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文体をめぐる冒険①三島由紀夫編『金閣寺』

この記事では、三島由紀夫の文体を実際に分析していく。

これを読めば貴方の文体観察力はあがるはずだ。

そんなことを豪語する根拠はいたってシンプルだ。
文体を観察していくために使う検査項目をたくさん用意したのだ。

なお、検査項目は本物の国語学者が著書「日本語文体論」で提唱している文体分析モデルの一部を借用したものだ。僕が適当に作ったものではないので安心して欲しい。

文体検査項目のおさらい

見せるのが早いだろう。これだ。

発想、作品世界、題材、表現態度(受け手意識、叙述)、文章展開(冒頭の性質、内容展開、映像展開、連接・呼応)、文構成(文型、主述関係、文長[平均、偏差]、文頭、文末[変化、時制、文体])、語法、語彙(修飾関係詞、連接関係詞、高頻度語、語性、話構成、語種、漢語率、位相、レベル、語彙量)、表記(漢字率、洋字・符号)、修辞(修辞度、比喩、技法、リズム)、体裁(改行、字面)

『日本語文体論』(中村明著・岩波現代文庫)p286-287表より一部項目を引用

おびただしい量である。これらの観点で文体を観察すれば、今までにない視点を手に入れることができるのではないだろうか。実際これだけの観点で文章を分析している記事は他にないので、読む価値は多少なりともあると思う。

ただ、検査項目を用意したのはプロであるが、診断するのは素人である。適切な診断ができているとは言い難い部分が大半をしめる。

ゆえに、ぜひも一緒に文体分析をして欲しい。そしてコメントや記事などで僕にその視点を教えてくれるとうれしい。

また、シンプルに語や文法解釈を間違えていたら申し訳ない。許してください。

ということで今回取り上げる三島由紀夫の美文は以下の三段落だ。

金閣寺引用

 〈1〉夜空の月のように、金閣は暗黒時代の象徴として作られたのだった。〈2〉そこで私の夢想の金閣は、その周囲に押し寄せている闇の背景を必要とした。〈3〉闇のなかに、美しい細身の柱の構造が、内から微光を放って、じっと物静かに坐っていた。〈4〉人がこの建築にどんな言葉で語りかけても、美しい金閣は、無言で、繊細な構造をあらわにして、周囲の闇に耐えていかなければならぬ。

『金閣寺』(三島由紀夫著・新潮文庫)p27

 〈5〉私はまた、その屋根の頂きに、永い歳月を風雨にさらされてきた金銅の鳳凰を思った。〈6〉この神秘的な金いろの鳥は、時もつくらず、羽ばたきもせず、自分が鳥であることを忘れてしまっているにちがいなかった。〈7〉しかしそれが飛ばないようにみえるのはまちがいだ。〈8〉ほかの鳥が空間を飛ぶのに、この金の鳳凰はかがやく翼をあげて、永遠に、時間のなかを飛んでいるのだ。〈9〉時間がその翼を打つ。〈10〉翼を打って、後方へ流れてゆく。〈11〉飛んでいるためには、鳳凰はただ不動の姿で、眼を怒らせ、翼を高くかかげ、尾羽根をひるがえし、いかめしい金いろの双の脚を、しっかと踏んばっていればよかったのだ。

『金閣寺』(三島由紀夫著・新潮文庫)p27

 〈12〉そうして考えると、私には金閣そのものも、時間の海をわたってきた美しい船のように思われた。〈13〉美術書が語っているその「壁の少ない、吹ぬきの建築」は、船の構造を空想させ、この複雑な三層の屋形船が臨んでいる池は、海の象徴を思わせた。〈14〉金閣はおびただしい夜を渡ってきた。〈15〉いつ果てるともしれぬ航海。〈16〉そして昼の間というもの、このふしぎな船はそしらぬ顔で碇を下ろし、大ぜいの人が見物するのに委せ、夜が来ると周囲の闇の勢いを得て、その屋根を帆のようにふくらませて出帆したのである。

『金閣寺』(三島由紀夫著・新潮文庫)p28

それではさっそく、文体をめぐる旅に出てみようと思う。

金閣寺の文体分析

作品世界、題材、表現態度

引用文の読了後、
皆さんにはどんな景色が見えたのだろうか?

3D +1D、実存と夢想の混合金閣、表現をビューする

まずは、ポーズされたゲームの画面を想像して欲しい。

背景は闇で、
金閣寺は立体的で細部が想像できるのではないだろか。

闇の空間の中に「金閣寺」という基本サイズのオブジェクトがあるのではないか。さらに、中をのぞき込んだりズームしたりすることで「柱」「鳳凰」(▶︎眼、翼、尾羽、双の脚)といったディテールのオブジェクトを見ることができるのではないだろうか。

金閣寺や鳳凰は金光を放っているのではないだろうか。

鳳凰は火の鳥みたい夜空をほんのり照らしていて、金閣は柱も外壁も海みたいに煌めいているのではないだろうか。普通、闇の中にそんな光源があるはずないのに。

四次元方向に動く鳳凰や金閣寺が見えるのではないだろうか。

闇の風景には静寂、もしくは激しい風雨を付け加えることができる。そこを翼を広げた金色の鳳凰が飛翔していたり、時間を航海する金閣寺が見えるのではないだろうか。

まぁ、そういう風に書いてあるんだからここはそこまで相違ないだろう。

金閣寺が存在するための「空間」の準備

引用文では、
「〈1〉夜空の月のように~暗黒時代」「〈2〉金閣は、~闇の背景を必要とした」とか、初めに「闇の空間」を定義する。

以降、金閣寺は最後の<16>の文まで闇の中に佇み続けることになる。

二つの主材「実存」と「夢想」

この闇の空間に浮かぶ「美しき金閣寺」は、二つの主たる材料で構築される。

①(客観的に)実存の金閣寺
②(主人公の)夢想の金閣寺

この二つだ。

ここから、この二つは何でできていてどう組み合わされていくのかを見ていく。

まずは二つの主材とは何かをもう少し分解する。

①実存の金閣寺

実際に存在するパーツ、もしくは客観的事実のことだ。
(事実の例:鳥は空間を飛ぶ)

引用文の中から抜き出すと「<3>細身の柱」「<5>屋根の頂きの永い歳月を風雨にさらされてきた金銅の鳳凰」「<6>時もつくらず、羽ばたきもせず」「<8>鳥が空間を飛ぶ」「<11>鳳凰はただ不動の姿」「<12>金閣そのもの」「<13>壁の少ない、吹きぬきの建築」「<16>大ぜいの人が見物する」が実存の金閣寺である。

その他、引用文の前の項で語られていた美術書に載った金閣寺の建築様式や歴史が、まさに実存の金閣寺の情報である。

②夢想の金閣寺

主人公の想像の金閣寺で、「①実存の金閣寺」以外の全てだ。

例えば「<1>暗黒時代の象徴」とか「<2>闇の背景を必要とした」とか……以下①実存するもの以外の全部が夢想の金閣寺である。

小説の冒頭(p1-p2)で主人公は「この世に金閣寺より美しいものは存在しない」という父の言葉を聞いてから、あらゆる美しい光景に金閣を見出す。これはまさに主人公の夢想の金閣寺だ。(例えば、遠い田の面の日にきらめく姿とか、山あいの朝陽の中とかに金閣を見出す)

そして、
この二つの主材を組み合わせて出来上がるのが、実存と夢想が組み合わさってできる「美しき金閣寺」のイメージだ。

二つの主材を組み合わせる

金閣寺は、<1> <2>でイメージの背景となる闇の空間を描いた後は、ひたすらそこに「事実」と「夢想」の金閣寺を組み合わせて描写し続ける。その中でも多くは同一文内に実存と夢想の金閣寺を組み合わせて入れる。

「<3> [実存]細身の柱」「<3> [夢想]微光を放つ」とか「<8> [実存](他の)鳥が空間を飛ぶ」「<8> [夢想]鳳凰は~永遠に、時間の中を飛んでいるのだ」とか。

結果、"柱"や"鳳凰"といった金閣寺の実存パーツが映像として浮かぶ。

さらに'内から微光を放つ柱'とか'時の中を飛ぶ鳳凰'みたいな幻想的な夢想のエフェクトがそこに加わる。

次に、
「〈9〉時間がその翼を打つ。」「〈10〉翼を打って、後方へ流れてゆく。」とか

短い用言止めで夢想のイメージを動きとして描くことで「時の次元」を空気の流れのように顕在化させる。

そして次の長文で、
「<11>鳳凰は不動の姿で~よかったのだ」などと
まるで夢想の風景のように、鳳凰像の実存の描写をいれて読者を倒錯させ、実存と夢想の区別を失わせる。

さらに次の文では段落を変えて
「<12>金閣そのもの」「<12>時間の海をわたってきた美しい船のように思える」というふうにして
今まで鳳凰に抱かせていた幻想の全てを金閣寺そのものという実態に移し替える。前文で何が実存で何が夢想なのかよくわからなくなっている僕は、結果、金閣寺が時間を渡る船であるとすんなりうけいれる。

次の行からは、
鳳凰でやったのと同じような流れで補強するだけだ。

「<13>壁の少ない、吹きぬけの建築」「<13>船の構造」というように
実存パーツに夢想のイメージを付加して金閣寺を補強する。

「<14>金閣はおびただしい夜をわたってきた」「<15>いつ果てるともしれぬ航海。」と
短文で夢想のイメージを連発し、「時の次元」を海の流れのように顕在化させる。

このように二つの主材を組み合わせてひたすらに描写され続けたところ、主人公の中にある美しき金閣寺の世界に引きずり込まれ感動しているのである。

ちなみに最後は、
読者の中に今まで浮かんでいた闇の中にひかる金閣寺というイメージとは真逆の「<16>昼の間の大ぜいの人が見物する」という強い言葉をいれる。「闇」の真逆の「昼」という真逆の意味を持つ強力な言葉をいれて結果、読者は一度現実的な世界に引き戻される。その後、同文内に「<16>夜がくると周囲の闇の勢いを得て、その屋根を帆のようにふくらませて出帆したのである」と最後にもう一度だけ「闇」のイメージを挿し込むことで美しき金閣寺の情景描写の余韻を残し、幻想的な描写の項を終える。

文章展開(冒頭の性質、内容展開、映像展開、テンポ)

冒頭の性質、内容展開、映像展開は「作品世界、題材、表現態度」で述べた内容と同じ

この項目はほぼ作品世界・題材・表現態度の項目とかぶっているので読み飛ばしてもらって問題ない。

冒頭は、「<1>夜空のように」というレトリックから入り「暗黒」「闇」というワードを入れて、読者の頭の中に背景の闇を描いている。また同時に「<3>柱が内から微光を放つ」という金色の神々しい金閣寺の描写を少しこぼしておきつつ「<4>金閣寺は闇に耐えねばならぬ」という、打消しの助動詞ぬをいれてまで、闇推しの描写をして段落を終えている。

その後の内容展開だが、二段落目で鳳凰の描写で尽くす。三段落目はひたすら金閣寺を描写する。どんな描写かは、記事の二つの主材を組み合わせるの項を参照してほしい。

映像展開の順序は、まず闇の背景が浮かび、金閣の内部のぼんやりと光る柱が浮かび、金閣寺の外観全体が浮かび、屋根の頂上の鳳凰が浮かび、それが輝きながら時空をはばたくのが浮かび、頂上で静止する鳳凰の姿形が浮かび、金閣の外観が浮かび、闇の時を航海しているのが浮かび、昼の京都にある見学されている金閣が浮かび、闇夜の金閣がやんわりと浮かぶ。

詳細は、金閣寺が存在するための「空間の準備」、二つの主材「実存」と「夢想」の項を参照してほしい。

引用文のテンポは「金閣寺」の他の項に比べると早い

主人公が幼時に「金閣寺より美しいものは地上にない」と聞かされてから十数年かけて醸成してきた夢想が凝縮されている。

三島由紀夫は別著「文章読本」で文章のスピードに言及している。
引用文が三島由紀夫がいうスピーディな文章に該当するかは微妙なところだが、僕は引用文が苦心惨憺の末に書いた文章な気がしている。

文章の不思議は、大急ぎで感じられた文章が必ずしもスピードを感じさせず、非常にスピーディな文章と見えるものが、実は苦心惨憺の末に長い時間をかけて作られたものであることであります。

『文章読本』(三島由紀夫・中公文庫)p187

また、引用文以外の金閣寺全体のテンポについて、僕の書いていた説明より端的で分かりやすい記事があったので引用する。

金閣寺は全体的に一文は長くなる傾向にあり、読点も多い。したがって読者は遅めの速度で文章を読むことになる。加えて言葉遣いが難解な部類であることを考慮に入れると、鈍重で無骨な印象は避けられない。

「金閣寺の文体について」(リクトーさん・はてなブログ「コスタリカ307」)
https://riktoh.hatenablog.com/entry/kinkakuji

noteもやってらっしゃったのでこっちも。

文構成(文型、主述関係、文長[平均、偏差]、文頭、文末[変化、時制、文体])

文型はスルー・主述関係は分かりやすい

日本語の文型の定義がよくわからなかったので、ここでは述べないことにした。すいません。

引用文の主述関係はわりと分かりやすい。述べるまでもないのかもしれないが。修飾はそこそこ多いがだいたい主語には主格の助詞がついているし、述語は文章の最後に来る。

また、一つの文で主語と述語の数がしっかり一致しているので読みやすい。

ex)「<2>~、[主]金閣は~[述]必要とした。」

もしくは省略している箇所も述語に対して主語がかぶっているから省略しているだけなので分かりやすいものが多い。

ex)「<3>~[主]柱の構造が、~[述1]放って、[述2]坐っていた。」

段落の最後の文は、文章が長くよく見ると構文がやや複雑だが、主語の前に読点が多く、読む分には困らない。

ex)「<16>そして昼の間というもの、[主語1]このふしぎな船はそしらぬ顔で碇を下ろし、[主語2]大ぜいの人が見物するのに委せ、[主語3]夜が来ると周囲の闇の勢いを得て、その屋根を帆のようにふくらませて出帆したのである。」

久しぶりに主語述語という概念を見て、この項目もスルーしたいなぁと不安になりながらしかたなく一応分析したのであった。

文長の作るリズム、文頭は別々で

文長については、特徴があった。
段落の中で一番長い文章は必ず段落の最後にあるのだ。

これは、読みやすい文章のリズムを作るのに非常に重要だと思われる。読者の立場にたって考えてみると、長い文章は思わず読み飛ばしたくなることがあるが、それを段落の頭ででやられると段落全体が死ぬ。段落のしっぽを切られたとしても被害は最小限におさえられる。

これは、引用箇所以外にもその傾向が見られた。

文頭の特徴。それは、主語は連続して同じ言葉を使わないということだ。
まぁ、だいたいの作家がそうだとは思うが。

踊る文末、冴える分析

三島由紀夫は「作家が非常に頭を悩ませる部分である」とどこかで言っていた気がする。見つからなかったが。

文末表現には注目すべき特徴があった。個人的には、非常に勉強になる特徴だ。

引用文の文末を数値的に抜いてみると下記のような感じになる。

 ●確述の助動詞「た」:8個、
 ★断定の助動詞「だ」:3個、「である」:1個
 ◆用言止め:2個、◆体言止め:1個、☆打消しの助動詞「ぬ」:1個

なんとなく文末表現を●★☆◆■記号に置き換えて並べてみると下記のようになった。結果を見て、自分は天才なのかもしれないと思った。

【1段落目】●●●☆
【2段落目】●●★★◆◆★
【3段落目】●●●■★

見てのとおり、文末には隠れたリズムが存在していた。

記事内の「二つの主材を組み合わせる」で述べたような、
僕が引き込まれた文章、読者を一気に引きつけようとするような文章については、それに呼応するように文末が踊っていた。

また、段落の最後を見ると分かるが、場面を転換する前の文章でも文末は少し変わったステップを踏むようだ。「<4>ぬ」とか「<16>である」とかね。

これは金閣寺の他の箇所でも見られる特徴だ。

例えば、引用文外の文末表現をみたい。
最終段落の文章である「〈16〉夜が来ると〜屋根を帆のようにふくらませて出帆したのである」の次の段落の文、いわば四段落目<17>から六段落目<29>の終わりまでの文末表現を抜き出していく。

四段落目は、主人公溝口の心理描写を一度挿し込む段落となるのだが以下のような文末になる。

【4段落目】☆●●★

なお、五段落目と六段落目は再び金閣寺をこれでもかというくらい描写するのだが、以下のように「たたたたたたたたたた」と百裂拳をうって終わる。

【5段落目】●●●●
【6段落目】●●●●●

ちなみに、この六段落目最終行の『はては、美しい人の顔を見ても、心の中で、「金閣のように美しい」と形容するまでになっていた。』をもって節を終え、時間も場面も変わる。

この作品の主人公は、本当に金閣寺が好きだなぁ。

語法

漢文的対句構造の発見

語法の特徴を見つけ出すのは、僕にはまだ難しいなぁと悩んでいたところなんと「文章読本」にて自分で自分の文章の癖に言及していくれていた。

対句の影響が、私のうちに残っていて、例えば「彼女は理性を軽蔑していた」と書くべきところを、「彼女は感情を尊敬し、理性を軽蔑していた」というように書くことを好みます。

『文章読本』(三島由紀夫・中公文庫)p191

これを見たあとに、二段落目と三段落目の対応が、対句に近いものを感じた。二段落目の「鳳凰」「鳥」「飛ぶ」と三段落目の「金閣」「船」「渡る」が対句に近い構造をしている。比喩の項目でも、少し取り上げる。

語彙(修飾関係詞、連接関係詞、高頻度語、語性、話構成、語種、漢語率、位相、レベル、語彙量)

主たる高頻度語に着目し、修飾関係詞を見る、ついでに連接関係詞も

高頻度語を抜き出した。

形状詞「様(よう)」 4語
形容詞「美しい」3語
動詞「する」8語
動詞「いる」8語
動詞「飛ぶ」4語(他「渡る」「打つ」が2語)
動詞「くる」4語
動詞「思う」3語
名詞「闇」4語
名詞「金閣」7語
名詞「構造」3語
名詞「時間」3語
名詞「周囲」3語
名詞「船」3語
名詞「鳥」3語
名詞「鳳凰」4語
名詞「翼」4語
連体詞「その」6語
連体詞「この」5語

キーワードとなるような単語はやはり高頻度で出てくる。名詞でいえば空間・時間などの空間を表す単語、金閣・船といった金閣寺そのものを表す単語、鳳凰・鳥・翼といった鳳凰を表す単語が高頻度で使われており、それに呼応した飛ぶ、渡る、打つなどの動詞が書かれている。また、形容詞は高頻度語だけではなく、全体としても少ない。

また、連接を示す接続詞は全部で五つある。展開に緩急をつけるタイミングで、接続詞が入っているものと思われる。

①「<2>"そこで"私の夢想の金閣は~闇の背景を必要とした」
②「<5>私は"また"、その屋根の~鳳凰を思った」
③「<7>"しかし"それが飛ばないようにみえるのは間違いだ」
④「<12>"そうして"考えると~金閣~船のように思われた」
⑤「<15>"そして"昼~碇を降ろし~夜が来ると~出帆した」

語性・語構成・語種・漢語率・位層・レベル・語彙量を一気にさらっと言及

語性に関して言えば、「闇」「鳳凰」「金閣」「船」等、その名詞自体に霊妙で気品を感じるような単語が選ばれている。

また鳳凰に焦点をしぼると、
「眼」「怒らせ」「翼」「かかげ」「尾羽根」「ひるがえし」「双の脚」「ふんばる」というように、金閣寺の屋根の頂上に佇む映像が浮かぶ必要十分な描写している。引用箇所の平易な語彙を並べた文章から浮かないように、しかし確実にさらりと描いている。

語構成について言えば、複合語や四文字熟語は見られない。単純語の多い文章である。※

語種についても、外来語等はほぼ使わない平易な感じである。※難しい表現もない。強いて言うなら「構造」という単語が、現代を生きる僕にはあまり見ない使われ方をしているなと思ったのと、「時をつくる」という慣用句もなぜ自分がすんなりと理解できたのか分からないくらいあまり見ないものだった。(鶏鳴が朝を呼ぶというような意味合い)

三島由紀夫は本来漢語の使用率が高いと言われている作家だが、引用文ではそこまで漢語をそこまで多用していない。※やさ日チェッカーα版で調べたところ漢語率(名詞+動詞)は33%(65/196)だった。

※ただし、それはあくまでもこの引用文ではという話である。

例えば、引用文の前の美術書が語る金閣寺の項に書かれた文章は、建築様式や歴史は人名ばかりの難語・専門用語の四文字熟語オンパレードで引用文とは対照的にめちゃくちゃ難しい語彙が使われている。

位相・レベル・語彙量は言及しない

位相とか、レベルとかいうのは、僕には早すぎた概念だった。

語彙量について、天下の三島由紀夫さんの語彙をはかろうとするなどご勘弁願いたいが、ただこの引用文だけに言及するならば、一般人も読めるくらいの語彙である。

表記(漢字率、洋字・符号)

漢字率は引用文に関して言えばそこまで高くないし、洋字はないし、符号は特殊なものはないのでとばすことにした。決して疲れたとかではない。

修辞(比喩、技法、リズム)

とにかくレトリックだらけの文章だ。

巧みな対比を生み出す直喩・品格を生む擬人法・流れるリズム

まず分かりやすいのでいくと
「夜空の月のような~」とか、
「船のように」「帆のように」とか直喩が使われている。

前者の直喩は闇の空間の視点をさりげなく空に固定するのに、
後者の直喩は前段落の「空を飛ぶ」という動作主体の「鳥(軽い)」に対して、「海を渡る」という動作主体の「船(重い)」を持ってきて対比しつつ、巧みに「時間の中を動く」という部分の意味を引き継ぐのに、活躍している。

また、「金閣は~物静かに坐っていた」とか「金閣は、無言で~耐えていかなければらぬ」とか、「そしらぬ顔で」とか、たくさんの箇所で擬人法が使われている。

物体に存在文の中に坐るとか、耐えるとかおごそかなイメージを付与したり、そしらぬ顔というふうに人間など歯牙にもかけないような格式高さを付与したりしている。

その他、たくさん隠喩もあるように見えるが、もうどれが比喩なのか分からないくらい比喩が多いので、他の箇所は皆さんに是非とも教えてもらいたい。

リズムについても三島由紀夫は「文章読本」の中で言及している。

文章の中にリズムが流れることも、私にとってどうしても捨てられない要求であります。そのリズムは決して七語調ではありませんが、言葉の軽妙な置き換えによって、リズムの流れを阻害していた小石のようなものが除かれます。

『文章読本』(三島由紀夫・中公文庫)p191,192

既に言及していることも多いですが、三島由紀夫の引用文に感じたリズムのようなものは、行や段落にあわせた文長や文末の調整や表現方法の選択などによって意識的に作られたものなのだろう。

体裁(改行、字面)

改行については、別の項でもふれたが、多くの点で重要だろう。
段落毎のテーマと捉えると、一段落目は「闇と金閣」。二段落目は「時を飛ぶ鳳凰」。三段落目は「時を渡る金閣」という感じだろうか。そして段落が変わる前の行は長文となり、文末表現にもリズムを持たせたりしている。

字面については、厳めしい印象がある。というのも、比較的読みやすい項ですら「坐る」「鳳凰」「碇」等のなんだか強そうな語がそれぞれの段落に配置されているからだ。

字面についても三島由紀夫は文章読本の中で言及している。

先ごろある外人のパーティに私は行って、一人の小説家にこう尋ねたことがあります。あなた方は小説を書くときに、印刷効果の視覚的な効果というものについて考えたことはありますか。彼ははっきり答えて、絶対にないと申しました。

『文章読本』(三島由紀夫・中公文庫)p28

われわれにとっては、一度、象形文字を知ってしまった以上、文章において視覚的効果と聴覚的な効果を同時に考えることは、ほとんど習性以上の本能となっております。

『文章読本』(三島由紀夫・中公文庫)p29


今回の冒険はここで終わる。
途中から文章読本というあらたな資料を持ち出しつつ、主に日本語文体論の検査項目を借用して文体をめぐった。そこで感じたのは、プロの作家というのは本当に細部の文体にまでこだわって文章を作りこんでいるということだ。

次の作家の文体は、一体どんなものなのだろうか。楽しみだ!

僕のおすすめ本販売コーナー《三島由紀夫編》

文体をめぐる旅で出会った関連本を露天販売することにした。Kindleで買えるものはKindleで、買えないものは実物で、ぜひご購入くださいませ。

①金閣寺(三島由紀夫・新潮文庫)

本日取り上げた伝説の名著。散々説明しているので、今更説明するのは逆に野暮だろう。

②文章読本(三島由紀夫・中公文庫)

文章を精読できる人を増やすのを目的として、金閣寺の作者である三島由紀夫先生が様々な文章を味わい解説している本。今回の文体をめぐる冒険でも語法の項目等余白が多くなりそうな箇所を補うのにも大変役に立った。そもそも文体研究の究極本でありこの記事の超絶上位互換。

③日本語文体論(中村明・岩波現代文庫)

これも説明の必要はないだろう。ちなみにこの本、結構強めです。

※『金閣寺』という小説の概要を知りたい方

下記の記事をお勧めする。

①ざっくり内容を知りたい方▶︎tage.book-noteさんの記事。ざっくりあらすじを解説してくれている。

②より細かくあらすじを知りたい方▶︎水石鉄二さんの記事「金閣寺」感想文というタイトルだが、概略についてもかなりしっかり載っている。


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