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タンポポで4歳児が女の子を泣かせた話

「これね、パパにあげるの」
タンポポを一輪、指先で摘みながら四歳の息子がそう言った。幼稚園の広いグランドで、十一月というのに日差しが強く、とても暖かい昼下がりだった。お迎えに来て、すぐに帰路にはつかず、真っ先にグラウンドでかけっこして、何周も走った先にタンポポを見つけた息子の笑顔は輝いていて、新しい宝物を慈しんでいるようだった。

タンポポを大事に摘みながら、パパにあげるんだと喜びながら自宅へ帰る道に歩むと、同じクラスのAちゃんが自転車の補助席に座り込む瞬間に立ち会った。Aちゃんは息子のことをとても気に入ってくれていて、運動会や親子参観などのイベントごとに息子の横にいて、息子に抱きついたり手を握ったり、猛烈な愛のアプローチをしてくれる女の子だ。Aちゃんはタンポポを持ってニコニコ駆けてくる息子を見て、「〇〇ちゃん!」と息子を呼びつける。

「タンポポちょうだい」
Aちゃんに言われた息子は困って、パパにあげるんだとも言えず、首を横に振る。拒絶されたAちゃんはショックを受けて「ちょうだいちょうだい!」と涙をポロポロ落としてしまう。
「Aちゃんタンポポ欲しいんだって。どうぞできたら格好良いかも」
私はそう言ってみるけども、言いながら理不尽なことを言ったかと後悔する。息子はパパのために摘んだ大切なタンポポを守っているのだ。だから、私はAちゃんとAちゃんのママに「ごめんね、パパにあげたいんだって。だからこのタンポポはあげられないんだ」と助け舟を出した。

それでもAちゃんは息子の都合なんて知らないとでも言うように、「やだ!」と叫んで泣くばかりだ。Aちゃんを放って置くことはできなかった息子は、「じゃあ、今度紙でバラを作ってあげる」と代替案を提示した。
「やだ! タンポポがいいの!」
「世界一綺麗なバラだよ?」
「やだ!」
Aちゃんはタンポポが欲しいんじゃなくて、息子からタンポポを貰いたくて泣いていたのかもしれない。まだグラウンドにタンポポがあったはずだ。
「そうだ、〇〇ちゃん。グラウンドに戻って新しいタンポポ摘んで来てあげよう」
私がそう言うと息子は頷いて、走ってグラウンドに向かった。Aちゃんのママは「すみません」と申し訳なさそうにしていた。

グラウンドに戻ると、他の園児もタンポポ狩りをしていて、残りのタンポポはほんのわずかになっており、Aちゃんのためのタンポポを息子が摘んだ。すると息子はずっと手に持っていて少し萎れてきたタンポポと新しいタンポポを見比べて、「こっちをあげる!」と少し萎れてきたタンポポの方をAちゃんに差し出した。息子の中の大好きランキングがあって、Aちゃんよりもパパの方が上位である事実が可愛かった。

息子からタンポポを受け取ったAちゃんは泣き止んだけれども、「これじゃない感」であまり嬉しそうではなかった。息子は「こっちの方が綺麗なんだよ!」と自分の好意をアピールしている。Aちゃんの中では、たった一つしかないタンポポをプレゼントされることが嬉しくて、二つあるタンポポのうちの一つを仕方なしに渡されるのは不本意だったのかもしれない。

「〇〇ちゃん、Aちゃんのお家に遊びに来て!」
帰ろうとする息子に抱きつきながらAちゃんはそう叫んで、私は「今日は行けないんだよ」とやんわりと断る。するとまた涙がポロポロ。困り顔の息子の手を引きながら、ごめんねとAちゃんと別れた。

新しくなったタンポポを片手にご機嫌よく歩く息子は、Aちゃんの姿が見えなくなると「Aちゃんは食いしん坊だなあ」とポロリ。欲張りとか、欲しがりだとか、そういう意味で言ったのだと思うけれど、息子なりに困ったことを表現したかったのだろう。タンポポは家に着くとすっかり萎れてしまい、パパが帰る頃にはお花も閉じてしまった。

次の朝、幼稚園に行くとAちゃんが先にお砂場で遊んでおり、いつもだったら「〇〇ちゃん!」と声をかけてくれるのにダンマリだった。息子が近寄って、「あーそーぼ」と声をかけると、無言で道具を片付けて走り去ってしまう。昨日のこと、怒っているのかな。女心に振り回される4歳児は、これからも一つ一つ勉強しながら成長していくのだろう。

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