、電子決済。全てが大きくて、成長力のある、保護された優良市場

しかも、Tencentが主力としている事業はいまだに、これからの成長が約束されている優良な市場でもあります。SNS、ゲーム、決済、いずれも巨大で成長力があり海外からは参入障壁の高い市場です。そして、その全てでTencentは支配的な立場にいます。

この中国市場での圧倒的な優位性が、テンセントと言う企業の価値をさらに押し上げていると言えます。

4.Tencent と LINEも比べてみる

TencentとLINEの事業は似ている

FacebookとTencentでは事業構成が異なっていますが、LINEの事業構成はむしろTencentによく似ています。広告収入、スタンプなどの課金収入、ゲーム収入を主たる事業として、近年LINE Payを日本で浸透させようとしてきました。

しかし、ユーザー数の差(LINEはTencentの7分の一)以上に、売上や時価総額(LINEはTencentの50分の一)の差は大きなものです。この圧倒的な差はどこから来るのでしょうか?

TencentとLINEの違いは、市場環境や社会環境の違いから

LINEとTencentの差を理解するには、やはり属する市場での立ち位置が関係してきます。LINEはSNS業界では、日本で絶対的な地位にあります。この点ではTencentと共通しています。しかし、ゲーム、電子決済の業界では小さなシェアしか有していません。

日本のゲーム市場は大きいものの、歴戦のゲーム会社や、GREEやモバゲーなどのモバイルゲームの大手など、競合がひしめいています。また、電子決済についても、クレジットカードが大きなシェアを占める日本と、中国とでは大きく異なる社会環境があります。また、当然業界の成長率も異なっています。

こうした違いが、LINEとTencentの将来の成長力への期待値に大きな差をもたらしているといえるのではないでしょうか。

次回以降、こうした背景となる社会環境の違いにも触れながら、一つ一つの事業について、テンセントの強さの秘密に迫っていきたいと思います。


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