玉田玉山

大阪の講談師、玉田玉山が修行中の日々の後記を書いています。 1990年兵庫県生まれ。…

玉田玉山

大阪の講談師、玉田玉山が修行中の日々の後記を書いています。 1990年兵庫県生まれ。京都産業大学卒業。後演劇活動、会社員、無職などを経験。 2019年3月3日 四代目玉田玉秀斎に入門。 前ブログ→http://koudan-tamada.seesaa.net/

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  • 長野滞在記

    妻の本家・長野阿智村に行った際の旅行記です。

  • 2023年沖縄座間味旅行記

    2023.6.28~7.3沖縄旅行の記録

  • 2022年 5月の玉田玉山

    2022年玉山の、無料で広く公開するべきではないかもしれない文章。

  • 2022年4月の玉田玉山

    講談師の玉田玉山が普段考えていることや、思っていること、感慨、ショック、読書や映画鑑賞の記録、家族のこと、などをこちらに記して溜めて参ります。 玉山の奥の奥であります。あまり明るくないのでご容赦ください。暗くてもよい文章を書きます。よろしくお願いいたします。 ※講談会や仕事の様子は無料で読める記事にしておりますので、どうかそちらでご確認ください。

最近の記事

2月23日 シラス配信、都内彷徨、シラス配信

 朝起きてシャワーを浴びる前に知らす。村山富市の講談である。ちょうどニュースになっていたりしたグッドタイミング。まあ15分くらいの講談になるでしょう。と思って書いてみたら1時間の講談になり、参る。朝から熱演ヘトヘトであった。森喜朗の演技が自分の中でつかめてきた感じがする。村山富市ももっといろんな話に登場させたいなあ。土井たか子の演技が全然うまくいかなかったかな。 もう少しブラッシュアップが必要だな、と感じた。説明する部分と諦める部分の取捨選択が難しい。 配信終わってシャワー

    • 2月21日22日 作業、シラス配信、村山富市講談台本執筆、『ネタ合わせから舞台まで』

      ●2月21日 朝起き上がれない、作業、シラス配信  出ました名物朝起きられない。最悪。布団の中でふんふんとしているだけの時間である。全くの無意味な時間。さりとて何かをやり始められるわけでも、諦めて眠ることができるわけでもない無為の時間。案の定暗い気持ちになってきて、このまま一人で居てはいけない、ととりあえず家を出る。渋谷に着く。渋谷を歩くと人が沢山いる。しかし沢山いるだけで僕の役には何ら立たない。部屋と同じく一人のままである。一人で道玄坂あたりをいったりきたりいったりきたり

      • 2月20日 テツおじさんの葬儀

         妻の喪服姿は美しい。おそらく、今のところ僕の葬式での彼女のそれが一番美しくなるだろうと思う。どう塩梅しても目にすることができないのが残念である。きっと彼女は未亡人がすごく似合う人である。未亡人にせぬままこの世を去ってしまうのは、人類への損失かもしれぬ。親戚の葬式の朝にこんなことを考えているのだから不届きだ。大体こんなことを書いて喜ぶのは妻だけではないのか。ではラインで送ればよいのではないか。とも思うのだが、こういう公開の場所で書く、ということで惹起される感情というのもあるは

        • 2月19日 テツおじさんの通夜

           数日前に妻から「テツおじさんが亡くなった」と連絡があった。 テツおじさんは妻の父の父の兄、である。つまり妻の大伯父ににあたる人だ。妻からも、妻の祖父からも良く話を聴いていた。 テツおじさんは、その父を失い家族とも離れ離れになったものの、満州から帰ってきて、幼い弟であった妻の祖父を一人前に育て上げ、真面目一徹、長野県の阿智村で一家一族を再興していった人だそうだ。テツおじさんが居なければ妻方一族は存在せず、よって僕は妻とは出会えず、素晴らしい妻方一族との交流もなかったわけで、そ

        2月23日 シラス配信、都内彷徨、シラス配信

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          2月18日 水曜どうでしょう講談定例会後記

           武蔵新城から会場の古石場文化センターに向かう。遠い。なし崩し的にホーム・グラウンドになっている門前仲町。種々由来伝来特色がある街なのだろうけれど、僕にとっては「遠い街、本番前やのに行くだけで疲れる街」だ。このままでは申し訳ないのでまた勝手に散策に来て、シラス配信でスライドショー講談にしよう。  玉木青から「12時45分に駅に集合しましょう」という連絡が来る。どこかで何かを間違えたようで11時45分に門前仲町に着くように出発をしてしまう。当然門前仲町に到着しても玉木の姿はな

          2月18日 水曜どうでしょう講談定例会後記

          2月15、16、17日 会食、脚本書き、池袋でお笑いライブ、稽古

          ●2月15日 脚本を書く    前日に自宅に着いたのが朝であった。始発であった。10時に起床をする。出かける準備をする。昼間、向坂達矢氏と会って話をする。僕が誘った。 お互いの中間地点、秋葉原で集合をする。氏は大きなサングラスをかけて現れる。ご機嫌な様子であったが、一方ならぬ苦労はされているようであった。 向坂氏は演劇人で、昔京都ロマンポップという劇団を主宰していた。仲良くしていた。というより支配・被支配の関係にあったというほうが正しいかもしれない。勿論僕が支配される側であ

          2月15、16、17日 会食、脚本書き、池袋でお笑いライブ、稽古

          パレスチナのこと、書くこと。

          パレスチナで虐殺が起きているということを僕は知っている。 悲しく、とにかく人を殺すのも、殺すように仕向けて殺させるのもいち早く辞めて欲しい。 しかし今までそれについてSNSなどで何かを言う、感慨を記す、ということをしてこなかった。 今、書いた。何故書いたかを残しておこうと思う。 様々な情報が入って来る中で、それでも何も書かない自分に、何故書かないのか、と問うてみた。 その理由はおそらく、今までの自分と整合性が取れない、という、すごくつまらないことである。 僕がネットに

          パレスチナのこと、書くこと。

          2月13日、14日 作業と整体、インスタレーション『あひる』鑑賞、下北沢の夜

          ●2月13日 作業をして脚本一本書き上げる  朝から脚本を書く覚悟を練っていく。中々練り上げることができない。しかしながら本番は近い、焦燥感が確実に己の心を苛んでいく。やるか、やれんのか、おい、どうなんだ、立ち上がれ、奮い立て、と布団の中で一心不乱に己に発破をかけ続けるがどうにも鈍重な趣でどうにも立ち上がることができない。仕方がないので布団の中にパソコンを引きずり込んでワードを立ち上げ無暗に台本を書き始めると「ああ集中ができない」と身支度をして出かける準備を行うことができた。

          2月13日、14日 作業と整体、インスタレーション『あひる』鑑賞、下北沢の夜

          2月12日 玉田玉山ギャルズ飲み会

           13時頃に家をでて、新宿へ。大喜利が強い男・ひつじのあゆみ氏、玉木青と茶をする。新宿14時に待ち合わせたため、どこの喫茶店も混んでいる。コメダ珈琲などは25組待ち。そんなことは大阪ではありえない。さすが都庁の街。百合子はんのおひざ元。満員電車も花粉症も無くす女。・百合子。満員電車の満員をコメダに移管したんですね。その割には小田急の登戸から新宿はいつも混んでいるぞ。百合子はん、もう一声頑張って。  3人でうろうろ。ベローチェ、ドトール、などを観て回るものの、満員満員満員。な

          2月12日 玉田玉山ギャルズ飲み会

          2月11日 京都市長選挙取材報告配信

           朝から配信の準備をするがどうにもキレが良くない。頭がぼうっとしてしまって。悲しいことである。机に向かっても、珈琲を飲んでも、散歩をしてもどうしても頭のもやが晴れない。しようがないのでそのまま机に向かって作業をする。それでも作業をしているとなんとか頭もやが、晴れるとはいわないけれども、少しづつだけ明るくなってくる感じがする。  作業を終えて、配信の準備に部屋を片付け、玉木青を迎えて配信開始。スライドショーを作っているので、それを観ながら講談を進めていく。1日目~4日目まで分

          2月11日 京都市長選挙取材報告配信

          2月10日 シラスでお稽古配信、YouTube『春木で呉座います。』出演

           川崎で目覚める久しぶりの朝。夜の配信に備えて『般若寺の焼き討ち』をシラスでお稽古。朝であるにも関わらず、観てくれる人が居る。ありがたい。さっとさらうくらいの気持ちだったんだけれど案の定楽しくなってアドリブなんかも入れつつのなかなかの熱演になったのだった。夜に向けてのいい稽古になった。  家を出る、まだ雪が少し残っている。どんだけ降ったんや。家の近くのインドカレー屋に行く。インドカレー屋。今まで「これはあんまり美味しくないな」と思ったことは一度もないジャンル。それがインドカ

          2月10日 シラスでお稽古配信、YouTube『春木で呉座います。』出演

          2月9日 川崎への移動、1月に作った講談振り返りシラス配信

             朝、妻と猫に別れを告げて大阪を出る。大阪で生まれた女と、三重で生まれらたしい殆どを大阪で過ごしている猫を残して新幹線に乗る。 十三駅から阪急で大阪梅田、JRに乗り換えて新大阪から新幹線で新横浜へ。後ろの席のサラリーマンが大きな声で喋っているので、眠ることができず、日記を書く。まあ、どちらにしろ書くのだから、惰眠を貪るよりはいい時間の使い方であったろうと思う。サラリーマンファインプレイ。きっと社会でもファインプレイを連発していることだろう。ありがたやありがたや。である。

          2月9日 川崎への移動、1月に作った講談振り返りシラス配信

          2月8日 誕生日

           日付のラインをまたいだのは十三のバーだった。ジンとウイスキーの、カクテル、というにはあまりに強烈な、西部の男が飲むようなそれを、飲みながら妻と。 「おめでとう」「ありがとう」の乾杯をしてそのまま飲む。前の客が残していったナッツを、バーのマスターの姉さんが「どうぞ」と言って出してくれたので、「人が残したナッツ」が34歳最初の食べ物になった。講談師風情には似合いである。十三の、となるとさらなり。 「知らない人が素手で触ったようなものはちょっと」という妻をしり目にしっかりと全部食

          2月8日 誕生日

          2月7日 JAZZ講談後記

           師匠のJAZZ講談のお手伝いに。西梅田のサンケイホールブリーゼの小ホールでの開催。早めに会場入りしてチラシの準備や、舞台設営を行う。半年に一回のこのブリーゼでの会。毎回お手伝いに伺っているので。ミュージシャンのチームの方々とも知り合いだ。 各々がなすべきことをなして行く感じが心地いい。師匠も入られてリハーサルが始まり、開演2時間前には準備完了。  開場時間には受付のお手伝い、本番中は師匠の講談を見せていただいて。今回のJAZZ講談は映画音楽がテーマ。映画のストーリーや、映

          2月7日 JAZZ講談後記

          2月6日 ビッグイシュー講談部稽古

           朝から野田でホームレス自立支援雑誌「ビッグイシュー」の販売者で結成されたビッグイシュー講談部のお稽古へ。いつも行く最高に美味しいうどん屋でうどんを食べて区民センターに行き、部屋に入り皆さんと合流する。  情報の出し入れ、に関しての話をたくさんしたように思う。 ビッグイシュー講談部では、古典講談ではなく、毎月新作講談を作って語っていただいている。 稽古=講談を作っていく作業で、講談台本の第一稿は書いてきていただいて、それを読んでもらうところから稽古をはじめる。 それを聴いて

          2月6日 ビッグイシュー講談部稽古

          2月5日 休日

           毎日が休日のようであるが、この日は特に休日であった。何もしないと決めていたからである。いや、正確には決めていて、昼から酒を飲もう。である。  十三にある十三屋という大変に気に入りの居酒屋が朝10時頃から開店しているので、そこに昼間から出かけ鯨飲し、どこか喫茶でほろ酔いで前日の日記を書き、その後映画を観ましょかそれとも本屋で本を買おうか、と夢は膨らむ。気楽な休日。魂の安息日。  12時過ぎだったか、家を出る時に朝から仕事に行っていた妻から電話。飲みに出ることを伝えると、仕事

          2月5日 休日