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今は亡き、その言の葉

 世界のどこかにあると言われている小さな国では、とある珍しいものが取引されているそうです。それは、我々にとっては当たり前の存在とも言える、言葉です。

 我が国には「言うだけならタダ」なんて言葉もありますが、とんでもない。その国では、日々使用する言葉すらも全て売買されており、国民はお互いに購入した言葉しか使うことはできません。また、買い取られた言葉は購入者のみが利用できます。

 言いたい言葉、言われたい言葉、便利な言葉、美しい言葉、恐ろしい言葉、優しい言葉、面白い言葉、気持ちいい言葉、新しい言葉、味のある言葉、楽しい言葉、そして、必要な言葉。
 我々が日常で何気なく使っている言葉も、この国では高級品です。

「おはよう」「やあ」「ごきげんよう」「やっほー」「よっ」「おっす」「はーい」「ハロー」

 通学路から聞こえてくる挨拶にも、同じものは2つとありません。もちろん、使える言葉が限られていますから、子どもたちの何気ない会話であっても…

「わ~!お前、お前を生みしものとお前のご邸宅の稼ぎ頭にそれをギブされたのね!好ましいな~!生誕記念日!」

「ありがとう!羨望の的だろー!某の血を分けた集合団体は、弁財天の加護を受けたようなものだからな!ありがとう!ありがとーう!」

 この通り。
 どうやら、あの子はご両親から誕生日プレゼントに「ありがとう」という言葉を買ってもらったみたいですね。大人でもなかなか手に入らない、高価な感謝の言葉です。

 それでは、購入していない言葉を勝手に使ったらどうなるか?
 簡単なことです。それは泥棒と同じ。盗み、盗難、強盗、万引き、強奪、かっぱらい、ひったくり、スリ、搾取、etc…
 とにかく、この国においては、購入していない言葉を使えば、厳罰に処されてしまいます。

「ラセシア、今日でバディを組んで、最小の完全数と同じだけの年数を重ねてきたことになる。だから僕と、結婚してください!」

「え!そんな給料の3年分を優に超える台詞!どうやって…!?」

「いや…その…実は…」

「はい、ちょっと失礼しますね。登録No.120450「けっこんしてください」の現在の所有者は、帝国院議員のユローヒュドス殿のはずだが…君がそうなのかな?」

「いえ…」

「えっ!ペコズ…!なんてことを!!」

「はい、登録No.638829017「なんてことを」の所有者も現在は、隣町のペンキ屋ルアリモアさんのものだ。」

「ああああ…しまっ」

「登録No.90124「しまった」は、、、現在私のものだ。署の方で話を聞こうか」

「た、たすけっ…」

「登録No.234897「たすけて」は今…」

…御覧の通り。
うかつに口を開くと、大変なことになりそうです。

 さて、日常会話ですらこんな有様なわけですから、この国には、この国にしかない専門業者が存在します。その名も、金融ならぬ言融(げんゆう)です。その名の通り、高額な言葉に手が出せない方に言葉を融資、貸し出すことを生業としている者たちです。
 貸し出した言葉には、金利ならぬ言利が設けられており、返済のときにその言葉に色を付けて返して頂くというわけです。

 あの街の一角にオフィスを構える男は、とある言葉を専門とした言融の一人です。

プルルルr
「はいもしもし。ええ。お隣の旦那様が。それはそれは。ご冥福をお祈りいたします。すぐに向かいます、ええ」

プルルルルルルr
「はいはい。ああ、6丁目の奥様、これはどうも。何、ご親戚の…ほほう。心中お察しいたします。」

プルルr
「もしもし。ああ、14丁目の。64丁目のおじいさまが?そうでしたか。ご愁傷さまでございました」

プr
「はいはい。ああ、204丁目のご主人。1409丁目のお知り合いが…。これはこれは。お悔み申し上げます。ええ、それでは、明日ですね」

 もうお分かりですね。彼は、お亡くなりになった方、また、その親族の方にお声がけするとき必要な言葉の貸付を専門とした言融なのです。彼の言葉を文字通り借りれば、滞りなく葬儀に参列が可能になるというわけです。

 人が死ねば死ぬほど儲かっていくという皮肉な商売。彼の祖父の祖父の、そのさらに祖父の代から続いてきた、由緒正しい生業です。時には、蔑まれることもあるこの仕事ですが、男にとっては天職でした。

 人間が永遠の命でも手に入れない限り、決してくいっぱぐれることはない。しかも、言葉を融資する際に発生する金利ならぬ言利によって、およそ平民では使うことのできない数の言葉が自由に使用できる。

 語彙は言葉の画素数です。使える言葉の数がそのままステータスとなるこの国では、特に顕著にそれが現れます。仕事だけでなく、プライベートでもその恩恵はいかんなく発揮されました。

 有名芸能人とのコネクションができ、美女との会合は絶えず行われ、必要のない言葉を売ってできた金で日本とかいう国の外車を乗り回し、住まいは国で一番高いビルの上から数えた方が早い階層です。

 そんな彼も結婚し、子供が出来、この仕事を引き継ぐ時がやってきます。代々続いてきた由緒ある稼業です。その引継ぎには、厳正な段取りがあり、先祖の言付けが多々ありました。

 紐でくくって製本された古書を1ページずつめくりながら、一人息子にこの仕事の心構え、信条を紡いでいきます。

「不誠実があってはならないこと。」
「羽目を外すのはいいが、仕事の時はきっちりとこなすこと。」
「調子に乗りすぎてはいけないこと。」
「常に死を意識すること。」

 およそ100ページにも及ぶその秘伝の書を読み聞かせ、男は眠りにつきました。それから、彼が目を覚ますことはありませんでした。

 あまりにも若すぎる彼の死に、親族一同は大いに悲しみ、葬儀にはお世話になった街の人々も大勢訪れました。しかし、お悔みの言葉をあげる人は一人としていません。それもそのはずです、彼は最も肝心な部分である、最後のページを目にしていなかったのです。

 彼の父の死は、彼と同じく突然死。彼に仕事の引継ぎをしている際、口から血を吐き、倒れてしまったそうです。その血が、最後のページに飛び、固まって裏表紙とくっついてしまい、開かずのページとなってしまっていたのです。最後のページにはこうありました。

「仕事に使う言葉は、少しずつ、早めに子供に相続していくこと。」

 掛ける言葉を失った人々に囲まれて、彼は出棺されてゆきます。目の前を通り過ぎる父の亡骸に息子は小さくつぶやきました。

「ありがとう。」

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