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『学校英語教育のコミュニケーション論』に救われた話

去年の夏に買ってこの春休みにようやく『学校英語教育のコミュニケーション論』(榎本, 2019)を読んだが,本当に読んでおいて良かった,軽く命を救われたレベルの話。

本の内容をざっくり

自分程度にざっくり話せる内容の本ではないけど,学校で行われる英語の授業の中で本当に起きている「コミュニケーション」とはどのようなものなのかを,著者である榎本先生が実際の高校の教室に入り込んでつぶさに観察したもので,英語授業で思い浮かべられるような「コミュニケーション」がいかに空虚で軽薄なものかということを突きつけてくれる。
もうこの本に関してはその価値を感じてもらうには1ページずつ自分でめくって読み進めてもらう他ないと思う。英語の授業で行われる・目指される「コミュニケーション」に少しでも違和感やモヤモヤを感じている方には是非手に取ってもらいたい。
また,英語教師や小学校で外国語の授業を担当する先生に限らず,学校という場に関わる全ての人,特に「生徒に寄り添いたい」「生徒のことを深く理解したい」と思っている先生方には読んでもらいたい。

初めて出会う生徒たちとの最初の授業

今年は高校1年生の英語表現の授業を持つ。初めて見る学年の初めての授業は2つの活動を通しての僕の自己紹介で終わった。そのうちの一つの活動は,グループで僕の答えが"YES"になる質問2つと"NO"になる質問を1つの計3つ,僕に対する質問を考え英語で黒板に書くというもの。他の班と被っていないことを一応ルールとして入れておくことで"Are you a man?"みたいな空(から)質問はだいぶ少なくできた。もちろん全部の質問に対して嘘偽りなく僕が答える約束。
この活動中の生徒の様子が発展・標準・基礎の習熟度によって少しずつ異なっていた。基礎クラスはあまり躊躇いもなく笑いながら"Are you virgin?"とかを黒板に書いてくる。そういう男子校ノリはあまり好きではないというか,端的に言って苦手だが,だいぶ慣れてきたのでこの辺りは事前に覚悟してた。それ以外にももし共学でやられたらテンヤワンヤしちゃいそうな質問が基礎クラスではいくつも出された。生徒たちはそれを笑って見て,僕が答えるとさらに笑っていた。
標準クラスでは質問を考えている間にそういう話は聞こえてきたが「いや,流石にやめとけよ」「初めての授業だぞ」「いや,でもなんでもいいって言ってたよ」とかかなり葛藤している様子で,結局共学でも全部セーフな質問だけで収まった。
発展クラスはほとんどそういう発想にはならないのか,そういうことは授業中に言うことではないと意識しているのか,どちらかというと僕のパーソナリティを遠回しに探ろうとしているような質問が多かった。"Can you speak English very well?"に対して僕が"Actually, I don't think my English is very good, so the answer is NO."と答えると「あー,謙虚系ね!」とタグ付けされたり。
今日のこの活動,冒頭で挙げた本を読んでいなかったら「おい,授業中だぞ。もう高1だろ,しっかりしてくれよ」みたいな感じでちょっと苦手意識を持ってしまっていた気がする。
でも本書のおかげで,「生徒たちは今僕と,そしてクラスメイトと駆け引きをしながら,この英語表現という授業の位置付けや初めて会った教師と自分たちとの関係性を調整しようとしているんだ」と冷静に考えることができた。その上で「じゃあこっちは君らが思ってるより不真面目な一面も見せちゃおうかな」とか「そっちがこっちを揺さぶってくるならこっちだって」とか柔軟に対応して45分×3コマを過ごすことができた。
それでも普段は全くやらないAll in Englishの授業をすることで「人見知りで男子校ノリ苦手な自分」を「ちょっとポップな英語話者としての仮初めの自分」で上から塗り固めての授業だったので授業後はドッと疲れた。ついでに帰りのHRで(ホームルームの「ホーム」感をこんなに感じたことは初めて)「今日思ったけど,外国語喋れるとちょっと人格を変えたい時に便利だわ」という話をしておいた。優しい生徒たちから「先生おつかれ」と肩を叩かれた。
来週からもまだまだ探り合いは続く。2年連続見ることになった中3生との授業ではある意味慣れきった関係性の中でそういう探り合いみたいなことを考えるのが逆に難しいので,この高1英語表現では(ずっと英語で話しつつ)そのあたりのアンテナも高くしていきたい。

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