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運命論者

最近仕事で出会った男が、飲み会の席でおもむろに言った。

「出会う前に、すれ違っておきたい」

は?

社会人って出会いがないですよねえ、コロナ禍ですしねえ、とかいう話をライトにしていた中で、急にそんな発言が飛び出てきたので、混乱した。

「と仰いますと?」

「出会う前に、お互い知らず知らずのうちに道端とか街中ですれ違っておきたいんです。それで、出会った後に『あ、あの時の!』っていう出会い方をしたいんです。協力してくれませんか」

「と仰いますと?」

「貴女のご友人とかで、もし紹介いただけそうな方がいれば。まず、貴女と示し合わせて、駅ですれ違って、挨拶だけしておきましょう。その後でどこかのカフェにでも入っていただき、そこで、またしても示し合わせた私が合流するんです。そうしたら、『あ、さっきの!』となるでしょう。それがしたいんです」

私は閉口した。彼がホッピー2杯程度しか飲んでいないことを確認し、ザルだとか豪語していた先ほどの話は何だったのかと首を傾げた。だが、仕事の関係のため、邪険にもできない。

「はあ、まあ、いいですけど…、」

そして、ふと最近のマイブームのことが頭をよぎった。

「私、最近、『愛の不時着』にハマったんです」

「急に話が変わりますね。酔っていらっしゃるんですか」

貴方に言われたくありません、という言葉を飲み込み、「それをきっかけに、何作品か履修しまして。韓ドラの魅力に気づいたんですよ」と続けた。

「へえ。魅力って?韓国イケメン!とか言わないでくださいよ」

「違いますよ。まあ、違いませんけど。とにかく…『運命っぽさ』と、『ラーメン』です!」

彼が3杯目のホッピーをお代わりしているのを無視して、私は語り始めた。

「韓国で受ける恋愛観は、この二つなのかもしれないって仮説が生まれたんです。ドラマのテイストって、その国の恋愛観を示していると思うので。とにかく、『愛の不時着』とか、『わかっていても』とか、『キム秘書はいったいなぜ?』とか、流行っているものを色々観ましたけど、結局、運命の連鎖の末に結ばれる構造なんです。ここでいう運命っていうのは、過去で一度関係があるという種類のものです。簡単に言えば、再会ものですね。偶然というより、必然的な運命なんです。出会った時は初めましてのつもりだったのに、物語が進むにつれて、実は子供の頃に既に知り合っていたり、海外でたまたますれ違っていたり、とかいう事実がどんどん判明して、出会うべくして出会った感をこれでもかってくらいに演出してくるんですよ。それで、その恋愛の唯一無二性を確固たるものにしているんです。まあ、再会もの自体は日本のドラマにもありますけど、韓ドラのメロドラマは、とにかくこれがテンプレなんですよ。私、真の恋愛って、ハードルが高いなって思ったんです」

「ラーメンは?」つまらなそうに彼が聞いた。

「ラーメンはですね…韓国だと、カップルでインスタントラーメンを家で食べるのが一種のセオリーというか、気がありますよっていう一つの意思表示らしいんですよ。というのも、大体のドラマで、家でインスタントラーメンを啜るシーンがあるんです。たまにキムチ混ぜたりして、和気藹々と。だいたい女性の家でもてなされていて、この段階では二人は付き合っていません」

「日本でいい感じだと思っていた女に手料理でラーメン出されたら、脈無しな感じを受けますけどねえ」

「面白いでしょう」

「はあ」

「あれ?貴方がご提案してきた計画は、まさにそういう運命っぽい恋愛観に共鳴するからかと思ったんですけれど」

すると、ハハッと彼は笑った。

「ええ、運命『っぽい』のがね。実際、運命は画策するものだから。韓ドラを作る製作陣とは、恋愛観が合うかもしれませんね」

私は閉口した。ロマンチストなのかと思いきや、たいそうなリアリストではないか。

「締めにラーメンでも食べますか。すみません、鶏スープの塩ラーメン、二つ」

私は首を傾げた。この流れでラーメンを頼むのか。まあ、日本じゃ、ラーメンは脈なしの象徴だという話の流れだったし、気にするだけ無駄か。

「私たち、どっかで会ったことありますっけ」

「あ。もしかして、一昨日ファミマにいた?」

あほらしくて爆笑した。

運命は画策するもの。でも、そんな運命論も意外と嫌いじゃない。かもしれない。


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