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日本とカナダから考える、インクルーシブ教育とは?イベントレポート

昨年9月に、障害児を分離した特別支援教育を中止し、普通学級就学を認めるように国連が求めたことから、インクルーシブ教育に対する議論が国内で増えています。

「理想的にはインクルーシブにできたらいいけど…現実にできるのかな?」「障害のある子がいじめられてしまわない?」というような声も、見聞きします。

今回のトークイベントでは、インクルーシブ教育の先進国であるカナダ・バンクーバーの学校で実際に働かれてきた梅木卓也さんや池野絵美さん、国内でインクルーシブ教育に取り組まれてきた蓑手章吾さんにご登壇いただき、インクルーシブな教育を日本でどのように実現していけそうか考えました。聞き手は、探究メディアQ編集部の田村真菜です。

インクルーシブ教育で遅れをとっている日本

日本の通常学級や特別支援学校での勤務を経て、現在はオルタナティブスクール「HILLOCK初等部」のスクールディレクター(校長)を務める蓑手章吾さんのお話からイベントは始まりました。

—— 日本のインクルーシブ教育はどのような状況でしょうか。

蓑手:日本のインクルーシブ教育は諸外国と比べて遅れをとっていると言わざるを得ない状況です。障害のある子どもたちとそうでない子どもたちがどう一緒にいるかや、どう交流するかという点は、まだまだ改善の余地があります。

—— 日本では長年、分離型の教育が行われてきました。子どもたちの就学先はどのようなプロセスで決められているのでしょうか。

蓑手:子どもたちの健康や発達を確認することを目的に、日本では小学1年生になる前に「就学前健診(就学時健康診断)」を行っています。就学前健診の結果は、通常学級や通級、特別支援学級、特別支援学校の中から、就学先を考える判断材料になります。

また、希望者は教育委員会や学校の先生、医師などの専門家と就学先について話し合う「就学相談」を利用できます。最近は「特別支援学校に行かせたい」という声が増えていることもあって、希望が叶わない家庭もありますね。

—— 特別支援学校への入学を希望するケースが増えているのはどうしてですか。

特別支援学校は少人数制のところが多く、手厚い教育を受けられることが大きいのではないでしょうか。僕が特別支援学校の中学部で働いていたときは、1学級6人のクラスを2人の教員で見ていました。小学部で重度の知的障害のある子どもたちを担当していたときは1学級2人のクラスを私と介助員の2人で見ていましたね。

「わが子をしっかり見てほしい」と考えている保護者の中には「支援学級よりも特別支援学校の方が良い」と思われる方もいるようです。

通常学級でしんどさを抱えている子どもたちが増えているのも、特別支援学校への入学希望者が増えた背景のひとつだと思います。「通常学級でうちの子がいじめられてしまったら」と保護者の方が心配されて、特別支援学校へ進学するケースもありますね。

小学校でインクルーシブ教育が確立しているカナダ

続いて、カナダへのワーキングホリデーで学童保育、教員補助などの仕事を経て、現在は大学院で学びながらバンクーバーの公立高校で数学を教える梅木卓也さんにお話を聞きました。

—— カナダでは障害のある子どもたちはどのように学んでいますか。

梅木:カナダの小学校ではインクルーシブ教育が徹底されていて、障害の程度に関わらず同じ教室で学ぶ環境が整っています。個別の教育計画(IEP)を立てるリソースティーチャーや、教室に入って一対一で障害のある子どもたちの学びをサポートするエデュケーションアシスタント(以下EA)がいることによって、インクルーシブな学びが実現していますね。他にも、ソーシャルワーカーやカウンセラー、ユースワーカーなど、いろんな分野の専門家が子どもたちに関わっています。

—— 様々なニーズを持つ子どもたちがいる中で授業を展開するのは先生にとって難しいように感じます。インクルーシブ教育を実践するスキルは、どのように身に付けているのですか。

梅木:大学の教員養成プログラムで、インクルーシブ教育について学ぶ講義があります。
現場に出てからは、リソースティーチャーが立てた個別の教育計画に基づいて、子どもたちと関わります。障害のある子どもがどのようなニーズがあるかをアセスメントし、どのような体制で対応していくか、リソースティーチャーが主導しながら組み立てていきます。

個別の教育計画には「試験時間を延長する」「算数の授業で計算機を使う」などいろんな合理的配慮が書かれていますね。子どもたちも内容を把握しているので、必要な配慮を僕らに伝えてくれます。

有資格者が障害のある子どもたちの学びをサポート

続いて、日本の特別支援学校で働いた後、カナダの学校でエデュケーションアシスタントを務めた池野絵美さんにもお話を聞きました。

—— 日本の学校でも、支援員がニーズのある子どもたちをサポートしています。EAと違いはあるのでしょうか。

池野:資格の有無は大きな違いですね。カナダでは資格がないと現場に入ることができません。私もEAとしてカナダで働く前に、教育委員会の養成コースを受けました。月曜から金曜までフルタイムで勉強すると最短半年でEAの資格を取得できます。大学では1年から1年半かけて学ぶそうです。

子どもの発達や権利、インクルーシブ教育、特別支援教育にまつわる歴史、インクルージョンに至るまでの社会的な変遷などをしっかり学んでから現場に入るんですよね。

—— 実際、EAとして働く中で感じたことはありますか。

池野:現場のEAは、ニーズのある子どもたちをサポートするだけでなく、周りの子どもたちとの関わりやクラス全体をサポートしている。すごく大事なことだなと思いましたね。

また、実際に現場で子どもたちの姿を見たことで、日本でもインクルーシブ教育を実現できると思いました。もちろんそのためには制度変革が欠かせませんが、日本では特別支援学校で学んでいる程度の障害がある子どもたちも、カナダでは他の子どもたちと同じクラスで一緒に過ごしていた。日本の特別支援学校で受けられる「手厚い教育」は、場所を分けなくても実現できると思いましたね。

多様性について「違いは強み」だと伝える

それぞれのゲストからお話を聞いた後、参加者の方から質問がありました。

質問:インクルーシブな学び場では、いじめや偏見はないのでしょうか。

梅木:子どもたちが差別的な発言をしたときは、一対一やクラス全体で話し合います。その中で、その言葉がいかに心理的な安全を阻害するかを伝えます。

それでも、不適切な発言が続く場合は、管理職やカウンセラー、保護者の方にも加わってもらい「どうしてその発言をしてはいけないか」を徹底的に説明します。カナダは人権意識が高い国なので、教員が差別的な発言をした場合も処分の対象になります。

池野:日本では障害について知らないことが偏見につながってしまっているのではないでしょうか。カナダでもいじめや偏見はゼロではないと思います。でも、障害だけでなく宗教や文化、ジェンダーなど、いろんな多様性を教えていく「teaching diversity」が大事にされています。「違いは強み」と教えられていたことが印象的でしたね。

他にも「目の前でいじめが起こったとき、あなたはどうする?」と子どもたちに問う授業が多く、いじめを未然に防ぐことに力が入れられていた印象です

質問:重度の知的障害と肢体不自由を併せ持つ子どもたちは、どのように同じ場で学んでいるのでしょうか。

池野:前提として、一斉に同じ内容を学ぶ授業は少ないです。ここが日本との大きな違いですね。難易度が違う課題が準備されていて、子どもたちが教材を選べるようになっています。EAが子どもたちをサポートして、同じ空間での学びが実現していました。基本的には通常学級に在籍して授業を受けるという形でしたね。

ただ、子どもたちがすべての授業に参加するわけではなく、例えば別の部屋で理学療法士から体のケアを受ける時間等もありました。理学療法士のサービスをどれくらい受けるかも、個別の教育計画で決められています。小学校高学年になると、本人も計画を決める会議に参加しています。

同じ教室で学ぶことは、人権のひとつ

イベントの中盤では、カナダでインクルーシブ教育が推進されてきた歴史が話題に。

—— 今はインクルーシブ教育が確立しているカナダですが、最初からそうではなかったと思います。どのような経緯があったのでしょうか。

梅木:1950年代からカナダでは保護者団体や市民団体、障害者をサポートする民間企業が徐々に立ち上がってきた歴史があります。それで、「基本的人権として、すべての人が同じ場所で同じ質の教育を受けられるようにするべきだ」という声が上がってきたんです。

当時は「障害のある子どもたちとそうでない子どもたちが一緒に学ぶことで、障害のない子どもたちが不利益を被るのではないか」という偏見がありました。でも、そういった偏見や憶測は事実ではないと、学術的に論文で示されるようになっていったんです。

例えば、障害のある子どもたちとそうでない子どもたちを分けることと一緒に学ぶことによる教育的効果を比較して、圧倒的に後者の方が効果が高かったという結果が出ました。そういった研究がなされる中で、1980年代には政府が制度的にインクルーシブ教育を始め、同じ教室で学ぶことが定着していきました。

池野:付け加えると、カナダのインクルーシブ教育は北米の公民権運動や障害者の権利運動の流れを大きく汲んでいて。この歴史を通じて国民の中に権利の意識が根付いてきたそうです。

カナダには知的障害のある人が過ごす大規模施設が数多くあった歴史があります。そのような状況の中で、ブリティッシュコロンビア州が一番最初に知的障害者施設を解体し、障害者の地域での暮らしを推し進めていったそうです。この脱施設の歴史があったからこそ、インクルーシブな学びが進んできたと聞いています。

インクルーシブ教育実現には、発想の転換が必要

イベント後半には、日本でインクルーシブ教育を実現させていくための方法についてゲストが話し合いました。

—— 日本でインクルーシブ教育を充実させていくには、どんな改革が必要だと思いますか。

蓑手:一律一斉授業から自由進度学習への転換が必要だと思います。みんなが同じ方法で同じ内容を同じペースで学ぶ今のシステムが、インクルーシブ教育を実現する障壁になっています。子どもたちがそれぞれのペースで学ぶことができれば、結果的にインクルーシブな学び場が実現するのではないでしょうか。教室にいるすべての子どもたちにとって学びのある授業をするためには、一律一斉授業には限界があると感じました。

これまで僕が実践してきた自由進度学習では、5年生の教室で掛け算の九九をしている子もいれば、高3の数学に取り組んでいる子もいました。自由進度学習を取り入れることができれば、40人学級であっても同じ教室で学ぶことは可能です。工夫ひとつで日本でもインクルーシブ教育は実現できる。諦める必要はないのではないでしょうか。

梅木:カナダのインクルーシブ教育では、社会性をいかに育んでいくかが大事にされています。世の中にはいろんな人がいて、いろんな違いが当たり前にある。その違いをお互いに認め合っていくという社会性を、いかにクラスの中で育んでいけるかが大切なのではないでしょうか

子どもたちの多様性にどう教員が幅を持って対応していけるかが鍵だと思います。クラスには学力差も学び方もアウトプットの仕方も違う、様々な子どもたちがいる。一方的な教え方だけではなくて、グループワークでお互いに教え合う方法もあります。学んだことをアウトプットするときも、教室ではない落ち着いた場所でテストを受けたい子もいます。教員の対応に幅をつくることによって、より多くの子どもたちが本来持っている力を発揮しやすくなると思います。

「個別最適な学び」と「インクルーシブ教育」は共存する

—— 日本では個別最適な学びをどう充実させていくかという議論がなされています。個別最適な学びとインクルーシブな学びは矛盾するのか共存するのか、どのようにお考えですか。

蓑手:個別最適な学びとインクルーシブな学びはつながっているのではないでしょうか。個別最適な学び場でないと、インクルーシブな学びは実現できないのではないか、と。ただ一緒にするだけではいけなくて、教員はすべての子どもたちが成長できる授業をつくっていく必要があります。そうすると進度が変わってくるので、結果として個別最適な学びにしていくしかないと思うんです。個別最適な学びもインクルーシブな学びも、どちらも進めていかないといけないものですよね。

梅木:僕はインクルーシブ教育という大きな枠の中に、個別最適な学びが存在していると考えています。カナダには個別最適な学びに一番近い表現として「differentiated instruction」という、それぞれの子どもに合わせた指導をするという考え方があります

僕の授業はグループワークを基本にしていて、必要に応じてサポートをして問題を解いていくスタイル。カナダでは社会性を育みながら学びを深めていくことが大切にされているので、ただより多くの問題が解けたら良いというわけではないんですね。どうしたら困っている生徒にもわかるように説明できるかといったコラボレーション力を高めていくことが重視されています。日本とは最終的な教育の目標が違うように感じますね。

池野:個別最適な学びだから分かれないといけないわけではないですよね。例えば、カナダの地理を学ぶ授業では、ロッキー山脈について詳しく調べて発表もできるし、カナダにある山や川の種類を学ぶこともできる。それぞれが違う教材を使いながらも、同じテーマについて学んでいました。

同じ教材を使って同じ環境で学ぶ「平等さ:equality」よりも、みんなが授業に参加できる「公正さ:equity」が大事にされていました。個別の調整をすることによって、すべての子どもたちが授業に参加できるようにという意識が強かったように感じます。

教育関係者や保護者、異業種の参加者も

トークセッションの後は、ブレイクアウトルームに分かれ、ゲストに直接質問できる時間が。参加した教育関係者・実践者の方からは、「日本の教育の『当たり前』を考え直さないといけないと思った」という声や、「教員として人権意識はもちろん、インクルーシブ教育の視点を持っていたい」という感想が寄せられました。

また、保護者の方も多く参加しており、「カナダと日本のインクルーシブ教育の概念が違っていて驚いた」という声や、「カナダのインクルーシブ教育は当事者や関係者が声を上げたところから始まったと知ることができた。障害のある子どもたちに権利があることを発信していきたい」という声も。

中には、異業種の社会人の方も参加しており、「これからもインクルーシブ教育について考え、学び続けたい」という声も聞かれました。

日本の現状やカナダの事例を学びながら、インクルーシブな教育を日本でどのように実現していけそうか考えた本イベント。未来に向けてどんなアクションができるか、それぞれの参加者が考えを深める時間になりました。

(文:田中美奈)

梅木さんは、カナダでインクルーシブ教育を体感するツアーにも講師として参加されるそうです。今年3月26日−31日に開催されるそうなので、下記サイトもチェックしてみてください。



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