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短編小説【さよならナツヤスミ】


【1】

夏祭り用漫才大会用台本 『肝試し』

2004.7月、夏祭り漫才大会用台本『肝試し』

A『どうもー!ナツヤスミです!お願いします!』

B『顔と名前と登校日だけでも覚えて帰ってくださーい!』

A『顔と名前だけでいいだろ!いやぁ、僕らこの夏祭りをしている、この高校の同級生でコンビ組んでまして。』

B『そうなんですー。』

A『相談があってね。今度、旧校舎を使った肝試し大会があるでしょ。』

B『あーなんや、やるねぇ肝試し。参加者が各々の腹をカッさばき、その肝を持ちあって見せ合う大会や。』

A『こわ!』

B『こわいんよ、肝試し。』

A『いや、肝試しそんなんじゃないわ!うちの旧校舎がね、おばけ出るって噂なんですよ。だから、それを使って度胸試しするんでしょ。』

B『そっちかー。』

A『こっちしかないけどね。僕、おばけとか苦手で。』

B『え!?そうなん!?お前そうなん!?』

A『おばけ苦手じゃなさそうに見える?』

B『いや、おばけでもおばけを怖がるんやなって。』

A『誰がおばけだよ!ちゃんと足あるわ!』

B『妖怪…足有り』

※低い声で怖がらせる言い方

A『そんな妖怪いねぇわ!』

B『じゃあ一回ここで、肝試しの練習しといたら?そしたら本番怖くないやん!』

A『あ、じゃあお願いします!旧校舎の前に集合なのよ』

B『おい!』

A『え?』

B『二宮金次郎の銅像。。今動かんかったか。。』

A『え!マジで!』

B『おい!!』

A『え!?』

B『あっこにいる野良犬。人間の顔してへん?』

A『ちょっとやめてよ!』

B『おい!!!』

A『もうなによ!』

B『あの○○、□□だし、あの△△、▽▽だし、あの☆☆が…』※色んな入り口で起きる学校の怪談大喜利

A『入口に塊すぎじゃない?!学校の中探索して見つけるもんじゃないの?とりあえず入ろう!』

B『音楽室についたぞ!誰もいないはずなのにピアノの音聞こえるぞ』

A『こわいこわいこわい!』

B『テレレ、テレレ、テレレ♪』

A『ポテト揚がりましたー♪じゃねえんだよ!』

B『理科室!人体模型が走ってるやん!』

A『ヤバイヤバイヤバイ!動く人体模型だ!』

B『ホォウウウウン!』

F-1みたいな音。首の動きで早さを表現。

A『はや!!』

B『わ!見つかった!え?あぁ?動いてたら。あ。お腹のね。内蔵の模型が。あぁ。どこにどれやらわからんなっちゃって。あら。あんなにはやく走るからよってに。心臓はここやろう?えー?胃はここ?ここじゃない?痛い?大丈夫?これは大腸?小腸?。腎臓は。んー。ごめんわからんわ腎臓ー。』

A『人体模型と話し込むな!可哀想だけど!次行こう!』

B、後ろに手を振る

A『人体模型に手を振らなくていい!』

B『うわ、トイレだ。。。』

A『トイレの花子さんか!?』

B『トントン。はーなこさん。なんか言ってる』

A『こわ!』

B『オイ。廊下を走るやつはモミアゲグーンの刑や!』

A『生活指導の山本先生の物真似いいから!』

B『廊下を走ったらモミアゲ引っ張られるってこわないですか?』

A『今、関係ないから!』

B『また来まーす!』

A『もうきませーん!お邪魔しましたー!』

B『校長室!』

A『歴代校長の写真だ!』

B『…おい』

A『え、なに!』

B『歴代校長。。全員。。別人だ!!』

A『当たり前だろ!いい加減にしろ!』

AB『どうもありがとうございました!』

【メモ】

A:羽海野

B:松村

・2004.7月、夏祭り用台本。お祭りの漫才大会までに【※色んな入り口で起きる学校の怪談大喜利】を考える。クラスメイトの皆にもアイディアを貰う。

・テンポよく。でも焦らないでやる。

・毎日3時間は練習する。野球部はもっと練習してる!

・お祭りの本番までにクラスの皆、もう一度見て貰う。演劇部と野球部も観てくれると言ってたから連絡する。

・音楽室の『テレレ』を落ち着いて言う。この間のホームルームは焦りすぎた。

・夏祭りで優勝して賞金を貰って東京に行く!





【2】

夏祭り用漫才台本 『肝試し』を読みながら。


黄ばんだ大学ノートをめくりながら祭太鼓を聴いている。

楽しげな笑い声。盆踊り。たこ焼きやソース焼きそばの匂い。相変わらず、かき氷のシロップはイチゴしかない。

スーパーボールを失くして泣き叫ぶ少年が、いつかの自分と重なる。確か、知らないお兄ちゃんがスーパーボール黄色のでええか?とくれたけれど、あのスーパーボールを俺はどこにやってしまったのだろうか。

15年ぶりに来たのに地元の納涼大会は時間が今も緩やかでタイムスリップしたような気持ちにしてくれる。全然久しぶりに感じない。

夕暮れ時、お祭りも佳境なのか人が少しずつ増えてきた。

村おこしのための漫才大会の出番を終えた俺は台本を体育館裏で読み直していた。

「おー。おった。おった。羽海野ー!やっぱりここかぁ!」 

「お。どうも。これはこれは役所役員様。」 

「その呼び方やめっ!また出番終わったのに台本読んでんのか?変わらんなぁ羽海野は。」

ケタケタと松村が笑う。間違えた所がないかチェックしてんだよと言うと期末テストやないんやからと松村がまた笑う。少し肥えたけれど、今も爽やかさな松村は俺なんかより華がある。

「お祭りの余興の漫才やねんから、楽しんだらええんよ。そんなんどこに向けた反省なん。真っ面目やなぁほんま。あ、ほれ。」

「あ、ありがとう。ん、なにこれ?」

「何ってパピコやん。暑いやろ?半分個しよや。」

「パピコなのはわかってるよ。俺らといえば、ほら。あの。なんだっけ。ソーダ味のやつで、棒が二本で…。」

「あぁ。ダブルソーダな。よう食うたなぁ。あれ、販売中止になったんよ。」

「え、知らなかった。」

「ワシも最近知った。時間は流れてるんやなぁ。だから、パピコで我慢してくれ。」

「そっか。ほら。」

俺はパピコをパキッと半分に割って松村に渡した。少し溶け出しているパピコを握った時に自分の身体に熱が籠ってるのに気がついた。

「いやぁうけたなぁ。」

松村がパピコを齧りながら言う。

「あぁ。まぁ。」

俺はちゃんとは返事しなかった。ちょっと空いてしまった間も蝉が鳴いて埋めてくれた。

「羽海野。ほんまにありがとうな。漫才大会に出てくれて。」

「あぁ。うん。全然。」

「やっぱ、ちゃうな。プロは。」

松村がニコニコと言う。こんなやつだったなとまた少し思い出す。

「元だよ。」

なんとなく。嫌な返し方をしてしまった。

去年の年末の若手芸人の登竜門の賞レースで三回戦で敗退してしまった。15年やって三回戦が限界だった。

「元でもプロや。」

「なんだよ、それ。」

「凄いってことやん!あ、38マイクじゃなくてごめんな。マイク2本立てるのは辞めさせたから!やっぱり、漫才はマイク1本やんな。」

「おう。うん。ありがとう。あ、今回で終わりなの?夏祭り。」

「いやいや、夏祭りは続くよ。終わるのは村おこしの漫才大会だけ。俺らが優勝した時はまだ賞金も出せてたけど、村の人口もこの15年でだいぶ減っちゃって予算出せへんからさ。参加者減っちゃってんなぁ。今回なんて四組だけやで?」

「四組ぐらいがお祭りの余興にはちょうどいいよ。」

「俺らが優勝した時は20組出てたんよな。そう考えたら優勝出来たの奇跡やな!」

「俺らが高校生の時はお笑いブームだったもんな。」

「お前と俺のナツヤスミが優勝してさ!お前がプロになるために東京に行ったやん!プロを輩出する大会!って感じになりそうやったのにな。プロの若手芸人もちょくちょく来て参加してくれてたのに。」 

 さっきまで俺達が漫才をしていたステージは次の演目が始まったのか、人集りが出来つつある。

「…うん。まぁ。あのさ。今歌ってる、あの演歌歌手。まだこの祭り来てんのな。」

「もうずっと来てるよ。俺らが漫才大会で優勝した時もやし。」

「それはそれですごいな。」

「毎っ年、同じの歌うとる。」

「それはそれでいいのかもな。」

これからもあの人はあの歌だけを歌って生きていくんだと思った。

とてもそれが羨ましく感じるようになってしまった自分にガッカリしながら遠くのその歌声を聴いていた。

「結果聞いた?」

「今日の?聞いてないよ。でも当てられる。」

「何?」

「お父さんとコタロウ。」

「おぉ。正解。」

「わかるよ。小学生とお父さんのコンビはだいたい優勝するよ、こういうの。」

高校生漫才師も同じくだよなとは思った。

「俺ら何位だと思う?」

「いいよ。知りたくない。」

「なんで。」 

「トップバッターで15年前の漫才台本でやったにしてはウケたほうだなって思えたから、満足だよ。」

「かつての優勝漫才でも、流石に二冠は無理やったかぁ!」

「おじさん二人の肝試しの練習ネタってな。高校生がやるからいいんだよ。」

「そんなもんか?あ、クラスメイトやったユリちゃんとチカちゃん覚えてるか?観にきてくれてたんやで。あの時の漫才やんって覚えてくれてたわ!…なぁ。羽海野。もしさ、来年とか再来年もなんとかお祭りの漫才大会復活させて、漫才やれたらいいな。」

松村が楽しそうに話すから。言いにくかった。

「…それはいい。」

「なんでや。」

「もう俺は漫才しないから。」  

「いや、今日したやん!引退したんは聞いたよ。でも今は社会人漫才とかもあるんやろ。YouTubeとか事務所関係なくも漫才出来るやろ。もったいないやん。なんか一緒にまたやろうや。今日楽しかったやん。」

「うん。なんか。ありがとう。でも。もうしないって。決めたんだよ。今日は特別。」

「色んな活動の仕方があるんやから、たまに村の催しとかでやって。気楽に遊びで…。」

「松村。」

「なんや。」

「俺はさ。プロとして一応やったんだ。負けてプロとして辞めたんだ。もう、辞めたいんだよ。でも。なんか辞めきれてなくて。次に行くために、そのために今日ナツヤスミを終わらせに来たんだよ。」


【3】

『ひぐらしの声が聴こえる。空に雲一つ。足元に黒い影二つ。あんたを想って、今日も歌っているよ。』





松村はいつも明るくフザけてくれる。誰よりも気配りができるからこそバカなふりをしておどけてくれるやつで。頭がよくて。誰に対しても明るくて、引っ張ってくれる。村の役人になるのは適任だろう。

「俺はあの日、優勝して、約束通り東京でお前と漫才続けたかったんだ。続けられるって思った。でも、お前は進学して村に残るって決めたろ。」

「それは。ごめん。」

「ずっと、胸につっかえてたんだよ。15年間、東京で芸人やって。誰とコンビを組んで漫才をやっても、松村ならどんなボケするかなとか、ナツヤスミだったらどうだったろうとか考えちゃってた。」

松村は俺に背を向けて、演歌歌手のステージの方を観ている。

「お前より面白いと思える相方なんて、一人もいなかったよ。東京ってたいしたことなかったよ。」

「買い被んなよ。」

「松村が書いた台本で、松村がボケで俺がツッコミで。色んなクラス回って漫才叩いて。夏祭りの漫才大会で優勝して。それから呼んでもらってさ、電車に乗って街の老人ホームにいったりしてさ。」

「…楽しかったな。」

「うん。でも、今日お前と漫才やったのがトドメになった。今日、ナツヤスミをやってわかったんだよ。15年やった俺より、普段、15年間真面目に働いたり家族も作ったり、地域貢献までして、漫才してなかったお前の方がよっぽど才能あるんだもん。」

「おい。そんな。」

「そんな、俺より才能のあるお前が。才能がある、お前がだよ。才能なさすぎて15年も才能ない事にすら気が付かずに漫才しちゃった俺が観てきたお笑いの世界の感覚と全然、全然違うことをずっと言ってるんだよ。」

「何が言いたいんか、わからんよ。」

「才能があっても経験が無さすぎるお前と、才能無いくせに無駄に経験積んだ俺の【ナツヤスミの漫才】はあの夏の漫才の延長線上になんてないって言っているんだよ!俺もお前も別々に大人になったんだよ。俺とお前が観ている【ナツヤスミの漫才】がいつのまにか、違うものになってるんだ。何でだと思う?俺もお前ももう、違うとこから観てるからだよ!」

「落ち着けよ、お前!」

「でもそれでいいんだよ。受け入れよう。俺は夢に破れた。何にもなかった。お前は夢にも進めなかった。それでいいじゃん。」 

「そんな言い方しないでええんちゃうか!」

「ごめん。でも俺もお前もナツヤスミも。変わっていくんだよ。俺は親が転勤族で全然友達なんか一人も出来たことなかった。松村が誘ってくれて初めてクラスのホームルームで漫才やって、クラスに溶け込めて。嬉しかった。別のクラスでウケた漫才が滑った時にネタはその日その日で、少しずつ変わるから面白いってお前が教えてくれたんだよ。漫才って凄いんだなって思った。でも、もう15年経ったんだ。今の俺たちの各々の面白さと向き合おうよ。俺もお前も。」

松村がうっすら涙を浮かべた。俺も、多分泣いている。

汗と涙に境界線がなくなっていく。

「漫才やろうって言ってくれた松村が変に引きずってるのは見たくない。俺もお前も。ナツヤスミにさよならしよう。」

「…わかった。うん。ごめん。」

「解散…だな。」

「ちゃんと解散してなかったもんな。」

15年前、なんとなく、東京に松村が行けないと言ってからフェードアウトする形だったナツヤスミが正式に解散した。

パピコは気が付くとしっかりと溶けてチョコレートドリンクになってしまった。

松村が急に腹減ったと言い出し、焼きそばの出店に向かった。役所の人間になった松村がこの焼きそばちゃんと肉は入ってるんかーとやかっていて、なんだかホッとした。

ひぐらしの声が聴こえる。空に雲一つ。足元に黒い影二つ。




【4】

2004.7月 夏祭り 漫才大会 舞台袖 


舞台を覗く勇気がない。あと数分後、自分はあそこに立っていると言うのが信じられない。笑い声が起きる度に『これ以上ウケるな。』と思う自分が嫌だ。逃げたい。逃げたい。逃げたい。ゲリラ豪雨でも降ってくれ。

『ほら。』

振り向くとへへと笑う松村君がアイスを半分にパキッと割って俺に渡してきた。

『なにこれ?』

『何ってダブルソーダやんか。暑いやろ?半分個しよや。』

『ダブルソーダなのはわかってるんだよ!もう出番だよ!』

『マジか!やっば!はよ食べ!』

松村君がもう一度、へへと笑ってダブルソーダを一気に食べた。俺も急いで口にダブルソーダを押し込んだ。

頭がキーンとしたら。少し。不思議と落ち着いた。

『続いては!高校生漫才師!ナツヤスミです!どうぞ!』と司会者の役所のおじさんが言った。

松村君が俺の腰をパンっと叩いてから、勢いよく舞台に飛び出していった。テレビで漫才大会と同じ曲を聴きながら俺も松村君に置いてかれないように舞台に飛び出した。

絶対に。優勝して。一緒に東京に行くんだ。

「どうも!ナツヤスミです!お願いします!」