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■第12回 理念経営でだれが幸せになれますか

1 最低限必要な条件さえ整えば、理念経営に関わるだれもが幸せになれる

 お届けしてきたシリーズ『武田斉紀の「理念経営 ホンネの疑問」』もいよいよ最終回です。今回のテーマは「理念経営でだれが幸せになれますか」です。

 理念経営についての、ある意味で“究極のホンネの疑問”と言えるかもしれません。

 私の答えは「最低限必要な条件さえ整えば、関わるだれもが幸せになれます」、そして「もっと条件が整えば、関わるだれもがさらに幸せになれます」です。

 本当でしょうか。これからご説明していきたいと思います。

 まず「最低限必要な条件さえ整えば、関わるだれもが幸せになれます」ですが、「最低限必要な条件」とは「経営理念を経営者と従業員で共有できていること」です。

 第1回からお読みいただいている読者の方には不要かもしれませんが、少し説明させていただきます。

 それはすなわち経営者が経営理念=この会社を通して「何を大切にしながら(価値観・手段)、何を目指したいのか(目的・使命)」を明らかにすること。そして経営理念に共感できる人材を従業員として集めて、企業活動を通して実現を目指していくという、とてもシンプルなことです。


2 働く側にとって経営理念に共感できる会社を選ぶということ

 ではなぜ「経営理念を経営者と従業員で共有できている」と「関わるだれもが幸せになれるのか」。

 従業員サイドのメリットについては、「第2回 理念経営って何がいいのですか?(2)」で触れましたが再掲します。

■働く側(従業員)から見た理念経営のメリット

・多様な考え方の会社の中から選べる
・目的や価値観が近いので働いていてストレスが少ない
・自分で判断、行動できて、手ごたえとなって返ってくる
・仲間と共に同じ方向性に向かって切磋琢磨できる
・やるべきことが明確で、やれば褒めてもらえる(待遇も上がる)
・結果、仕事にやりがいを感じられる
・仕事で成長を感じられる
・合わない大手企業に入るより出世もできる

 一部の例外を除けば、人は社会に出れば生活のために、また社会の一員として働かなければなりません。やりたい仕事や自分に向いている仕事を選べて、思い描く未来に必要な給与があれば十分だけれど、そんな世界は望むべくもないという方も少なくないでしょう。

 必ずしも自分がやりたい仕事ではない、あるいは向いていないと思う仕事しか選べなかった人。または選べたけれど未来に必要な給与の方を優先させた人。いろいろな仕事選びの基準があると思います。

 でももし、多少の待遇条件の違いの中で、いくつかの会社の中から選べるのであれば、私は経営理念に共感できる会社を選ぶことをお勧めします。もちろんその会社が、掲げる経営理念を本気で目指していることが前提ですが。

 なぜならメリットの1行目にあるように、最初に「多様な考え方の会社の中から」共感できる経営理念があり、それを本気で目指そうとしている経営者のいる会社を選べば、2行目以下の多くのメリットを得られるからです。

 多くの人が仕事選び、会社選びにおいて「やりたい仕事」「向いている仕事」「待遇条件の良い仕事(思い描く未来に必要な給与を得られる仕事)」ばかりに注目しがちです。

 が、経営理念という働く上での目的や価値観を共感、共有できる会社を選べば、上記のように「ストレスが少ない」「自分で判断し行動できて、手ごたえがある」「やるべきことが自分のやりたいことで、やれば褒められ待遇も上がる」「仕事でやりがいや成長を感じられる」のです。

 働く側にとって経営理念に共感できる会社を選ぶことのメリットや幸せはわかるけれど、現実には目的や価値観で自分と一致する会社は見つからないし、選びようもないという人もいるでしょう。

 あなたにその覚悟さえあればという前提にはなりますが、「自分でビジネスを始める」という選択肢が残されています。

 簡単なこととは言いませんが、独立起業のハードルは年を追うごとに下がっています。最大の難関の一つであった資金調達も、従来なかったクラウドファンディングなどの新しい選択肢が生まれています。

 ブログやSNSや動画サイトを通してだれもが発信者になれますし、今やたった一人で始めても全国いや全世界に短期間で多くの顧客を作ることが可能です。

 すでに独立起業して軌道に乗っている多くの方が、こうしたさまざまな仕組みがなかったら、ここまで来るのは不可能だったと告白しています。みなさんが就職活動をした頃には想像もできなかった世界が広がっているのです。

 働く上で共感できる会社がなかなか見つからないなあという人は、一度自分自身が仕事を通して「何を大切にしながら、何を目指したいのか」を考えてみてください。

 そのことは新たにどこかの会社や仕事を選ぶ上でも頼れる羅針盤になりますし、もしかしたら起業のきっかけになるかもしれません。起業には日々困難は付き物ですが、少なくとも自分のやりたいことをやれているという実感が得られます。

 あなたの「何を大切にしながら、何を目指したいのか」が明確かつ本物であれば、全国に、全世界に発信することで「自分も同じことを考えていました、一緒にやりましょう」という人がたくさん現れます。

 あなたの理念がよほど変わったもので1万人に1人しか共感しなかったとしても、日本だけで1万人以上の共感者が見つかるのです。世界ならいわずもがなですね。


3 経営者としてどんな人生を送りたいか

 経営者サイドの幸せについては、「第1回 理念経営って何がいいのですか?(1)」で触れましたが、自分が掲げた経営理念の実現を共感してくれる多くの従業員と共に目指していけるということです。

 目指す「目的(使命)」が本物であることはもちろんですが、目指す目的に向かって、“これだけは譲れない”という「価値観」はいくつかに絞り込んでください。

 働く上での目的や価値観が一致する人は、その項目が増えれば増えるほど少なくなります。項目は最低限に絞って、それ以外の異なる価値観を積極的に受け入れていきましょう。

 その方が世の中の環境変化にも対応できますし、一緒に働く仲間としても大いに刺激になるはずです。

 そして自身の理念を明確にして理念経営を目指していけば、経営者を終えるとき、人生を終えるときの満足感も違います。自分がやりたかったことをやれた、できる限りのことをやり切ったという満足感を持って終えられるのです。

 私はご縁があってある経営者交流会のメンバーになって久しいのですが、もともとは2世、3世経営者の会でした。くくりでいうと創業者である私は対象外なのですが、快く誘っていただきました。

 今では私のようなメンバーも増えたとはいえ、現在も会員の過半は家業を継いだ、あるいはこれから継ぐ人たちです。

 交流を重ねていく内に、彼らが少なからず抱える悩みの一つが「家業は嫌いではないから継いだ(継ぐ)けれど、ものすごく好きというわけでもない」ことだと知りました。

 彼らの多くは幼少の頃から大なり小なり後継を意識しています。折々に家業に触れながら、どうしても継ぎたくない人は別の仕事に就く選択をするのでしょうが、適した後継者が他にいない、親にどうしてもと請われたといった理由で逃れられない場合もままあります。

 一方で後継候補であれば、下積みもそこそこに将来のポストが約束されるという計算が働くこともあるでしょう。若くして経営の中枢に携わっていく彼らを見ていて、自分も後継者だったらよかったのにとうらやましく思ったこともあります。

 しかし継がざるを得なかった後継者に対して、そうでない私には「やりたい仕事」「向いている仕事」を自分で選べる自由があります。実際に就けるかどうかは自分次第だとしても。

 私は経営者交流会を通して、はた目には恵まれて幸せそうに見える後継者にも、「やりたい仕事」「向いている仕事」を選べない悩みがあるのだと知ったのです。同時に理念経営はそうした悩みを解決できるかもしれない可能性を秘めているとわかったのです。

 後継者にとって、業種やどんな商品やサービスを提供していくかは承継時点で決まっています。新たな経営者となって商品やサービスを見直していくことは可能ですが、全く異なる事業で成功したり、業種自体を変えていくことは容易ではありません。

 すでに一定以上の従業員を抱えていれば、経営トップとしてなかなか大きなリスクを負えないという現実もあるでしょう。

 では「家業は嫌いではないから継いだ(継ぐ)けれど、ものすごく好きというわけでもない」という後継者が経営者や人生を終えるときに満足感を得ることは可能なのでしょうか。


4 トヨタ、ホンダ、パナソニックの経営理念にない言葉

 みなさんは各社の経営理念に当たるものをじっくりと読んだことがどれくらいあるでしょうか。

 たとえば日本を代表する企業であるトヨタ自動車、ホンダ、パナソニックのホームページを検索してみてください。

 経営理念に当たるものは各社で呼び方は異なります。トヨタには7項目に及ぶ企業理念がありますが、その文章のどこにも「自動車」という文字はありません。

 現在の企業理念の精神的支柱であり、グループ創始者・豊田佐吉さんの考え方をまとめたという『豊田綱領』にもやはり「自動車」の文字はありません。1行目に書かれているのは、この仕事を発展させて産業として国に報いたいという「産業報国」の精神です。

 同じように自動車メーカーであるホンダの経営理念(基本理念や社是)にも「自動車」という言葉は一切ありません。

 100周年を迎える家電メーカー・パナソニックの創業者・松下幸之助さんがまとめた『綱領』にも、「家電」といった言葉は一切ありません。「産業人たるの本分に徹し 社会生活の改善と向上を図り 世界文化の進展に寄与せんことを期す」とあるだけです。

 経営理念の中で事業や商品・サービスについて触れてはいけないと言いたいのではありません。たとえばソニーは設立時に作成した設立趣意書の中で、「通信」や当時最先端であった「ラジオ」といった商品・サービスについて触れています。

 しかしソニーにとって最も大事だったことは、会社設立の目的の1行目に書かれている「真面目なる技術者の技能を、最高度に発揮せしめるべき自由闊達にして愉快なる理想工場の建設」だったのです。あくまで技術者にとっての理想の会社を目指していたことがわかります。

 私はかつてトヨタをはじめ多くの自動車メーカーを担当させていただいたことがあるのですが、お会いする方すべてが大のクルマ好きでした。決して商品・サービスにこだわりがないわけではなく、ものすごいこだわりを持っているのです。

 しかしそれ以上にそれぞれの目指したい目的があるからこそ、経営理念に書かれていなかったり、前面に出ていないだけなのだとわかりました。

 「家業は嫌いではないから継いだ(継ぐ)けれど、ものすごく好きというわけでもない」という後継者の悩みに対する私の答えは、商品やサービスはとことんこだわるべき大切なものですが、もっと大切なのはあなたがこの会社を通して「何を大切にしながら、何を目指したいのか」なのです。

 あえて言えば現在お客様に提供している商品・サービスはそのための手段でしかありません。もっと良い手段があれば改善すればいいし、全く新しいものに変えればいいのです。

 親から引き継いだ家業の商品やサービスに強い興味が湧いていなかったとしても、親が目指していた理想やこだわっていた価値観に共感しているのであれば、それをさらに後継者であるあなたが守り、あなたなりに発展させていけばいいのです。


5 会社に関わるだれもが幸せになれるために

 従業員サイドと経営者サイドの幸せについてお話ししてきました。

 「最低限必要な条件さえ整えば、関わるだれもが幸せになれます」の“だれも”には、お客様はもちろんその背後にある社会や、仕事をする上で関わる取引先、公開企業であれば株主が含まれるでしょう。考え方は従業員サイドでお話ししたことと基本的に同じです。

 たとえば提供する商品・サービスの価値を認めてくれた人や会社がお客様となってくださるわけですが、商品・サービスにも表れている経営理念に共感してくれたお客様であれば商品そのもの以上の価値を感じてくれています。

 他社にはない素晴らしい価値だと思えば、継続的なお客様になってくれるだけでなく、こちらからお願いしなくとも「この会社の商品・サービスはいいから買うといいよ」と周りに勧めてくれるでしょう。

 お金のためでも頼まれたからでもなく、幸せをおすそ分けしたいから応援団として周りに勧めてくれるのです。共感が共感を呼べば、社会もなくてはならない価値として会社の存在を認めてくれるはず。

 同じように経営理念に共感して取引をしてくれている取引先であれば、たとえ一時的にこちらの業績が落ち込んだとしても長い目でお付き合いをしてくれるでしょう。ずっと付き合っていくことで共に幸せを分かち合いたいと思うからです。

 やはり目先の利益ばかりを負う株主ではなく、経営理念に共感して株主になってくれた人や会社なら、株価に波があっても簡単に見放したりはしません。経営のパートナーとして共に歩んでくれるはずなのです。

 かつて私はある上場企業の経営者に頼まれて、株主総会の運営のお手伝いをしたことがあります。突如現れた黒船投資家から買収提案が送られてきて、どうやって対抗すればいいのかと関係者みんながピリピリとしていました。

 徹夜の準備を重ねて迎えた総会当日。会場で手を挙げた個人株主の方から出てきた言葉はこうでした。「私は長くこの会社の株主です。株価が下がったときも手放さなかったのはこの会社が好きだからです。これからも頑張っていい商品をお願いします」と。

 もちろん現状の経営に対する辛口の要望もありましたが、心配してかけつけてくれた株主のみなさんが愛に溢れた言葉でこれからも頑張れと応援してくれたのです。

 無事に総会が終わると、経営者の方はものすごく感動していました。自分たちが目指してきたこと、経営理念は間違っていなかったと改めて確信できたそうです。


6 理念経営は追求すればするほど、だれもがもっと幸せになれる

 今回のテーマ「理念経営でだれが幸せになれますか」に対する私の答え、「最低限必要な条件さえ整えば、関わるだれもが幸せになれます」についてはご理解いただけたでしょうか。

 ではさらに「もっと条件が整えば、関わるだれもがさらに幸せになれます」についてご説明します。

 「もっと条件が整えば」とは、シリーズ第7回 と第8回「経営理念はあるけれど浸透も継続もできていません」の中でもご紹介した、理念経営のステップをできる限り進めていくという意味です。

 理念とは永遠の理想、理念の追求に終わりなどありません。さらに上のステージを目指して継続し、追求し続けていくことで、関わるすべての人にとってさらなる幸せの循環が生まれるのです。

 ここまでを読んで「そうか、理念経営を進めれば関わるだれもが幸せになれるのか。じゃあ、早速取り組んでみよう」と思ってくださった方。ぜひ明日から取り組んでみてください。

 従業員サイドのみなさんは、現在働いている会社が掲げている経営理念を見直してみることから始めてみてください。

 これまでそんなに意識してこなかったという方も多いでしょう。改めて見直してみるとひと言ひと言に深い意味が込められていたり、会社の長い歴史から生まれた言葉であったりするものです。

 同時に経営理念を掲げた本人である経営者が、本気で目指そうとしているのかどうか。そして自分自身が働いていく上で共感できるのかどうか考えてみてください。

 経営者のみなさんは、このシリーズでも何度かお話ししてきた3つのステップ(Step1.理念の明確化、Step2.社内への共有浸透 Step3.社外への共有浸透)に沿って始めていただければと思います。

 私の会社のウェブサイトにも詳しい解説を付けてありますのでご参照ください。
ブライトサイド株式会社 ホームページ

 『武田斉紀の「理念経営 ホンネの疑問」』シリーズもいよいよラストです。

 最後に私がこうしてお話ししてきた理由について。それは理念経営を通して経営者も従業員も、そして取引先の会社と従業員、お客様や社会、株主も含めて一人でも多くの方に幸せになってほしいから。そしてそれこそが私にとっての理念の実現なのです。

 ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。また違うテーマでお会いできることを楽しみにしています。


(著作:ブライトサイド株式会社 代表取締役社長 武田 斉紀)
※上記は、某金融機関の法人会員向けに執筆した内容を一部改編したものです。本文中に特別なことわりがない限り、2020年6月時点のものであり、将来変更される可能性があります。※転載される場合は著者名とコラムタイトルを必ず明記ください。

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