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「日記」としての南三陸批評――三浦英之『南三陸日記』(集英社文庫、2019年)

著者は、朝日新聞の若手記者。宮城が初任地だったという彼が、東日本大震災後に新たに設けられた「南三陸駐在」として宮城県南三陸町に赴任し、そこで経験した被災地の日常を「報告」した連載記事「南三陸日記」。毎週火曜日、2011年6月から2012年3月までの間、朝日新聞全国版に掲載されたそれに、文庫化に際し2018年に同地を再訪したルポルタージュなどを加えたものが本書である。

著者自身が語るように、外部の記者が出張で現地を訪れ、話題性のあるできごとを「報道」するのとは異なり、自身もその場所に身をおき、瓦礫に埋もれた被災地で人びととともに暮らしながら、そこで見聞きした日常を綴っていく「日記」である点が、本書のおもしろさの核である。例えば、3月11日に入籍する予定だったある夫婦とそれをとりまく人びとのエピソード。夫を亡くしたもののその子を宿した妻が、義母とともに出産を迎えるのだが、著者はそこに一友人として立ち合い、この家族の災後の日々を〈回復の物語〉として「報告」する。こんなふうに、鳥の眼ではなく、虫の眼で見た南三陸町の一年間が描かれる。

「大きな物語」を対象とするマスメディアには拾いきれない「小さな物語」に照準すること。対象との「近さ」――それは、著者がそこに住むことで獲得した当事者性でもある――はそのための不可欠の条件であったが、一方でそれゆえの課題も生じる。それは、その「近さ」ゆえに批判的視点を保持しづらいということだ。実際、本書のエピソードの大半は被災地の人びとがその大きな喪失にもかかわらず前を向いて歩きだす姿に光をあて、エールを送るという形式になっている。それだけなら、ただのファンブックだろう。この課題をどう乗り越えたらよいのだろうか。

本書の場合、ときおりノイズのように混じる不穏なエピソードがあり、それがかろうじてこの震災ルポルタージュに批評性のかけらを宿らせているように思われる。例えば、津波で多くを失った人びとがたくさんうまれた中で、ほとんど無傷であった人びとも一部存在した。後者の家族が無傷の家屋を捨てて町を離れることとなる「無事で申し訳ありません」という記事。あるいは、「再訪」のときまで描かれずにいた町役場の防災担当職員のエピソード。津波で亡くなったその彼女は、亡くなる直前まで防災無線で人びとに避難を訴え続けていたという。社会やメディアはそれを「美談」として消費したが、遺族の思いはそれとは別であったことなど。

当たり前のことだが、被災地と一口に言っても一枚岩なわけではない。そこにはさまざまな価値や文化があり、利害関係がある。同地で生活している以上、記者もまたそうした現地の力学に左右され、引き裂かれ、翻弄されざるをえない。通常のルポルタージュであれば、そこに著者の視点を立て、その視点から錯綜するさまざまな事象を整理し、著者の体験を読者が効率的に追体験できるような〈物語化〉が施されているものである。だが、本書は「日記」という形式で、その時々のできごとをリアルタイムで記録したもので、ゆえにそこには上記のような力学の痕跡がノイズとして刻印されている。「日記」という形式がもつ批評性である。決して一枚岩であるはずのない被災地の復興過程を記述するためにこうした形式もあるのだと知らせてくれる点が、本書の大きな意義ではないかと思われる。(了:2024/06/09)

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