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2024.8月に観た映画、読んだ本、行ったイベント


 

観た映画


 
●『釣りバカ日誌8』
なんだか緩いつくりの映画だった。前後編に物語がぱっくりと割れている。前半は柄本明と室井滋の恋物語。後半は西田敏行と三国連太郎の遭難劇。この前半部後半部があまりにも結びつきが薄く、いびつ。緩いつくりである。ただ、俳優の魅力は十全に感じる作り。柄本明の変質的な意味の分からないやつの面白さと言ったらない。三国×西田のBLにも見えるシーンは誰かにとってはきっと垂涎モノに違いない。大体どの作品にも紛れ込んでくるサイケデリック演出はこの回もアリ。いつも全然意味を感じられないんだよなあ。なんなんだろう釣りバカのあれ。
 
●『うんこと死体の復権』
これはハードな映画。うんこと死体と虫と、それらが好きな人間がずっと映っている。
講談にもしたけれど、たいへんに面白い映画だった。
https://www.youtube.com/watch?v=rkEBV9KnxP4
 
映像の「においはしない」という特性が生かされ切った作品だった。
映像は見えるけれど、においはしない。映像作品とはそういうメディアであったという不思議な気づき。
変な人がたくさん出てきて面白いわけだが、途中に出てくる筑波大の先生が良かった。野糞の専門家が、野糞をしまくっている自分の山でうんこの分解がすごく早くなっている。菌が活性化してきている。といいだして、連れてこられたのがその筑波大学の先生。
先生としては「なんでこんなところに私がこなければならないんだ」と思っていても仕方がないところだし、若干そういう感じも見うけられるのだけれど、土をルーペで見た瞬間にテンションが急変して…から始まる一連のシーンは笑える。が、理系学者の純真、発見への興奮には静かな感動があった。多幸感ちうやつだと思う
 
●『おかしな奴』
すごいタイトルの映画だ。渥美清主演のコメディ映画。爆笑王と謳われた落語家・三笑亭歌笑を渥美が演じている。歌笑は大変に顔が悪い、ということで売り出した人だ。
実際の歌笑は頬骨がはっていてる愉快な風貌に斜視が加わった面相で、それをお客に指さして笑われるところから始まって、詠嘆調である種気障くさい「純情詩集」なる文芸の味がする漫談で一世を風靡した。そういう人が戦中戦後と活躍していく。
渥美清の演技がとにかくものすごい。国民的人気の芸人というキャラクター演じる歌笑という人の外に出る愛嬌と、その実人生のうちにある葛藤やすごみ、狂気を、芸人である渥美清が見事に演じている。
のちに寅さんを演じる渥美清がやってるってのがまたすごい話。
新聞記者にすごむ場面なんてのは僕が観た渥美清の中ではベスト演技かも。
兄弟子役の佐藤慶もよかった。喜劇路線で作られた映画らしいけど、全然喜劇じゃなかったな。かといって今の邦画の悲劇みたいにBGMがうるさいこともなく。さみしくて、悲しくて、それでいて面白い映画だった。
 

読んだ本
 

 
●『最弱球団 高橋ユニオンズ青春記』
これは面白い本だった。確かウィキペディアの周遊しているときに見つけた「高橋ユニオンズ」という球団。ウィキを見る限り実に面白い球団で、これはぜひとも本を読むべき、と思い一番とっつきやすそうなこの本を読む。
個人オーナーのこの球団の悲しい3年間の軌跡。
当時のパリーグ会長・永田雅一の策謀によって作られたこの球団。
各チームから有力選手が供出されてスタートする、との約束だったが、初年度から監督を務めた浜崎真二曰くロートルとのん兵衛しかいない。という。
政治好きとしてチーム内に創価学会員が何人かいて、シーズン中にそのうちの一人が市議選に立候補してほかの学会員が応援に回り、当選、当選したものがチームをやめて市議一本に絞る、という場面が熱すぎた。
あの300勝投手ビクトルスタルヒンの300勝到達までの苦難の道、投手から南の島の大酋長になった相沢進、あまりに勢いが良すぎるエース伊東四郎…味のある選手がたくさんいる味のあるチーム。
この本が面白すぎたために、この月はやたらと野球本を読むことになった。
 
『ユニオンズ戦記1954/Kと球閑喋 幻のプロ野球チーム高橋球団の記録』
ユニオンズ本の二冊目として読む。1954年のユニオンズの誕生とその戦いを描いているのだけれど、これが大変な労作。
大阪の新聞事情、文化事情から書き起こしていって、大阪の小さな新聞社の男たちが高橋ユニオンズ設立に大きくかかわったのではないか、という著者の仮説に基づいて書かれている。その真偽はわからないが、著者の活写する50年代の大阪のなんと魅力的なことか。出で来る人間もみな一癖あって魅力的。重要な登場人物として足立巻一が出てくるのだけれど、この人は「立川文庫の英雄たち」という立川文庫研究の名著を出していて玉田一門二人のなかでは大変な有名人である。
そこからシーズンに入っていくのだが、この本はこの年のユニオンズのすべての試合をちゃんと書いているのである。全試合。これはこの調子でいくのか、と序盤におもったけれど、本当にその調子で最後まで、だった。なので若干冗長ではあったが、それでも熱意と迫力が立ち上るような書籍であった。また長いのだこの本が。
しかしまでユニオンズの1年目しか描いていない。あと二年の軌跡も作者は執筆するつもりであるらしい。出たら買う。
 
『ドラフト最下位』
野球づいている。ドラフト会議でその年最後に指名をされた幾人かにインタビューをしたルポ。これも面白い本。一番低評価でプロに呼ばれて、さあ、どうするか。というドラマ。これが案外活躍している選手もいたりするのだ。それはある種の逆転劇、雑草の逆襲、という感じでカタルシスがある。
僕の好きだったヤクルトにいた三輪選手もドラフト最下位。とにかく足が無茶苦茶早くて、ベンチにいると嫌な選手、というのが阪神ファンの印象。野球ゲームをしたら絶対にトレードで獲得していたな。
もちろんプロで活躍できなかった選手、プロ入りすらしなかった選手も大勢取り上げられていて、そのドラマもまた面白い。
 
『ドライチ』
今度はドラフト一位の人たちにスポットを当てた本。スターであんまり活躍できていない選手の章に読みごたえを感じるあたり僕は大変に性格が悪い。
阪神的場。巨人辻内、ダイエー大越あたりの章が好きであった。天才、みたいなものを制御できずに輝かしいアマでの実績を引っ提げて、でもプロでは活躍できなかった人がどのように人生を進んでいくのか。なんてゴシップな本なんだ。しかしページを繰る手が止まらないんだよなあ。
 
『「あぶさん」になった男 酒豪の強打者 永淵洋三伝』
誰なんだ永淵洋三、って感じで読み始めたけれど面白い人だった。背が低くて酒飲みで、二十代中盤という遅めのプロ入り。プロ入りの理由が「飲み屋のつけを払う」
しかも最初は二刀流、代打そののち守備に入って、そのあとマウンドに上がる、というような度を越したユーティリティとして結構ちゃんと1年活躍をしたという。そのあと打者に絞って酒を飲みながら二日酔いの毎日の中活躍していく。漫画を地で行く人、男、いや、いまあまり褒められた言葉ではないが、漢、という感じの人である。
がぜんあの頃のパリーグが好きになってきた。

●『東京大学で世界文学を学ぶ』
急に何なんだ。という感じだが、師匠との読書会イベントで師匠から課題として出された本である。東大の文学の講義録。マジでむつかしくて、嫌な気持ちになった。普通に買って読み始めてたら絶対に最後まで読まなかったろうと思う。まあ「東京大学で」みたいなタイトルの本はハナから手には取らないだろうが。しかしそれでもある程度の強制力を以て読み進めてみると意外と面白いところも多い。今我々が読んだり書いたりしている日本語感覚と、明治時代の日本語感覚が全然違う、と気づく瞬間が自分の中にあって、そういう時間は相当スリリングだった。
日本の小説が海外小説の翻訳によって心理描写を獲得した、という話もよい。
あとはドン・キホーテのあらすじが面白すぎて発熱しそうだった。
 
●『生きのびるための事務』
急な自己啓発本である。僕の信頼している本読み、両目洞窟人間が現Xでよい、と言っていて、その現ポストが良かったので購入して読む。自己啓発にありがちな何かが変わりそう感は大変濃い本である。ただ、言うとおりに金の計算などをしてみると、今まであった不安が氷解するなどの体験ができたので、良かった。スケジュールを切っていくのも僕に合っている感じが今のところしている。今のところ有用な本だが、人生を変えてくれるかどうかはわからない。9月の講談のパフォーマンスは上がるんじゃないか、少なくともと思う。
 
 

行ったイベント


 
『ネタコメ』のVol .3
にぼしいわし、どくさいスイッチ企画、さすらいラビー、ぱーてぃーちゃん、サスペンダーズの5組。
それぞれが漫才やコントを披露して。しずるの村上さんが登場してコメントを加え、アップデートしていくような内容。
そしておそらく賞レース向けのものをもってきているので、ガチ感が強い。
ここでアップデートの案が出されて、いつかテレビで見るときにそのアップデートが実際なされていた時にこのイベントの自分の中での価値はぐん、とまた上がるのだろうと思う。面白いライブだった。
 
ゲンロンカフェ太田光イベント
これは大変よいイベント長かったけど。
感想、こちらにかなり書いております。
https://note.com/tamada_gyokuzan/n/n9e7d87da2568?sub_rt=share_sb
 
 
にぼしいわし単独『寓話』
コントと漫才のミルフィーユ構造になった公演で、にぼしいわしのお二人が役を演じるコントがあり、そのエッセンスを漫才師「にぼしいわし」が取り出して漫才にする。コントと漫才から寓意を導き出す。という2本1寓話で1セットの連続、という感じの公演だった。
これが結構重層的に意味を含んだ構造になっていて。
それぞれの演目はたいへん私小説的で地に足の着いたところから始まるものが多かった。今までの人生での腹立たしさや苦しみが笑いとして昇華されている。
それをまず二人がコントとして演じ、そしてそのコントを客観的に観た漫才師にぼしいわしが漫才にする。ここで視点が変わるのもかなり刺激的なのだけれど、このにぼしいわしというコンビはまったく以て謎のコンビなのである。
本名も出身の学校も謎。
にぼしといわし、という珍妙な名前の二人が目の前に立ち現れて演芸をしては去っていく。その背景の芸人以前の人生というもののにおいを断ち切った活動だと僕には見える。
そのコンビによって演じられるのが私小説的なのだ。
つまりこれは、芸人にぼしいわしを演じる二人の人間がにぼしいわしの人生から導きだされたコントを演じていることになる。
 
いったい僕は何を観ているのか、と不思議な気持ちになった。
 
そしてそのコントを題材に漫才をするに至ってはもう事態は混迷を極めていく。
 
ある種、あのコントを漫才にすることを繰り返すという構造は、にぼしいわしの二人が芸人・にぼしいわしとして生きている人生の中から作品を作る、ということを象徴的に表していたのではないか。虚構から虚構を作る。という作業。
しかしその虚構に満身で全身全霊の力で飛び込んで本物の怒りと悩みと苦しみを経験し、そして作品に昇華をしているのだ。
自分の実人生の感情をにぼしいわしという漫才師を生きる、というある種作品に奪わせる、という凄絶な姿であった。
芸人としてこんなに恰好が良いことはあるまい、と思う。
人生まで作品、ということになる。プロセスエコノミーとか言ってるやつが裸足で逃げ出す迫力がある。
芸人が作る作品を観るというより、芸人が作品になっている。
そして二人は本当の意味でにぼしいわしという作品に、おそらく命をかけている。
そして命がけの作品としての芸人が作った作品であるライブを観る…。
強烈なメタ構造と、そのメタ構造が作り出すあまりに純粋な混じりけの無い作品の時間。
よく笑い、確実に感動をしたのだが、その感動を文字にするのが大変むつかしく、このようなわかりにくい仕儀になってしまって面目ないのである。
もう一度配信を観たら全部思い違いの可能性があるし、とにもかくにも配信を購入して再見はしようと思う。
 
第一回選挙漫遊講座
選挙亭漫遊師匠こと畠山理仁さんの講座。愉快な漫遊士たちがたくさん集っていたので、漫遊講座というよりも、漫遊士指導者研修、という感じになった。大変楽しい時間で、この日終了後に作られた、その日知り合った漫遊士たちで作られたライングループの盛り上がりは大変なもので、毎日毎日政治家のポスターをアルバムにアップロードしては大騒ぎをしている。ライングループでこんなに愉快な思いをしたのは初めてである。人生が色づき始めている。
 
その他
今月の発見は堀元見という人。衒学者を名乗っている。悪口noteなるものが無茶苦茶面白い。炎上きっかけで購入したが「レンタル話を聞く人」のマガジンが強烈。氏がやっているラジオや動画も見始める等。久しぶりに『真田丸』を観たら快調に全部観てしまった。『シャイロックの子供たち』は井ノ原快彦の優しいんだか怖いんだかアホなんだかわからない顔が本当に迫力大変面白かった。鎌倉殿の十三人も見始めたし、新宿野戦病院も相変わらず観続けている。

映画3本、本7冊、イベント4。少ないのか多いのか。もっと映画を観たいなあ。結局カレー事件の映画も観ることができていない。『荒野に希望の灯をともす』も観に行きたい。ポレポレで再上映しているらしい。

 
 

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