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ウコンのウンコとアンゼルチンのみずお君

タイトルを一目見ただけで、ぴんと来た人も多いのではなかろうか。
そう、新聞広告やチラシで「ウコン」を目にすると、一瞬、どうしても「ウンコ」に見えてしまうのである。

ウンコの力!

パターン認識の弱点であり、欠点である。
一字一句を追うのではなく、塊として認識しようとするから、固定観念や先入観や性向嗜好に引きずられて、誤認することもある。

ぼくの場合なぜ「ウンコ」に見えてしまうのか。
理由はわかっていて、自覚もあるのだが、ここでは触れないことにする。

ほかによく誤認するのは「ペット」である。
飼う「ペット」かと思ってよく見ると、ペットボトルの「ペット」だったり、「ベッド」だったりする。
これも理由はわかっている。

ウコンやペットの場合のように、すぐ誤認とわかるものならばよいが、気がつかないままになっている誤認も、けっこうあるに違いない。
「誤認」というよりも、完全な「誤解」で、間違ったまま、そうだと思い込んでいることも、相当ありそうだ。
読み間違い、聞き間違いなどで、実例を挙げればきりがないだろう。

そういえば、かつて、かなり有名な政治家が、破綻を「はじょう」と言っていたのを思い出す。
知らず知らずに恥をかいているのかと思うと、怖い話である。
うちのかみさんは、「歯ぐき」を「歯ぎく」と言い間違えていた、と知人のひとりも言っていた。

それを端緒に次々に思い出した過去のエトセトラ…。

小学校のときの友人は、「ブエノスアイレス」は正しく言えるのに、「アルゼンチン」と言おうとすると、どうしても「アンゼルチン」になってしまうのだった。
覚え間違いということではなく、わかっていながら、やめられない。
言い間違えてしまうのだ。

社会科の勉強を彼といっしょにやっているうちに、ぼくまでがつい、「アンゼルチンの首都はブエノスアイレスだよね?」などと言ってしまう。
音楽の授業では思わず、「アンゼルチン・タンゴ」と言ってしまいそうになった。

中学の国語の授業。
起立したO君が、何か海洋ものの物語を朗読させられている。
『宝島』だったろうか。

「そのとき、みずおは…」

「すると、みずおが言った…」

「みずお」とは「水夫」である。
O君は「光夫」という名前なので、ついつい、そんな風に読みたくなってしまうのだろう。

ぼく自身のことについても、二つほど例を挙げておこう。

よく間違えるのは、漢字二文字の名前である。
たとえば「弘道」。
これが「弘道」だったのか「道弘」だったのか、わからなくなることがある。

似たようなケースがもうひとつ。
「スカラベ」である。
「スカラベ」か「スカベラ」か、時には本気で、わからなくなってしまうのだ。
フンコロガシの別名にふさわしく、頭の中で、「ラ」と「ベ」がぐるぐる回っているような…
そんな感じである。

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