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仕事の改革

仕事に関する話題としては、世の中、リモートワークに関することで持ちきりだ。
もうオフィスワークや、それに伴う通勤には耐えられないという声はよく聞く。

もちろん、共感する部分はある。
でも、仕事について、そんな話ばかりに終始する気には到底なれないし、リモートワークを過度に要求したいという気持ちにもならない。

とりわけリモートワークかオフィスワークかという二者択一的な話はどちらの形態にだっていいところがあるので、どちらかを選ぶという話はナンセンスすぎるように思う。

それより、何の仕事をどう生産的にするかの話をしようよという気持ちだ。

ほんとに必要な働き方改革は?

何の仕事をするかをもっと大事にしたい。
その仕事の結果、何を生みだすことができるか?という観点から自分たちがどんな仕事をするか?という議論をしたい。

リモートワークかどうかとか、働きやすさとかは、もちろんあるに越したことはないが、それなりに不便がなければ、そんなに気にしたくない。
むしろ、意味のない仕事なら、どんなに快適にリモートワークできてもやりたくない。

コロナ禍でリモートワークの話題に持ちきりになる前は、働き方改革が仕事に関する一番の話題だったように思う。
僕も働き方は改革すべきだと思うけど、それは勤務時間とか働きやすさとかの観点でそう思うわけではない。

必要なのは、世の中のためになるものを生みだす仕事により集中できるようにして、社会の生産性をあげるための改革だ。
そうでない仕事をいくら、残業時間少なく、従業員にとって負担なく働きやすく、なんならリモートでできるようにしたところで意味はないのでは?
そう、思ってしまう。

多かれ少なかれ人間が活動するというのは、その生産の過程で温暖化の原因となるCO2を無駄に出し続けているわけだから、あまり世の中をよくすることにつながらない仕事ならそれをやめることこそ、本当に必要な改革ではないかと思う。

自分の働き方をどうこういう前に、仕事そのものが何の役に立つのかをどうこう言ってみた方がよいだろう。

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こう変わったらいいなと思うこと

利他的でありたい。
自分の働き方云々よりも、その働きが社会の何をよくすることにつながるかということを考えたい。

もちろん、すべてがうまくいって、世の中がよくなるわけではない。
いや、失敗ばかり、うまくいかないことばかりだ。
だからこそ、どうすれば求める結果につなげるにはどうすればよいか?を考えたいし、その結果が得られやすくなるよう、仕事のやり方を変えていきたい

そういう意味での働き方改革が必要だと思う。

変わったらいいなと思い点はいくつもある。

たとえば、内部のいつものメンバーだけが集まる会議でなんら生産性のない報告だけをしてるよりも、外からの刺激を得ながら今後のことをいっしょに考えられる場に参加することを優先できるマインド、姿勢の人を増やすこと。

組織の内部で与えられた決まった仕事をなにも疑問をもたずにただ作業としてこなすのではなく、組織の外の世界に存在する課題を解決するための仕事をつくりだし、それに取り掛かれるような人材を育てたり、それがやりやすい仕事の環境をつくること。

リサーチマインドをもって解決すべき課題の発見から自分たちの仕事を生みだせるような、そんな人たちが集まって、ともに仕事をできる場があること。

それぞれが経営的視点をもって、非ビジネス的な意味も含めて、持続可能な事業の創出や維持、発展に関わっていくことがデフォルトのようになること。

持続可能な社会をつくるために必要なことをひとつひとつ解決していく人たちが集い、フレキシブルにプロジェクトを立ち上げながら、より幸福な社会が生みだせるようになること。

自分が何が好きで、何を大切にしたいかがわかっている人たちが増えるよう、小さい頃から学べる環境がつくられること、そんな場を運営していける大人たちが増えること。

ぱっと思いつくことでもこんなにもある。

最近、自分でやってる仕事もいろんな職場の仕事が、こんなふうに変わることのお手伝いが多い。

別に働き方改革コンサルタントでもなんでもないんだけど、社会をよりよくするものを生み出そうとする現場に関わっていると自然とそういう仕事もついてくるのだろう。

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持続可能な社会づくりにコミットする

持続可能な社会にするために、自分たちに何ができるだろうか?という声がある。
仕事があるではないかと思う。
持続可能な社会にするための方法をつくり、提供することを仕事にすることができるではないかと思う。

自分たちが暮らしやすい社会にするために、選挙に行こうという声がある。
もちろん、選挙は大事だ。
でも、それ以上に仕事が大事だ
仕事ほど、自分たちが暮らしやすい社会にすることに本来有効であるはずのものはない。
代議制民主主義の選挙よりも、自分で直接手を動かす仕事のほうがダイレクトに社会を変えられる可能性がある

良くも悪くも、この社会のありようを作っているのは仕事だ。ほとんどの普通の人が日々やってる仕事が、ほかならぬこの社会をつくっている。
誰かが自分とは関係ないところでつくっているわけではない。
自分も毎日つくっているのと同じように他の人もつくっているだけだ。
問題があるとしたら、にもかかわらず、かなりの数の人が、自分の仕事が社会をつくっているのだと気づいていないということだろう。

社会がいまいちよろしくないとしたら、それはみんながやってる仕事がよろしくないということだ。

それを改革したほうが良くない?

きっと、それがうまく回せるようになれば、自分の仕事の仕方だって、いまより断然ストレスのないものになるだろうから。
持続可能な社会になるようコミットを増やせば、それぞれの人の仕事も良くなるんじゃないか?と思ってる。

楽観的すぎますか?


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