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【ショートショート】完璧なテクノロジー

男は自分の記憶力の衰えに悩んでいた。

男は保険のセールスマンで、もともと営業成績がそれほど良いわけではなかった。だが、最近は顕著に成績が下がっている。理由は明確だった。商品の内容を覚えられないのだ。昔はすぐに頭に詰め込んで、一件でも多く契約を取りに走り回ったものだ。それが歳衰えたせいか、一向に頭に入ってこない。仕方ないから覚えもしないまま営業に行ってみたものの、やはり契約は一向に取れなかった。

結局、男は営業成績の悪さから上司にこっぴどく叱られた。自分の不出来さに落胆しながら、とぼとぼと家に帰ると、今度は妻から頼まれていた買い物を忘れていたことに気が付いた。

「あんたは買い物もできないの?」

会社でも叱られ、家に帰っても叱られ。男は自分の記憶力が嫌になった。


翌日、会社の食堂でご飯を食べていると、同僚が声をかけてきた。

「久しぶり、最近どうだい?」

同僚はご機嫌な様子だったが、男は雑談をする気分ではなかった。男は適当にあしらおうと思ったが、ふと思い立って悩みを打ち明けてみることにした。

「実は最近悩みがあって……。」

男が記憶力で悩んでいることを打ち明けると、同僚はニヤリと笑って、「いいものを見せてやるよ」と言った。同僚はどこからか新聞を持ってきて、一読すると、その新聞を男に渡した。

「どこでもいいから、ニュースを一行読んでみろ。そうしたら、俺が続きを完璧に暗唱して見せよう。」

男は同僚に言われるがままに、適当にニュースを選んで読んでみた。すると、なんということか。同僚は宣言通り、すらすらと続きを暗唱して見せた。男が驚いていると、同僚はある書類を渡してきた。それは外部記憶装置のパンフレットだった。

「お前も聞いたことがあるだろ。頭に入れるだけで完璧な記憶力が手に入る装置だ。実はさっきの記憶力もこれのおかげだったんだ。最近はみんな持ってるし、俺もこの記憶力を獲得してから契約数が二倍に増えたんだよ。会社の近くに専門店があるから、お前も話だけ聞いてみろよ。」

男はいいことを聞いたと、仕事帰りに早速店に寄ってみることにした。男は店に行き、店員に記憶力が手に入る装置があるかと聞いた。

「はい、うちで扱っている拡張型外部記憶装置をお使いいただくだけで、誰でも完璧な記憶力が簡単に手に入ります。頭に埋め込むのも10分ほどの簡単な手術で終わり、その日のうちに受けられて、入院もいりません。」

「それはすごいな。それをいれるだけで完璧な頭脳を持った人間ができるなんて。だが、そんなうまい話があるわけがない。例えば嫌な出来事や悲しい出来事が忘れられないとか、値段が法外に高いとか、なにか欠点があるんじゃないのか。」

「いえいえ、うちの製品には欠点はありません。なんでも完璧に覚えることはできるし、反対に嫌なことはすぐに忘れることができます。お値段はそれなりにしますが、記憶力は一生ものですし、ローンを組めば月々の支払いはお安く済みますよ。」

それなら安心だと、男は記憶装置を買い、頭に埋め込んでもらった。事前情報通り、手術は10分ほどで終わった。

翌日、男は会社に行くと、早速商品の内容を暗記してみた。すると、昨日の同僚と同じように、一読しただけで資料の内容がすらすらと暗唱できるではないか。

「これは素晴らしい。早速営業に行ってみよう。」

男は夜まで顧客を訪問し続けた。外部記憶装置のおかげで、久しぶりの契約を獲得することができた。

男はこの素晴らしい装置を誰かに話したくなったので、家に帰って妻に自慢することにした。妻は最初、そんな無駄遣いをするなと怒っていたが、同僚と同じように記憶力をデモンストレーションして見せると、妻は驚いた。

「そんなに凄いのに欠点もないなんて、よくわかっていないけど、私も入れてみようかしら。」

「それがいい。なんでも覚えておけるのは本当に便利だ。月々の支払いだって知れてるし、この記憶力があれば僕の給料だって上がるだろうから、なんの問題もないよ。」

次の日、妻も同じように店に行き、手術を受けた。ささいな用事を忘れずに済むようになり、妻は大喜びの様子だった。二人は良い買い物をしたと喜び、久々に二人で食事に行って、今後の人生の成功を期待を込めて乾杯をした。


それから数か月が経った。

男は完璧な記憶力を手に入れたにもかかわらず、営業成績はほとんど伸びなかった。それどころか社員全体で見ても成績が悪い。完璧な頭脳を手に入れたはずなのに成績が伸び悩むのはおかしい。そう男が悩んでいると、突然、上司から呼び出された。

「すまないが、君をリストラすることになった。最近は会社の経営が厳しくてね。営業成績の悪い社員からリストラすることにしたんだ。」

突然のリストラに男は驚き、呆然と立ち尽くした。

「おかしい、こんなはずじゃない。完璧な頭脳を手に入れたのに、営業成績が伸びないどころか突然リストラされるなんて。生活もできなくなるし、記憶装置のローンだってどうやって返せばいいんだ……。」

男は、リストラされたという現実と見えない将来への不安から、今にも怒鳴り散らしたい気分だった。そのとき妻から連絡があった。

「あなた、お肉を買い忘れたから買ってきてくれない?」

お前も記憶装置をいれたはずなのに、どうして買い忘れをするんだ!肉を買って来いだなんて、リストラされたばかりでそれどころじゃないんだ!

男の苛立ちは一層募るばかりであった。男はこのイライラを抱えたまま、どうしてこうなったのかと考えていた。そうして、男は、こんなことになったのも記憶装置が壊れているからに違いないと考えた。男はすぐさま記憶装置の専門店に行き、クレームをつけた。

「この店で仕事のために記憶装置を買ったんだが、買っても仕事が上手くいかないどころかリストラされてしまった。完璧な頭脳がついていて、リストラなんてされるわけがないんだから、記憶装置が壊れているに決まっている。装置を調べてみてくれ。もし壊れていたら、責任取ってもらうからな。」

店員は男の剣幕に押され、装置を調べてみることにした。

「お客様の装置は問題なく動作しております。記憶保存機能は正常で、お客様が装置を入れてからの数ヵ月分の記憶は、消去されたものを除いてすべて確認できます。」

「消去されたものを除いてだって?消去なんてした覚えはないぞ。装置が壊れているんじゃないのか?」

「記憶消去機能も正常のようです。記憶を消去したので覚えていらっしゃらないのは当然です。復元も可能ですが、いかがしましょうか?」

「今すぐ復元してみてくれ。私は記憶を消すようなことはしないから、きっと誤作動に違いない。」

店員はすぐさま記憶の復元をした。その瞬間、男の脳裏に消されていた記憶が流れ込んできた。記憶はどれも仕事に関するものだった。上司や同僚が仕事の成績を心配し、男に苦言を呈していたが、男は仕事の成績をとやかく言われるのがストレスで、話をされるたびに記憶を消去していた。

「突然のリストラではなかったのか……。」

男は茫然自失となり、店から出ていった。男は家に帰った後、再び記憶を消去した。そうして、男にとってこのリストラは"装置の不具合"によって引き起こされた、どうすることもできない"突然の出来事"となった。


「いやー、大変でしたね。」

店員が接客を終えると、同僚店員が声をかけてきた。

「ああいうお客さん困りますよね。自分の人生が上手くいかなかったからって、やれ製品が悪いとか、技術が悪いとか。完璧な記憶力があっても、知識をインプットして記憶力を有効活用しないと、ただの人と変わりませんからね。ああいう人は時代についていけないんだろうなー。」

記憶装置は確かに店員の言う通り完璧だった。記憶の保存も消去も思いのまま。ただ一つ問題があったとすれば、人の不完全さを勘定に入れていなかったことだけだった。

完璧な記憶力があったからと言って、手放しで完璧な人間になれるわけではないことを男は知らなかったし、自分がシステムにおける唯一の脆弱性であることにも気付かなかった。

上手く技術を扱えない人が悪いのか、誰でも扱える技術でないことが悪いのか。いずれにせよ、急速に発展していく社会の中で男は淘汰されたという事実だけがそこにはあった。


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