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工場バイトの話し

大学時代のある夏休み、当時はADSL回線もまだ普及しておらず、俺は電話回線コードを直接ノートパソコンに接続していた。
なのでネットすると金がかかって仕方がないので、本当に必要な時にしか
ネットは出来なかった。
当時はエロ画像1枚を画面に表示させるのに15秒くらいかかっていたのだ。

そんな理由で、アルバイトを探す時はネットではなく、紙媒体のタウンワークを利用していたのだが、夏休みに入り、タウンワークをめくっていると
「 時給1150円、プリンター製造、梱包作業など。週払い可(規定あり) 」
という求人を見つけた。
派遣登録は青物横丁、就業場所は埼玉の工場との記載もある。
働くことになったら蕨駅から民間のバスに乗って工場まで行くとのことで、
自宅から蕨駅までの交通費も支給されるという。

当時は時給800円台や900円台のバイトがほとんどであり、中には時給750円という舐め腐った求人もあった。
なので時給1150円というのは破格で、すぐに記載されている派遣会社に電話をかけた。

すると明日にでも青物横丁の事務所に履歴書とハンコを持ってきてくれと言うので、手書きで履歴書を書き上げ、
翌日、猛暑の中電車を乗り継ぎ青物横丁まで行ってきた。
京急の電車内は冷房が強烈に効いていて、汗だくになった俺の顔から汗をどんどん気化してくれて爽快だった。

当時から人間性はクズであったけれども、時間には余裕を持って行動する性格なので、当日もだいぶ早く青物横丁駅に到着した。
駅前の書店で、立花隆の「 宇宙からの帰還 」を立ち読みして時間を潰していると、赤本のコーナーで高校生くらいのカップルが模試の話し
をしながら赤本を見ていた。

俺は羨ましくてたまらなくて、立ち読みしながらこのカップルをチラチラ見ていたのだが、よく見ると女の方は何とも幸せそうな表情をして高身長の男の手を握っていた。
これに酷く屈辱的な思いになった俺は、とにかくこの空間から逃げたくなり、少し早いが派遣会社に向かうことにした。

「(何なんだよあいつらは。真面目に勉強しろよ!どうせ偏差値低い馬鹿高校の奴らだろw 受験失敗しやがれ!てめえらなんぞ日大とか東洋がお似合いだわw)」
と心の中で爆笑してやる。

高校時代は恋人はおろか女友達すらいなかった自分にとって、先程の
カップルの光景は何とも眩しく、漆黒の俺の心に一筋の光となって
差し込んでくる。
その光は一筋であるが、あまりに神々しく、俺は目を瞑らずには
いられないのだ。
男の方は高身長ではあったが決してイケメンの部類ではなかったし、女の方は脚がやや太めで器量の良い方ではなかった。
が、とにかく幸せそうだった。

大勢の高校生がそうしているように、俺も高校時代に恋人というのが欲しかった。
大学生になれば相手の学歴、社会人になれば相手の社会的地位や年収などが恋人選びに影響するが、なんといっても高校生の恋愛は純愛である。
この純愛を存分に享受していたこのカップルがなんとも羨ましかった。
そして大学生となった自分には、二度とその純愛の機会は巡ってこないと思うと、胸が締め付けられる感情になる。

いや、恋人なんて大それたものでなくてもいい。
高校生活を送る中でせめて普通に話せる異性というのが欲しかった。
高校3年間をクラスカーストの最下層である陰キャとして、他の陰キャ達とつるんでいた俺だが、高校3年になる時分には持ち前の人格破綻、
禁治産者ぶりが友人達にも気づかれたようで、多くの友人が俺と距離をとるようになってしまい、学校内で話せる友人というのは僅か2人に
なっていた。
いや、距離を取るどころではなく完全無視されていた。
そして残ってくれたこの2人の友人にも、とんでもない無礼を働いて決別
するのだが・・・。

目的であった派遣会社には約束の10分前に到着した。
○○梱包と木製の看板を入り口に掲げたその「派遣会社」は、小さなプレハブの事務所のみの作りで、
派遣会社というよりは、小屋に毛が生えたレベルの会社だった。
事務所入り口の横には何も植えられていない土だけが入った鉢植えと、錆びついたスコップが置いてある。

猛烈な不安を感じつつ、ここまで来たので引き返すわけにもいかず思い切って入って行くと
灰色のスラックスに白いワイシャツを来た小柄ながら身体の引き締まった50代の男性が出てきた。
浅黒く日焼けし、額に90歳レベルのとても深い皺を刻んだネズミに似た佐藤と名乗るこの男性は、いかにも屋外での労働・・・
旗振りや警備などに長期間従事してきたであろう独特の雰囲気を発散させていた。
どうやら佐藤が1人で商いをしているようで、「(へえ~、旗振りから独立して起業したのかこの人。
見た目によらず、なかなかの努力家なのかもしれないなあ)」などと感心してしまった。

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