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第5回 社長の思いを明らかにする質問<未来編・社長の個人史編>

1 “人生の価値観”は20歳(ハタチ)くらいまでにできあがっている

 多くの人にとって、“人生の価値観”は20歳(ハタチ)くらいまでにできあがっていて、その後はよほどのことがない限り変わらないもののようです。

 これは私が多くの経営者にインタビューを重ねて実感してきたことですが、専門家にも聞いたところ一般的にも正しいそうです。

 例えば大人になるまでに家族の大切さを感じていた人は、家族を価値観の中心に置きます。それは「家族との時間が十分でなくて幸せを感じられなかった」という人だけでなく、「家族がいたから幸せだった」という人にも表れます。

 学生時代に仲間と一緒に汗を流したことが一番うれしかったという体験をして大人になった人は、その後の人生においても仲間の存在をとても大事に思いながら生きていきます。

 また幼い頃に貧しさで多くの苦労をしてきた人は、他に救いとなる体験でもない限り、貧しさから抜け出すことが人生における目的であり、価値観の中心になりがちです。

 第二次世界大戦を若くして経験した私の父は兄弟が多く、戦争によって家の商売も傾いて、一時は日々の食事にも苦労したそうです。私の知る父は極度の倹約家で、片や食べることには人一倍こだわっている人でした。

 一方母は、父と同じ時代を生きたものの兄弟も少なく、生活も安定していて、あまり食べることに苦労せずに育ったそうです。夫婦になった2人はそのあたりの価値観でしょっちゅうぶつかっていたのを子どもながらに覚えています。

 戦後は多くの人にとって毎日を生きることに必死だった時代でした。そうした時代に創業した経営者がどうしても売り上げやもうけることにこだわってしまう気持ちが、私はどこかでわかるような気がするのです。

 同時に2代目、3代目となる彼らの子供や孫たちが、創業者の価値観を理解できない気持ちもわかるような気がするのです。

 さて、第5回となる今回は、「社長の思いを明らかにするための4種類の質問」から、残りの「3.会社の未来」と「4.社長の個人史」についてお話ししていこうと思います。冒頭から触れてきた人生における価値観は、「4.社長の個人史」に大いに関係しています。

 いつも申し上げているように、会社の実態はビルやモノではなく人の集団であり、会社という集団の意思決定を最終的に行っているのは社長です。

 その傾向は日本の会社の約8割を占めるといわれるオーナー型企業ではさらに強くなります。社長は一人の人間であり、人生を生きながら会社経営を行っています。

 「仕事」と「プライベート」は別ではあるものの、同じ人間が意思決定している以上、表裏一体といっていいほど不可分な関係にあるのです。

 そこで特にオーナー型企業の場合、私は「社長の思いを明らかにするための4種類の質問」の中でも、この「4.社長の個人史」にこだわっています。2代目、3代目のファミリー企業の場合も同じです。

 できる限りバトンを渡す側の「社長の個人史」、バトンを受け取る側の「社長の個人史」の両方をインタビューした上で両者を比較し、共通点と相違点をご提示するようにしています。


2 「社長の個人史」を左右する「時代」「環境」「関わってきた人たちとのやりとり」

 まず「4.社長の個人史」から。人生の価値観は誰にとってもハタチくらいまでにできあがっていて、その後はよほどのことがない限り変わらないことはお話ししました。ではその価値観とはハタチくらいまでにどのように形成されているのでしょうか。

 経験から申し上げれば、それは「時代」「環境」「関わってきた人たちとのやりとり」によって形成されているように思います。

 「時代」とは個人にとっては抗しがたいほどの、その時代に生きたことによる環境です。昭和20(1945)年を境として戦後は焼け野原からのスタート。多くの人にとっては戦中から続く貧しさが付きまとっていました。

 第二次世界大戦は強烈な「時代」でした。進行中の現在でさえ、それ以前や次の時代から見れば特徴的な傾向があるはずです。人によって大小はあるものの、価値観の形成において「時代」の影響は受けているものです。

 「環境」はまさに個人的な体験です。どのような生を受けるかは子ども自身は選ぶことができません。自ら「環境」と闘うことができるとすれば、早くて高校生くらいからでしょうか。

 それまでの「環境」は子どもにとって“受け止めるしかない”ものなのです。そしてどのように受け止めたかによって、個人の人生の価値観は変わっていくものだと思います。

 しかしながら多くのケースにおいては、「時代」のちがい、個人的な「環境」のちがいはあるものの、平和な現代においてはこの2つは、中心的な影響を与えていないように私は感じています。

 人々の人生の価値観に中心的な影響を与えているのは、「関わってきた人たちとのやりとり」です。

 社長の思いを明らかにするためのインタビューで、私が「4.社長の個人史」の質問をする場合、「時代」を押さえ、「環境」については個別性が高いので慎重に伺いつつ、最も時間をかけるのは「関わってきた人たちとのやりとり」です。

 人は人格形成においてさまざまなものから影響を受けています。小学校に入れば学習することや本から、ふだん見ているテレビやゲームなどの影響もあるでしょう。

 しかし人生の価値観を左右するような影響は、「関わってきた人たちとのやりとり」から受けていることが多いようなのです。

 幼少期でいえば父母や兄弟との関係はどうだったか、祖父母や親戚とはどうか。そして小学校から中学、高校、大学では、家族とのやりとりはもちろんですが、教師や学友、友人や部活動の仲間が占める割合を強く意識します。

 そこには恋愛事情なども関わってきます。ですから「4.社長の個人史」のインタビューについては慎重に進めています。お会いしていきなり質問しても答えづらいでしょうし、会社では部下がいて話しづらい場合もありますので、1対1でのインタビューが基本です。

 会社のトップに立つ方は腹がすわっていらっしゃるのと、ひとえに私を信頼してくださっているからでしょうか。何度かお会いしてひとたび信頼をいただくと、こちらがそこまで伺っていいのかと心配するくらい、せきを切ったようにさまざまなエピソードを告白してくださいます。

 信頼関係がすべてのベースですから、当然ながら私も絶対に秘密を守ります。他で事例としてお話しする場合にも、細かい設定などは修正して、ご本人が万が一にも特定されないように非常に気を使っています。


3 非力でも努力と工夫で勝てる、「勝つこと」にこだわり続けたA社長の人生観

 経営者のハタチくらいまでの人生を遡ってインタビューしていると、毎回のように感動することがあります。

 それは最初、ふとしたきっかけで得た人生の価値観が、その後何度も同じような場面で同じ価値観に基づいて判断を繰り返すことで、次第に磨かれていく姿です。

 一例をご紹介しましょう。経営者Aさんは小さかった頃、あまり目立たない子どもでした。特徴もなく、自分に自信が持てずにいました。見かねた父親は、小学校の高学年になったAさんを地元の柔道教室に通わせることにしました。

 小さい頃から始めている子どもたちもいる中で、最初はまったく歯が立たなかったそうです。何度も何度も床にたたきつけられる日々。それでも彼なりに努力と工夫を重ねることで1つ、2つ……10回に1回くらいは勝てるようになってきたのです。

 中学校でも柔道部に入ったAさんの頭の中は、「弱い者がどうすれば勝てるか」というその一点だけでした。彼はひたすら毎日練習を繰り返しながら、力で負けていても心理戦で勝つことができるということを知ります。

 最初はわざと相手の技にかかったふりをして油断をさせ、ここぞというときに一発を繰り出す。大人の試合であればよくあることかもしれませんが、中学生ではそんなことを考える選手は少なかったのです。

 Aさんは努力の上に心理戦といった工夫を加えることで十分な成績を残し、柔道の強い高校からスポーツ推薦に誘われます。彼にとっては初めての大きな成功体験でした。

 ところが入学してみると、高校には全国レベルの猛者が集まっていたのです。当然ながら歯が立ちません。

 Aさんは生来の負けず嫌いから人一倍の努力を続けながら、「まともに戦っても才能がある彼らには勝てない。勝つための工夫を考えよう」と、中学時代の自分を思い出します。

 Aさんはとにかく勝つことにこだわりました。ルールを無視しては認められませんが、心理戦やさまざまな工夫、時にはグレーな部分でも審判が反則と判断しなければよしとしました。

 ひたむきなその姿を著名な柔道家にも認められ、ますますAさんは自信を深めます。とはいえ誰もが日本代表になれるわけではありません。彼はスポーツ推薦で大学に進むものの、卒業するとふつうに就職する道を選びました。

 就職してもAさんの価値観はまったくブレませんでした。

 サラリーマン時代も営業マンとして他社と競合する際は、前日まで徹夜してでも企画を練り、また勝つためのギリギリの戦術を考えて実行します。連勝に連勝を重ねて同期はおろか全社トップの成績を残し、やがて起業を決意することに……。

 起業して10年、Aさんの判断規準はまったく変わっていません。彼は従業員に対してまず「勝つこと」を求めます。ルール違反は憎むけれど、違反でない限りは勝つ方法は自由だと。

 確かに中小企業は1対1の勝負では大手に勝てません。だからこそ努力を重ね、思いつく限りの工夫をして勝たなければ潰れてしまうのだと……。

 Aさんは一方では、昔同じ釜の飯を食った仲間を今でも大切にしています。柔道は個人競技と思われがちですが、団体戦に勝つためにはチームワークが大切です。

 また、インタビューでプライベートを掘り下げていくと、「大学時代に初めて本格的に付き合った彼女が、友達をとても大切にする人だったんです。すてきだなと思って僕の生き方にもなりました」。彼は起業後も価値観に共感して共に頑張ってくれる従業員をとても大切にしてきました。

 彼は私に言いました。「会社は大きくしますが、ものすごく大きくしたくはないんです。お互いの名前や考え方がわかるくらいの規模がいい。奥さんやお子さんも含めて家族ぐるみで、喜怒哀楽を分かち合いながら働いていくのが僕の夢なんです」と。

 恐らくAさんは今後も、彼がハタチくらいまでに得て、結果としてその後も磨き続けた人生の価値観の下に、この会社を経営していくことになるのでしょう。


4 社長の人生の価値観が「スッキリ」すると、働く側もわかりやすい

 人間にとって、ハタチくらいまでに経験を重ねることで確立した人生の価値観は、その後はよほどのことがない限り変わることはありません。

 が、逆にいえば“よほどのこと”を体験することで大きく変わることはあるようです。

 大人になってから戦中戦後を生きた経営者の中には、戦争によって仲間をなくし、人生の価値観を大きく揺るがされたという方もいます。最近でいえば、2011年の東日本大震災を経験したことで、人生の価値観が変わってしまったという経営者の話も伺ったことがあります。

 そうした場合を除けば、多くの人にとってハタチくらいまでに形成された人生の価値観は、その後もずっと磨かれてより明確になることはあっても、大きく変わることはないといえるのです。

 私が社長の思いを明らかにするためのインタビューで、「4.社長の個人史」を通して明らかにしていくのはこの価値観です。

 「決して譲ることのできない価値観は何か」「それらの優先順位はどうなっているのか」。これを整理して社長に提示すると、ほとんどの場合において「なるほど、やはりそうだったんですね。スッキリしました」という感想をいただきます。

 「やはり」というのは、ご本人もうすうす気が付いていたことであるからです。でもはっきりとは認識していなかった、あるいは恥ずかしいなどの理由で認めたくなかっただけ。

 ご自身のこれまでの人生における判断が、同じ価値観で一貫していたことをご提示すると、「やはり」という言葉とともに「スッキリした」となるようです。

 と同時に自分自身の価値観を強く認識し、これまで以上に自信を持って経営に当たれるようになるそうです。自分自身の価値観が正しいかどうかや、多くの人に支持されるかどうかといったことが基準なのではありません。ただただ「自分はこの価値観の下でしか生きられないんだな」と達観されるのです。

 社長の人生の価値観であり、経営上の価値観がはっきりすることは、従業員にとってもとてもいいことなのです。

 先ほどのAさんでいえば、社員はAさんの会社に勤める限り、努力と工夫でとにかく「勝つこと」を求められるのだとわかります。Aさんにとって最も大切な価値観は「勝つこと」です。

 会社を選ぶ時点でそれがわかっていれば、自分に合うと思う人は喜んで希望するでしょうし、そうでない人は決して同社を選ばないでしょう。選んだ人は「勝つこと」を求められますが、自分もその価値観に共感していれば違和感はありません。

 勝ったときは褒められ、負け続ければ怒られるだけのことです。負ければ悔しいから努力と工夫を重ねて勝とうとする。そして次に勝てば評価してもらえる……実にわかりやすいではありませんか。

 働く側も会社が大切にしている価値観に共感した上で入社していれば、根本的な部分でのストレスはないでしょう。


5 「社長の思いを明らかにするための4種類の質問」のベースとなるもの

 前回お話ししましたが、私が経営者の方にする最初の質問は「1.会社の現在」に関してで、次の質問は「2.会社の過去」というケースと、「4.社長の個人史」というケースがあります。

 理想をいえば「1.会社の現在」の次の質問は「4.社長の個人史」に関するものです。これは創業社長、ファミリー社長を問いません。場合によってはサラリーマン社長(駅伝社長)にも当てはまるかもしれません。

 社長の人生における価値観が明らかになれば、社長が在籍中に下した決断や施策の意図だけでなく、過去の社長の決断に対する評価さえも想像できます。

 すなわち、「4.社長の個人史」の質問で、社長の人生における価値観が明らかになっていれば、「2.会社の過去」についての決断や施策の意図が想像できるのです。

 これは「3.会社の未来」についても同じです。会社の過去・現在・未来は、現在の社長の手の届く範囲である限りは、その社長の人生の価値観に大きく依存しているのです。

 「3.会社の未来」については、全体の質問の最後のこともありますが、それまでにつかんできた社長の人生における価値観と優先順位から仮説を立てて質問していきます。

 予断は禁物ですが、特に創業社長の場合は実にわかりやすい。ほとんどの場合、人生の価値観という中心軸の下に、過去も現在も未来もつながっているからです。ファミリー社長の場合も現社長の人生の価値観がわかっていれば、いろいろなことが想像できることはすでにお話しした通りです。

 創業者を引き継いだ人は往々にして創業者を畏怖しつつも、継承者である自分らしさをどこかでアピールしたいと考えます。それは一人の人間としては当然のことだと私は思います。

 しかしその意識が強いあまりに、創業者との違いばかりを強調したがる。本当は創業者の価値観に共感したからこそ引き継いだはずなのに……。先代から仕えている従業員は口には出さないものの、大いにとまどっているはずです。

 前社長の方針を踏襲したいところはどこで、変えていきたいのはどこで、それはなぜか。今後この会社をどうしたいと思っているのか。

 トップが「会社の未来」を語る機会は、年始のあいさつ以外にも年に何度かあるでしょう。その際に、自身の人生の価値観をベースに、過去と現在と未来をつないで、どんな会社をめざしていきたいかをわかりやすく説明できることが理想です。

 従業員は安心してこれからもついてきてくれることでしょう。

 2回にわたって「社長の思いを明らかにするための4種類の質問」についてお話ししてきました。

 「1.会社の現在」、「2.会社の過去」、「3.会社の未来」のベースには、オーナー型企業であればあるほど、「4.社長の個人史」における人生の価値観がベースになっていることをご理解いただけたでしょうか。

 事業承継した場合も、先代の価値観をどのように継承するのか。新たに加えたい価値観は何かを早いうちにはっきりさせることが大切です。でなければ、先代に真面目に一生懸命仕えていた番頭さんや従業員は不安でしょうがないでしょう。

 下手をすると会社をこれまで支えてきた優秀な人材を失いかねません。彼らが知りたいことは、先代とどこまでが共通で、どこが違うか――その一点なのです。それさえわかれば、これまでと何ら変わることなく仕事に没頭してくれるはずなのです。

 次回は、トップのめざす目的と価値観を企業理念として明確にしたところで、次にどのように社内で共有し浸透させていけばよいかというステップに入っていきます。


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(著作:ブライトサイド株式会社 代表取締役社長 武田 斉紀)
※上記は、某金融機関の法人会員向けに執筆した内容をリライトしたものです。本文中に特別なことわりがない限り、2020年7月時点のものであり、将来変更される可能性があります。※転載される場合は著者名とコラムタイトルを必ず明記ください。

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東京大学卒、(株)リクルート入社。人事部経てHR事業部で様々な業種規模の企業をコンサルティング。2003年に理念経営コンサルの現社設立。著書『行きたくなる会社のつくり方』他多数、三菱UFJ銀行の法人向けサイトで10年以上コラム執筆、日経ビジネスでも上位ランク獲得。全国各地で講演

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武田斉紀の『社長の思いはこうすれば伝わる』シリーズ
武田斉紀の『社長の思いはこうすれば伝わる』シリーズ
  • 7本

シリーズ「武田斉紀の『「社長の思いはこうすれば伝わる』」は、某金融機関の法人会員向けにかつて執筆した内容を、今回2020年仕様にリライトしたものです。第1回で書いたA社社長とのエピソードは、私がサラリーマンを辞めて理念経営コンサルタントとして独立起業するきっかけにもなりました。想定している主な読者は、現在会社のトップにいる方やこれから世代交代でトップになる予定の方、あるいは将来独立起業を考えている方です。従業員として働く方にとっても、経営トップの思いを知っていただく機会になれば幸いです。 ※不定期ですがあまり間を空けずに更新していく予定です。よろしければフォローをお願いします。

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