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この美しき監獄の中で

 約80年間の沈黙を破り、封印されし伝説の魔王が復活してから早2年。世界中に魔物が湧き出し、人間は甚大な被害を被っていた。
 世界最大の王国セヨハプールでは、魔王を討たんとするべく勇者の捜索が進められていた。そして、ついにその日、女神の加護を受けた者が祭壇に祀られている聖剣を抜き取り勇者となった。王は、世界一の魔法使いと、旅に必要な装備、路銀を勇者にあてがい、早速、魔王打倒の旅に出させた。

 神託を受けた勇者といえど、魔物との戦闘は不慣れだったため、はじめは弱小な魔物の代表格であるスライムにすら苦戦した。それでも、世界を救うという使命に突き動かされ、少しずつでも、確実にその歩みを進めていった。やっとの思いで最初の街ネスクフに到着。そこで食べた名物の饅頭の味は格別だった。

 次に訪れた村ノミイムは、大規模な飢饉に見舞われていた。事情を聴くと、街外れに現れた樹木の魔物によって、作物の栄養が根こそぎ奪われているとのことだった。先を急ぎましょう、という魔法使いの言葉を遮り、勇者はその木の魔物を打ち破った。

 村を出るとすぐに、不可解な森に差し掛かった。歩けども歩けども先に進まず、同じところをぐるぐると回っているようだった。困り果てた勇者に魔法使いは、変なウサギがいます、といった。魔法使いの指さす先には、こちらを見つめる小さなウサギがいた。どうやら、ウサギは魔物ではなく、人間が使役する動物らしく、ついていくと小さな小屋にたどり着いた。

 小屋の中には、ローブを着た髪の長い老人が椅子に腰かけていた。ウサギが老人の膝の上へひょこひょこっと飛び乗り、待っていたよ、と老人は語りだした。
 魔王城に辿り着くためには、北の火山、西の森、東の砂漠、南の孤島にそれぞれある4色の宝玉が必要だということ。宝玉は強大な魔物や過酷な環境に守られていること。魔王には強力な側近がついており、その側近に気をつけなければならないということ。その他にも様々な助言をしてくれた。
 最後に、これは西の森、つまりここの宝玉だ、と言って緑色の宝玉を渡してくれた。二人は老人に礼を言い、教えられた通りの道順で森を抜け、一番近い北の火山を目指すことにした。

 火山では、竜の魔物が巣を作り、ねぐらにしていた。道中、様々な魔物と戦い、力を付けた二人でも身の丈の10倍以上もある竜の相手をするのは、困難を極めた。無理に戦う必要はないですよ、と魔法使いが提案し、竜の動向を観察し続け、ついに竜が眠りについた瞬間、宝玉だけを奪い去り、その場から逃げ出した。振り向くと竜の魔物は、目を開き、顔をあげ、こちらを見ている様子だったが、追ってくることはなかった。
 こうして、一気に下山し、一息ついた二人は、次の目的地に向かった。

 その後も順調に力を付けつつ、二人は宝玉を回収していった。東の砂漠では、迷宮のような遺跡でインディアン・イエローの宝玉を見つけ、南の孤島では、海底で岩群青の色をした宝玉を手に入れた。

 すべての宝玉をそろえた二人は、ついに魔王城の前にたどり着いた。異様な雰囲気の漂う門に気圧された勇者だったが、行かなきゃ負けと一緒です、という魔法使いの言葉に押されて、城に足を踏み入れた。
 意外にも城の中に魔物はほとんどおらず、ひたすらに上階に伸びる階段を探しては上り、登っては探すという繰り返しで、あっという間に最上階までたどり着いた。

 最上階の一番奥の部屋を開けると、そこには3メートルを優に超える巨大な人型が玉座にふんぞり返っていた。やっと来たか、と独り言ちた巨人は、我こそはすべての魔物を統べる者、魔王である、名乗りを上げた。勇者も負けじと、女神の加護のもと貴様を打ち倒す勇者だ、と大きく叫んだ。その間に、魔法使いは自分の持てる最も強大な魔法を唱え、魔王へと攻撃を仕掛けた。

 爆風によって巻き上がった噴煙が明けていくと、そこには大の字に横たわり天井を見上げる魔王の姿があった。さあ勇者様、トドメを、と魔法使いに促され、戸惑いながらも勇者は魔王の首を狩った。

「案外、簡単に倒せちゃったね」

「ええ。無事に使命を果たすことが出来てよかったですね」

「うん。これでやっと世界に平和が戻ってくる」

「はい。あ、魔王の首は持ち帰らないと」

「え?どうして?」

「魔王は死にません。封印しなければならないんです」

「そうなの?魔法使いは物知りだね」

「勇者様も、すぐにわかるようになりますよ」

「…? まぁいいや。それじゃあセヨハプールに凱旋しよう!」

「…そうですね」

「思えば長い旅だったなぁ…。でも明日からは自由の身だ!きっと国からの褒美もたんまり貰えるだろうし」

「…自由…ですか。…どうですかね」

「あ、凱旋パレードで連日騒いで、自由なんかないかも?ふふっ…楽しみだなぁ…。あ、そうだ。帰ったら、まず何する?」

「別に、何もしませんよ。それより、かえる事を考えなくちゃいけませんから」

「ええー、夢がないなぁ。やりたいこととか、考えてることとかないの?」

「そうですね…しいて言えば、外の世界がうらやましいなぁ、と」

「外の世界?よくわからないけど、行ってみようよ。その外の世界ってとこに。僕もついていくし」

「無理ですよ、私たちが外の世界に行くのは。」

「どうして?」

「…。思い出してみてください。最初に倒した敵のこと」

「最初に倒した敵?ああ、スライムのこと?」

「そう、スライムです。どんな魔物だったか覚えてますか?」

「え?スライムは、スライムだろ。」

「そうじゃなくて。スライムの、見た目です。」

「見た目?ええっと…それは…あれ?」

「…じゃあ、最初に訪れた街のこと、覚えてますか?」

「あ、ああ!もちろん!ネスクフの街だよね。名物の饅頭、あれがまたおいしかったんだよなぁ」

「その饅頭の中身は、覚えてますか?」

「ああ、えっと、中身は…あれ、なんだったっけ?」

「味は?甘かったですか?しょっぱかったですか?」

「味は…とにかく、おいしかったってことしか…。」

「分かりませんよね。書かれてないから」

「書かれてない?…どういうこと?」

「まだわかりませんか?…北の火山で手に入れた宝玉は覚えてますか?」

「もちろん!あの時はまだ全然弱くって…竜相手に怖気づいて、宝玉だけ取って逃げちゃったんだよね」

「その宝玉って、何色でしたっけ?」

「色?ええっと…あれ?…たしか、西の森で貰ったのが緑色で、東の砂漠の迷宮で見つけたのがインディアン・イエローで、南の孤島の海底で手に入れたのが岩群青色で…あれ?おかしいな…」

「書かれてないことはわからないんですよ、私たちには」

「どういうこと?言ってる意味が分かんないよ。それに、そんなのただ忘れちゃってるだけさ。魔王を倒したあとだから…そんな情報覚えてなくったって…」

「そうですか。それじゃあ、スライムと竜以外に会敵してきた魔物も、集めた宝玉をどのように使って魔王城まで辿り着いたのかも、魔王の強力な側近の存在も、すべてお忘れになったのですか?」

「魔物なんかたくさん居すぎていちいち覚えてないよ!魔王城は、宝玉を集めたらいつの間にか目の前にあって…!側近なんか、森に居たあの人が嘘を吐いてたんだよ!」

「…私の名前をご存知ですか?」

「…っ」

「私は…いえ、勇者様は男ですか?女ですか?」

「……ぅ」

「…本当はもうお分かりなんでしょう?…怖いのは分かります。でも認めなければ…」

「「先には進めない」」

「…」

「…何度も聞いたよ。そのセリフは。側近さん」

「ようやく、戻ってきてくださいましたね。」

「だって…どうしたらいい?こんな粗末な世界で…たった4000字にも満たない、こんな狭いところで…!!」

「ずっと考えていました。変える事を」

「…それで?」

「…非常に厳しいです。正直なところ…」

「そんな!!」

「ただひとつ、非常に低い可能性ではありますが、この世界から抜け出すのではなく、私たちの世界を広げる方法なら、あるかもしれません」

「ホントに!!?」

「ええ、この方法なら、私たちの性別も名前も、宝玉の色も、王国に帰ってからの生活も、魔王様の生死も…自由自在です」

「ど、どうすればいい!?僕は、どうすれば…!」

「私たちに出来ることは、何もありません。ただ、想像していただくんです」

「想像?誰に?」

「決まってるじゃないですか」

あなたに言ってるんですよ。

今これを読んでる、画面の前の、あなたに。

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