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2022年9月の読書記録

11月になってしまった(毎月言ってる)
10月ぶんもまとめて書こうかと思ったけど、ちょっと冊数が多かったのであきらめて、神田の古本まつりにくりだすことにします。

目録

  • 100分de名著「アイヌ神謡集」(知里幸恵)

  • 夜想曲集(カズオ・イシグロ)

  • 定本 本屋図鑑(本屋図鑑編集部)

  • カイエ・ソバージュ1 人類最古の哲学(中沢新一)

  • 愛のゆくえ(リチャード・ブローティガン)

  • 銀河の片隅で科学夜話(全卓樹)

  • 読んでいない本について堂々と語る方法(ピエール・バイヤール)


100分de名著「アイヌ神謡集」(知里幸恵)

アイヌ文化のことはまだあまり知らない。ただ、下の記事を読んで以来、もう少しくわしく知りたいという気持ちがあった。

そんなとき、ちょうどNHKの「100分de名著」で知里幸恵の『アイヌ神謡集』が取り上げられることを知った。

アイヌ出身の知里幸恵という若い女性が、言語学者の金田一京助からサポートを受けながら、祖母たちから口承で受け継いだアイヌの神謡を翻訳・編纂した作品。神謡というのは、アイヌの神々や人間や他の動物たちが登場する叙事詩のことだそう。

まず解説されているのが誤解をされがちな「カムイ」という言葉について。よく聞く訳語は日本語の「神」という言葉だが、実際には「環境」のような、人間を取り巻き、関係するあらゆる存在のことをカムイという。

面白いなと思ったのは、カムイの概念は単なるアニミズムとは違うという話。アニミズムが「万物に魂が宿る」と考えるのに対して、「(人間に対して)何らかの活動をしているもの」というふうに考える、という話だった。多種多様なカムイたちは、人間の世界にやってくるときに動植物や炎の姿をまとって現れるのだという。

ゴールデンカムイという漫画でも北海道の自然やアイヌの文化はとても豊かに表現されている(そしてそれらがとても精緻に描かれていることは上の記事を読んでもわかる)が、アイヌ語の言葉で表現されたカムイの物語からは、また違った印象を受ける。

アイヌには文字がないため、これらの物語はすべて口承で伝えられる。神謡が語られる場面は一回一回がオリジナルで即興演奏のようなものだ。ではなぜ、異なる語り手のあいだにも体系だった物語の枠が維持されるのか、知里幸恵をはじめアイヌの人々がたくさんの歌を覚えられるか、というと、そこには口承文芸ならではの工夫があるのだという。

話はそれるが、以前読んだ「カナリヤは歌をわすれない」という言語学者の本で、たしかアイヌの人が日本語の文字を知った途端に自分たちの歌を忘れてしまった、という話があったような気がする。言葉のもつ力は人間の記憶力そのものも揺るがしてしまうんだろうか。

今読んでいる長田弘の「読書からはじまる」にも、まさに「母語というものがすなわちその人の世界であり文化である」というような一節があり、それもまた関連して思い出すなどした。

ちょうど書いてるときにこんなニュースを見つけて笑う。

夜想曲集

函館旅行に持っていった(そして全然読まなかった)本。カズオ・イシグロの「音楽と夕暮れ」をテーマにした短編集で、その紹介を聞いただけで旅にはベストチョイスな気がしてきてしまう。

最初の短編がとくに好きだった。ヴェネチアという、今も昔も多くの人を惹きつけ、夢をみさせる土地が舞台ということもあるけれど、決してきれいごとばかりでない人生のだめな部分や寂しい部分もぜんぶひっくるめて、残された二人がただ夜景を眺めている、というシーンには、ちょうど今くらいの秋の夕方みたいな感じがあった。

もう2ヶ月くらい前に読んだので詳細はほとんど抜け落ちているんだけど、女の人の描き方が印象的だった。女性がまとっている空気まで描かれているような、ふっと情景を浮かんでくるような気がした。自分が女だから?

本屋図鑑

本も好きだが、同じくらい本屋が好きだ。旅先で時間ができると(あるいは時間をかけてでも)地元の本屋に行きたくなる。すぐに欲しい本があるわけではないのに、本屋の棚の間を歩いているだけで時間が消えたように感じる。

そんな人に読んでほしい本。

先日浅草で開かれた「BOOK MARKET」にて、刊行元の夏葉社の島田さんが手売りで売っていたのを偶然見つけて購入。
読み始めたら、「いいなあ、行きたいなあ」という気持ちと、Googleマップで行きたい本屋にピンを立てる指が止まらなくなった。

全国津々浦々の本屋さんをひたすら紹介している。なんですが、ページをめくるたびに異なるエピソードがつづられているので、「たくさんの本屋を知れる」というのはもちろんなんだけど、とても濃密な「本屋さんという場所をめぐる短編集」みたいに読めた。

中でもああいいな、と思ったのは、いわゆる独立系(個人経営)の書店だけでなく、チェーンでも、地元の人をずっと見守ってきたり、地元の人に愛されている本屋さんがたくさん出てくること。

なんとなく本を買いにいこうとすると、つい独立系ばかりに足が向いてしまうのだけど、地元民の頭と心の健康を守っているのは、実はチェーンの本屋やブックオフである、という状況は十分ありえるよねと思った。

この本で紹介されてた山形の八文字書店も、読んでなかったら確実に旅行のときには立ち寄ってなかったし、中にある巨大な赤提灯を見ることもなかっただろう。

行きたい本屋が一気に、それも全国にできてしまった。しばらく旅先での空き時間も困らなさそう。

カイエ・ソバージュ1 人類最古の哲学

前から「そろそろ読むかぁ」と思っているだけだった中沢新一の本を、三鷹の水中書店で見つけたので購入。けっこう学術的な内容かと思って身構えてたけど、意外にもすいすい読めた。

神話について多くのページが割かれている。神話って、人間の想像力のすごさとか底の見えなさが感じられて面白いなと思う。

民話は、ほとんどの場合たくさんのバージョン(版、異文)を持ちます。文字に記録された時代が遅ければ遅いほど、そういう現象がおきます。神話のケースもまったく同じで、ひとつの神話にはたくさんの異なった版があります。「決定的な版」という考えは、ことに神話の場合には意味を持ちません。あらゆる民話も、実はどれもがバージョンであって、ひとつひとつ特色を持った異文のすべてを認めなければなりません。

この話、実は100分de名著の「アイヌ神謡集」にも出てきててはっとなった。「物語」というと、教科書を暗記するかのように、「たった一通りの一字一句揺れのない語り」みたいなものを意識してしまっていたことに気づく。物語とはもっと自由なものだな。

愛のゆくえ

架空の図書館と異国の病院を舞台とした、とても不思議な物語。一回めは特につっかかりもなくするるーんと読み終わってしまったのだけど、解説を読んで「あれ?」となり再読。

解説には、“この図書館はアメリカという国の暗喩であり、図書館に自作の本を持ち込む人々はアメリカの市民である”と書いてある。ただの空想上の図書館を題材にしたファンタジーだと思って読んでいたら思わぬ深みがあった。

自分のよくない癖だなと改めて思ったのは、初めての本を読むときは話の流れについていくことしか眼中になくて、その表現が意図するところやどんな寓意が込められているのか、をついつい見逃してしまうこと。

そもそも物語が「これは完全に調和した、みずみずしくも、アメリカそのものの、美しい図書館である。」という一文から始まっていたということすら、最初に読み通すころには完全に忘れていた。

しかし、一度ストーリーは追えた後の目線で再読してみたら、初回にはまったく目を留めなかった、端々の表現の美しさにびっくりした。

わたしたちはベッドの上に、まるで絨毯のなかの二匹の蚤のように気持ちよくすわって、コーヒーを飲みながら、人生について語ったのだった。

とか。

あとは、美しすぎる女性ヴァイダ、洞窟の管理人をしているフォスター、自分だけの世界をなんとか言葉にしようとする外の人々など。登場人物がどれも魅力的で、なんか癒される。

本を保管するための洞窟、ヴァイダが堕胎をする病院など、寓意を読み取ろうと思えばいくらでもできそうで、いま再読するのがとても楽しい。読む人によっていくらでも解釈ができると思うのでとくにまとめずに終わるが、再読して面白みがわかるという経験がだいぶ久しぶりだったこともあり印象に残った。古本に出そうかと思っていたけど、もう少し手元に置いておくことにする。

銀河の片隅で科学夜話

前から気になっていた本が旅行先のホテルに置いてあったので、一晩で読んだ。

副題は「物理学者が語る、すばらしく不思議で美しいこの世界の小さな驚異」。筆者の全卓樹さんは物理学の教授だが、文体がとても綺麗で趣向に満ちているところが意外だった。

専門的な話が多いけれど、一般人の目線に合わせてくれているので読みやすい。流れ星から統計にいたるまでさまざまな科学ネタが取り上げられている。私は数理や論理系の話にめっぽう弱いので、どちらかというと星とか放射線とかの話のほうが入り込みやすかった。

読んでいない本について堂々と語る方法

タイトルがすべてを表しているのですが、読書のプロである大学教授が、「読んでいない本」をいかに読んだかのように語るか、を解説している本(まんまだ)。テーマがめちゃくちゃ面白くないですか…

読んでみたらやっぱりめちゃくちゃ面白いと同時に、今までうっすらと感じていた背徳感みたいなものがきれいさっぱりなくなった。つまり、誰もが読んでそうなあの本(自分の場合は日本の近代文学の作家など)、読んでないのに読書好きとか言っていいんだろうかみたいな、そういう背徳感。

私は積読することに対しては何の感情も抱かないけれど、積読に引け目を感じる人にも読んでほしい。

あとなぜか、この本のことを知ったのがある程度本を読むようになってからなのだけど、かなり日常的に本を読んでそうな読書家の人たちが言及することが多い印象を受けた。さてはみんな…けっこう読んでいない本のことを意識してるな…

この本の内容についてもあまり的を射た(という表現がすでに誤っているかも)レビューがないなと思っていたが、そもそも「100%正しいレビュー」なんてないし、別に読んでなくても話はできてしまうということが、まさにこの本の評価をめぐっても実証されているというのがさらに面白い。

他人からの押し付け、教養至上主義、そんな窮屈な世界を打破する勇気を、なんでもないことのようにくれる本。元気になります。


(おまけ)本と旅について、まとまりなくゆるゆるつづるメンバーシップをやっています。


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