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紫本06 人類最大の武器、脳

 では多くの野生動物に比べてフィジカル面で悲しいくらいに劣る私たち人類の武器は何でしょうか?

答えは「脳」です。

 私たちの脳の重さは成人であれば1・2キログラムから1・6キログラム。体重のわずか約2・5%を占めるに過ぎません。しかし脳を構成するニューロン神経細胞の数は約1000億とも言われており、しかもそれぞれのニューロンは他のニューロンと1000から10000と連結してネットワークをつくっています。

 その組み合わせの数の合計はそれこそ天文学的数字であり、一説によれば宇宙に存在する素粒子の数を超えるとも言われていて、既に脳には無限大としか表現できないつながりがあります。人間が取り扱える数字を超えているわけですね。

 また脳の容量はこれまで100万ギガバイト前後とされていましたが(それでもテレビ番組に換算すれば300万番組を録画・保存可能)、アメリカ・ソーク研究所のテリー・セチノウスキー教授らが「eLife 」で発表した論文によると、脳全体では約1ペタバイト(1024テラバイト)もあり、HD品質の映像 13.3年分、それまで考えられていた約10倍の容量があることがわかりました。人間の寿命のうちに全て使い切るのは現実的に不可能、つまり実質上限なし、無料で使い放題で月末の引き落としもありません。

 脳のネットワーク内の情報伝達は電気信号で行われ、その情報伝達のスピードは最速で1秒間に120メートルに達すると言われています。これは時速約430キロメートルに相当し、新幹線の最高速度である時速340キロを上回るスピードです。脳の血管を全部伸ばして並べると10万マイル(約16万キロ)、地球4周分にあたります。スポーツドクターなのに走るスピードが遅い私ですが、身体の中には新幹線を超える速度を持っている。なんかその事実だけでも、ちょっと嬉しい気がします。

 物理的には有限であるにも関わらず、機能的には無限に近く、しかも無限についても考えることができる。ネットワークは宇宙を超えるほどの数の組み合わせをもっている。その間をハイスピードの電気信号が飛び交って情報交換を繰り返している。現代人が全く経験していないジュラ紀や白亜紀の恐竜時代に想像を巡らせることができる。宇宙に飛び出す計画を立て、試行錯誤の果てに実現してしまう。

脳は、まさに人類が有する最強の武器です。


イラスト:杉山鉄男

 ここで脳研究に関して非常に重要なポイントをお伝えしましょう。

 それは、現代は私たち人間が脳について科学的に解明できるようになった初期の初期に過ぎない、ということです。高度な科学技術の進歩に伴い、1990年代に fMRI(機能的磁気共鳴画像)が登場しました。

 そのおかげで被験者を傷つけることなく「脳のどの部分が活性化しているか」を動画や画像でリアルタイムに把握できるようになりました。さらにfMRIを含む、新たなテクノロジーが次々と新たな実験方法を生み出し、脳研究に関する革命的なブレイクスルーが起き、今まで明確になっていなかった現象が次々と証明される時代を迎えたのです。

 つまり「なんとなくそんな気がする」「昔から言い伝えられてきたこと」「なぜかわからないんだけどとても良いこと」などが科学的に捉えられるようになってきました。

 同時に、天文学で地動説が証明された時に、それ以外の説の間違いも同時に証明されてしまったように、それまで流布されてきた「過去の正解の不正解」もわかってきています。


 たとえば「大人の脳においてニューロンが新しく生まれることはない」と信じられていました。しかしながら最新の研究では、記憶と学習に重要な海馬(かいば)をはじめ、いくつかの部位ではニューロンが日常的に新生していることがわかっています。


Hippocampus 海馬 wikipediaより

 さらに高齢者であっても、知的活動を行う人たちはニューロンの軸索(他の脳細胞と連結する手足のような部分)が太くなる、伸びる、ニューロンからニューロンへ情報を伝達する神経伝達物質を貯蔵するシナプス小胞(しょうほう)と呼ばれる袋の数が増える、という現象も認められています。

  「右脳型タイプ、左脳型タイプの人がいる」という説も、現在は否定されています。私たちの右脳と左脳は、脳梁(のうりょう)と呼ばれる神経線維の束で連結されているのですが、その数は何と2億本にも及び、実際は左右の脳で瞬時に情報交換を凄まじい勢いで繰り返しています。


脳梁(赤い部分)

 そして脳は「ある特定の部位」だけで機能しているのではなく「ネットワークとして機能している」ことが解明されているのです。「私は右脳型タイプ、うちの長男は左脳型タイプ」のような区別を、左右両脳を使ってやっていたというわけですね。

「モーツァルトを聴くと頭が良くなる」という説も現在は各専門家による検証によって否定されています。


 ただこういうのは「それを信じている人が多い」「ビジネスとしても成立している」状況では、「そうでない証拠や科学的証明」はなかなか伝わらないのが現実社会の難しいところです。我が子には頭が良くなってほしい、という潜在的な願望を充足するファンタジーとも言えますし、それを信じて行動してきた人にとっては受け入れ難いバイアスも働いてしまいますよね。

 今後、脳機能解明の流れは、さらなる科学技術の発達に伴って加速度的に勢いを増していくことでしょう。それによって常識の更新も次々に起きるはずです。

 それでも「脳に関しては解らないことが圧倒的に多いことが解っている」と言われるほど、未知の領域であり、未知ゆえに大きな可能性を有しています。

そしてラッキーなことに、脳のポテンシャルに大きな個体差はなく、我々はほぼ同等のスペックをもっています。つまり「生まれつきどんな脳をもっているか?」を気にしすぎる必要はない、ということです。(『強さの磨き方』 ~強さと人間理解~より)

弱さがあるから強くなれる

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