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天命なんてバカバカしい【ショートショート#34】

 人に天命があるなんて、僕はこれっぽっちも信じていない。天命、運命、宿命、使命、定め、どれもこれもバカバカしい。人間はただ生まれて、ただ死んでいく。ただそれだけの存在だ。
 生まれてきた意味も目的もない。それが生命の真実だ。

 無職の僕は今日も暇を持て余している。暇を持て余していないヤツはいったい何をしているのだろうか。人間まともに生きてれば、暇を持て余すようにできている。言い換えれば、何もしなくていい時間が一日の大半を占めるはずだ。

 しかし人間は、地球を環境レベルから、そういう訳にはいかないように変えてしまった。自然は貧しくなり、人は増えすぎた。人間は暇を塗りつぶすために、文化や宗教や哲学をつくりだし、自らそれを信じた。
 そんな中、僕はちゃんと暇を持て余している。根源的人間のひとりだ。

 二〇三四年の夏は、四十度超えの猛暑が当たり前になり、猛暑という言葉がほぼ死語になった。僕は冷えに弱く部屋の冷房は三二度の微風に設定し、微調整は扇風機でしている。

 生産性の呪いから解放された僕は、とにかくやることがない。猫と同じだ。食って、寝て、排泄して、散歩する。あ、サカリはないから交尾はしていない。だから正確にいうと去勢された猫と同じだ。しかし猫のようにそこにいるだけで「カワイイ」と言い寄ってくる人間はいない。まあ、それは仕方ない三十過ぎたおっさんだから。

 少し涼しくなってきた夕方、家の近所の公園を散歩していたら、野良猫がにゃーと鳴きながら植え込みから現れた。猫は、僕の目の前でゴロンとひっくり返り、クネクネと甘えてきた。

「カワイイ!」

 僕は生まれてはじめて運命を感じた。直感ってやつだ。僕はこの猫と出会うために生まれてきた、と。
 僕はゆっくりと中腰になると、猫を撫でようと手を伸ばした。猫はすばやく起き上がると植え込みの中に消えていった。「ネコ、ネコ」と呼んでも、その猫は、僕の前に二度と現れることはなかった。

 僕はゆっくりと立ち上がると、散歩をつづけた。
 木々の間を抜けてくる風は、少しヒンヤリしていて気持ちがよかった。

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