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SF小説-民営自衛隊㈱ #1:自衛隊民営化論議

Chapter1:自衛隊民営化論議


 20XX年、懸案だった新防衛基本法案がようやく国会提出の運びとなった。正式には『国際社会の平和及び安全を促進するための防衛に関する基本法』というが、誰もそんな名前では呼ばない。通称『平安法』である。
 そして、この法案の目玉は何といっても、自衛隊の民営化にある。

 政府は1980年の専売公社(現JT)、1985年の電電公社(現NTT)、さらに1987年の国鉄(現JR)など、従来国営または国営に準じる事業の民営化を着々と進め、200X年には郵政事業の完全民営化まで実現した。
 この背景には国家予算の支出縮小という大前提がある。いわゆる『小さな政府』の実現である。国債という莫大な借金は、ほぼ徳政令でも発しない限り解消できないだろう。しかし、その前にやるべきことはやらねばならない。国家予算削減の総仕上げとなるのが、新防衛基本法案、すなわち自衛隊民営化であった。

 思えば21世紀初頭、自衛隊装備=軍備はすでに「戦力」の域に達していたと言っていい。迎撃ミサイル網の整備、超音速戦闘機、高性能イージス艦、ヘリ空母、さすがに原潜は持っていないが、国際的に見ても充分立派な軍事力である。防衛予算は2005年に約5兆円となり、20XX年現在では10兆円に迫っている。「海外派兵」は、国連の安保理常任理事国入りを受けて、平和維持・戦災復興などの名目で年々増え続けている。

 問題は憲法である。憲法第9条、「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」。

 自衛隊の現状に合わせて憲法を改正しようという論議は活発に起こるが、いざ改正するにはハードルが高すぎる。もともと憲法とはそういうものだ。政府としても、憲法からいじるという正面突破は、大泉総理(いかにもの仮名だが)いわく、「できればしたくないんだよね」というのが本音である。

 憲法をさわらずに自衛隊を何とかしたい。そこで出てきたのが、『自衛隊民営化』論であった。国家が戦力を持てば憲法違反だが、民間が「国際平和を誠実に希求」するための戦力を持つことは、憲法の想定範囲外である。というより、憲法は国家規範(公法)であり、民間の商行為を規定するためのものではない。

 「自衛隊を民営化する」。ただちに大泉総理直属の検討機関が設けられることになった。

>>第2話につづく

※この記事は2005年5月15日にブログ『tanpopost』に掲載したものです。
内容はフィクション(SF)であり、実在の団体・人物等とはまったく関係ありません。

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