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「子どもも教職員も含め、みんながハッピーになる」カナダ・バンクーバーの、まちぐるみのインクルーシブ教育とは?

「インクルーシブ教育」と聞くと、あなたは何を思い浮かべますか?

「障害のある子どもとそうでない子どもが一緒に学ぶ」というのが、多くの日本人が持つイメージかもしれません。とはいえ、インクルーシブ教育に対する不安の声として、「全体の学習が遅れてしまわないの?」「障害のある子がいじめられてしまわない?」というような話も、見聞きします。

日本では長年、障害のある子どもたちとそうでない子どもたちを別の学校やクラスに分ける、分離型の教育を行ってきました。日本で暮らす多くの人は、「分かれて学ぶスタイル」しか見たことがありません。

理想的にはインクルーシブにできたらいいけど…現実にできるのかな?」という問いは、多くの人が持っているのではないかと思います。

今回は、バンクーバーに短期留学した高校生の高橋杏里紗さんや、ウエストバンクーバーで暮らす高林美樹さん、留学して学校のエデュケーションアシスタントに取り組んだ教員・池野絵美さんらに、現地での取り組みを聞きました。


●インクルーシブな環境では、障害がない子も安心して過ごせる

まずお話を聞いたのは、高校2年生の高橋杏里紗さん。「トビタテ!留学JAPAN」の奨学生制度を活用して、夏休みにバンクーバーに3週間ほど留学しました。

「ふだんは札幌開成高校で学んでいて、トビタテの第7期派遣留学生として、バンクーバーへ行きました。トビタテは行く先の学校が決まっているプログラムではなく、それぞれが行きたい学校への留学を支援してくれます。私は、インクルーシブ教育を学びたいのと語学力をあげたいなと思って、カナダを選びました」

「私の親戚に学習障害がある子がいるのですが、特別支援学校に入れるか、通常の小中学校に入れるかで保護者が結構迷ったようなんです。どちらかを選ばないといけないのってどうなんだろう、と思いました。当初は自分自身が先生になることも考えていましたが、そういったこともあって、教育政策や教育カリキュラムづくりに興味がわきました」

語学を学ぶとともに、最後の二日間は、地域のプレスクール、小学校、中高一貫校や図書館、コミュニティセンターを見学して回り、現地で働く日本人の先生達にもインタビューを行いました。

200言語以上の言葉が話され、多様なバックグラウンドを持つ人たちがひしめきあうカナダ。学校においてもそれは同様で、違う宗教・言語・習慣を持つ子どもたちが分け隔てなくクラスにいる環境。モノカルチャーで育ってきたありささんは、バンクーバーに実際に行ってみて、驚きがたくさんあったと言います。

「たとえば学校には、体を動かしている方が集中できる子どものために揺れる椅子が教室に置いてあったり、気持ちを落ち着けたいときに一時的に一人で過ごせる部屋がありました。多民族国家なので、教室には多言語でウェルカムというメッセージも。障害がある子や英語が話せない子はもちろんですが、そうじゃない子もみんなが安心してすごしやすいと思います」

「また図書館は、学校よりもっとインクルーシブ。学校の授業は英語ですが、図書館では各言語でワークショップを実施して母国語で喋れる時間を設けたりもしています。図書館やコミュニティセンターも含めて、まちぐるみでインクルーシブを実践していると感じました。私は語学プログラムを2週間受けていて、学校や図書館など街の公共施設を見学したり意見交換できたのは2日間でしたが、それでも感じるものは大きかったです」

今の日本の政策は、包摂ではなく排除なのではないかと感じた杏里紗さん。日本国内の地域の図書館などをどういう風にインクルーシブにしていくかをこれからは考えていきたいと話してくれました。

●図書館は、多様なバックグラウンドの人たちの学びの場

そうした現地の図書館の様子をより詳しく教えてくれたのは、高林美樹さん。日本で幼児教育を学んだ後にカナダに留学し、あちこちの国で暮らした後、12年前に子どもの教育を考えてカナダに戻ったそう。現在はウエストバンクーバーで暮らしながら留学支援の会社を経営中。ボランティアとして、杏里紗さんなど留学生に現地を案内するお手伝いもしています。

「こちらの図書館には、スタディキットという自分たちで研究するためのキットがあるんです。病気を抱えていたり、家庭の事情で図書館にずっと居られない子どもたちは、それを使いながら家で研究をしたりもできます。また、子ども達がごろごろ寝そべりながら本を呼べるコーナーもありますし、読むことに苦手意識や恐怖感がある子どもたちに対して、セラピードッグをなでながら気持ちを落ち着けて本が読めるようなコーナーもあります」

カナダ全域の図書館で一定のサービスは受けられますが、ウエストバンクーバーは特に先進的な地域。約42000人が暮らす自治体ですが、公共図書館での貸出率はカナダ国内で最も高く、大学進学率も90%を超えるそうです。

図書館はコミュニティハブとして全世代の学びを支えており、移住してきた大人向けのイングリッシュのクラスも積極的に開催しているそう。コンサートやアートギャラリーもあればロボティクスのクラスもあり、様々な趣味を楽しむことができるようになっています。

「子どもコーナーには2名ほどライブラリアンがいて、子どもたちは列をなして『あれを教えて』『ここがちょっとわからない』と気軽に相談しています。私の娘も小2の頃、『環境問題について調べる』と、自分でライブラリアンに調べ方やわからない点を聞いたりしながら、自分で調査をしていました。大学で取り組むようなことを、子どもたちは自然に図書館の中で身につけていきます。娘は、カナダに来たばかりの頃は英語もフランス語もおぼつかない状態でしたが、母国語が違う子どもも、ライブラリアンがサポートしてくれます」

「こちらでは、ライブラリアンは修士課程で学ぶことが必要です。図書の貸し借りや整理だけではなく、多様な人々を受けいれるための環境設計も彼らの役割ですし、バックグラウンドが違う人たちとコミュニケーションする力やマネジメント力が求められる仕事です。先日話したライブラリアンは、弁護士を経て図書館のフロントデスクとして仕事をしている方でした。カナダは転職も肯定的にとらえるし、異業種の経験を持った方が大学で学び直してライブラリアンになることも多いんです。多様な背景を持つ人がいることが、さらに図書館で企画されるコンテンツの魅力にもつながっていきます」

ウエストバンクーバーにおいて図書館は、学校での学びを補完する強力なシステムだとミキさんは話します。日本でも図書館は、本の貸し借りや中高生の勉強場所という役割を果たしています。けれど、「多様なバックグラウンドの人が学べるコミュニティ」や「大人が適切にナビゲートしながら、探究を深める場」として機能している図書館は、多くはないかもしれません。

図書館がこれだけインクルーシブであるなら、その地域の学校はどういう場所なのでしょう?

●インクルーシブな環境の実現で、子どもも教員もハッピーになる

ノースバンクーバーの学校で、エデュケーションアシスタント(EA)を務めていたという、池野絵美さんにも話をお聞きしました。

絵美さんは2014年から6年間、教員として日本の特別支援教育学校2校で働いたあと、2020年の冬にカナダへ行きます。

「日本で働いているとき、インクルーシブ教育の理念を実現したいと思いながらも、実践のレベルで何ができるのか、どのような工夫があるとよいのか、わからないことも多くありました。世界に目を向けてどこが進んでるかを考えたときに、イタリアやカナダかなと。英語圏であるということと、もともと日本のように障害のある子どものための学校や学級を設置していた過去もありながら、それを1980〜90年代頃に廃止してよりインクルーシブに変化させていった歴史を持つカナダに興味をもち、留学を決めました」

語学学校で学んだ後に、現地の教育委員会のエデュケーションアシスタント養成コースを聴講し、その後に採用されて半年ほど小学校や中学・高校で働いたという絵美さん。

エデュケーションアシスタントは、支援が必要な子どもたちやクラス運営をサポートする役割。大学やカレッジ、教育委員会で半年〜1年半ほど学んで、多くの場合は資格を取得します(絵美さんの場合は、日本で教員として働いた経験があるため資格と同等と認定されましたが、そうした制度があるかは自治体にもよるそうです)。日本の学校にも支援員の仕組みはありますが、日本では教員免許や資格は必要ないので、より学びを深めてから教室運営のサポートにあたっていることがうかがえます。

「教室を見るだけでも本当に学べることが多いと思います。たとえば集中的なサポートが必要な障害のある子どもは、日本では特別支援学校に在籍していることが多いけれど、カナダでは地域の学校の通常のクラスの中にいる。時間割や時計なども、障害のある子を含め、すべての子がわかりやすいように、様々な設計がなされています。見たことがないとイメージがわきづらいけど、実際にクラス運営を見ると、『あ、できるんだ』と思えますよね」

「日本でも特別支援教育として、たとえばビジュアルを使いながら説明するなど、個々の支援方法には共通する部分もあります。ただ、日本では既存の社会へ適応するために教育するという部分も大きい。カナダでは、"すべての子どもたちが学べるように、環境の方をいかに変えていけるか"とより多くの人が考えている。だから個人のためのサポートも、よりユニバーサルなものとして行なっていこうとしています。国連の障害者権利条約でも基本的人権に基づき、合理的配慮を実施すること、通常の学校の文化や実践を変革することなどがあげられていますが、それに沿った形での教育を実践しようとしていると感じました」

また、えみさんが驚いたのは、働いているスタッフにもインクルーシブな環境であったこと。

「エデュケーションアシスタントとして働いていると、私自身にもウェルカムな雰囲気があるんですよね。『来てくれてありがとう』という肯定的な声かけも多かったです。また、職員は定時に帰宅するのが基本で、私は午後3時には仕事を終えて帰っていました。子ども達にも権利があるのと同様、先生たちの権利を守ることも大切だというふうに、自然に考えられていたように思います。日本では世界一とも言われる教員の長時間労働が問題となっていますが、教員やエデュケーションアシスタントだけでなく、カウンセラーやソーシャルワーカーなど多様な職種のスタッフが学校に集まり、本当の意味でインクルーシブな教育環境を実現していけば、子どもだけでなく教職員も含め、みんなが楽に、そしてハッピーになるんだろうなと思いました」

「日本でインクルーシブ教育というと、障害のある子とない子が一緒に学ぶというイメージが強いですが、カナダでは文化・民族・宗教・ジェンダーなどあらゆる多様性を持った全ての子どもたちが、『自分はコミュニティの一員としてここに所属している』と感じられて、お互いがお互いのことを知っている、安心してそこに居られる、そんな環境づくりが目指されていました。そこに最も感銘を受けましたね」

図書館や学校の話を聞くほどに日本とのカルチャーの違いを感じますが、カナダも最初からこうだったわけではなく、過去には白色人種かつ健常者を中心とした学校や図書館のシステムになっていたそう。どんな人にも権利があることを認め合うインクルーシブなカルチャーは、カナダが多国籍なバックグランドを持つ移民たちとの摩擦を重ねながら、地道につくりあげてきたものでもあります。

探究コネクトでも、インクルーシブな教育について探究を深めるべく、オンラインイベントを12月18日に開催します。バンクーバーで働く梅木卓也さんや、日本でインクルーシブ教育に取り組まれてきた蓑手章吾さんにお話を聞きます。ぜひご参加ください。



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