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くもと少女の恋物語

うわーーん

ここはとある田舎の交番前

ひとりの少女が号泣している

お巡りさんも困り顔だ


場面変わって、一軒屋。

俺はくも

あいつと出会ったのは今年の春

あいつのことは友達の蚊やゴキからよく噂を聞いていた。通り名は霧の魔女。目が合ったら最後。得体の知れない霧に包まれて、痛みさえ感じず、気づいたころには天の上らしい。実際、蚊やゴキの身内は何人もその霧の餌食になってしまったらしい。こりゃやべぇ奴がいたもんだ。

そんな噂が広がっていたものの、俺の日常はいたって平和だ。ご自慢の自家製糸で作った俺の編み物は、今日もバカ売れだ。特にファッショニスタのコバエ達はこぞって俺のとこにやってくる。もちろんタダじゃないぜ。見返りに俺の好きなクッキーを貰っている。このクッキーが美味しいのなんのって。

その日も、俺はコバエ達から貰ったクッキーを食べ、るんるんで散歩していた。

その時だった。

何かの存在を感じ、悪寒が走った。

これは逃げないとまずい事になると本能が訴えてくる。早く逃げろ。わかっているのに体が震えて動かない。

あぁ死んでいった奴らもこういう状態だったんだな。こんな圧倒的恐怖を前に動けるはずもないな。仕方ない、死ぬ前に魔女の顔、拝んでおくか。

そして俺は渾身の力を振り絞って、身体を反転させ、そいつの方を見た。あの時俺は魔女と呼ばれる女と確かにしっかり目が合った。女のほうも俺を確実に認識し凝視している。この後、霧に包まれて気づいた頃にはこの世にはいないのか。もう一枚クッキー食べときゃよかった。そう思いながら目を閉じた。


しばらくして目を開けると、そこにはさっきまでと同じ光景が広がっていた。俺は死ななかったのか。呆然としていたが、恐怖心は無くなっていた。

我に帰り、もう一度顔を見上げると、そこにいたのは魔女ではなく、天使のような笑顔の少女だった。少女は何をするわけでもなくこちらを見ている。そしてニコッと笑って、その場から去っていった。

なんだったんだ。あれは本当に皆が噂していた魔女なのか。しかも、この胸の高鳴りはなんだ。もしかして俺はあの少女に恋してしまったのか。

それからと言うもの、何をしててもあの子の笑顔が頭から離れない。もう一度あの子に会いたい。あの子に見つめられたい。

でもこんな小さな体のままじゃだめだ。たくましくならなくては。

その時俺の中の本能にスイッチが入った。大きくなるには食べないといけない。俺は全てを喰らった。全てだ。友だちの蚊もゴキも、コバエも。

俺の周りにはもう誰もいない。

でもそれでいい。それであの子と一緒になれるなら。

僕らが初めて出会った場所に行こう。

おーい見てくれて、俺はこんなに大きくなった。

君を守るためだ。

そして少女が現れた。

また来てくれてありがとう。君は悪魔なんかじゃない。天使だ。俺は君のことが好きだ。だから俺と結婚してください。 その瞬間、その声をかき消す程の音が鳴り響いた。

シューーーー!!

これはもしや、この心地よい霧は

意識が薄れゆく中で微かに、だが、しっかりと聞こえた少女の声

その時あいつはこう言ったんだ



、、、でかくなりすぎ、きもっ


少女視点

朝家から出かけようとしたら小さなくもがいた。お母さんからくもは良い虫だから殺しちゃダメよと言われていたから、殺さなかった。

でも今はどうだ。こんなでかくなりやがって。足なんてゴキブリをすりつぶして棒状にしたみたいだ。気持ち悪すぎる。なんか声が聞こえた気がした。私もおかしくなっているのか。早く殺してやる。いつものアース霧ジェット持ってこい。

殺戮の音が鳴り響く。

シューーーー!!


でかくなりすぎ、きもっ



はーー!スッキリした。

でも何かが心に刺さる。誰かが私のこと好きって言ってくれていた気がする。

なんなんだろうこの気持ちは。

少女の心に刺さった小さな言霊の針はジワジワと、しかし、確実に心に浸透していった。

もしかしてこれがお母さんが言ってた、好きになるってこと?

私くものこと好きだったの??

その気持ちに気づいた時、くもはもう死んでいた

少女は絶望した

絶望して気づいたら交番の前にいた


お巡りさん、私、わたし、好きな人殺しちゃたよ

うわーーん


愛する人を殺してしまった少女と

愛する人に殺されてしまったくも

そんな2人の叶わなかった恋物語。


終わり


あとがき

僕は小さな蜘蛛は殺さないのに、大きな蜘蛛は躊躇なく殺してしまう。そんな不思議な状況に着想を得て、生まれて初めて小説を書いてみました。



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