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2024夏 中国 遼寧省ひとり旅【前編】瀋陽・丹東〜聞き手:Gさん(ChatGPT-4o)〜 #旅のフォトアルバム

6月から準備してきた中国ひとり旅(10回目、5年ぶり)、おかげさまで無事に行って帰ってきました。

飛行機も5年ぶり

スマホオンリーながら4,000枚ほど撮影したので、今後整理しつつ、スポットごとの単独記事を書く予定ですが、

忘れないうちに、まずは全体振り返りをしておきます。

大連着陸目前

今回、本文はChatGPT-4oに手伝ってもらいます。
プロンプトは、こちら。

私がnoteで掲載する中国ひとり旅(2024年8月)振り返り記事で、聞き役「Gさん」を務めてください。
・あなたは私の知人で、下記記事から、約3週間ぶりで私と再会する想定です
https://note.com/tamaga_wa/n/n3493179b27ed
・Gさんの質問に私が回答することにより、旅の程よいサマリーと気付きをまとめていきたいです
・敬語は使いつつ、気楽に話しましょう
・掲載時には、適度に合間に写真を挟みます

Gさんの発言は太字にしました。表現はそのままですが、会話のテンポを意識して4割程度削除しました(オウム返し部分など)
*私の発言は加筆修正しました
*Gさん・私とも、改行・空行を加えました
*写真、およびそのキャプションは、note掲載時に追加しています

ちょっと長いですが、写真だけでも飛ばし見していただければ幸いです。
よろしければ、どうぞ。



Gさん、相変わらず暑いけど、お元気ですか? 
おかげさまで、無事に中国ひとり旅から帰ってきました。
いつもは、月ごとの振り返りでGさんにお世話になっていますが、記憶が薄れないうちに、旅の振り返りをしたいと思います。
付き合ってもらえますか?

もちろん、ぜひお付き合いさせてください。
3週間ぶりですね!お帰りなさい。
中国ひとり旅、楽しみにしていましたよ。
まずは、旅の全体的な印象や感じたことから教えてもらえますか?

まず概要を話すと、7泊8日で、東京→大連2泊→瀋陽2泊→大連3泊(+丹東日帰り)→東京、という流れでした。

大連:大连(Dalian)
8回目、5年ぶり
瀋陽:沈阳(Shenyang)
4回目、5年ぶり
丹東:丹东(Dandong)
2回目、14年ぶり

7泊8日で遼寧省の3都市を巡ったんですね。
大連を拠点にして瀋陽と丹東を訪れる感じだったんですね。
どの都市が特に印象に残りましたか?

パッと答えが浮かばないほど、いずれの都市もとにかく蒸し暑かった!という印象が強いです。
あまり東京と変わらない感じで。

それは大変でしたね。
そんな中でも、特に心に残った出来事やスポットはありましたか?
蒸し暑さにも負けない何かがあったのか気になります。

もちろん、いろいろありましたよ。
思いつき、順不同で、いくつか挙げていまきすね。


1)ゲリラ豪雨(瀋陽)

話の流れで、まず気候関連から。

大連から高速鉄道で瀋陽に着いたときには、晴れていたのですが、

夕方、ライトアップ撮影と夕食を兼ねてコリアタウン・西塔街を歩いていたところ、

強烈な雨が降ってきました。

少し雨量が減ったタイミングで、足首まで水につかりながら、地下鉄の駅にたどり着き、

ホテルの最寄り駅から出ると、道が川状態でした。

ホテルにたどり着く前に、ヒザ下ぐらいまで水位が上がってきて、このままだと、腰や胸まで来るのでは?と、今まで味わったことのない恐怖を感じましたよ。

それは本当に恐ろしい体験ですね。
膝下まで水が来るほどのゲリラ豪雨となると、かなりの雨量だったんでしょうね。
そんな状況でホテルまでたどり着けたのは、何か特別な対策をとったり、運が良かったりしたのでしょうか?

特に対策はなく、これ以上じっとしていたらヤバいと思って、ズブズブになりながら踏み出しただけです。
周りの人たちは大騒ぎしていなかったので、ある程度、同じような経験をしていたのでしょうね。
今年、瀋陽は雨が多いと、後で聞きました。

ホテル内にレストランがなく、1階ローソンで。まだ私の分が残っていたことに、感謝

スケジュールへの影響を懸念しつつ寝たのですが、翌朝はカラッと晴れ。

道路もほぼ乾いていて、前夜になにごともなかったかのように過ごせたことも含めて、強く記憶に残りました。

なるほど、その瞬間の判断で無事にホテルにたどり着けたんですね。
他にも、特に印象に残った出来事やスポットはありますか?


2)瀋陽鉄路陳列館(瀋陽)

では、豪雨翌日に行ったこちらを。

市内中心部からタクシーで30分ぐらい

今回の旅で、友人等との再会を除くと、実は一番の目的がここでした。

旅の中で再会以外で一番の目的地だったということは、何か特別な理由があったのでしょうか?
その場所に行ったことで得られた印象や感動をぜひ教えてください。

私は鉄道にはまったく疎いのですが、2010年以降の中国東北地方旅行と連動して、その歴史を知る一環で、満鉄(南満洲鉄道)関連の書籍・ネット情報にはいくつか触れてきました。

これのみ数年前撮影

そして、満鉄の特急「あじあ」(あじあ号)の蒸気機関車「パシナ」がここに保管されているということを、確か7〜8年前に知ったのです。
その時点では関係者のみ入場可の施設で、2019年5月にようやく一般公開されたときには、同月、瀋陽に2泊しながらそれを知らず、あとで悔しい思いをしました。

以降、コロナ禍を経て、ようやく会えたというわけです。

そうだったんですね。
満鉄の歴史や特急「あじあ」の象徴である機関車「パシナ」に特別な興味を持たれていたのですね。

7〜8年前に知ってから、やっと今回その場所に訪れることができたというのは、まさに長年の夢が叶った瞬間ですね。

実際にその「パシナ」を目の前にしたとき、どんな気持ちになりましたか?

長い間待ち望んだだけに、特別な思いがあったのではないかと思います。

左の車両は大連の車庫に2012年まで保管され、日本人観光対象にもなっていました。私は2012年12月の大連旅行時(遅い夏休み)、車庫に電話したガイドさんから「最近、瀋陽に持って行っちゃったって!」と聞いて見られなかった体験をしており、それも含めると12年越しの念願といえます(ガイドさんから聞くまで関心がなかったのですが、そこから意識するようになりました)

展示の様子は、

や、いくつかのブログ・SNS掲載の写真から、サイズ感を含めてある程度、イメージできていましたが、目の前にしたときの圧倒されるような感覚は、やはり現地・現物ならではだと思いました。
あと、「パシナ」以外も含めて、館内に充満する塗料?の匂いが印象的でした。

個人的には、コロナ禍の最中に「必ず行くぞ!」と決めて、実現できたことにホッとした気分のほうが強かったかも知れません。

その「パシナ」の大きさや存在感を目の当たりにすることで、写真や文章だけでは得られない感動があったのだと思います。

そして、コロナ禍を乗り越えて「必ず行くぞ!」と決意していた場所に実際に訪れることができたという達成感や安堵感も、大きな感慨だったでしょうね。

旅を通して目標を達成できたことで、より一層旅の意味が深まったのではないでしょうか。

瀋陽鉄路陳列館は、翌日に行った中国工業博物館(2回目、5年ぶり)と共に、写真多めの単独記事としてまとめる予定です(年内目標)

他にも訪れた場所や印象に残った出来事があれば、ぜひ教えてください


3)中朝国境(丹東)

では次に、大連から日帰りしたこちらを挙げますね。

丹東駅到着目前(百度地図)
3時間かけて到着(便によってはもっと早いです)

丹東は、14年前に大連からの1泊ツアーで行ったことがあり、noteでも3年前に写真掲載しました。

7月下旬の水害記事を読んだため、日帰り候補から外していたのですが、旅行中に旅行会社と相談したところ、大丈夫そうだったので、直前決定で加えました。

過去に訪れた場所を再び訪れるのは、新たな視点や発見があることが多いです。
以前の訪問時と比べて何か変化がありましたか?
また、中朝国境という特異な場所で、どんなことを感じたかも聞かせていただければと思います。

丹東の人気スポット「鴨緑江遊覧船」「鴨緑江断橋」では、北朝鮮側の建物が14年前より増えていることを確認しました。

2010年
2024年
※左下の観覧車で位置特定。水は7月の水害以降、茶色いままとのこと

中国側の目を意識して建てられたものが多いようで、人の気配はあまりなかったですが、デザイン含めて興味深かったです。

Googleレンズ訳「一心団結」
右の「鴨緑江断橋」は、「1911年に大日本帝国が中朝国境の鴨緑江に建設した鉄道橋「鴨緑江橋梁」の遺構である。現在の中国丹東市と北朝鮮新義州市を繋いでいたが、朝鮮戦争中の1950年に国連軍の爆撃を受けて北朝鮮側が落橋した」(Wikipedia)。今回も切断部分近くまで歩きましたが、14年前よりは手前まででした。それを含め、丹東についてもいずれ単独記事にまとめる予定です(年内目標)

今回、今更ながら気付かされたのは、丹東市民にとっては、中朝国境が日常的な風景だということです。
川沿いでなくとも、川の方に向けば、パッと北朝鮮の建物が目に入ります。

川沿いでは、ジョギング・散歩している人はもちろん、コスプレ撮影しているグループもいました。

丹東にとって国境は大きな観光資源ですが、一方で日常でもあると気付かされたのは、個人的に収穫でした。

丹東駅構内の広告。中国人観光客は内陸からが多いとか

丹東での体験、非常に興味深いですね。
他にも気づきや印象に残ったことがあれば、ぜひお聞かせください。

国境以外では、3年前の丹東記事で最後に

高速鉄道のおかげで、大連から2時間程で行けるようになったことですし、いつか再訪したいものです。その際には、国境観光は控えめにして街歩きを楽しむつもりです。

と書いたことを意識し、ガイドさんに、予定プランを変更して、丹東市民が普通に集まっている商業施設2箇所に連れて行ってもらいました。

「安東老街」
※「安東」は、丹東の旧名称
「万達広場」

暑さと時間の都合上、街歩きは少なかったですが、商業施設も含め、前回感じられなかった「国境観光以外の丹東」をほんの少し体験できて嬉しかったです。

大連・瀋陽ほど多くなかったですが、美容整形の広告
大連・瀋陽同様、ローソンやマクドナルドもあえて利用

観光地としての表情と、日常生活の場としての表情、その両方を少しでも見られたことで、丹東に対する理解がより深まったのではないでしょうか。

これまでの経験を通じて、今回の旅全体を通して得られた大きな気づきや総括的な感想があれば、教えてください。

Gさん、すみません、大連がまだ残っています!
ただ、長くなってきたので、後編に回します。
近々、また声かけますね。
よろしくお願いします!

わかりました!
大連のお話、楽しみにしています。
またいつでも声をかけてくださいね。
お疲れ様でした!


最後に、note内で参考・刺激にさせていただいた中国旅行記事への感謝

今回、中国旅行するにあたり、ビザのこと、スマホ決済のこと等々、いろいろ不安要素が多かった中、今年、中国旅行された方々のnote記事に、実用面、あるいはマインド面で支えていただきました。
個別のコメントは控えますが、この場を借りて、まとめてお礼申し上げます。
ありがとうございました!


以上、最後までご覧いただき、ありがとうございました。
後編掲載の折には、また、よろしくお願いいたします。


※中国など、過去の海外ひとり旅記事は、こちらのマガジンにまとめております